部屋の中に、優の花束がある。派手ではないのに、不思議なくらいこの部屋に馴染んでいる。置くために選ばれたみたいだった。いらなかったら捨てていい。そう言われたのに。捨てていいと言いながら、私の好みにぴったりの花を渡してくる。優らしいと思った。不器用で、正しくて、少しずるい。そして、今さら甘い。私はキッチンで水を飲み、もう一度テーブルの花束を見る。その時、スマホが震えた。画面を見ると、着信履歴に綾瀬先生の名前が残っていた。電話。綾瀬先生から電話が来るのは珍しい。院内連絡ならメッセージで済む。急ぎの仕事なら、もっと事務的な形で来る。私は少し迷ってから、折り返した。『白松先生?』耳元に、低い声が落ちる。それだけで、胸の奥が少し揺れた。『すみません。着信、気づかなくて』『ううん。こっちこそ遅い時間にごめん』いつもより少し柔らかい声だった。昼間のクリニックで聞く声とは違う。それだけで、距離が少し近く感じた。『何かありましたか』仕事の声を出そうとした。そうしないと、落ち着かなかった。『来週のシフトのことで、少し変更が出そうで』『シフトですか』少しだけ肩の力が抜ける。仕事の話なら大丈夫だ。『月曜の午前、検査が一件前倒しになった』『その分、火曜の午後を軽くしたい』『白松先生の外来枠を少し動かしてもいい?』『はい。大丈夫です』『助かる』そこで会話が途切れた。用件は終わったはずだった。なのに、綾瀬先生は切らなかった。『あと』綾瀬先生が言った。『はい』『声が聞きたかったから』息が止まった。仕事の話だと思っていた身体が、一瞬で動かなくなる。電話越しだから、表情は見えない。それなのに、綾瀬先生が少しだけ笑っている気がした。『……そういうこと、急に言わないでください』やっと出た声は、自分でも頼りなかった。『急じゃないよ』『急です』『結構前から思ってた』その返しに、言葉が詰まる。『白松先生』『はい』『この間はごめんね』急に声が低くなった。『この間?』『クリニックで』『職場なのに、少し言いすぎたなって』気になる人が離婚するの、待ってたので。あの日の言葉が戻ってくる。受付の空気。大貴の表情。看護師が視線を落とした瞬間。そして、綾瀬先生のまっすぐな目。私はスマホを持つ手に
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