食事が進むにつれて、最初の緊張は少しずつほどけていった。綾瀬先生は、よく話す人だと思っていた。軽くて、冗談がうまくて、場の空気を掴むのが早い。実際、その通りだった。でも、向かい合って話していると、それだけではないことが分かる。この人は、聞くのが上手い。質問の仕方がうまい。踏み込みすぎず、でも流しすぎない。こちらが言葉に詰まると、少し待つ。それが、あまりにも自然だった。『どんな子どもだったの?』スープの器を置いたタイミングで、彼が聞いた。私は少しだけ考える。『おとなしかったと思います』『意外、ではないかな』『意外じゃないんですね』『うん』『今も、外に出す前に一回中で考える人だから』その言い方に、少しだけ胸が動く。見られている。『子どもの頃から、そうだったと思います』『我慢してた?』問いは静かだった。私は少しだけ視線を落とした。『我慢、というより』『そうするのが普通だと思っていました』綾瀬先生は、すぐには何も言わなかった。その沈黙が、続きを促しているようで、でも強制ではなかった。私は、少しだけ口を開く。『父の周りには、いつも人がいて』『家の中でも、外でも、失礼がないようにと言われていました』『相手が何を望んでいるのか、先に考える癖がついていたのかもしれません』言葉にしながら、自分でも少し苦くなる。癖。それは優しさではなく、癖だったのかもしれない。失敗しないための。誰かを困らせないための。でも、その癖が今も残っている。自分を傷つけた人にさえ、相手の事情や痛みを考えてしまう。『元旦那さんの怪我も?』不意に言われて、私は顔を上げた。『気にしてるでしょ』私はすぐには答えられなかった。『……気にはなります』認めた瞬間、胸の奥が重くなる。『でも、戻りたいとかそういう話ではないんです』先に言ってしまった。それは、誰に向けた言い訳なのだろう。『うん』彼は短く頷いた。『それは分かってる』その言い方に、胸が少しだけ揺れる。『でも』『あそこまでされた相手に、まだ怪我の経過を気にするのは』『白松先生やっぱり、やりすぎだと思うよ』少し間が空いた。『もっと突き放してもいいし』『むしろ、その方が自然な時もある』私は視線を落とした。分かっている。自分でも、何度もそう思った。でも完
続きを読む