『でもさ、最低な元旦那と咲子さんの関係は、もう綾香の仕事じゃないよ』仕事。その言葉が、少し胸に刺さる。私は昔から、何でも役割にしてきた。妻だから。娘だから。医師だから。ちゃんとしている人間だから。求められた役割を外れないことが、自分の価値だと思っていた。でも、そうしているうちに、自分が何をしたいのか分からなくなった。『私も、そう思った』『うん』『でも、まだ少し心が痛かった』『そりゃ痛いよ』美香はすぐに言った。『だってあの最低な元旦那、綾香の結婚記念日に咲子さん連れて帰ってきた男でしょ』その言葉に、胸が小さく軋む。『うん』『普通にかなり異常だからね』美香の声は、静かだった。怒鳴るわけではない。でも、はっきりしていた。『しかも、外ではそう見えないのが厄介なんだよ』私は顔を上げる。美香はカップを置いて、少しだけ身を乗り出した。『最低なあの人さ、外から見ると分かりにくいんだよね』『……うん』『見た目はいいし、外ヅラはいいし、頭もいいし、仕事もできる。』 『家柄もある。表面的には、ものすごく感じいいじゃん』私は何も言えなかった。その通りだった。優は、外では完璧だった。誰に対しても礼儀正しくて。少し冷たいけれど、品があって。相手が何を言われたいのか、すぐに分かる人だった。だから、周りは優を疑わない。私でさえ、何度も思った。私が我慢すれば、きっといつかうまくいく。この人に選ばれた私は、間違っていない。そう思いたかった。『結婚してた時の話もさ』美香は続ける。『普通の人に言ったら、信じられないと思う。あの人が? ってなるタイプ』『……うん』『でも、綾香は中にいたから分かるんだよね』中にいた。その言葉に、息が詰まる。そうだ。私は、外から見える優ではなく、家の中の優を見ていた。咲子には感情を使うのに、私には使わない優。私が傷つくことを想像しない優。それなのに、外では完璧に振る舞える優。『たぶんね』美香は、少し言葉を選ぶように視線を落とした。『綾香が自分で選択肢を持てなかった時に、さ』 『客観的に全部持ってる人と結婚した自分、っていう安心感を探すしかなかったのかもね』胸の奥を、まっすぐ刺された気がした。私は、すぐには返事ができなかった。優を好きだった。それは嘘ではない
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