「実花」 恒一の声を耳にした瞬間、実花の視界がぐらりと揺れた。ほんの少し前まで鮮明だった社交会の景色が、一気に遠ざかっていく。 前世の記憶が溢れ出ようとしていることに気づいたときには、遅かった。 次の瞬間には、シャンデリアの光がぼやけ、音楽も笑い声も消えていた。 人の気配が薄れる。 藍色のドレスの重みすら感じなくなる。 代わりに浮かび上がってくるのは、忘れたくても忘れられなかった前世の光景。同じ白い光の下にあった、静かで冷たいダイニング。 実花の視界の中で恒一は、実花を観ることなく美鈴だけを見ている。 義兄妹だから大事にしているだけだと言われ続けた。 夫を信じなければいけない。疑ってはいけない。疑うことは、与えられたものに満足しできない『卑しい行為』だと諭された。 愛されていると信じることでしか、一ノ瀬恒一の妻でいられなかった。 妻でいることに以前の実花は固執していたと言ってもいい。 「良い妻になれ」 そう言った父親と恒一が、実花にとって振りむいてほしかった。だからその言葉は、命令であると同時に、実花の存在意義だった。 だから実花は努力した。 父親と恒一に認めてもらうために学び、働き、笑い続けた。 「家族だから」 「義妹だから」 妻も家族のはずではないのか。 妻よりも義妹を大事にするのか。 そう言いたい気持ちを抑え続けたのは――『家族』という存在に固執したから。家族という単語は、実花にとって呪いのようなものであり、唯一求めた「愛されていないこと」に希望を持たせる『救い』だった。 恒一と美鈴の「義兄妹だから」を信じた―――その結果がどうなったのか、いまの実花はもう知っている。 . (私の人生って、なんだったのかしらね) 現実へ引き戻される感覚の中で、実花は静かに息を吐いた。 そして目の前にいる恒一を見て、実花はゆっくりと呼吸を整えた。震える指先を誰にも見せるつもりはなく、強く握ってその震えを抑えようとしたが、不意に力が抜けた。 (過去に傷ついたこの光景が助けになるとは……) 実花の視線が向いた先にあるのは、恒一の腕へ絡む美鈴の腕。隙間がないほどくっつきあい、胸を押しつけるような美鈴の姿勢はあからさまで、隠していない。実花がそれを目にしても『いつも通りでいる』と確
Read more