ジャケットの前がさらに開く。シャツに包まれた胸元。私より広い肩。膝の横へ置かれた腕。あの腕が動けば、もう簡単に距離はなくなる。そのことを。隼人くんも分かっているように、しばらく私を見ていた。「綾香ちゃん」「はい」「抱きしめたら、少しは落ち着きそう?」目が、私の表情をゆっくりと確かめる。抱きしめてもいいか、とは聞かない。私が肯定しやすい形へ、答えをほんの少しだけ導いている。隼人くん自身が。抱きしめたいと思っていることを隠していない。それでも最後は、私が言葉へするように。「たぶん、落ち着くと思います」答える。「たぶん?」目元が、わずかに細められる。甘く。少しだけ意地の悪い聞き返し方だった。「……はい」「それなら」隼人くんの手が、ソファの上をゆっくりと動いた。長い指が、私の手のすぐそばで止まる。掌を上へ向ける。手の中央には薄く線が走り、指の関節には、細い影が落ちていた。「こっちへ来る?」胸が大きく鳴った。腕を伸ばし。私の腰を引き寄せることもできたはずだった。隼人くんの腕の力なら。私が身構えるより先に、簡単に抱き込めると思う。けれど。最後の距離だけは。私が自分で縮めるように残している。私は、差し出された手へ自分の指を重ねた。隼人くんの指が閉じる。骨ばった指が、私の指の間へゆっくりと入り込む。今までの手のつなぎ方よりも深く。手のひら同士が重なる。そのまま。少しだけ引かれた。力は強くない。けれど、拒まなければ自然に隼人くんの方へ身体が動く、迷いのない引き方だった。私はソファの上で身体を寄せた。隼人くんの肩が近づく。開いたジャケットの胸元へ、額が触れそうになる。顔を上げる。隼人くんは、私を見下ろしていた。目の色が深い。会場で女性たちへ向けていた穏やかな笑みはなく。私がどこまで近づくのかを、確認しているかのように見えた。「ここまでは、いい?」低い声で尋ねられる。まだ抱きしめられていないことに気づく。手は深くつながっている。膝も。身体の側面も、触れそうなほど近い。それでも。腕を回す前に、もう一度待っている。「もう少し」私は答えた。自分の声が、驚くほど素直に出た。隼人くんの目が、ゆっくりと細くなる。「もう少し、どうしたい?」穏やかな声だった。けれど。
Read more