All Chapters of ハワード王国の王子様: Chapter 21 - Chapter 30

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第21話 くすぶる不満

 ――リンゼン帝国 帝都セント・レグナス 市民集会所――「おい、皇帝勅令で暫定措置法が可決されたようだぞ」 「なになに? 元老院議員の補充と拡大? ちょうどいいんじゃねーか?」 「国が大きくなってんのに何百年も前の制度のままってのもな」 「金持ちどもが国政の責任を負うってのも気分がいいしな!」 一般市民にとっては元老院議員というのは雲の上の存在だったので、さしたる興味もなく迎え入れられました。直接自分たちの生活に関係のないこと、普段から感じていた富裕層に対する嫉妬も相まって、皇帝と宰相どちらに与する意見を持っているかに関わらずすんなりと受け入れられることが出来たのです。  ローゼンベルクを中心とする好戦派も、皇帝の次の出方を伺っているのか、特に抗議の声を上げることもありません。「これは希釈だな」 ローゼンベルクだけは真意を見抜いていましたが、民意の半分はまだこちら側にある状態。元老院議会といえども、議場の外を埋め尽くす民衆の声を完全に無視して議論を進めることはできません。まだ民意を操ることが出来ると考えた彼は、今のところ表立って対立するのではなく静観を選びました。  こうしてイストリアの描く図面の第一段階は、実に好調な滑り出しを見せました。そして彼女とヴィルヘルム、二人で考えた権力奪還作戦は第二段階を迎えます。  ――リンゼン帝国 帝都セント・レグナス 元老院議会―― イストリアが皇帝専用の一段高い議席に座って緊張した面持ちで見守る中、議会は静かに開幕を告げました。  その日、元老院会議の冒頭で発言をしたのは八人いる護民官の中でも筆頭に位置する若者です。彼は以前からはっきりと皇帝寄りの立場を取っており、それに目をつけたヴィルヘルムが今回の法案提出者として白羽の矢を立てたのです。まだローゼンベルクと表立っての対決を避けたい皇帝側にとっては願ってもない人材でした。  彼は自身の親ほど年上の議員が居並ぶ議場でも怯むことなく、堂々と演説を開始しました。「我が帝国はローゼンベルク大臣を始めとする功労者たちの功績もあって国力を取り戻しつつあり、先の戦争でも強大かつ勇猛果敢なハワード王国を相手に、真っ向から戦い敢闘出来るまでに強くなりました。これも帝国の父ともいえる元老院議員たちが力を結集した結果だと考え、ここに敬意を表します」 そう言って彼は優雅な
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第22話 それは反撃か誘導か

 ――リンゼン帝国 帝都セント・レグナス 皇帝廟私室――「ひとまず最初の難関は乗り切ったわね」 元老院会議で発案した法案がすべて可決された後、私室に戻ったイストリアはヴィルヘルムに少しだけ安心した表情を向けました。極度の緊張から解放されたその姿は痛々しく、ヴィルヘルムの心に突き刺さります。「ここからは慎重に行動する必要がありますので、まずは肩の力をお抜きください」 臣として精いっぱいの労りを持って彼は声をかけます。「ありがとう。でもここからが本当の勝負だもの。気を抜いてなんかいられないわ。……それにしても、あれだけ順調に法案が通ったのだから、その勢いで軍の縮小法案を追加提出してもよかったんじゃないの?」 機会を逃したんじゃないかというイストリアの不安に対し、ヴィルヘルムはゆっくりと首を振ります。「あの場でなし崩し的に縮小を決定することは可能だったかもしれませんが、勢いで行動すると後で冷静になった時、『騙された』と感じる者が必ず出てきます。それでは遺恨を残すことになる。今は少し時間を置いて、新体制が馴染むのを待つ必要があるかと」 ヴィルヘルムはその表情を崩さず、はやるイストリアを静かに諫めます。 政治は迅速だけが正解ではないということ。それを彼女へ伝えるために。「……それもそうね。私も少し焦りが出ていたみたい。変に急いで足元をすくわれたら全部が無駄になるものね。落ち着いて、よく見て、一番いいと思うタイミングで実行することにするわ。これからも忌憚のない助言、よろしくね」 ヴィルヘルムは短い返事のみで頭を下げるのでした。 ――リンゼン帝国 ローゼンベルク邸 応接室――「これは明らかに大臣を狙い撃った策略だと思うのですが、どういった対策を取るおつもりですか」 今やすっかりローゼンベルクの右腕として定着したマーカスが不安そうに声をかけます。「もう大臣ではない。黙っておれ」 宰相の肩書を失い、ただの一議員に戻ったローゼンベルクは険しい表情を見せています。
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第23話 皇帝の誤算

 イストリアが軍備縮小宣言をした途端、元老院議場には明らかに動揺が走り、騒然となりました。「それでは周辺の諸王国に対する優位性が失われてしまうのではないのか?」「しかし、民の負担を考えると良き政策なのは間違いないぞ」「力による抑止力という点を考えればそれは影響力の低下でしかないぞ」「最悪の場合、帝国内で再び騒乱が起きる可能性もある」「いや、現状の戦力は先の戦争時の状態のままだ。平時に戻すという点では正しい判断だ」 議員たちの意見はまさに賛否両論といったところで、一向にまとまる気配はありません。 戦力の保持というのは何も防衛力だけに関係するものではなく、周辺に対する威圧感や抑止力にも関わってくるのですから、いろんな意見が出て来るのは当然でしょう。 しかし、このような状況になっても皇帝は怯みません。「現行の戦力は十五万。城内に控える近衛兵や警備兵まで加えると十六万におよぶ大戦力。近隣にそこまでの大兵力を動員できる強国はなく、せいぜい一万程度を集めるのが精いっぱいの小国ばかりが集まって帝国を形作っている以上、十万の戦力があれば充分抑止力になるとわたしは考える。過大な戦力を抱えることは、他国を侵略して直轄領にする野心があると取られる懸念もある以上、適正な数値に縮小することは国防、財政両方の視点から考えても有益なものになると、わたしは考える!」 イストリアの言うことにも理はあります。戦時中の戦力をそのまま保持するということは、戦争はまだ終わっていないという姿勢を示しているようなものであり小国には脅威と映ってしまうからです。いくら恭順を誓って皇帝にその身分を保証してもらっているとはいえ、制度上、帝国に散在する中小の王国は『他国』なのです。 リンゼン帝国は皇帝が全大陸を掌握する『中央集権体制』ではなく、各地に散らばる国王や豪族にある程度の自治を認めつつ帝国の覇権を認めさせる『封建体制国家』だったのです。「陛下の言うことにも一理ある。諸侯をいたずらに刺激しかねん大兵力を常備するべきではない」「そうだな。削減しても十万。国庫の負担を考えても削減するべきかもしれんな」 兵士は国家が徴収してい
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第24話 物言わぬ一矢

 その後の議会は議論百出といった様相を呈しました。「帝国はその威信をかけて、力を誇示し続ける必要がある!」「商売で得をするのは、相手より優位に立った時だ」「それも自らの力で勝ち取るものであって、相手から恵んでもらうものではない」「しかし、軍事費もかかるのだぞ。その金を他に回すことが出来るのも帝国の発展に寄与するのではないか」  旧来の議員たちが好戦派と穏健派に分かれていたように、平和を望むはずの経済界から抜擢された新任議員たちの中にも、帝国の誇りというものに反応する議員がいたのです。 イストリアはそばに立つヴィルヘルムへ目をやりますが、彼は険しい表情を崩すこともなく、ただ黙って立っています。 討議が続く中、ある若い議員が発言を求め、席を立って話し始めました。他の議員も一旦討議をやめ、若者の発言に耳を傾けることにします。それはその若者の出自に原因があったからです。「元老院議員諸君。私の父は元老院議員であり、勇敢なる将軍でもあった。しかし、ハワード王国と最初に行われた屈辱的な敗戦の結果、戦場に散ったことは皆も周知の事実と思う。私だけではない。あの戦争を戦った者たち、その遺族、友人縁者にとってはあの敗戦はすでに過ぎ去ってしまったものではなく、未だ忘れられない事実として心に残っている。ただ皇帝陛下のおっしゃる通り、平和というのは間違いなく尊いものではある」 そこまでを冷静に語る彼は平和を尊重する態度を取るものかと思われましたが、次の一言で空気は完全に変わってしまいます。 「しかし多大なる犠牲を払って、その上で施された傲慢な平和に甘んじることは、かつて戦った者たちの心を癒すものではない!」 同僚として親交のある元老院議員たちにとって、彼の発言は他人事ではありませんでした。万が一、人員配置が違えばそれは自分の身にも起こりうることなのです。「だからといって何も今すぐハワード王国に宣戦布告をしろというのではない。だが、今も強大になり続けるかつての敵国に対して油断した姿を見せることには断固反対するし、かの王国を牽制するためにもむしろ軍備は増強する必要があると考える!」 それ
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第25話 市民集会

「市民諸君! 今日は帝国の未来を左右しかねない、重大な法案の決議である! 平和とは何か、帝国とはどうあるべきか。それらを真摯に考え、是非とも冷静な判断を下してもらいたい!」 法務官マーカスの呼びかけに応え、民衆から大きな声が上がります。 この瞬間、市民の負担を抑えるための軍備縮小案は、帝国としての在り方、威信や覇権に対するものへと変貌したのです。 これを見てローゼンベルクは目を細めます。「昨日、皇帝陛下は市民諸君の兵役負担を憂い、軍備縮小の法案を議会に提出してくれた。心優しい皇帝陛下の温情に感謝し、我々はここに敬意を表する!」 またしても民衆から声が上がりますが、集会所後方に建てられた議会所のテラスから見るイストリアには、その声が先ほどより少し小さく聞こえていました。「陛下! いつもありがとうございます!」「常に我々の事を考えてくださっていること、ちゃんと伝わっています!」 その声の中には皇帝を応援するものもあり、それに対してイストリアは笑顔で手を振って応えます。しかし、違う声も彼女の耳には届いていました。「簡単に軍隊を減らして、緊急の際にはどうするつもりだ!」「それで帝国の覇権を維持することが出来るのか!」「戦場で散った兵士たちの事は考えているのか!」 心無い言葉で笑顔を曇らせるイストリアに対し、ヴィルヘルムはそっと肩に手を置くだけ。 そこに言葉はありませんが、何があっても支え続けるという意思だけは彼女に伝わりました。 そして引き続き壇上に立っているマーカスは手を上げて民衆を静かにさせると、演説を続けました。「皇帝陛下の英断に臣民を愛する心がある。その慈悲深さには心から賞賛を贈るが、国家というものは慈悲だけで運営していけるものではないということだけは補足しておく」 そしてマーカスは議事進行役として、まずは執政官、続いて役職順、そして元老院議員へと順番にこの法案への賛否を問うていきました。それぞれ簡単な意見を述べた後に賛成か否かを答えていきますが、今のところ意見は半々といったところで、民衆もそれを黙って見守っています。 
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第26話 崩壊の足音

 民衆の耳にはっきりと届いた、皇帝自らが発した『拒否権』という言葉。 それは人々の耳には届いても、心にまでは届いていませんでした。 市民たちと議員、全ての瞳が皇帝イストリアの姿を捉えます。 その中でローゼンベルクとヴィルヘルムだけが静かに目を閉じていました。 静寂が市民集会を支配したのも束の間、市民たちのある一角から大きな声が上がります。「我々はまだあの屈辱を忘れてはいない!」「ハワード王国は我々の敵だ!」「あの雪辱を果たすには、もう一度戦って勝つしかない! 傷つけられた帝国の威信を取り戻すのはそれしかないのだ!」「施された平和に安住して何が覇者だ! 帝国臣民の誇りを取り戻せ!」 それはハワード王国との一度目の戦闘で捕虜となり、二度目で盾となり、三度目で最後まで奮闘した二万の兵士の生き残りたちでした。総勢で一万足らずの人数でしかない、涙交じりの彼らの声は理屈を超えて人々の心に染み入ります。それはまるで紙に落としたインクのように、着実に市民集会全体の空気に浸透していきました。 そこで法務官マーカスが追撃をかけます。「皇帝陛下! あなたは民意を確認することなく独断専行で屈辱的な講和条約を結んでおきながら、この期に及んでなおかつ自身の未熟さを露呈した軍事に対し、絶対指揮権という権力に固執するおつもりか!」 ここでイストリアが発動した『拒否権』が完全に失策だったことが決定的になってしまいます。 実際にはハワード王国が軍備を増強したわけでもなく、敵対行動を取ったわけでもありません。しかし、人々の間に根付いた敗北という『屈辱』と敵から与えられた平和という『眠っていた不満』が、マーカスとウェインの演説によって『心配』から『疑惑』へと昇華し、イストリアがそれに反対したことによって明確に『皇帝への不信』へと変化してしまったのです。「市民諸君! 皇帝陛下は帝国臣民の怒りや悲しみ、そして誇りよりも施された一時的な安寧を選択した! このような軟弱さを持つ幼き皇帝にこれ以上帝国の命脈たる軍事権を預けていてよいものか! 今こそ先の英雄たるローゼンベルク議員を中心に思想を一致させ、外患を排除して真
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第27話 帝都脱出

 ――リンゼン帝国 帝都セント・レグナス 城門――「陛下、お急ぎください」 ヴィルヘルムが先導し、人の目を避けて城門をくぐる皇帝一行。 たたき上げの軍人である彼は見張り兵の交代時間がどのような手順で行われるかは熟知していることであり、その隙を突くなど容易いことです。 彼の手引きでイストリアとその従者十数名は、皇帝の帝都脱出という前代未聞の強硬策の第一段階をどうにか突破しました。「城門を抜けたからと言って気を抜いてはいけません。各地には治安維持部隊を展開していますし、街道を外れれば野盗山賊の類も|跋扈《ばっこ》しています。くれぐれも身分がバレることのないよう細心の注意をお願いします」 いつもの皇帝装束では一見しただけで素性が露呈してしまうので、急遽皇帝付きの下男に準備させた町人の服を着てはいますが、育ちの良さからくる気品はどうしても滲み出てしまいます。ヴィルヘルムは立ち居振る舞いから高貴な身分であることが露見するのではないかと心配しました。しかし、亡命という雰囲気にそぐわない、イストリアの明るい声がそれに答えます。「大丈夫ですよ、大旦那様! わたくしめごとき小間使いにまで左様なお気遣い、もったいのうございます!」 忠臣の心配を余所に、当のイストリア本人は決死の逃避行にも関わらず落ち着いており、普段の自分とは違う非日常感を楽しんでいるようでもあります。 常日頃から心を傾けてきた市民の生活。例え服装と口調だけとはいえ、その一端に触れることが出来るのは彼女にはとても新鮮な事であり、庶民に近い目線で世間を見ることが出来る貴重な機会なのでした。 市民の生活に心を砕いてきた彼女にとって、それはとても心躍る出来事であり、このような状況であるにも関わらず生来の旺盛な好奇心を隠すことが出来ない様子。しかし、それは決して悪い事ばかりではなく、このような事態へ陥った時に漂いがちな悲壮感を打ち消すことが出来ました。 結果として皇帝一行は旅の途中で身分を|訝《いぶか》しがられることなく、堂々と街道を進むことが出来たのです。「どうですか? 大旦那様。わたくしもやる時はやるでしょう?」 機嫌よくヴィルヘルム
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第28話 表敬訪問

「何事だ、騒がしい」 カイゼル王は息子との重要な会話を中断させられ、少し不機嫌な様子で応じます。「父上、恐らく本当に緊急事態だと思われます」 すかさず口を挟んできた息子の真剣な表情を見て、カイゼルは何かを感じ取り、真剣な表情に戻ります。息子にはもう結果が見えているのだということを察したのです。「報告を聞こう。入れ」 国王の許しを得て、伝令役の見張り兵が逸る気持ちを抑え、ゆっくりと執務室の扉を開きます。 兵士は国王と王子の前に跪き、少し急いだ様子で話し始めました。「報告いたします。ただいま城門に、リンゼン帝国の前法務官ヴィルヘルム・フォン・ハッツフェルト閣下率いる十数名の集団が参られ、アウグスト王太子殿下への表敬訪問を申し出ております」「アウグストに?」 カイゼル王は怪訝な顔をしますが、当のアウグストは眉ひとつ動かしません。「私への表敬訪問ということは既に応接室へとお通ししてあるのですか?」 どこか確信に似たものを感じさせる王太子の質問に、兵士は委縮して平伏してしまいます。 兵士はその質問に対し、少しバツが悪そうに言い淀みました。 「は、それが……。身分を証明するものを持っておられないうえに、その、身なりが平民のそれでありまして」「ということはまだ城門の前で足止めされているのですね」 少しきつめの口調に兵士はすっかり恐縮し、返事も忘れて平伏します。「大至急人をやって、従者ともども全員を応接室にお通ししてください。いいですか、全員ですよ」 通常、身分の高い人物が訪問した場合、側近の数名だけを通して残りの者は控室で待機させるのが普通なので、アウグストが今回出した指示は異例なものでした。兵士は驚いて王子の顔を見ましたが、その毅然とした態度の前では反論することも|憚《はばか》られ、短く返事をするとそのまま執務室から出て行ってしまいました。 兵士の退室を見送ると、代わってカイゼルが息子に質問します。「全員を応接室に通すとは随分異例なことを申すではない
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第29話 皇帝の要請

「そこまで全部見透かされているなら、余計な前置きは不要ね」 そこまで言うとイストリアはそれまでの平民然とした態度を改め、姿勢を正しました。その姿は先ほどまでとはうってかわって威厳に満ちており、この人物が確かに皇帝の血筋を引く者だということを再認識させられます。 カイゼル王とアウグストはもう一度頭を垂れました。「第十二代皇帝イストリア・フォン・リンゼンとして申します。ハワード王国カイゼル・ハワードに正式な同盟関係の強化と、国内の反乱勢力に対する助力を要請します」 この一言により、元老院議員の王太子に対する表敬訪問は姿を変え、リンゼン帝国とハワード王国の同盟強化と軍事協力の首脳会談へと変貌しました。会話の主役を変更するだけで、亡命という図式を排除し、皇帝としての職務遂行にステージを上げたのです。 これはローゼンベルクが使う『国家緊急特別対策宣言』という脱法的暫定措置に反して、正式な法的根拠のある措置であり、法律闘争において今度は皇帝側が勝利を得たということなのです。法的にはローゼンベルク率いる帝都そのものが『反逆者』になった瞬間でした。 国王カイゼル・ハワードは頭を下げたまま、恭しく答えます。「皇帝陛下に地位を認められた臣下として、直々の要請は勅令と同義。帝国に忠誠を誓う我が王国は、今後皇帝陛下の剣となり盾となり、その力を存分に発揮すると誓いましょう」 カイゼル王は皇帝イストリアの手を取ると、その手の甲にキスをします。 アウグストはその様子をまんじりともせず眺めていました。 イストリアはその視線に気が付き、顔を向けましたが、彼は何も言わず目を逸らします。「くすっ」 イストリアは微笑み、アウグストの方へと向き直りました。「殿下は忠誠を誓ってはくれないの?」「私ごときの身分で陛下に触れること自体が畏れ多いと存じます」 アウグストは頭を下げたまま、目を合わせようともしません。 その様子を見ていたカイゼルは思わず吹き出しそうになるのを堪えながら、息子に対して言いました。「王族の一員が陛下の手を取ることの何が畏れ多いものか。お前も
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第30話 武力なき宣戦布告

 ――リンゼン帝国 帝都セント・レグナス 皇帝廟謁見室――「なんだと!」 偵察の報告を聞き、玉座に座るローゼンベルクは声を荒げました。  彼が皇帝の所在を確認したのは、イストリアとハワード王国の同盟が締結され、帝国全土に皇帝勅令が発布された後だったのです。「よりによって敵国と同盟を結ぶとは! これでは皇帝自ら国を売ったも同然ではないか!」 予想だにしていなかった展開に激高する現在の実質的最高権力者に対し、反論する者も今後の展開を冷静に忠告する者もいません。  抵抗する力もなくし、本拠地を捨てて逃げ出した皇帝など何の力も持たないと思い、帝都に籠って自派の強化と反対派の追放に権力を行使している間に、気が付けば自分たちが帝都内に閉じ込められていたのです。  帝都内で唯一の最高権力者となり、勝利の美酒に酔っている間にイストリアは一本の矢を放つこともなく、一個軍団すら派遣することなく、事実上の宣戦布告をローゼンベルクに突きつけました。  こうして「第二次西方戦役」は、帝国側の誰ひとりとしていつ始まったかを明確に答えることが出来ないうちに幕を開けたのです。 帝国の心臓部である帝都を握っている以上、ハワード王国にいる皇帝の勅令と言えど絶対的な強制力を発揮するわけではありませんが、覇権国家と違い自国の生存戦略を第一と考える中小の王国は大義名分や法の正当性よりも力の論理に従います。  確かに帝国は強大な軍事力を誇ってはいますが、それも周辺の中小王国との協定による派兵に大きく依存しており、帝国が直接統治する地域のみに限ると兵力は大きく削減されます。まして今回皇帝が拠り所としたのは、ほんの数年前に圧倒的な大軍勢を相手にして完璧な勝利を見せつけた、強大なハワード王国です。  すでに多数の国が皇帝の勅令に応じて兵と兵糧の供出を承諾したという報告も入っており、まだ勅令に応じていない王国もローゼンベルク側につくと態度をはっきりさせたわけではなく、様子見といったところ。「どうして……こんなことに」 ローゼンベルクは玉座で天を仰ぎます。「しかし、わしはまだ負けたわけではない……」 拳を握りしめ、鋭い目つきで前方を見据えるローゼンベルクに、長年彼の右腕として甘い汁を吸い続けてきたマーカスが大仰な声と身振りで声をかけました。「宰相! たとえ周辺諸国からの援軍が半分になった
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