Lahat ng Kabanata ng 愛人を選んだ夫が、離婚後に狂い始めました: Kabanata 291 - Kabanata 300

359 Kabanata

第291話 そろそろ帰るね

背中へ回っていた腕が。 ゆっくり離れていく。 手のひらが。 服の上を滑らないように。 一度その場で浮き。 それから。 自分の側へ戻る。 身体も。 同じ速さで離れていく。 急に立ち上がらない。 慌てて視線を逸らさない。 私が姿勢を戻すのを待ち。 きちんと座れたことを確かめてから。 隼人くんも。 元の位置へ戻る。 床へ落ちたままだったクッションを拾い。 ソファの端へ置く。 私たちの間へ。 壁のように置くことはしなかった。 ただ。 最初より。 少しだけ離れた場所へ座り直した。 今の距離が近すぎたとも。 これ以上は進まないとも。 言葉では説明しない。 二人が。 また落ち着いて話せる空間を。 自然に作り直した。 胸の奥が。 少しずつ落ち着いていく。 近づいたことが。 嫌だったわけではない。 むしろ。 腕が離れた瞬間。 少しだけ名残惜しいと思った。 もう一度。 近くへ行ってもいいと。 思う自分もいた。 でも。 その気持ちだけで。 どこまで進むのかを決めるには。 まだ少し怖い。 隼人くんは。 私が言葉にする前に。 その迷いごと受け取ったように。 勝手に先へ進まず。 だからといって。 何かを失敗したように。 遠くへ逃げることもなかった。 「……うん」 何への返事か分からないまま。 小さく声が出た。 隼人くんがこちらを見る。 「何?」 「お茶」 「うん」 「冷めるね」 言うと。 隼人くんが。 少しだけ笑った。 「そこは敬語じゃないんだ」 「もう、気にしないで」 「うん」 今度は。 いつもの笑い方に近かった。 私は茶器を持つ。 指先が。 まだ少し落ち着かない。 一口飲む。 淹れたばかりのはずなのに。 味がよく分からなかった。 「美味しい?」 隼人くんに聞かれる。 「たぶん」 「たぶん?」 「今、あんまり分からない」 「俺のせい?」 顔が熱くなる。 「……そうかも」 答えた瞬間。 隼人くんが。 少し驚いたように目を見開いた。 それから。 嬉しそうに笑った。 「そっか」 「何?」 「俺のせいでいいよ」 綾香は。 誤魔化すように。 茶器へ口をつけた。 隼人くんも。 自分の茶器へ手を伸ばす。 けれど。 持ち上
Magbasa pa

第292話 残したい場所

翌日、クリニックはいつもの忙しさだった。定期的に通ってくれる患者の診察が終わった。 「私、次も白松先生の日がいいんです」 受付へ向かう前に。 患者はもう一度、こちらを振り返った。 それから。 少しだけ言いにくそうに続けた。 「なんですが受付で、これから先生の診察日が」「減るかもしれないって聞いたのですが」 綾香は。 受付の方へ視線を向けた。 最近は面談等も重なっていたので、時間が少しいつもよりも不規則になっていた。 勤務日を調整する可能性がある以上。 事前に伝えておく必要がある患者もいる。 誰かが不用意に話したわけではないのだろう。 「減ることが確定したわけでもないですし、取れる日時があるので受付で確認してください」 綾香は答えた。 「よかった」 患者の声が明るくなる。 その言葉が。 思っていたよりも強く胸へ残った。 患者は続ける。 「ここに来たのは、前の病院から紹介されて」 「最初は、近いから来ただけだったんです」 「でも」 少し笑う。 「先生は、急がないで話を聞いてくれるから」 綾香は。 何も言えなかった。 医師として。 当たり前のことをしているだけだった。 症状を聞く。 不安を確認する。 治療を説明する。 必要なら。 その場ですべてを決めず。 患者が考える時間を残す。 それでも。 その人にとっては。 ここへ通う理由になっている。 診察室の扉が閉じる。 静かになった部屋で。 綾香はしばらく。 閉じた扉を見つめていた。 病院へ戻りたい。 その気持ちは。 変わっていない。 病棟で働きたい。 専門医取得に向けた研修も。 もう一度進めたい。 それは。 今の自分が選んだ道だった。 でも。 病院へ戻ることと。 このクリニックを完全に手放すことは。 同じではない。 少し前まで。 ここは。 臨床へ戻るための場所だった。 本当に患者を診られるのか。 医師として。 もう一度働けるのか。 それを確かめるための。 途中の場所。 そう思っていた。 けれど。 今は違う。 自分の診察を待つ患者がいる。 次も。 白松先生の日がいいと。 言ってくれる人がいる。 この場所でしか見えないこともある。 病院へ戻ったからといって。 それをすべて手放す必要はな
Magbasa pa

第293話 いつから考えてたの?

「毎日でも」 「それは無理」 敬語が崩れる。 「知ってる」 隼人くんが笑う。 「でも」 その笑みが。 少しだけ薄くなる。 「前と同じようには会えなくなるだろうなとは思ってる」 「うん」 「だから」 綾香が続ける。 「ここで働く時間も」 「大事にしたい」 患者のため。 臨床側の医師として。 それだけではない。 隼人くんと。 同じ場所で働く時間を。 全部なくしたくない。 隼人くんは。 何も言わず。 しばらく綾香を見ていた。 それから。 ゆっくり頷く。 「分かった」 短い言葉。 でも。 今度は。 院長としてだけではないと分かった。 綾香は。 机の上の書類へ視線を落とす。 「それ」 「うん?」 「何の資料?」 隼人くんが。 一瞬だけ。 答えるのを迷った。 ほんの短い間。 それでも。 綾香には分かった。 「クリニックのこと?」 「うん」 隼人くんは。 伏せていた書類を。 元へ戻した。 「前に話したでしょう」 「広げること?」 「そう」 患者が増えている。 予約が取りづらい。 診察室も。 人員も。 今のままでは限界が近い。 以前。 隼人くんから聞いていた。 「もう、具体的に動いてるの?」 「まだ」 隼人くんは答える。 「候補を見てるだけ」 机の上には。 現在のクリニックより広い物件の資料。 採用候補者の経歴。 融資や契約に関する簡単な書類。 思っていたより。 話は進んでいるように見えた。 「人も増やすの?」 「広げるならね」 「先生も?」 「うん」 隼人くんは。 書類へ視線を落とす。 「今のままだと」 「俺が診られる数にも限界があるし」 「綾香ちゃんの勤務が減る可能性もあるから」 「他の先生も探してる」 綾香は。 少しだけ胸が詰まった。 私が病院へ行くことも。 隼人くんの計画へ影響している。 「私が辞めるから?」 「それと、これは違うよ」 隼人くんはすぐに否定した。 「もともと必要だった」 「綾香ちゃんが来てくれたことで」 「少し先延ばしにできてただけ」 言い方に。 責める響きはなかった。 それでも。 自分が病院へ戻ることで。 隼人くんも。 変わらなければならないのだと実感した。 「大変?」
Magbasa pa

第294話 慣れてなくて

決まってから。 心配させないため。 中途半端なことを言わないため。 隼人くんなりの配慮なのだと思う。 けれど。 その言い方を。 私は知っている。 優も。 何かを決める時。 すべてが固まってから話した。 仕事のこと。 家のこと。 自分の中で結論を出してから。 私に伝えることが多い。 もちろん。 隼人くんと優は違う。 隼人くんは。 私の人生を勝手に決めようとしているわけではない。 ただ。 何かが決まるまで。 一人で抱える癖がある。 「決まってからじゃなくて」 綾香は。 ゆっくり口を開いた。 隼人くんの表情が。 少しだけ変わる。 「途中でも」 「聞かせてほしい」 声が。 思っていたより小さくなった。 「全部、説明してほしいわけじゃないよ」 「まだ分からないっていう話もたくさんあると思う」 「でも」 一度。 息を整える。 「何か考えてるなら」 「私は、知りたい」 恋人だから。 そう言うには。 まだ少し照れがあった。 それでも。 ここで引っ込めたくなかった。 「病院のことも」 綾香は続ける。 「私は、決まる前から隼人くんに話したでしょう」 「うん」 「だから」 「隼人くんのことも」 「決まってから報告されるんじゃなくて」 言葉を選ぶ。 「考えてる途中から」 「聞きたい」 隼人くんは。 何も言わなかった。 机の上へ置いていた手を。 少しだけ握る。 そして。 ゆっくり力を抜いた。 「ごめん」 静かな声だった。 「謝ってほしいわけじゃない」 「うん」 隼人くんが。 少しだけ困ったように笑う。 「慣れてなくて」 「何が?」 「決まってないことを」 「誰かに話すの」 いつも。 自分の中で決めて。 必要なことだけを。 周囲へ伝えてきた。 家を離れる時も。 クリニックを開く時も。 きっと。 同じだったのだろう。 「じゃあ」 綾香は。 机の上の書類を指した。 「今、どこまで考えてるの?」 隼人くんの目が。 少しだけ柔らかくなる。 「今?」 「うん」 「まだ、何
Magbasa pa

第295話 正式に決まったよ

病院から正式な連絡が来たのは。それから三日後だった。朝から降っていた雨は。昼を過ぎても止まず。クリニックの窓を。細い水の筋が流れていた。待合室には。濡れた傘の匂いと。消毒液の匂いが混じっている。診察の合間。白衣のポケットで震えたスマホを取り出した。画面に表示されていたのは。真帆の名前だった。『正式に決まったよ』その一文を見た瞬間。周囲の音が。少しだけ遠くなる。続けて届いた文章には。勤務開始日。最初の数週間の予定。病棟勤務を中心にしながら。段階的に外来や当直へ入っていくこと。専門医取得に向けた研修歴についても。引き続き確認を進めることが書かれていた。採用が決まった。病院へ戻る。その言葉が。ようやく。現実の重さを持った。うれしい。それと同じくらい。少し怖い。クリニックへ戻った時も。最初は。患者の前へ座るだけで緊張した。病院では。求められるものがもっと多い。病棟の流れ。急変への対応。医師同士の判断。看護師や薬剤師との連携。以前知っていた場所へ戻るのではない。今の自分で。もう一度入り直す。『おめでとう』真帆から。すぐに次のメッセージが届く。『忙しくなるけど、最初から全部できなくていいからね』思わず。小さく笑った。今の私が。一番忘れやすいことを。先に言われた気がした。『ありがとう』返信する。それから。隼人くんとの画面を開いた。最初に報告すると。約束していた。『決まりました』送ってから。少し迷う。敬語を消す。『決まったよ』送り直すことはできない。けれど。すぐに追加で。『病院、正式に決まった』と送った。数分後。診察室の扉が叩かれた。「どうぞ」開いた扉の向こうに。隼人くんが立っている。白衣姿。片手には。次の患者の検査結果を持っていた。「おめでとう」声は。いつも通り落ち着いていた。でも。目元が。少しだけ柔らかい。「ありがとうございます」答えた後。隼人くんが。何も言わずこちらを見る。小さく息を吐いた。「ありがとう」言い直す。隼人くんが。満足そうに口元を緩めた。「開始日は?」「来月の最初の月曜日」「思ったより早いね」「うん」「クリニックは?」「最初の一か月は、休むことになるかもしれない」その言葉
Magbasa pa

第296話 会う時間を決めよう

「物件は?」「今の場所を広げるのは難しい」「じゃあ、移転?」「候補としては」隼人くんが。一枚の紙を私の方へ向ける。今のクリニックから。二駅ほど離れた場所。駅から近く。面積も広い。けれど。賃料も。今よりかなり高い。「ここは」隼人くんが言う。「医療法人が前に使ってた場所」「お父さんの?」「うん」「今は空いてるらしい」「そこへ移ったら」紙を見ながら尋ねる。「クリニックは、家のものになるの?」「ならないよ」隼人くんの答えは。はっきりしていた。「それは条件にするから」「場所を借りても」「運営は分ける」「人も」「俺が決める」家の力を使う。でも。家の中へ戻るわけではない。隼人くんは。その境界を。自分なりに決めようとしている。「それなら」資料を見つめたまま言う。「一度、見てもいいんじゃない?」隼人くんが。少しだけ目を上げた。「そう思う?」「うん」「使うかどうかは」「見てから決めればいいでしょう」「うん」「一度見たからって」「受け入れなきゃいけないわけでもないし」隼人くんが。ゆっくり笑った。「綾香ちゃんも」「そういう考え方するようになったね」「何が?」「一回選んだら」「最後まで正解にしなくていいって」窓辺のグリーンのカーテンを。思い出した。あの時。隼人くんが。私に言ってくれたこと。「隼人くんが言ったんでしょう」「そうだった」「自分も使って」言うと。隼人くんが。少しだけ声を立てて笑った。その笑顔を見て。胸の奥が温かくなる。病院が始まる。クリニックが変わる。私も。隼人くんも。今までと同じではいられない。でも。変わることが。離れることと同じではない。そう思いたかった。「予定」バッグからスマホを取り出した。「決めよう」隼人くんが。少し眉を上げる。「何の?」「会う時間」言った瞬間。少しだけ照れた。けれど。言い直さなかった。「病院が始まったら」「今までみたいには会えなくなるし」「うん」「隼人くんも」「物件とか、人のこととか」「家の人にも会うでしょう」「たぶん」「だから」カレンダーを開いた。「先に決めておきたい」隼人くんは。数秒。こちらを見ていた。それから。自分のスマホを取り出す。「それ」少し
Magbasa pa

第297話 病院へ戻る日

*** 病院へ戻る日が、ついに現実になった。クローゼットの前で。白いブラウスと。落ち着いた色のパンツを選ぶ。白衣は。病院で用意されている。バッグの中には。職員証の申請書類。印鑑。メモ帳。使い慣れたペン。必要だと言われたものを。昨夜。何度も確認した。髪をまとめ。鏡を見る。クリニックへ初めて出勤した日も。同じように。自分の顔を確かめた。あの日の私は。本当に患者を診られるのか。白衣を着る資格があるのか。そればかりを考えていた。今日は。少し違う。外来へ戻れた。患者の前へ座ることも。医師として判断することも。もう一度できるようになった。それでも。病院へ戻るのは。やはり別のことだった。知っている場所へ。元通りに戻るわけではない。何年も離れていた時間を持ったまま。今の自分で。もう一度。中へ入る。玄関を出る。朝の空気は。思っていたより冷たかった。通勤する人の流れへ入り。駅へ向かう。電車の中には。眠そうな顔をした会社員。制服姿の学生。白いスニーカーを履いた看護師らしい女性。それぞれが。自分の一日へ向かっている。窓へ映る自分を見る。以前。大学病院へ通っていた頃も。こうして。朝の電車へ乗っていた。夜勤明けの人とすれ違い。今日の担当患者を考えながら。病院へ向かった。その頃の自分が。遠く感じる。けれど。まったく知らない人にも思えなかった。あの頃の私がいたから。今。もう一度ここへ向かえる。電車が。病院の最寄り駅へ着く。人の流れに押されるように。ホームへ降りる。改札を出ると。病院へ続く道には。すでに多くの人が歩いていた。患者。家族。職員証を下げた医療従事者。救急車の音が。遠くから近づいてくる。建物の前で。一度だけ足を止める。何度も見学で来た病院。それでも今日は。入口が少し違って見えた。ここへ。働く人間として入る。小さく息を吸い。自動扉をくぐった。***職員用の入口で手続きを済ませ。真新しい職員証を受け取る。写真の横に。自分の名前。【白松綾香】その下に。医師。と記されている。ただの文字。それなのに。指で触れたくなるほど。重く感じた。「綾香」声をかけられ。顔を上げる。真帆が。白衣姿でこちらへ歩いて
Magbasa pa

第298話 最初のオンコール

***午前中は。指導担当の医師について。病棟を回った。一人目の患者。二人目の患者。手術を控えている人。退院調整が必要な人。治療方針を。家族へ説明しなければならない人。カルテを開き。検査結果を見る。既往歴を確認する。一つずつなら。理解できる。でも。患者の背景。家族の希望。看護師が感じている変化。薬剤師からの提案。リハビリの進み方。複数の情報が重なると。病院の診療が。一人の医師だけでは成立しないことを。改めて思い知らされる。「白松先生」看護師に呼ばれる。反射的に顔を上げる。「はい」「三〇七号室の患者さん」「朝から食事量が落ちていて」「昨日より少し反応も鈍い気がします」担当医が。別の患者の対応へ入っている。一瞬だけ迷った。自分で診ていいのか。誰へ確認するべきか。その間にも。看護師は続きを待っている。「分かりました」答える。「一緒に確認してもらえますか」分かったふりをせず。看護師へ同行を頼む。病室へ入る。患者へ声をかけ。反応を見る。体温。血圧。呼吸。朝の検査結果。大きな変化はない。けれど。看護師が感じた違和感を。ただの印象として流したくなかった。「昨日と比べて」「具体的に、どの辺りが違いますか」尋ねる。看護師は。朝の会話。身体を起こした時の様子。食事へ手を伸ばさなかったことを。順に話した。もう一度患者を見る。念のため。追加で確認したいことが浮かぶ。けれど。この病院で。どこまで自分の判断で進めていいのか。まだ分からない。「担当の先生に」「今の状態と」「追加で確認したいことを相談します」そう伝えると。看護師が頷いた。スタッフルームへ戻り。担当医へ報告する。要点をまとめて。余計なことを足さず。自分が気になった点も伝える。担当医は。少し考え。追加の確認を指示した。「ありがとうございます」そう言うと。医師は。カルテを見たまま答えた。「こういうのは」「看護師さんの違和感が当たることも多いので」「拾ってくれて助かりました」大きな判断をしたわけではない。命を救ったわけでもない。それでも。病棟の中で。自分の役割が。一つだけあった気がした。***昼を過ぎる頃には。足が重くなっていた。クリニックでも。
Magbasa pa

第299話 変わっていく毎日

病院へ戻ってから。朝の時間が変わった。目覚ましが鳴るのは。クリニックへ行っていた頃より、少し早い。まだ薄暗い部屋で起き上がり。カーテンを開ける。窓の外には。朝の光が届く前の街がある。以前なら。ゆっくりお湯を沸かし。簡単な朝食を取ってから。クリニックへ向かっていた。今は。時計を気にしながら髪をまとめ。前日のうちに用意した服へ着替える。バッグへ。職員証。メモ帳。飲み物。必要なものを入れて。家を出る。駅へ向かう道で。何度も同じ人とすれ違うようになった。犬を散歩させる男性。コンビニの前でコーヒーを飲む人。眠そうな顔で駅へ向かう学生。同じ時刻に。同じ道を歩く人たち。そこへ。私も混ざるようになった。電車へ乗り。病院の最寄り駅で降りる。改札を出た瞬間から。頭の中が切り替わる。今日診る患者。前日の申し送り。確認しなければならないこと。病院の中では。時間が早く進んだ。気づけば昼を過ぎ。座ったと思えば。すぐに立ち上がる。最初の数日は。知らないことばかりだった。人の名前。院内の決まり。書類の場所。誰へ何を確認するのか。以前なら。もっと早く動けた。そう思う瞬間もあった。けれど。そのたびに。分からないことを聞いた。確認してから動いた。前の自分へ戻ろうとするのではなく。今の病院で。今の自分が働けるようになる。それだけを考えた。少しずつ。声をかけてくれる人が増えた。「白松先生」廊下で呼ばれる。最初は。反応が遅れることもあった。自分の名前だと気づくまで。ほんの少し時間がかかった。でも。何度も呼ばれるうちに。自然に振り返れるようになった。自分の席には。確認を頼まれた書類が置かれるようになった。患者の家族から。名前を覚えてもらうことも増えた。勤務表の中にある。【白松】という文字も。少しずつ。見慣れたものへ変わっていった。病院へ戻ったのだと。一番強く感じるのは。白衣を着た時ではなかった。誰かに。仕事を任された時だった。***帰宅する時間も。以前より遅くなった。部屋へ着く頃には。外はもう暗い。玄関で靴を脱ぐと。そのまま動きたくなくなる日もあった。以前は。帰宅してから。夕食を作ることもあった。今は。冷蔵庫へ入れておいた
Magbasa pa

第300話 会いたかったから

「大丈夫」「待った?」「少しだけ」「帰ってもよかったのに」「会うって決めたでしょう」そう答えると。隼人くんの表情が。少しだけ柔らかくなった。「うん」「会いたかったから」私も。会いたかった。その一言を。すぐに返せるようになった。「私も」それだけで。短い時間でも。来てよかったと思えた。店の閉店まで。一時間もなかった。隼人くんは。クリニックの候補地を見たことを話した。私は。病院で少しずつ任されることが増えたと伝えた。詳しい説明はしなかった。隼人くんも。細かな経営の話まではしなかった。ただ。互いの日常が。以前とは違う速さで動いていることだけは。よく分かった。「疲れてる?」隼人くんに聞かれる。「少し」「顔に出てる」「隼人くんも」「俺はいつもこんな感じ」「違う」言うと。隼人くんが少し笑った。「ちゃんと見てるね」「見るって決めたから」以前。院長室で言った言葉。隼人くんは。それを覚えていたらしい。テーブルの上で。指先が少し動く。触れそうで。触れない場所。私から。少しだけ手を伸ばした。指先が。隼人くんの手に触れる。ほんの短い間。それだけ。隼人くんは。少し驚いたように私を見た。それから。手のひらを返し。指先を包んだ。以前なら。それだけで。もっと長く触れていたかった。今も。離れたくはない。でも。翌朝も早い。隼人くんも。まだ仕事が残っている。閉店を知らせる音楽が流れる。指が。ゆっくり離れた。「次」隼人くんが言う。「いつ会える?」二人で。スマホのカレンダーを開いた。私の病院勤務。隼人くんの診療。物件の打ち合わせ。プロジェクト。どちらかが空いている日は。もう一方に予定がある。画面を動かしても。簡単には見つからない。「来週は」私が言いかける。「オンコールあるでしょう」隼人くんが先に言った。「覚えてたの?」「最初の日だから」「うん」勤務表へ書かれていた。最初のオンコール。病院へ戻ってから。まだ数週間しか経っていない。完全に一人で対応するわけではない。それでも。その日が近づくほど。少しずつ緊張していた。「終わった次の日は?」「たぶん、寝てる」「じゃあ寝て」隼人くんは。すぐに言った。「会いた
Magbasa pa
PREV
1
...
2829303132
...
36
I-scan ang code para mabasa sa App
DMCA.com Protection Status