All Chapters of ハワード王国の王子様: Chapter 11 - Chapter 20

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第11話 戦いの準備

「我が軍は四倍の敵に対するのだぞ。どのようにして二度も勝つというのだ」 カイゼル王の当然の問いにアウグストはしばし口をつぐみます。 戦争の終結を予想したことで父王の権限を越えてしまったのではないかと危惧したからです。「あくまで可能性の話です。戦闘に勝つ方法については現地を見てみないことには何も言えませんが……」 そこで言葉が途切れます。 カイゼルには息子の考えていることがなんとなく予想できたので、声色も優しく尋ねました。「何か思うところがあるなら|忌憚《きたん》なく何でも言うがよい。お前は次の王になるのだ。何も遠慮することはない」 彼は父の言葉に深く頷くと、はっきりとした『指示』を出しました。「父上、次の戦闘に備えてですが。この休戦期を利用して我が軍は騎馬兵を徹底的に鍛えておいてもらえますか。馬という生き物の特性、扱い方、弱点まで全てを知り尽くした騎馬隊を組織してもらいたいのです」「騎馬だと? 敵の追撃や先行部隊として使う以外に用途があるというのか?」 当時の騎馬兵というのは貴族のみがその技能を有するものでした。馬の産地でもない限り、馬を養い乗りこなすという技能そのものが金銭的な負担の高いものであり、資金を持たない市民には取得が難しいものだったのです。 しかし、ハワード王国は違いました。 肥沃な平原と程よい森林地帯に恵まれたこの地方は野生馬が多く生息しており、牛よりも手軽に使える家畜として切っても切れない存在だったのです。それゆえハワード王国の騎馬兵は精兵揃いと評判でした。 アウグストはその騎馬兵をもっと鍛えるようにと進言したのです。「ふむ。わかった。騎馬兵の鍛錬だな。聞いていたな将軍、アウグストの言うとおり騎馬の鍛錬を重点的に行うように」 カイゼル王にはその真意までは分かりませんでしたが、類稀なる才能の片鱗を見せ始めているこの息子を全面的に信用し、言われた通りの事を将軍に命じました。「歩兵に関しては何もないか?」「そうですね」 アウグストは少し考えましたが、多くの注文
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第12話 出陣の時

 ――ハワード王国 城門前―― 春を迎え、戦闘に適した季節へと変わるや否や、カイゼル王は整然と並ぶ軍勢の前に毅然とした姿を現します。 前回の戦闘結果を踏まえた兵士たちはさらに戦意を高揚させ、歓呼の声で王を迎えました。「戦友諸君! もはや忍耐の時は過ぎた! 前回は迎え撃つ戦いだったが、今回は違う。帝国の喉元へと突き進み、その喉笛を食いちぎる戦いだ。帝国に強烈な一撃を加え、我が王国に侵攻しようなどと二度と思わぬよう思い知らせるのが目的だ。大義は我にあり! たとえ何十万、何百万の軍勢を持ってしようとも、我らの土地のひとかけらたりとも|掠《かす》め取ることはできないと教えてやるのだ!」 軸となる目的を持って鍛え上げられた兵たちの目は自信に満ちており、強気とも言える王の言葉によってさらに戦意を高揚させます。 年が明けて九歳になったアウグストもそばに控えており、その目は遠くを見据えるようで、兵たちの目には前回の戦いを導いたように勝利が確定した未来を見ているようにすら映ります。「我らが王国は帝国の飽くなき領土欲に鉄槌を下さねばならない。我らが苦心の末に安寧をもたらしたこの王国。それをさも自分たちが平定したものと勘違いし、我らを逆賊や簒奪者と呼んではばからないその思い上がった精神を叩きのめすのだ。今回は帝国領の奥深くに侵攻する故、前回よりも苛烈な戦いが待ち受けているだろう。だが何も案ずることはない。勝利への道筋を描き、確固たる目的のために鍛え上げられた諸君らの勇猛さと我が軍の智謀に及ぶ者など帝国にはいない!」 詳細は聞かされておらずとも兵たちは気付いています。勝利のために策を練り上げ、その策の遂行のために的確な指示を与えたのが誰であるのかを。そしてそれを即座に理解して実行に移すカイゼル王の英断と統率力を。「死を恐れず戦うことは必要だ。だが死に急ぐことと勇敢に戦うことは全く違う。我々は屍をさらしに行くのではない。生きて帰り、この国を、家族をより豊かにするため戦いへと赴くのだ。死への誘惑を飼い慣らし、抗い、生きるためにこそ剣を振るえ! 敵を蹴散らした後、またこの城で会おう!」 五万の軍勢が一斉に上げる雄叫びは大地を揺るがすかのごとく響き渡ります。
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第13話 作戦会議

 ――リンゼン帝国 総指揮所――「ハワード王国軍、ここより二日の距離に展開。その数五万」 斥候の報により間もなく敵軍と遭遇することが分かったリンゼン帝国軍の兵営地では、さっそく作戦会議が開かれていました。 総指揮官であるローゼンベルクがまず口を開きます。「ふん。前回から二万しか増やせなんだか。所詮は|僻地《へきち》。その辺りが限界であろうな」 その口元には笑みが浮かんでいます。「しかし大臣、前回はそれよりも少ない数にやられたのです。寡兵と言えど侮ってよいものではありません」 毅然とした態度で慢心を諫めるヴィルヘルムの言葉に、苦々しい表情を隠そうともしない大臣。 心の中で(皇帝の腰巾着めが)と蔑んでいるのが見て取れます。「言われなくても分かっておる。そのため兵どもに厳しい訓練を課し、精鋭に育て上げたのだぞ。鍛え上げた我が兵の実力を黙って見ているがよい」 吐き捨てるように言い放つ大臣ですが、ヴィルヘルムは怯むことなく返します。「ですがこのまま進軍を続けた場合、敵とぶつかるのは丘陵地帯です。数で優位に立つ我が軍の優位性が活かせません」 地形に起伏があるとあちこちで部隊が分断され、全軍一丸となっての戦闘が出来ません。それは数が多ければ多いほど顕著に表れるため、自軍の利点を殺すのと|同義《どうぎ》でした。「だったらどうしろというのだ。使者をやって、ここでは都合が悪いから違うところで戦いましょうとでも言うのか」 将軍たちの間から笑い声が漏れました。馬鹿にした物言いなのは明らかですが、ヴィルヘルムは気にした様子もありません。「敵と遭遇したからと言ってすぐに戦いを始める必要はありません。様子を見るふりをしつつ、少しずつ陣をずらしていけばよいのです。丘陵地から東へ少し行ったところに、大軍を展開させられるだけの平地があります。必勝を期すならこの地で戦うべきです」「ふむ」 明らかに理のある言葉に、さすがの大臣も思案します。「しかし、それでは我が軍の補給地である街から離れていくことになってしまうぞ」
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第14話 にらみ合い

 ――リンゼン帝国 総指揮所――「奴ら……兵を分けたのか!」 王国軍が補給地を確保しに動いたという斥候からの報告を聞き、ローゼンベルクの顔には喜びが浮かびます。「愚か者どもめ。やはり前回の勝利で図に乗っておるの。それとも五万ごときの軍勢でいっぱしの大軍気取りか?」 数で劣る相手が更に兵を割いたと知り、大臣だけでなく将軍たちまでもが勢いづきます。「所詮は戦争の仕方も知らぬ田舎者ばかりよ」「前回がいかに幸運に恵まれていたのか、これでよく分かったわ」 勝利の足音を聞いたと思い込んだ者たちが活気づく中、ヴィルヘルムだけが静かに考え込んでいました。 (おかしい。あの程度の見え透いた罠、先の戦いの時に見せた手際を考えれば容易く察しそうなものだが……) しかも別の斥候の報告によれば、行軍進路を変更した帝国軍に対し、王国軍もそれに合わせるように向きを変えたとのこと。 このままではヴィルヘルムが提言した通り、大軍に有利な平原での戦闘になることは必至です。(このまま平原で会戦すれば帝国軍の勝ちは揺るがない。皆は都合の良い解釈ばかりしているが、それだけで済むのか……。彼らはいったいどのような手段で自軍に有利な状況を作る気だ?) この速度で進軍すれば、明日には予定通りの地で両軍は対峙することになるでしょう。 その間に何か逆転を許すような手を打たれることがあるのか。必死に考えるものの、彼では正解にたどり着けません。「わははは! 今度は向こうが大地に屍をさらす番だ! 前回の屈辱、何倍にもして返してやろうぞ」 地の利、数の利、どちらも手の内にした大臣は勝利を確信し、上機嫌です。「ヴィルヘルムよ。よくぞ陽動作戦を進言してくれた。勝利の暁には貴殿にも相応しい報酬を約束しよう」「ありがたくは存じますが、まだ戦いは始まっていません。くれぐれもご用心なされるよう」 珍しく彼の功績を認める大臣ですが、まだ相手の手の内が読めないと思っているヴ
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第15話 騎兵の真価

 ――リンゼン帝国領内 中央部 平原地帯 リンゼン帝国側陣営地―― 草木も目を覚ます日の出頃。春を迎えたとはいえ、静かに雨が降る朝は肌寒さを感じます。 雨に濡れながら見回りをする不寝番の兵士は朝もやに包まれた平原を眺めていました。「今日もまた立ちっぱなしで一日を過ごすのかなぁ」 出陣の時には熱狂的な士気を誇っていた兵士たちも、連日続くにらみ合いに少し気が削がれてしまっています。 そして敵陣を確認するために目を凝らした時、靄の向こうが黒く浮かび上がっていることに気が付きました。 太陽の光が朝霧を追いやった後、まるで地面から湧いて出たようにそこにいたものを見て、不寝番の兵士は自分の目を疑いました。 前日まで日が昇ってから布陣を開始していた王国軍が、すでに布陣を完了して待ち構えていたからです。「て、敵だぁーーーー!」 突如として現れた軍勢に急いで布陣のラッパが鳴らされ、帝国軍の兵士は朝食を取る暇もなく、鎧の下にもう一枚重ね着をする時間もないまま慌てて戦場に駆り出されるのでした。 ――ハワード王国軍 陣営地総指揮官天幕前――「アウグスト、言われた通り兵士たちには夜明け前に食事をとらせ、身体には油を塗らせて雨の対策をさせておいたぞ」 息子の狙い通り、こちらの動きに慌てる帝国軍を見て、父王は誇らしくなりました。「布陣も昨日とは変えてありますか?」「無論だ。今までの常識にはない布陣だが、連携を鍛えておいたおかげで混乱もなく済ませることが出来たぞ」 通常は主戦力である重装歩兵を密集方陣隊形で中央に配置し、右翼と左翼を騎兵に守らせるのがセオリーでした。 ですが今日の王国軍は中央の歩兵を帝国軍の布陣に合わせて横に長くし、右翼と左翼の騎兵が少し前に出る形へ変えていたのです。「戦闘の仕上げですが……」「それも分かっておる。兵にはしかと伝えてあるとも」「それではこちらから決戦の火蓋を切ってください」 王が近くの兵に命じると、突撃開始のラッパが高らか
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第16話 帝都が見たもの

 ――リンゼン帝国 帝都セント・レグナス 皇帝廟謁見室――「ご報告します。ローゼンベルク大臣率いる我が帝国軍が、昨日の戦いにて大敗を喫しました」 雨の日の翌日、晴れ上がった空とは反対に、イストリアにもたらされた一報は彼女の心を凍り付かせました。 脳裏に浮かぶのは「全滅」の二文字。 かつての惨劇が繰り返されたのかと危惧した彼女は恐る恐る尋ねます。「被害状況は」「騎馬隊一万がほぼ壊滅。歩兵部隊が三万の合計四万と見られています。残りの軍は敗走し、現在帝都前の平原に向けて退却中とのこと」 全滅だけは免れたものの、四万もの犠牲が出たことには変わりなく、彼女の心を慰めるものではありません。 そしてもうひとつ彼女の心を占めている心配事を、伝令の兵には悟られぬよう平静を装いつつ聞きました。「兵の被害は分かった。それで、将軍たちの安否は」「は、主たる将軍たちは全員撤退に成功した模様です」  イストリアの心配事はヴィルヘルムであり、将軍として従軍している彼の安否は先ほどの返答で確認できます。彼女はそれを聞いて胸を撫でおろしました。 唯一信頼できる味方を失っては、いくら皇帝といえど先行きは暗いものになってしまうからです。 報告を聞き終え、兵を下がらせた後、彼女はそのまま帝都を囲む城壁の上へと赴きました。「昨日の今日ではまだ誰もいないか……」 帝都の門を抜け、小さな森を抜けた先にある平原はまだ静かなものです。 ここ帝都から、二度目の敗北を喫した戦場までの距離は約五日の距離。いくら一目散に逃げたとはいえ、敗残兵がたどり着くにはまだ時間があるでしょう。 しかし、彼女は毎日城壁に姿を現しては、眼前に広がる平野へと目を凝らしていました。 そして二日が過ぎた三日目の午後、見慣れた軍旗を掲げた兵たちが、ぽつりぽつりと集まり始めるのを目にして彼女はまたしても言葉を失います。 その姿は惨憺たるものであり、多くの軍旗は破れ、雨の中で戦ったことを示すようにその姿は泥まみれ。 薄汚れた鎧を綺麗に
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第17話 皇帝と王子の邂逅

 ――ハワード王国陣営 総指揮所――「終わったな」 カイゼル王がつぶやき、王子アウグストは静かな眼差しで見ています。「父上、この戦闘が終わった後、帝国をどうする気ですか」 越権行為だとは分かっていても、アウグストは父が下すつもりの処断を聞かずにはいられませんでした。それは戦争をここまで導いてしまった彼にとって最大の懸念事項だったからです。「そのことなんだがな、息子よ……」 カイゼルが声をかけようとした時、伝令の兵が駆け込んできて親子の会話は中断されました。「報告します! 帝都の城門が開かれ、中から軍勢が出撃してまいりました! その数五百!」「援軍か?」 カイゼルがすかさず反応し、迎撃の準備をさせようとしますが、アウグストは静かにそれを制止します。「父上、その必要はありません。いくら幼帝といえど、玉砕覚悟でここに飛び込んでくるほど愚かではないでしょう。それよりも、ほら、お聞きください」 そう言われて耳を澄ませると、戦場の彼方から聞こえてくるのは城門から出てきたばかりの帝国軍近衛兵が吹き鳴らす『戦闘停止』を告げるラッパの音でした。「父上、我が軍にも戦闘停止の合図を」「そういうことか。伝令兵!」 カイゼルも息子の意図を察したのか、すぐに撤退命令を出し、近くの兵を従えて出陣の支度を始めました。「息子よ、お前も来るのだ」 父王の言葉に、自分の役目はもう終わったものだと思っていたアウグストは面食らいました。  戦闘に関しては作戦会議に出席していた将の一人として、作戦立案から実際の用兵まで意見を出してきましたが、ここから先は戦闘ではなく戦争そのもの、つまり政治の話です。  政治に関しては王であるカイゼルに全ての決定権があり、自分にはもう何もすることがないと思っていたのです。  ですが今は疑問を呑み込み、黙って父の言葉に従いました。 両軍が撤退を開始。  結局戦闘は帝国軍が一万の戦死者を出し八万が降伏、残存兵力は七万。戦死した者の大半は前年の帰還兵たちです。  対する王国軍は負傷者こそいたものの、戦死者はゼロという結果。王国の完勝です。  数字を見るまでもなく勝敗は誰の目にも明らかでしたが。 撤退が完了して中央に開いた平原の真ん中に、十騎ほどの護衛に守られたカイゼル王とアウグストが進み出ます。  それに呼応するように、帝国側からも皇
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第18話 和平交渉

 最初の疑問にはカイゼル王が答えます。「この度の戦争、戦術を考えたのは全てここにいるアウグストですので、次期国王として最後まで責任を全うさせようと思ったまで」 その場にいる全ての帝国側の人間、そしてイストリア自身も大きな衝撃を受けました。 数倍の大軍を前に怯むことなく対峙し、見事な戦術で完璧な勝利をもたらしたのが、この年端の行かない少年だとは誰一人として想像できなかったからです。 皇帝の驚きと好奇心に満ちた視線を受けながら、アウグストが言葉を続けます。「陛下、我々は同じ大陸に住む同胞であり、本来いがみ合うべきではありません。父が『皇帝』を名乗らず『王』として西方を統治しているのも、決して帝国の覇権を認めないわけではなく、むしろ皇帝の権威を人々に再認識させるため。しかし誤解が積み重なった残念な偶然により、戦争が起きてしまった。そこに善悪はなく、あるのは結果のみ。ですのでハワード王国側からの和平の条件としては……」 そこからアウグストは簡潔に条件を述べていきました。 一、リンゼン帝国は正式にハワード王国を承認し、カイゼル王の即位を認めること 一、ハワード王国の領土は大陸の腰部分、両地方側から伸びる山地のつなぎ目までとする 一、王国市民による貿易を認め、帝国内にある関所を撤廃する 一、帝国は今回の戦争を引き起こした責任を取り、賠償金を王国に支払う およそ全面降伏させた戦争の勝者とは思えない寛容すぎる条件に、イストリアは耳を疑いました。 地位を認め、貿易を推奨する。王国にとって今回の戦勝のメリットはそれだけしかありません。賠償金についても二十年の分割払いを提案しており、帝国の財政を何ら圧迫するものでなく、王国にとっても今回かかった戦費を補えば残るのはわずかなものです。 そこには戦争責任者への断罪もありません。 勝者は敗者を隷従するのが当たり前だったこの時代、これほど寛大な講和条件というのは前代未聞でした。「貴方たちはいったい何を目論んでいるの?」 イストリアの口から至極当然の疑問が発せられます。 しかし、彼女
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第19話 平和の活用

 ――ハワード王国 首都カイゼリオン 王城 中庭――「せいやぁ!」 アウグストが横に払った剣がカイゼルの胴を狙います。「ぬぅん!」 カイゼルは下から剣を跳ね上げ、アウグストの攻撃を上へと弾き飛ばしました。その勢いはすさまじく、アウグストの身体は勢いに流されてしまいます。 しかし、その勢いをそのまま利用したアウグストはそのまま半回転し、剣を斜め上から振り下ろしました。「おぉぉぉ!」 けれどその動きを読んでいたカイゼルはアウグストの懐へと飛び込み、剣の柄を脇腹へと叩き込みました。「ぐふ!」 強烈な一撃を食らったアウグストは後方へと吹き飛びます。握っていた剣も遠くへ飛んでいきました。「げほ! がは! ま、まいりました……」「大丈夫か」 苦しそうに顔を歪める息子に対し、カイゼルは心配そうに駆け寄ります。「へ、平気です。やはりまだまだ父上には、敵いませんね」「いや、お前も相当強くなったぞ。この一年で見違えるほどだ。やはり戦争に参加したことで何かを掴んだのかもしれんな。わたしも以前のように手加減して怪我をさせないようにするのが難しくなってきた」 戦争が終わって一年。アウグストは見違えるほどの成長を遂げていました。 それは剣の力だけでなく、国家運営に関してもその優秀な頭脳を活かして様々な提案をするようになりました。 戦闘に勝つための戦術、戦争を終わらせるための戦略を通して、統治に関しても次期国王としての意識が芽生えたということ。それは経験というものを裏付けにした健全な成長でした。「本当にお前の成長の速さは目覚ましいな。だがひとつ腑に落ちんことがある。戦争は終わり、帝国から正式な地位を得たというのにさらに騎馬隊を鍛錬し、予備兵力を増強しておく理由はなんだ。あれだけ寛容な講和条約を結んだというのに、帝国がそれを反故にして戦いを仕掛けてくるとでも言うのか?」 打ち据えられた脇腹を押さえながら、膝に手をついて立ち上がったアウグストは父王の問いに答えます。
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第20話 賭けの一手

「このままだと国内の人心が二分されてしまうわ」 市民集会をじっと見つめながら、イストリアが懸念を表します。「大臣を含む好戦派の言論には明確な矛盾がない以上、それをどう取るかは受け取る人間次第。そこに対論をぶつけたところで論戦になってしまいます。皇帝と大臣の対立が市民の目にも顕在化するだけでしょう」 現実を冷徹な目で見つめるヴィルヘルムにとってそれは当然の帰結。しかしそれを歯に衣着せず直言してくれるところが、イストリアが彼を信頼する|所以《ゆえん》でもありました。 現実を直視して正しい判断を下す理想像を己に課しているイストリアにとっては、これ以上ない助言役なのです。「だけどこのまま放置していては帝国がまた戦火に巻き込まれる恐れがあるわ。何か手を打っておかないと」「戦争というのは武器を持って外の勢力と戦うだけが全てではありません。政治という舞台で威信をかけて戦うのもまたひとつの戦争なのです。そこで使われる武器は民衆の支持であり、制度の活用、そして……法律です」 その言を聞いてイストリアは思案します。「元々宰相という立場自体が、兄上たち本来の後継者が急逝してしまったことによる緊急措置的な存在。わたしも皇帝になって二年の月日が経ったのだし、宰相制度自体をなくすのも一つの手かしらね」「戦争も終わったことですし、平時に戻すという点ではそれも良い案でしょう。大臣たち好戦派にはっきりと宣戦布告をする形になってしまいますが、敗戦によって支持が大きく減り、宰相という呼称が有名無実化している今ならそれは可能でしょう」 それでも二人には分かっていました。それは一種の『賭け』であると。 市民の意見が好戦派と穏健派で二分されている現状、制度を元に戻すことは法的にも反対する根拠が薄く成功する見込みは高いものの、その結果どうしても生まれてしまう反発をどう抑え込むかが課題になります。「前回の戦争で元老院議員にも欠員が出ているわよね。その補充と同時に現行の元老院議員の定数を倍増させるというのはどうかしら」 現在の元老院の定数は三百人。 イストリアの案ではそれを
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