『結婚したばかりの頃に、一度だけ。綾香と一緒にお会いしましたよね。たしか、青山のイタリアンでした』美香が言葉を失った。私も、息が止まる。そうだった。結婚してすぐの頃。美香と太一くんに、優を紹介するような形で一度だけ食事をした。あの時、優は丁寧だった。優しかった。美香も太一くんも、最初はこの人なら大丈夫かもしれないと言っていた。でも、それは一度だけの食事だった。何年も前の、たった一度。美香の彼氏の名前も。店の場所も。優は覚えている。異常なほどに。『太一さんも、お久しぶりです』優が太一くんへ視線を向ける。太一くんは少しだけ驚きながらも、礼儀正しく頭を下げた。『……お久しぶりです』『相変わらず、美香さんと仲が良さそうで』穏やかな冗談のような口調だった。けれど、太一くんの表情には警戒が浮かんでいる。優は人をよく覚えている。名前だけではなく。関係性も。場の空気も。それを、必要な時に自然に出せる。だから、相手は一瞬、好意的に受け取ってしまう。覚えていてくれたのだ、と。でも今の私は、その記憶力の良さが少し怖い。美香は、冷めた声で言った。『一度会っただけなのに、すごいですね』『仕事柄、人の名前と顔は覚える方です』優は微笑む。『それに、綾香の大切な友人ですから』その言葉に、美香の目が細くなる。『今さら、そういうこと言うんですね』『今さらですね』優は否定しなかった。静かに認める。その潔さのようなものが、また空気を複雑にする。責める言葉を、滑らかに受け止めてしまう。反論せず。怒らず。ただ、自分の立場を乱さない。その姿は、外から見れば大人に見えただろう。だからこそ、厄介だった。太一くんが、場を整えるように口を開いた。『今日は、綾香ちゃんに気分転換してもらえたらと思って。美香と四人で食事もどうかと誘っただけです』穏やかだけれど、線を引く声だった。そういう意図ではない、と伝える声。優は、太一くんを見る。『ええ。そうですよね』少しだけ口元を緩める。『ご友人の弁護士を紹介したわけではないでしょうから』冗談めかした声だった。けれど、完全な冗談でもない。太一くんの表情がわずかに固まる。美香がすぐに言う。『そういう感じでは紹介してません』『失礼しました』優はすぐに頷いた。『少し意
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