愛人に夢中のクズ夫へ。実は私、インフルエンサーなの ~離婚カウントダウン開始よ、首を洗って待ってることね~~ のすべてのチャプター: チャプター 101 - チャプター 110

131 チャプター

空白の時期

翌日。須藤グループ本社。社長室。弘人の机の上には資料が置かれていた。May。広報部がまとめたプロフィール資料だった。昨日の報告が少し気になったのだ。評判以上。そう言われれば、どんな人物なのか興味も湧く。弘人は資料を開いた。活動実績。企業案件。イベント出演。雑誌掲載。想像以上に多い。広報部が高く評価するのも分かる。取引先が名前を出す理由も理解できた。単なるインフルエンサーではない。一つのブランドとして成立している。そんな印象だった。ページをめくる。――活動履歴。そこで弘人の視線が止まった。「あれ……?」小さく眉をひそめる。数年前。活動実績が急に減っている時期があった。仕事を辞めたわけではない。だが。明らかにペースが落ちている。理由までは書かれていない。産休とも。休業とも。何も書かれていない。ただ。活動量だけが減っている。弘人は無意識に計算した。数年前。その時期は――自分が麻衣子と結婚した頃だった。一瞬だけ。麻衣子の顔が浮かぶ。結婚後。麻衣子は家にいることが増えた。友人との予定も減った気がする。仕事の話も聞かなくなった。いや。聞かなかったのか。弘人は資料から目を離した。考える必要のないことだ。そう思う。Mayと麻衣子は別人だ。偶然だろう。世の中には結婚する人間などいくらでもいる。
続きを読む

残された記録

須藤グループ本社、秘書室。彩花は一人、古い書類の整理をしていた。監査部から追加提出を求められた資料だ。当時の領収書や経費精算書、申請記録などが入った段ボール箱を前に、一枚ずつ内容を確認していく。最近はこんな作業ばかりだった。監査対応に資料探し、確認作業。以前のように社長のスケジュール管理だけをしていた頃が、ずいぶん遠い昔のことのように感じる。ふと、一枚の領収書に目が止まった。見覚えがある。自分で処理した案件のものだった。店名を見る。都内の高級レストラン。金額は十数万円で、接待費として処理されている。当時は何も疑問に思わなかった。社長案件だと聞いていたし、弘人が了承しているのなら問題ないと思っていたからだ。だが、改めて内容を確認すると違和感があった。参加者名の記載がない。取引先名も残されていない。申請理由も曖昧だった。彩花は思わず眉をひそめる。当時の自分なら気にしなかった。けれど今は違う。監査資料として見れば、説明が不足しているようにしか見えなかった。次の書類を手に取る。ホテル利用明細。交通費。会食費。どれも処理した記憶がある。だが、こうして並べて見返してみると妙だった。取引先の名前が出てこない案件が多い。業務内容の記録も曖昧だ。中には、どう見ても個人的な支出に見えるものまで混じっていた。「そんなはず……」思わず小さく呟く。当時は疑わなかった。社長の指示だと言われれば通していたし、それが秘書の仕事だと思っていた。けれど今は自信がない。もし監査部から理由を説明してほしいと言われたら、自分は何と答えるのだろう。彩花は書類を見つめたまま動けなく
続きを読む

積み重ねたもの

須藤グループ本社。社長室。昼休みも終わりに近づいた頃、弘人は机の上の資料へ再び視線を落とした。May。最近やたらと目にする名前だった。広報部から提出された企画書にも載っていたし、取引先との会議でも話題になった。何より、社内の反応が妙だった。広報部があそこまで喜ぶ姿を、弘人はあまり見たことがない。ふと手を伸ばし、プロフィール資料を開く。最初のページを見た瞬間、弘人はわずかに眉を上げた。想像していたものと違ったからだ。活動実績の欄には、有名企業の名前が並んでいた。大手化粧品メーカー。高級ホテルチェーン。百貨店とのコラボ企画。女性向けブランドのアンバサダー契約。どれも聞いたことのある企業ばかりだ。ページをめくる。女性起業家向けフォーラムへの登壇。経営者向けチャリティーパーティーへの参加。著名人との対談記事。SNSの枠を超えた活動が次々と出てくる。弘人は資料を見つめた。正直なところ、単なる人気インフルエンサーだと思っていた。だが違う。これはもはや一つのブランドだった。「……ここまでか」思わず小さく呟く。広報部が騒ぐ理由も分かる。取引先が名前を出す理由も理解できた。むしろ疑問だった。なぜこんな人物が須藤グループの案件を引き受けたのか。もっと条件の良い案件はいくらでもあるはずだ。コンコン。ノックの音が響く。「入れ」入ってきたのは広報部長だった。「失礼します」広報部長は資料を手にしている。「Mayさんとのキックオフミーティングですが、来週で日程が確定しました」弘人は資料を閉じた。「そうか」
続きを読む

再会の前

キックオフミーティング当日。須藤グループ本社では、朝から広報部の担当者たちが慌ただしく動き回っていた。会議室の準備に資料の最終確認、関係者への連絡。今回の案件は社内でも注目度が高い。何より、May本人が打ち合わせに参加するのだ。担当者たちの緊張も無理はなかった。「資料は揃っているか?」「はい、大丈夫です」「飲み物の手配は?」「こちらも済んでいます」そんなやり取りが飛び交う中、広報部長はスケジュール表へ視線を落とした。本来なら社長が最初から同席する予定ではなかった。だが、途中で顔を出す可能性があると聞いている。それだけでも現場の空気は違っていた。 ◇◆◇ その頃、麻衣子は代理店の担当者と共に須藤グループ本社へ向かっていた。車窓の向こうに見慣れたビルが見える。以前は社長夫人として訪れていた場所だ。けれど今日は違う。Mayとして、この会社のクライアントとして来ている。その違いを思うと少しだけ可笑しかった。「本日はよろしくお願いいたします」隣に座る担当者が緊張した様子で頭を下げる。麻衣子は小さく笑った。「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ」「いえ……私、実はMayさんとご一緒するの初めてなので」「そうなんですね」担当者は照れたように笑う。その様子に、麻衣子も自然と表情を和らげた。会議室へ案内されると、広報部の担当者たちが立ち上がった。名刺交換と簡単な自己紹介を済ませ、打ち合わせが始まる。最初こそ緊張した空気が流れていたが、話が進むにつれて次第に表情も柔らかくなっていった。Mayは想像以上に話しやすかった。商品の理解も早い。質問は的確で、こちらが伝えたいこと
続きを読む

Mayの正体

弘人はドアノブへ手を掛けた。広報部長が先に扉を開く。「失礼します」会議室の中へ足を踏み入れた瞬間、視線が一斉にこちらへ向いた。打ち合わせはちょうど一区切りついていたらしい。担当者たちが立ち上がる。「社長」「お疲れ様です」弘人は軽く頷いた。そして自然に会議室の奥へ視線を向ける。そこにMayがいた。最初の印象は、思っていたより若い、だった。資料や実績から勝手に年上を想像していたのかもしれない。落ち着いたジャケット姿。無駄のない所作。華やかというより洗練されている。周囲の視線を集めているのに、それが当たり前であるかのような空気をまとっていた。Mayは席を立ち、穏やかに微笑む。「本日はお時間をいただきありがとうございます」落ち着いた声だった。弘人も会釈を返す。「こちらこそ」名刺交換のために歩み寄る。ごく普通のビジネスのやり取り。そのはずだった。だが。伸ばした手が、一瞬だけ止まる。見覚えがあった。声も。仕草も。笑い方も。まさか。そんなはずはない。弘人は思わず相手の顔を見た。Mayもこちらを見ている。穏やかな笑み。落ち着いた表情。そして静かに名刺を差し出した。「Mayです。本日はよろしくお願いいたします」その声を聞いた瞬間。弘人の思考が止まった。会議室の空気は変わらない。広報部の担当者たちは誰も気付いていない。代理店の担当者も同じだ。だが弘人だけが言葉を失っていた。目の前にいるのは麻衣子だ。間違いない。だが同時にMayでもある。
続きを読む

知らなかった顔

会議は予定時間を少し過ぎて終了した。最後まで空気は良かった。広報部の担当者たちは満足そうな表情を浮かべている。「本日はありがとうございました」「こちらこそ、ありがとうございました」麻衣子は立ち上がり、関係者たちへ丁寧に頭を下げた。自然な振る舞いだった。まるでこうした場に慣れ切っているかのように。参加者たちが会議室を出ていく。広報担当者の一人が興奮気味に言った。「すごかったですね」「想像以上だったな」別の社員も頷く。「説明も分かりやすかったですし、提案も的確でした」「さすがだよな」声を潜めているつもりなのだろうが、会議室にはしっかり聞こえていた。弘人は黙ったままそれを聞いていた。確かにそうだった。会議中の麻衣子は落ち着いていた。感情的になることもない。相手の話を聞きながら要点を整理し、必要な提案を返していく。まるで長年その仕事をしてきた人間のようだった。いや。実際にしてきたのだろう。Mayとして。弘人の知らない場所で。「社長?」広報部長が声を掛ける。「どうかされましたか」「いや……」弘人は言葉を探した。だが何を言えばいいのか分からない。頭の中はまだ整理できていなかった。その時だった。代理店の担当者が笑顔で近付いてくる。「本日はありがとうございました」「いや」弘人は曖昧に頷いた。担当者は嬉しそうだった。「Mayさんにお受けいただけて本当に良かったです」「そうか」「業界では有名ですから」担当者は当たり前のように言う。「実績もそうですが、人脈がすごいんです」
続きを読む

気になる存在

キックオフミーティングから二日後。弘人は社長室で書類に目を通していた。いつも通りの業務。いつも通りのスケジュール。それなのに、どうにも集中できない。視線が自然と机の端へ向かう。そこには一枚の名刺が置かれていた。May。あの日、会議室で受け取ったものだ。弘人は小さく息を吐いた。自分でも分かっている。こんなことはらしくない。仕事中に一人の取引先のことばかり考えるなど、これまでほとんどなかった。だが、気になるのだから仕方がない。Mayが麻衣子だった。その事実はいまだに現実味がなかった。会議での様子を思い出す。落ち着いた受け答え。的確な提案。周囲からの信頼。どれも自分の知る麻衣子とは違っていた。いや。違うのではない。自分が知らなかっただけなのかもしれない。そう考えた瞬間、弘人は眉をひそめる。何を考えているんだ。今さらだろう。離婚協議は進んでいる。もう終わる関係だ。それなのに、なぜこんなことばかり考えてしまうのか。ノックの音が響く。「失礼します」入ってきたのは彩花だった。いつものようにスケジュール確認のためだ。「午後の会議ですが――」説明を始めた彩花は、途中で言葉を止めた。弘人の机の上に置かれた名刺が目に入ったからだ。May。最近社内で話題になっているインフルエンサーの名前だった。「何かありましたか?」彩花が尋ねる。弘人は顔を上げた。「いや」短い返事。だが、それだけでは終わらなかった。「Mayを知っているか?」珍しい質問だった。彩花
続きを読む

知らない世界

その日の夜。弘人は自宅の書斎にいた。仕事は終わっている。本来なら明日の資料に目を通している時間だった。だが。パソコンの画面に表示されているのは別のものだった。May。検索結果が並んでいる。我ながら馬鹿げていると思う。離婚協議中の妻について、今さら調べているのだから。だが気になった。気になってしまった。会議室で見た麻衣子と、これまで知っていた麻衣子がどうしても結び付かない。だから確かめたかった。自分が何を知らなかったのかを。最初に開いたのは数年前のインタビュー記事だった。『女性が自分らしく働くために』そんなタイトルが付いている。弘人は読み進めた。記事の中のMayは落ち着いていた。考え方も明確だ。感情論ではなく、経験をもとに話している。そして驚いた。内容が浅くない。流行を語るインフルエンサーではなく、自分の考えを持った人間の言葉だった。次に動画を開く。女性起業家向けイベントのトークセッションだった。壇上で話すMayに、弘人は思わず目を止める。会場は満席だった。司会者とのやり取りも自然で、観客の反応も良い。慣れている。明らかに。弘人が知らないだけで、麻衣子はこういう世界にずっといたのだ。動画の最後に紹介された経歴へ視線が向く。企業との共同プロジェクト。慈善事業への参加。海外イベントへの招待。聞いたことのある企業名が並んでいる。思わず眉をひそめた。須藤グループより規模の大きい企業まである。なぜだ。なぜこんな経歴を持つ人間が、自分には何も言わなかった。――いや。違う。弘人はそこで
続きを読む

言えなくなった言葉

弘人は静かにパソコンを閉じた。画面に映っていたMayの笑顔が消える。書斎に静寂が戻った。だが、胸のざわつきは消えない。椅子にもたれ、天井を見上げる。頭の中には先ほど見た記事や動画が残っていた。女性起業家との対談。チャリティーパーティー。企業との大型コラボ。どれも自分の知らない世界だった。そして、その中心にいたのは麻衣子だった。知らなかった。いや。知ろうとしなかったのかもしれない。そう考えるたびに気分が悪くなる。弘人は立ち上がった。気付けば足は書斎の外へ向いている。リビングには灯りがついていた。麻衣子がいる。ダイニングテーブルにはノートパソコンが置かれ、資料が何枚も広げられていた。仕事中らしい。その姿を見た瞬間、弘人は足を止める。昼間の会議室で見た姿と重なった。May。そして麻衣子。同じ人物のはずなのに、まるで別人のようだった。「話がある」気付けば口にしていた。麻衣子が顔を上げる。「何でしょう?」落ち着いた声だった。その反応に、弘人は一瞬言葉を失う。聞きたいことは山ほどある。なぜ隠していたのか。いつからだったのか。どうして何も言わなかったのか。だが。言葉が続かなかった。昼間の会議室が頭をよぎる。広報部の期待。取引先の評価。そして須藤グループ案件。今やMayは、自社にとって重要なパートナーだった。感情のままぶつかっていい相手ではない。そんなことは分かっている。だが、それだけではなかった。会議室で見た麻衣子は、自信に満ちていた。
続きを読む

見えない変化

翌朝。須藤グループ本社。彩花は社長室の前で深く息を吐いた。手には今日のスケジュール表。以前と変わらない朝の業務だ。だが最近は緊張する。監査対応。社内の視線。そして弘人との距離。以前のような余裕はもうなかった。「失礼します」社長室へ入る。弘人はすでにデスクについていた。彩花はいつものようにスケジュールを説明し始める。午前の会議。取引先との打ち合わせ。午後の来客。弘人は黙って聞いていた。以前なら途中で質問が入った。確認事項もあった。だが最近は違う。どこか上の空だ。今日も説明が終わるまで一言も口を挟まなかった。彩花は違和感を覚える。「何か気になる点はありますか?」思わず尋ねた。弘人は一瞬だけ顔を上げる。「いや」それだけだった。彩花は首を傾げる。何かがおかしい。だが理由が分からない。監査の件だろうか。それとも別の問題だろうか。弘人は元々感情を表に出す方ではない。だから余計に分かりづらい。けれど長く秘書をしていれば変化くらいは分かる。最近の弘人は明らかに何かを考えていた。その時だった。デスクの上に置かれた資料が目に入る。見覚えのある名前。May。先日の案件資料だった。彩花は思わず視線を止める。すると。弘人は素早く資料を閉じた。その動きに彩花は目を瞬く。隠された。そんな気がした。もちろん仕事の資料だ。見せる義務などない。だが。なぜだろう。胸
続きを読む
前へ
1
...
91011121314
コードをスキャンしてアプリで読む
DMCA.com Protection Status