All Chapters of ハワード王国の王子様: Chapter 31 - Chapter 40

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第31話 戦後処理

 ――リンゼン帝国 帝都セント・レグナス 市民集会所―― 今日は法案が提出されたわけでも、官職選挙が行われる日でもありません。 しかし、市民集会所には選挙の時よりも多くの人々が詰めかけていました。「主食すら満足に買えないとはどういうことだ!」「これだけ食料価格が暴騰してどうやって食っていくんだ!」「政府はいったい何をしている!」「皇帝がいなくなった途端にこれか!」「何の役にも立たない軍隊に兵糧を支給する余裕があるなら市場に回せ!」 人々は生きていくうえで絶対に欠かせない『食料』を満足に確保できない政府に対し、その不満と怒りを爆発させているのです。 皇帝が帝都にいた時期には決して起きなかった緊急事態。 軍がなくても人は動けますが、食料がなくなれば国民の生命そのものが脅かされます。 古今東西、どこの国の最高権力者でも、権力を握る以上はそれを支持する民衆に対して絶対に守るべき責務があります。 一、安全保障。大規模な外敵の侵入を防ぐことは国家にしかできません。 一、治安維持。国外だけでなく、国内でも安心して暮らせる状況を作り上げること。 一、食料の安定供給。これは言うまでもなく市民の生命そのものに直結することです。  この三点は絶対的に死守するべき最高権力者の責務であり、これらを満たした上に富の蓄積や生活水準の向上、利便性などのインフラ設備が整ってくるのです。 ローゼンベルクは現在、その責務とは正反対の極致にいます。外部では法的に正当な地位にいる皇帝という人物を、自らの行いで敵に回し、国内では食料の供給がほぼ停止。その上でデモの頻発という、三大要素を全て壊滅的な状態にしてしまい、それに対する有効な手立てを打てないまま本格的に困窮していくのを待っているしかできない。 帝国の心臓部たる帝都は、わずか数か月の供給制限という包囲網によって息も絶え絶えといった様相を呈していました。 こんな状態では他国に向かって軍を進めるなど、到底不可能。国民の不満は日増しに高まっていきます。 ローゼンベルクは暴徒を恐れ、皇帝廟から一歩も出られ
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第32話 駐屯軍

 ――リンゼン帝国 帝都セント・レグナス 皇帝廟謁見室―― イストリアはたくさんの行政官や議員と面会し、それぞれに具体的な指示を出して忙しく過ごしています。 ローゼンベルクは前皇帝時代、内政面で辣腕を振るい父皇帝の信頼を得たのですが、平時の政治と戦時対応とでは勝手が違ったのか帝国の統治機構は酷い有様でした。特に皇帝支持の勢力を一掃したため人材が不足しており、そこに物資の包囲網が重なって帝国政治は混沌としていたのです。 イストリアはまず追放されていた人々を呼び戻し、その人達の帰還を待っている間も時間を無駄にしませんでした。政府の失策によって困窮状態に陥ってしまった民衆を救うための暫定法を次々に制定し、帝都内の食料流通と経済の安定化を最優先に緊急措置を施していきます。 そこには確かに有能な『皇帝』がいました。 緊急事態の支援軍として駐留し、その身分で謁見室の一席を与えられていたアウグストはその様子を無言で静観しています。(政治家としてとても有能なのは間違いない。だが全てを一人で決め、行政官だけでなく元老院議員すらただの実行部隊として指示を与えているだけというのは……) 確かに今は緊急事態であり、そういった時には決定権を一人の人物に集約し、政策が迅速に実行されることは大切な事です。しかし、帝国本来の立法は元老院の承認と市民集会の支持を得る必要があり、現在の状態は超法規的としか言えません。 優先度の高い法案に関しては暫定措置でも問題はないでしょうが、イストリアはこの機に軍縮を始めとした国家改革を次々に進めていました。皇帝帰還で国難が過ぎ去ったことは明らかなことに加え、機能を失った帝国軍に代わり帝都内の治安維持を担う王国軍を後ろ盾にしている。そんなイストリアに表立って不満を表す者はいませんでしたが、議員や市民の中には疑問を持つ者が出て来るのは当然のことでしょう。(帝都の困窮状態を早急に、鮮やかに解決しつつある現在、市民の皇帝に対する支持は急速に高まりつつある。今や権威は一極集中状態と言ってもいい。だが皇帝陛下は大切な物を見落としている) 矢継ぎ早に与えていた指示もひと段落し、イストリアにようやく訪れた休息
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第33話 皇帝の錯覚

 ――リンゼン帝国 帝都セント・レグナス 皇帝廟私室――「帰ってしまったわね」 いつものようにヴィルヘルムを相手に、イストリアは静かな表情で呟きます。 忠実な側近は彼女が吐いた言葉の中に、少なからぬ寂しさが混じっているのを感じます。「お気持ちは分かりますが、これ以上他国の軍隊を帝都内に駐留させていては、臣民の心情に良い影響を与えないでしょう。むしろ早急に帝国軍を立て直し、秩序回復の役割を彼らに担わせるべきでした」 ヴィルヘルムの言わんとすることはイストリアとて理解しています。しかし彼女の中では皇帝としての明確な責務と、一人の人間としての感情が複雑に絡み合っているのです。 そしてこれは側近であるヴィルヘルムには決して明かせないことですが、ハワード王国軍を後ろ盾にして帝国の政務を行っていた時が、皇帝として最も充実した時間を過ごしていたように感じていたのです。彼女とて自国の兵士に信頼を置いていないわけではありませんが、最高指揮官と一介の兵士の距離がとても近い王国軍の雰囲気は、民を愛する彼女にとってとても親しみやすいものであり、一つの理想形でもあったからです。 その心地よい関係性のゆえに、彼女は大きな災いとなる最初のひずみを見逃してしまったのですが……。「ですがその王国軍の助力もあって、帝国内の生活はひとまずの安定を得ました。ローゼンベルクが完全に力を失った今、皇帝陛下には今まで以上に慎重な判断が求められます。帝国の統治を平常に戻し、元老院との足並みを揃えて名実ともに力を備えた統治者となられますよう」 忠実な臣下として、敬愛する皇帝陛下が誰からも愛せるようにとの願いを込めた言葉。しかし、イストリアはその言葉に含まれた意味をすぐには理解できませんでした。 彼女は少しムッとした様子で問い質します。「なんだか持って回ったような物言いね。遠慮はいらないから、そういうことはハッキリと言って|頂戴《ちょうだい》」 ヴィルヘルムは軽く頭を下げると、彼女の命令通り、包み隠さず今の皇帝が置かれた状況を説明し始めました。「今回、帝都の臣民は陛下を都から追い落とし、自滅とい
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第34話 見えない地雷

 ――ハワード王国 王都カイゼリオン 王城国王室――「以上、我が軍が行った帝国内での任務報告です」「ふむ」 カイゼル王は息子アウグストが淡々と語る軍務報告を顔色一つ変えずに聞いていました。ある程度は伝令役の兵から聞いていたことでもあり、大体の予想はついていたからです。「報告は分かった。して、息子よ、お前の目から見て現在の帝国、及び皇帝はどのようなものだったのだ?」 アウグストは少し考える素振りを見せた後、自分が肌で感じた帝国の空気を率直に述べました。「大多数の市民は皇帝陛下の帰還を歓迎し、窮地を救われたことによって多大なる感謝と支持を表明しています。一部の市民の中には不満を漏らす声もありましたが、それも今はまだごく小さなものです。ただ、帝国は未だ大きな火種を抱えているのは間違いないでしょう」 憶測ではなく、間違いないと言い切ったことにカイゼルは注目。目線だけで続きを話すように促します。「今回、軍隊として当然の役割である帝都の秩序回復に関して、帝国兵は何ら関与することが出来ませんでした。それは今すぐ噴出するような不満ではないものの、地面の下でうごめくマグマのように軍団内ではくすぶり続けます。自分たちの役割を他国に頼らざるを得なかったことは誇りを傷つけ、自信を喪失させ、最終的には軍の規律や皇帝への忠誠心にも関わってくるでしょう。今回、皇帝陛下は権威を取り戻すことはできましたが、権力に関しては中途半端なままであり、この権威と権力の乖離は帝国内に再び歪みを産むのは間違いないと思います」 いくら善政を施そうと、言葉を尽くして大衆を説得しようと、そこに実行力が伴わなければそれは戯言に過ぎません。「人々の感情は移ろいやすく、彼らを説得するのは簡単ですが、それを維持しておくのは難しい。帝国軍内にくすぶっているものは何らかのきっかけで容易に質を変え、それは簡単に飛び火します。為政者が余程慎重に動かない限り、この火種を鎮静化させるのは困難かと」 理路整然と話すアウグストの言は、武に重きを置いてきたカイゼル王にも十分に納得できる自然な人心の流れです。 ただ言われて理解するのと、最初からそれを見通す
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第35話 胎動

 ヴィルヘルムが提出した法案は反対意見もなく可決されました。 長年将軍として軍隊生活を送ってきた老将達もようやく前線を離れ、帝都で名誉職に就き安寧な老後を送れることを歓迎。そして出世のためには軍務経験が必要な若手からの支持も得ることが出来、好評のうちに法案が成立したのです。 軍団内の人事異動は特に珍しい事でもなく、当初は何の混乱もなくスムーズに引継ぎが行われていました。表面上は順調そのもの。 しかし、ここで政府と現場担当者の間に存在した認識の違いにより、誰もその危険性に気付くことのない問題が起こっていたのです。  ヴィルヘルムが提案したのは軍団の指揮層の若返りです。指揮層と一口に言っても、細部を見ればそれは広範な人材を示します。軍団を直接指揮する将軍たちはもちろん、軍団を構成する単位である大隊、小隊規模まで含めるとその指揮層は膨大な人数に上るのです。軍備縮小をしたとはいえ、帝国が抱える兵士の数は十万。規模が桁違いです。 イストリアとヴィルヘルムが想定していたのは、将軍や軍団長といった軍の高級将校の刷新でしたが、ここで現場認識との齟齬が生まれたのです。 一般兵士は国民の義務であることから公平を期すために全帝国民が交代で担うものでしたが、それを指揮する側になると質の維持という観点から国家からの支援も手厚くなり、固定化されていました。現場の人間から見れば老朽化が進んでいるのはその固定化された指揮層全体の問題でした。 こういった刷新というのは段階的に行われるのが常です。 しかし、ここで皇帝イストリアの高すぎる権威がまたしても効力を発揮してしまいます。  帝国ではこういった軍団内の雑務のようなことは経験を積ませるという観点から、若い人材の政界進出への登竜門的位置づけとなる会計検査官に担当させていたのですが、彼らが皇帝陛下は一刻も早い帝国軍の若返りを望んでいると誤認した結果、末端の指揮層に至るまで一気に入れ替えてしまったのです。 皇帝が望むものを素早く達成し、好感を得る。それは政界で出世を望む若者にとって自然な事でもありました。現在の皇帝人気は非常に高く、その権威ある皇帝に好印象を与え、支持を得ることはすなわち出世街道
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第36話 反旗の狼煙

 ――ハワード王国 王都カイゼリオン 王城会議室―― 玉座に座るカイゼル王を前に、主たる重臣と将軍たちは厳しい表情を見せています。「その情報は本当なのか」「帝国軍に潜入させている者からの情報だ。間違いないでしょう」「なぜ今頃? 三年もの間大人しくしていたではないか」 彼らが困惑するのも無理はありません。リンゼン帝国が帝国軍指揮層の人事一新を行ってから三年と少し、不穏な動きは一切見られていなかったからです。 十五歳になり、もはや少年の域を出ようとしているアウグストとカイゼル王だけが冷静な表情で報告を聞いています。 王が手を上げるとそれまで騒がしかった人々が言葉を止め、王の言葉を待ちました。「皆の者、慌てるでない。何のためにこの三年間、軍備を増強し兵站基地を整備してきたと思っておるのだ」 そう言われて彼らは思い起こしました。言われてみればこれまでの訓練指示はやけに細かく、まるで何かの目的を達成するために練られているような具体性があったからです。そしてこのような先を見通した計画を立てることのできる人物に思い当たり、王の横で静かに座る人物へと視線を集中させます。「まさか、なんの予兆もなかったのに?」「こうなることが分かっていたと……」「確かに大きな改革だったが、ここまで考えて動いていたとは」 皆の注目を一身に浴びたアウグストは父に促され、落ち着いたトーンで話し始めました。「改革というのは行ってすぐに効果が出るものではない以上、集団に馴染むまで相応の時間がかかるもの。当初は新鮮味を感じても、上層部の経験不足は訓練を通じて徐々に露呈していく。本来そういった世代間の情報断絶を防ぐために人事異動というのは段階的に行っていく必要があるものを、今回、帝国が行ったのは軍の上層部の総入れ替えという荒療治。兵士というのは最前線で命を懸けて戦う以上、指揮官の能力には敏感に反応します。不満は兵士同士のコミュニティーを通じて水面下で静かに進行し、表面化したときにはもはや止められない大きな動きになっていることは容易に想像できました」 背も伸び、振る舞いも
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第37話 勃発

 ――リンゼン帝国 練兵場兵士宿舎 作戦会議室――「部屋の外には誰もおらぬか?」 元法務官の肩書を持つマーカス議員が、その神経質な性格を見せてしきりに外を気にします。  隣に立つウェインは護民官の任期途中で帝都から逃亡したため、ようやく今年会計検査官に滑り込みで当選したばかり。  そんな二人がたくさんの大隊長を集めて密室で話し合う様子は、どう見ても通常の軍議ではありませんでした。「そう心配しなくても大丈夫です。この周囲に配置されている兵士は先日の配置換えによって全て計画に賛同している者だけにしてあります。ここに集まっているのも信用のおける者ばかり。万が一にも露呈することはありません」 ウェイン議員が自信たっぷりに言い切ります。政治力とは関係なく市民や兵士たちからの評判だけは高い二人の議員が、来るべき時が訪れた際に動きやすいよう、実に巧妙に長い期間をかけて兵士の配置を変えていったからです。彼らは言葉巧みに兵士たちが抱える不満を煽っては、自派の勢力を拡大してきたのです。  誰もがひれ伏すような威厳はない二人ですが、誰とでも分け隔てなく接する気さくさによって親しみやすい指揮官として人気はありました。その人気によって自分の言葉に同調する人々を結集させることはできたものの、それだけで計画が成功しないことは彼ら自身にも分かっていました。群衆というのは誰もが納得できるだけの権威を持った人間が先頭に立たないと、断固とした行動力を持てないのだと。自分たちにそれだけの求心力がないと判断した二人は、実はなくとも名だけはある人物の名前を出すことによって不満分子の集団を統率していたのです。  周囲の状況を確認して安心したマーカスが密談の口火を切ります。「かつての宰相、ローゼンベルク議員も計画が実行されるのをとても期待しておられる。全兵士が一致団結するというわけにはいかなかったが、約半数の支持を得ることはできた。五万の兵力があれば計画に支障はない。決行の日は来月行われる祭祀の日。人々の気が緩んだ隙を狙って一気に動き、宰相と合流して帝都をこの手に取り戻すのだ!」 予定されている祭祀というのは豊穣の神を祀り、全市民が参加して豊作祈願のために祈りを捧げる日のため、毎年市民だけでなく兵士にも葡萄酒を振舞うのが慣例になっています。その日は酔いつぶれるまで飲む人間も多く、彼らはその隙を
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第38話 最初の誤算

 ――リンゼン帝国 帝都セント・レグナス 市街地―― 帝都兵の一部隊が列をなして祭祀場への道を急ぎます。 市民たちもその姿を目撃していましたが、祭祀にまつわる警護か催しのひとつだろうと思い、特に気にする者はいませんでした。この時点では蜂起した者たちの思惑通り。これが大部隊の派遣であれば、ただ事ではないと騒ぎになっていたでしょう。 そして彼らは市民の列をかき分け、祭祀場へ到着。「どこだ?」「どうして祭司長である皇帝がいない?」 周囲の市民に確認すると、皇帝は役割を終えた後、早々と皇帝廟に戻ったとのこと。 拉致するべき相手の動向すら把握していなかった兵士たち。さすがに近衛兵五千が警護する場所に彼らだけで向かうわけにはいきません。 しばし途方に暮れましたが、いないものは仕方ないので彼らはそのまま城壁外へと引き返していきます。 そしてこれが彼らの計画を大きく狂わせる最初の誤算。 ――リンゼン帝国 城壁外――「皇帝がいなかっただと!?」 報告を受けたマーカス議員は声を荒げます。 自分たちの杜撰さを棚に上げ、まるで実行部隊がしくじったかのように責める姿を、無理矢理連れてこられたローゼンベルクは生気のない瞳でじっと見つめています。「しかし、今日という日を逃しては計画が台無しになってしまう。やむを得まい。五万の軍勢で皇帝廟を囲み、近衛兵を排してどうにか皇帝の身柄を押さえるのだ」 それは当初の計画にはない作戦でした。五万の軍勢は帝都に入ることなく、皇帝を擁して周囲を取り囲むことによって圧力をかけるのが目的だったからです。しかし、皇帝廟を取り囲んでしまえば話は別。この時点で彼らが政府への抗議のために蜂起した者ではなく、はっきりと反乱軍になってしまったことに気付いた者は誰もいませんでした。「鬨の声を上げろ!」 マーカス議員の呼びかけに応じ、城壁沿いに並んだ五万の帝国兵が一斉に|喊声《かんせい》を上げます。 祭祀にて振る舞われた葡萄酒で気持ちよく眠りについていた残りの五万の帝国兵は、突然起きた出来事へ咄嗟に対応することも
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第39話 帝都攻防戦

 ――リンゼン帝国 皇帝廟周辺――「ここから五百、南門に援軍を回せ!」「東門に反乱軍が押し寄せるまでに、外の軍団兵を中に入れろ!」「文官たちは矢の補給を手伝え!」 ヴィルヘルムが次々に飛ばす指示に従い、近衛兵と残存した軍団兵たちは効率よく防衛戦を展開していきます。 皇帝廟と言っても広大な敷地を占有して作られたその建物は堅固な要塞そのもので、大軍が通れないよう通路は狭く入り組んでおり、防衛壁や|矢狭間《やざま》から降り注ぐ矢によって反乱軍も前に進めません。 やがて市内に散っていた軍団兵も収容し終え、籠城体制は万全なものになります。 皇帝廟内の食料備蓄はこれだけの人数になると一か月程度分しか蓄えがないので、このまま兵糧攻めともなればいずれ陥落することは避けられないでしょう。 しかし攻める側の反乱軍にも、時間を浪費できない理由がありました。 一部の軍団兵内だけで進めた計画だったため周辺諸国に根回しをすることも出来ず、皇帝側に援軍が到着した場合、彼らは内と外から二重に包囲されてしまうことになるからです。 皇帝を確保できなかった場合の事を考えていなかった浅はかさの綻びが、ここでも大きく顕在化し彼ら自身の首を真綿で締めるようにじわじわと追い詰めていくのです。帝都内へもただ一つの門から侵入したため、皇帝が素早く走らせた援軍要請の早馬は他の門から脱出してしまい、阻止することすら敵いませんでした。 軍勢を集めて進軍させるというのは一朝一夕に出来る事ではないものの、反乱軍にとっても時間が味方になってくれないのは明らかでした。「何を愚図愚図しておる! こちらは三倍以上の兵力があるのだぞ! これしきの小勢、さっさと蹴散らかさんか!」 マーカス議員は口角泡を飛ばしながら指示を飛ばしますが、それは明確な戦略を持った人物の指揮とは程遠く、ただ我を忘れた人間が大声で喚いているだけのものでした。指揮を取る者の焦りは兵士にも伝染し、ガムシャラに攻め寄せるだけの反乱軍は各所で撃退されていきます。 「馬鹿者。いったん兵を退却させんか」 ここに来てローゼンベルクが初めて口を挟みました。止ま
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第40話 広がる綻び

「今日も、どうにか凌いだわね」 あれから四日が経ち、今日も退却していく反乱軍を見て、イストリアは肩の力を抜きました。 その目にはまだ光が宿っており、決して心が折れたわけではありませんが、にじみ出る疲れだけは隠すことが出来ません。 彼女だけでなく、防衛に当たる兵士の間にもはっきりと疲労の色が見て取れます。 いくら防衛側が有利とはいえ、三倍の数の敵が仕掛けてくる波状攻撃は休む間もなく、食料はあるにもかかわらずそれを食べる時間すら確保できないほど。どの兵士も、皇帝すら日が暮れてからようやくその日の食事を摂れるという状態。 イストリアが確固たる意志を見せ、常に最前線に立っていることもあり士気は落ちていませんでしたが、それも時間の問題でしかないというのは誰の目から見ても明らかでした。 反乱軍には相当な痛手を与え、その数は四万を切るほどになってはいましたが、こちらも無傷というわけではなく前線に立てるのは一万といったところ。兵力格差は四倍に広がってしまっています。「援軍は……来ないのかしらね」 そう言って遠くを見るイストリアの視線は、西の空を見ていました。 ――反乱軍 陣所――「今日も退却してくるとはどういうことだ!」 総指揮官の兵営に集まった将校たちを前に、マーカス議員の金切り声が響きます。 間もなく五日目を迎えようというのに、城門のひとつも突破できていないことに対して彼は焦っていました。彼にとって戦闘というのは勝つか負けるかの二択でしかなく、少しずつ削っていく消耗戦というのはただ時間を浪費しているようにしか映っていないのです。 元々が小心者の彼は、今こうやっている間にも皇帝に味方する援軍がいつ背後に現れるかと、恐々としていたのです。(気の小さい男だ) ローゼンベルクはその様子に冷めた視線を送っていましたが、その心境はそこにいる将校も含めた全員が共有しているのでした。「しかし議員、敵の兵力も確実に削ることができています。このまま攻める手を緩めなければいずれ落城するのは確実です」「いずれ
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