Lahat ng Kabanata ng 愛されること~夫と義妹に殺されたので、今世では悪女になります: Kabanata 11 - Kabanata 20

171 Kabanata

第11話 義妹

「実花」恒一の声を耳にした瞬間、実花の視界がぐらりと揺れた。鮮明だった会場の景色が遠ざかっていく感覚に陥る。前の生の記憶が溢れ出ようとしている。それに気づいたときにはもう遅かった。シャンデリアの光がぼやけ、音楽も笑い声も消えていた。周囲の人の気配が薄れていく。着ている藍色のドレスの重みすら感じなくなる。代わりに浮かび上がってくるのは、忘れたくても忘れられなかった前の生の光景。白い光の下に浮かび上がる、静かで冷たいダイニング。恒一が、実花を見ることなく、美鈴だけを見ている。義兄妹だから大事にしているだけ。そう言われ続けた。夫なのだから信じなければいけない。疑ってはいけない。疑うことは、与えられたものに感謝できない『卑しさ』だと言われた。愛されている。そう信じることでしか、恒一の妻でいられなかった。妻でいることに執着していたと言ってもいい。「良い妻になれ」 そう言ったのは父親と恒一。実花にとって、自分を見てほしかった人たち。だから良い妻になることは、命令であると同時に実花の存在意義でもあった。努力した。 父親と恒一に認めてもらうために。学んだ。働いた。笑い続けた。「家族だから」「義妹だから」妻も家族ではないのか。妻も義妹と同じように大事にするべきではないのか。そんな気持ちを抑え続けた理由は――家族への憧れ。家族。それは実花にとって呪いのようなものであり、唯一求めたもの。愛されていない現実の中で、それでも希望を持たせてくれる唯一の『救い』だった。 だから、恒一と美鈴の「義兄妹」を信じた。その近さに目を瞑った。その結果が。(……今だ)現実に戻って、実花は息を吐いた。(私の人生って何だったのかしらね)恒一を見て、実花はゆっくりと呼吸を整えた。震える指先を誰にも見せるつもりはない、強く握ってその震えを抑えようとしたが、不意に力が抜けた。目に入ったのは、恒一の腕に触れる美鈴の手。(過去に傷ついたこの光景が助けになるとは……) 触れるというより、隙間がないほどくっついている。視線をあげれば、恒一の腕に胸を押しつけるような美鈴の姿勢。二人が男と女であることはあからさまだ。隠していない。しかも、実花がそれを見ても『いつも通り』で押し通すようだ。傲慢とさえ言える態度の二人。 (あの夜
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第12話 一ノ瀬美鈴

――私は美鈴さんの義姉にはなりません。実花がそう言った瞬間、恒一が顔をしかめた。実花がまた我侭でそんな“意地悪”を言っている。そう解釈した表情。それは隣にいる美鈴にも見えたのだろう。美鈴の顔が歪んだ。その口元が、堪えきれないように上がっている。実花はそれを見て、自分まで口角が上がりそうになるのを必死に抑えた。きっと美鈴は思ったはずだ。――勝った、と。藤宮実花はいつも通り空気を読んで頭を下げる。恒一を怒らせないように自分から折れる。そう信じ切っている顔。前の生の実花なら、美鈴の期待通りに動いていたはずだ。父親が主催したこの場を乱さないように。恋慕している恒一の顔を潰さないように。自分が謝まってこの場を収めていたはずだ。だが、今は違う。「ふあ……」静まり返った会場に、欠伸を噛み殺したような声が響いた。空気が変わる。藤宮実花が、この状況で欠伸をした。つい先ほどまで漂っていた緊張感がなくなる。戸惑ったようなざわめきが、波紋のように静寂の中を広がっていく。「今、欠伸をした?」「この場で?」実花は周囲の反応を冷静に観察していた。想定外には弱い。社交界では、台本通りのやり取りが好まれる。その中で、藤宮実花には『従順で大人しい令嬢』という役柄が期待されている。その実花が令嬢らしからぬことをした。戸惑うのは当然かもしれない。でも、実花も台本は分かっている。頬へそっと手を添え、軽く眉を下げる。困っている、と分かりやすく。もちろん、実際は欠片も困っていない。欠伸だってわざとだ。「申し訳ありません。今回は成人を迎えるパーティーで、昨夜はあまり眠れなかったのです」照れ臭そうに頬に手を寄せる。「……申し訳ありません!」実花の謝罪に、会場のあちこちから小さな笑い声や同意の声が漏れた。「ああ、分かるわ」「私もそうだったわ」「藤宮のご令嬢として本格的にデビューするのですものね」どれも理解を示す響き。本来なら、人前で欠伸をするなど無作法。だが、今の実花は『緊張で眠れなかった初々しい令嬢』として受け入れられている。(そして……)この場には、恒一と美鈴の『近さ』を不快に思っている人たちが一定数いる。それなら、恒一と美鈴を庇う空気にはなりきらない。実花は会場を見渡す。誰が好意的か。誰が面白がっているか。
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第13話 分かりやすい

「緊張してしまいますよね、こんなに大きなパーティーですもの」美鈴は柔らかく微笑む。優しい声音。気遣うような言葉と合わせれば、実花とも親しく見えるだろう。恒一と実花の関係は、美鈴込みなのだと。「そうですよね」実花も穏やかに返す。内心では、まだこの茶番が続くのかと思っていた。成人した実花が話すべき人は他にも多くいる。本来なら、美鈴との会話はもう終わっている。実花と美鈴が仲良しではないことは誰もが分かっているだろう。それでも、会の主役の一人として挨拶はしなければいけない。それが礼儀だから。しかし、それで終わりだ。会場の空気を乱さないため、挨拶だけして終わるのが正しい。でも、美鈴はまだ目の前にいて、会話を続けている。(本来ならば、エスコートしてきた恒一さんが美鈴さんを連れて去るべきなのだけど)「恒一兄さんって、本当に優しいですよね」美鈴が恒一を褒める。実花は内心でため息を吐く。恒一を褒める流れになってしまっこうなっては、自己顕示欲の強い恒一が美鈴を連れて立ち去るわけがない。今日の実花にパートナーはいないため、実花にはこの場を去る手段がない。仕方がない。その思いを、実花は露骨に顔に出す。美鈴の目が細くなった。空気がぴりっと緊張を孕む。(気に入らないわよね)前の生の実花ならば、競うように恒一を褒めただろう。そして、美鈴は柔らかく、愛らしく、誰からも好かれる『妹』として振る舞う。必死に対抗する自分はさぞ無様だっただろう。そんな姿に周りは思うのだ。恒一が美鈴を可愛がるのも当然だ、と。(でも)「こんな大きなパーティーに参加したことなくて、『いいな』って言ったら恒一兄さんが一緒に行こうって言ってくれて」こうして戻ってきた今なら、美鈴の言葉は穴だらけだ。自分のほうが恒一に大事にされている。そうやって実花を怒らせたいのだろうが。(やっぱり……)周りの数人が眉間に皺を寄せる。父の実篤は一ノ瀬家を招待したが、招待したのは当主である。ここまでの規模のパーティーでは招待客は絞り、本来なら恒一が参加するには当主の同伴者になるしかない。ただ、今回は恒一を実花個人が実篤の許可を取って招いた。恒一が婚約者候補だから。それなのに他の人、それも女性を誘うなど明らかなマナー違反だ。前の生では美鈴を非難し、その振る舞いが実花
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第14話 何かが違う

【一ノ瀬美鈴 視点】実花は何も返さなかった。否定もしない。同意もしない。ただ、静かにそこへ立っている。その沈黙が、美鈴の中で組み上げていた計算を少しずつ狂わせていった。(なにこれ、おかしい)美鈴は笑顔を浮かべたまま、胸の奥にじわりと広がる違和感を感じていた。いつもならこうはならない。いつもなら、実花は慌てて空気を取り繕う。「そんなつもりでは」と、情けないほど曖昧に笑う。そうなったら、「誤解させてしまってごめんなさい」と自分は頭を下げる。仲の良い義兄妹。その設定を実花が補強してくれる。美鈴にとって藤宮実花はそういう女。自分のことが気に入らないくせに。自分の感情より、場の空気を優先する。恒一の機嫌を損ねることが怖いから。だから、楽だった。恒一と距離を詰めれみせれば怯える。意味深な言葉を落とせば勝手に傷ついてくれる。苦しむほど実花は陰気になる。明るい女が好みの恒一は実花を忌避する。実花を嫌って美鈴を庇えば、ますます実花は陰気になって、恒一は実花を嫌う。その構図が美鈴に優越感を与えていた。(なんなの……)それなのに、今夜は何か違う。実花が思い通りに行動しない。いつもなら競うように口を開いて失言を積み重ねるのに、いまの実花は静かだ。焦りも、怯えもない。感情が削ぎ落とされていて、何を考えているのか読めない。美鈴のほうが落ち着かなくなる目。笑顔が引き攣ってしまうことは、美鈴自身が一番分かっている。(なに、この感じ)押しても引いても反応がない。いや、違う。反応がないこと自体が“反応”なのだ。実花は黙ることで、この場の主導権を握っている。背中が、ぞわっと粟立った。今までの実花は分かりやすかった。傷つけば顔に出る。困れば目を伏せる。謝罪するときは唇が震える。だから扱いやすかったのに、今の実花は何を考えているのか読めない。読めない相手は不気味だ。美鈴は相手の反応を読んで優位に立ってきた。だから、反応がないことには怖さしかない。(違う……落ち着いて)自分に言い聞かせる。ここで焦る必要はない。いつも通りでいけばいい。最も確実で、最も慣れた方法。美鈴は隣に立つ恒一を見上げた。「恒一兄さん」声色を変える。少しだけ弱く聞こえるように。少しだけ困ったように。庇護欲を刺激する声を出す。何
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第15話 伸びてきた手

実花は演劇を見るような気分になった。そして、これまで気づかなかったことに気づく。恒一も、美鈴も、愛し合っているわけではない。男女の間の愛をそんなに知っているわけではない。だが、この二人の間には、実花が欲しいと願っていた愛は存在していない。男と女として相手を慈しむ愛情も。家族として相手を守ろうとする愛情も。では、そこに何があるのか。依存。所有欲。優越感。役割。そんな言葉ばかりが頭に浮かぶ。(前の生でも、こうだったのかしら)前は、美鈴を大事にしているように見えた。だから、美鈴のように扱ってほしいと思った。(でも、それすら無いのなら)男女の間の愛情。家族愛。それをくれる人なのだと、前の実花は本気で信じていた。だから、恒一のどのような態度も肯定的に受け取った。自信に満ちた傲慢な振る舞いも。管理するように細める冷たい目も。前の実花には『頼もしさ』に見えていた。(違うんだ)恒一にそんな感情はない。あるのは恒一にとって理想的な構図。儚げに依存する義妹は、自分を頼もしくみせる。義妹を守ることで、ヒーローになる。そのためには悪役が必要で、その悪役が実花だった。胸の奥に苦いものが広がった。だが、それは悲しみではない。呆れているに近い感情。前の自分には後悔しかない。自分を見てほしくて、媚びるように尽くした。褒めてほしくて、必死に恒一に追いすがった。(うわぁぁ)顔から火が出そうだ。滑稽ですらない。ただ痛々し、ただ恥ずかしい。(……嫌になるくらい必死だったわね)愛されたかった。必要とされたかった。捨てられたくなかった――ただそれだけだったのに。どれだけ自分を削った。どれだけ「嫌だ」という感情を飲み込んだのか。今になってようやく理解する。あれは愛ではない。恒一との間にあったのは――恐怖。孤独になることへの恐怖。誰にも必要とされないことへの恐怖。だから必死に、恒一へ縋りついていた。(もう絶対に、誰かの評価のために生きたりはしない)実花は静かに決意する。幸いなことに、あの十年は“なかったこと”になっている。時間が巻き戻ったと気づいた直後は、いっそ別の世界へ行きたかったと思った。あの記憶を抱えたまま生き直すなど罰のようだと感じた。けれど今は違う。あの過去はない。やり直せる。未来を知
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第16話 藤宮家と東国家(1)

視界が陰った瞬間、実花が最初に感じたのは仄かな体温だった。ほんのわずかに漂う熱。人の存在を強く意識させる距離感。そして次に鼻先を掠めたのは、鋭すぎず甘すぎもしないシトラスの香り。清潔で、それでいて不思議なほど印象に残る香り。そして、実花の周りの変化を些細だと感じるほど、それ以上に大きな変化が起きた。実花の周囲だけではなく、会場全体の空気が目に見えない何かによって塗り替えられたような感覚。ざわめきが止まる。音楽が遠のく。誰かが息を呑む気配すら際立つほどの静けさ。変わる―――それは単なる比喩ではなく本当に“重さ”が変わった。今までこの場を支配していた軽薄な社交界の空気が一瞬で別物になった。.実花は思わず目を見開き、そして別の意味で息を飲んだ。「……っ」呼吸が止まる。視線の先。そこに立っている男を見た瞬間。実花の頭の中を埋め尽くしたのは、「なぜ」と「どうして」だった。―――なぜ、この男性がここにいるのか。―――どうして、自分を庇うように前へ立っているのか。東国 光也。その名前が遅れて記憶の奥底から浮かび上がる。東国財閥の後継者候補の一人。冷酷無慈悲、合理主義、情を介さない男。社交界でそんな評判ばかりが囁かれている男。.東国財閥と藤宮グループの格は、ほぼ同格と言っていい。だが両家の関係は古くから独特だった。敵対もしない。親交も深めない。互いの領域へ必要以上に踏み込まない。“つかず離れず”、その距離感を言葉通り保ち続けてきた。礼儀として、パーティーや式典のたびに招待状だけは送り合う。けれど双方とも欠席の返事が来ることを前提にしていた。形式だけの交流、それが東国と藤宮だった。だから今回も、藤宮家が東国家へ招待状を送ったであろうことは実花にも理解できる。だが―――東国光也が実際に来ることだけはあり得ない。興味本位で覗いてみたとか、暇だから立ち寄ったとか。そんな言葉は東国光也には似合わない。実花の心臓がどくりと鳴った。(前世にも、彼はいただろうか)実花は必死に記憶を探る。だが、残念なほど思い出せない。前世の自分は恒一しか見ていなかった。恒一の機嫌。恒一の視線。恒一の言葉。そればかりに必死で、他の招待客の記憶などほとんど残っていない。(でも、流石にこの
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第17話 藤宮家と東国家(2)

「何をしている」東国光也の声は平坦だった。怒鳴っているわけではない。声量も大きくない。けれど、もしその声音を薄い硝子に閉じ込めて叩き割ったなら、中から灼熱の何かが噴き出すのではないかと思わせるほど熱を孕む。苛立ちではない。それよりももっと激しいものを、理性で押し潰しているような低さだった。東国光也はただそこに立っているだけだった。恒一の腕を掴んでいるわけでもない。声を荒げているわけでもないのに、実花には見えた。巨大な手が恒一の喉元を静かに押さえつけるように、東国光也は恒一の逃げ場を塞いでいるようにこの場を制圧していた。(……静かだ)信じられないほど静かだった。その静けさこそが異様だった。社交界の人間たちは言葉で空気を支配する。笑顔で牽制し、遠回しな言葉で優位を取る。だが東国光也は違う。彼に言葉など不要。そこにいるだけで、それが意志として存在しているようだった。.「今、何をしようとしていた」淡々とした問いだった。だがそれは質問ではない―――確認だった。恒一の行動、その意図、その正当性。それら全てを精査しようとする声音。恒一の声を“管理者”の声だとするならば、東国光也の声は罪を裁定する側のものだった。まるで神の代理人。そんな言葉が脳裏を過ぎるほど、厳かで、冷徹で、容赦がなかった。会場の空気が完全に凍りつく。誰も動けず、グラスを持つ手すら止まっていた。息を吸う音さえこの場では無礼になるような、そんな緊張感。シャンデリアの光だけが不自然なほど明るい。その光の下で、恒一の目がわずかに細くなる。だが次の瞬間、実花は見た。彼の中で何かが切り替わったのを。  ――ここは藤宮の場だ。  ――自分は藤宮実花の婚約者になる存在だ。その前提。その思い込み。だが彼の中ではそれが確信として、絶対の軸として存在していた。だから態度は崩れない。過剰に下手にも出ない。かといって敵対もしない、あくまで対等。そんな計算が透けて見える態度だった。実花はそれを見ながら、心の底から冷めた気持ちになっていった。.「少し誤解があっただけです」短く、整った返答だった。声音も落ち着いている。聞きようによっては余裕すら感じさせた。だが実花には分かる。この言葉に含まれるのは「お前は部外者だ」という排除。ここは藤宮家の場
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第18話 藤宮家と東国家(3)

東国光也の視線がわずかに細くなった。その変化はほんの小さなものだったのに、なぜか実花には妙に鮮明に見えた。そして次の瞬間、彼の口元に小さな笑みが浮かぶ。冷笑ではない。侮蔑とも違う。獲物を見つけた獣が、予想外の反応に愉快そうに目を細めるような笑みだった。その瞬間、周囲がざわめく。空気が揺れた。東国光也が笑った――それだけで周囲の反応が変わるほど、彼という男の存在感は異質だった。「キレイなだけの大人しい人形かと思ったら、笑えるじゃないか」「……笑え、る?」想定外すぎる言葉に、実花は思わず目を見開く。まさかこの場で、そんな評価を向けられるとは思っていなかった。しかも“笑える”とは何なのか。困惑する実花を見て、東国光也の目がさらに愉快そうに変わる。その視線は周囲の人間と同じ“評価”の目なのに、どこか決定的に違っていた。値踏みではない。観察だ。興味深いものを見つけた人間の目。「戸惑う様は初々しくて、どこか可愛らしいな」あまりにも自然に、あまりにも真っ直ぐに放たれた賞賛に、実花の顔へ熱が集まる。社交界の賛辞など、普通は飾りだ。相手を持ち上げるための社交辞令。だが東国光也は、そういう種類の男ではないはずだった。だからこそ困る。リップサービスだと思って流したいのに、彼がそんな軽薄なことをするとは思えない。その認識が、逆に実花の熱を逃がしてくれなかった。「……なるほど、これは……」東国光也が何かを納得したように呟く。だが、その言葉の続きを遮るように、別の声が割り込んだ。「失礼。まだ私と話している途中のはずでは?」恒一の声だった。低く抑えられているが、その奥に苛立ちが滲んでいる。東国光也はゆっくりと視線を恒一へ戻した。そして静かに口を開く。「ずいぶんと……威勢がいいな」その“間”に、薄い皮肉が滲んでいた。恒一の眉がわずかに動く。だが東国光也は気にした様子もなく、むしろ親切心すら感じさせる口調で続けた。「誤解しないでほしいが、藤宮家を軽く見ているわけではない」一拍。「俺自身、東国の後継者候補の一人にすぎないことは重々承知している」その言葉に、会場の空気がざわめく。(そうだったわ……)実花は記憶を辿る。東国光也は東国家当主の愛人の子だった。東国家の現当主は好色で有名だった。三度離婚し、今の四人目の妻は実花と五歳も変わらない若い女。そ
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第19話 格の違い(1)

 ――― あくまでも婚約者候補。『ほぼ決定』という曖昧さをバッサリと斬り落とした東国光也の言葉で空気が止まる。完全な静寂。東国光也の視線が、その瞬間だけ実花に触れた気がした。だがあまりにも一瞬で、本当に見られたのか分からないほどだった。気づけば彼はもう恒一を見ていた。「藤宮家の問題に口出ししたなら謝罪しよう。但しそれは、ここにいる彼女に対してだ。一ノ瀬家の君に対する謝罪ではないし……そもそも、謝罪する必要はあるかな?」淡々とした事実確認。だが、それは鋭利な刃だった。東国家と一ノ瀬家では家格が違う。庶子であろうと東国光也は東国家の一員。そして一ノ瀬家は、到底その位置には届かない。恒一の目が鋭くなる。「それは……」反論しようと口を開く。だが言葉が続かない。東国光也はその反応を見て、どこか満足そうに頷いた。「ただ、俺もご先祖様の威光に縋って君を引っ叩くのは気が引ける」「……え?」恒一の戸惑った声。東国光也はそれすら観察対象のように見つめている。「家のことは抜きにして、俺と君で比較するといい。幸いにして年齢も同じ二十八。大学卒業後、俺はいろいろあって社会に出るのが遅れたが、その分はハンデとして君にあげよう」その好戦的な姿勢に、実花は思わずまじまじと彼を見てしまう。前世でも東国光也は冷酷で有能な男として知られていた。だが、こんな風に真正面から人を叩き潰すような男だっただろうか。「俺は東国当主の愛人の子だが、それでも評価されている。海外事業が中心だ。赤字子会社の整理を得意としているせいで冷酷とも言われるが、紛争地域の投資管理を任される程度には有能らしい」淡々と列挙される実績。それは自慢にも聞こえるが、実際に事実だった。実花も前世の知識として知っている。この頃から既にそこまでの成果を出していたのかと思うと、むしろ恐ろしい。「いずれも、結果を出している」短い総括。そして視線を恒一へ戻す。「では君は?」沈黙。東国光也が少しだけ首を傾げる。その仕草が、ひどく挑発的だった。恒一が口を開く。「一ノ瀬家の事業は安定している」「それは結構なことだ」即答。「だが、それは“維持”でしかない。己の力で改革し、拡大しようとは思わないのか?」その言葉が、恒一へ刺さるのが見えた。「藤宮実花の婚約者という立場を利用すれば、拡大はできるかもしれないが
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第20話 格の違い(2)

「……何の騒ぎだ」低く落ちた声は、大きく響いたわけではない。それなのに、その場にいた全員が反射的に背筋を伸ばしていた。会場に広がっていたざわめきが、「藤宮実篤だ」という誰かの呟きを最後に水を打ったように静まり返る。まるで、空間そのものが声の主へ道を譲ったようだった。実花はその声を聞いた瞬間、ようやく父親が会場にいなかったことに気づいた。(そう言えば、前世でも……)ぼんやりと記憶を辿る。確かこの時間、父親は分家の当主たちを集めて別室で話をしていた。表向きは親族間の挨拶と今後の確認。しかし実際は、藤宮家の次代についての擦り合わせ。おそらく―――実花の婚約についての話をしていたのだろう。そんなことを考えている間に、人々が左右に分かれていく。まるで海が割れるみたいだと、実花は他人事のように思った。その中央を、父親を先頭に藤宮一族が歩いてくる。年配の分家当主たち。役員たち。みな一様に威厳と格式を纏っていたが、それでも中心にいる父親の存在感は別格だった。前世でも、何度も見た光景。幼い頃から見慣れていたはずなのに、実花はふと違和感を覚える。(……前より、怖くない)威圧感が消えたわけではない。むしろ圧力は以前と変わらず重い。だが、以前のような絶対性は感じなかった。前世の実花は、父親を間違えない人間だと思っていた。だから恐ろしく、逆らえなかった。けれど今は違う。父親の恒一に対する評価は間違っていた。その事実を知ってしまったから。父親は決して完璧などではなく、失敗もする人間なのだと理解してしまったから。そんな実花の視線の先で、父親の足が止まる。その目が向いた先は―――東国光也だった。その瞬間、父親の表情がほんのわずかに硬くなる。実花はその変化を見逃さなかった。怒りではなく困惑。彼が整えたはずの秩序の中に、予定にない駒が紛れ込んだ時の反応だった。「なぜ……あなたが、ここにいる」呼び方に迷いが滲んでいた。東国と藤宮は、古くから距離を保ってきた家だ。敵対はしない。だが親密にもならない。互いに必要以上に干渉せず、境界線を守る。それが両家の暗黙の了解だった。だから父親は東国光也をどう呼ぶべきか、一瞬迷ったのだろう。「東国さん」では距離が近い。「東国君」では軽い。「光也さん」など論外。だが「あなた」では他人行儀すぎる。その僅かな逡巡だけで、両家の関係性が透けて
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