夫の遠藤雅宏(えんどう まさひろ)が新しく雇った女性秘書である青木莉子(あおき りこ)は気が強く、夫がただ食卓で私に一品取り分けただけで、家中の食器を全部叩き割った。そして、雅宏の目の前から永遠に姿を消してやる、と自殺騒ぎまで起こした。雅宏はその話を聞くや否や、慌てて、肺がんの手術を控えた私を置き去りにして、高速道路を飛ばし、まるで恋愛ドラマのような追走劇を繰り広げた。午後3時、手術の時間になり、申し訳なさそうな雅宏から電話がかかってきた。「社員の命を守るのは、社長としての責任なんだ。莉子を無事に連れ戻したら、必ず病院に行ってお前の手術に付き添って、結婚式の埋め合わせで旅行に連れて行ってやるからさ」しかし、私はもう雅宏を待つ気にはなれなかった。「雅宏、離婚しよう」すると、電話の向こうから雅宏の不満げな声が返ってくる。「莉子はお金持ちのお嬢様なんだ。俺があいつの機嫌を取っているのだって、会社のため、この家のため、そしてお前のためなんだから。なのに、俺を理解してくれないどころか、そんなことを言い出すのか?もう、いい。お前の手術なんかたいしたことないんだから、医者に時間を遅らせるように言え。莉子をなだめたらすぐに行くから。な?これでいいだろ?」そう言い残すと、雅宏は苛立たしげに電話を切った。私はもう一度かける気にもならず、ずっと連絡を絶っていた番号に電話をかける。「お兄ちゃん、私の負け。雅宏と別れて、お兄ちゃんの言う通りにするよ」兄の柴田拓海(しばた たくみ)が小さくため息をついた。「あれほどあいつに固執していたお前が?本当にいいのか?」他の患者は家族に囲まれているのに、私のそばには誰もいない。私は自嘲に満ちた笑いを浮かべる。「もう、あの人なんてどうでもいいの」当時、両親は雅宏との交際を猛反対し、別の縁談を押し付けてきた。しかし、私は雅宏を選び、良家の令嬢という肩書きも、両親との縁さえもすべて捨て、いわゆる「愛情」に賭けたのだった。私が家を出る前日、拓海はこう言った。「お前たちに未来はない。後悔した時はいつでも電話してこい」何があっても助けてやると、そう約束してくれた。でもそれは、雅宏を捨てることを意味していた。私は負けを認めたくなかった。二人の愛ならどんな壁も越え
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