All Chapters of ハワード王国の王子様: Chapter 41 - Chapter 44

44 Chapters

第41話 信じがたい必然

「嘘、でしょ……」 イストリアの胸に去来したのは、まず信じられないという思いでした。 反乱が始まって五日。 ハワード王国から帝都までは通常行軍で二十日、強行軍でも十日はかかります。どう考えても計算が合わないのです。 しかし、イストリアが西の空にずっと視線を向けていたのは、ただの祈りではなく一つの希望があったからです。(彼なら、この事態を予見していたかもしれない) それも他人から見ればただの祈りにしか見えないかもしれませんが、これまで彼の戦術や戦略、そして人となりに触れてきた彼女にしてみれば、あり得ないと捨て去ってしまえる希望ではなかったのです。 そしてその希望は今、現実のものとして西の空に舞い上がっている。彼は期待を裏切ることなく、その眼力で先を見通し、事が起きる前から動き出して今、土煙を上げて帝都への道を急ぎ駆けつけてくれている。 その光景は彼女の心を熱いもので満たし、満たしきれない想いは大きな滴となってその目から溢れだします。「陛下、おはようござ……陛下?」 戦闘準備を伝えるために皇帝の元を訪れたヴィルヘルムですが、彼女が呆然とした様子で涙を流すのを見て驚きました。そして彼女が朝日を背負い、全く視線をそらさず見つめ続ける方向を見て息を飲んだのです。「まさか……」 希望を持っていたイストリアと違い、彼にとってその光景は全く信じがたいものでした。 彼は自分が寝ぼけているのか、はたまた蜃気楼を見ているのかと思い、何度も目をこすりました。しかし、どれだけ目をこらしても西から徐々に近づいてくる土煙は消えることがありません。 頬を濡らす涙を拭うこともせず、イストリアは言の葉をも溢れさせるように声を震わせます。「彼が。彼がこの事を見越して……私たちが事態に気付く前から動いてくれたのよ……」「アウグスト殿下……」 ヴィルヘルムもそう言われて思い浮かぶ人物は一人しかいま
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第42話 不可逆な結末

「これをあそこに見える、ハワード王に向けて撃て」 隻腕のローゼンベルクは自ら弓矢を扱うことが出来ないため、毒を振りかけた矢を兵に渡して命じます。その兵は狼狽えてしまい、その矢をなかなか受け取ろうとはしません。「ぎ、議員。いくら攻撃されているとはいえ、かの国は我が帝国の立派な同盟国。その王を討ち取ってしまっては、大変なことになるかと……」 皇帝を取り囲んでしまった以上、彼らはどうあがいても反乱軍であり、帝国の政治に介入する権利はありません。敵対関係にあるわけでもない一国の王を毒矢で射るなど、一介の兵士に判断するにはあまりにも重大な事案でした。彼が戸惑うのも当然の事だったのです。 しかし、ローゼンベルクは一歩も引きません。 その姿は先ほどまでの衰えた老人ではなく、かつて権力を欲しいままにした頃の威厳が戻っていました。 怨敵を目にし、封印していた記憶を呼び覚ましたことによって老人の魂に業火が灯ったのです。「やかましい! やれといったらすぐにやれ! 貴様がやらんのなら他のものにやらせるまで! その代わり貴様には後で生きていることを後悔するほどの処遇を課してやる!」 そこまで言われてしまっては彼に逆らう胆力など持てるはずもありません。 緊張した面持ちでその矢を受け取ると、震える手で矢をつがえました。彼の視線の先には戦場を見渡し、勝利を確信したカイゼル王の威風堂々たる騎馬姿。 彼は限界まで弓を引き絞ると、どうか当たらないようにと願いながらその指を離すのでした。 ――ハワード王国 本陣――「間もなく歩兵部隊も到着する! 騎兵たちは敵を逃がさぬよう、周囲を取り囲むことに専念するのだ!」 カイゼルは激動する戦局に応じて次々と指示を与えていきます。大局的にはもう勝敗は決したようなものの、今後のことを考えると反乱軍を外に逃がしてしまうわけにはいかないからでした。 しかし、あまりにも戦場の最前線に立っているため、アウグストが声をかけます。「父上! 前に出過ぎです! もう戦いの趨勢が見えた今、後の処理は伝令だけで充分。せめて弓矢の射程
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第43話 旧時代の象徴

「わははは! やった! やったぞ! これだけ胸のすく思いをしたのは久しぶりのことだ! 年甲斐もなく血がたぎってきたわい!」 カイゼル王に毒矢が命中するのを見届けたローゼンベルクは、まるで若さを取り戻したかのように大喜びしています。しかしその瞳に宿るのは勝利を掴んだ輝きでも、未来に希望を見出した光でもなく、ただ復讐という空虚な執念に取りつかれた人物の狂気そのものでした。「ハワード王国もこれでおしまいだ! どれ、王だけでなく兵士どもも私の剣の錆にしてくれよう!」 彼は剣の達人でもなければ、まともに振るったことすらないのですが、その思考はすでに正常なものではありません。復讐の成就という美酒に酔いしれている彼は、その衝動のままに片手で剣を握り、もはや敗北が決定的となった反乱軍の真っ只中へと走り出しました。「議員! お待ちください!」 彼にカイゼル王を狙い撃つように命令された弓兵は慌てて制止しますが、鎧すらまとっていないローゼンベルクはその笑い声だけを残して、兵士が剣をぶつけ合う喧騒の中に消えていきます。 そしてそれが、生きている彼を見た最後の瞬間になるのでした。 ――リンゼン帝国 市民集会所―― 一段高く設えられた演台の上、ハワード王国を象徴する蒼い旗にくるまれて横たわっているのは国王カイゼル・ハワード。 静かに眠るその姿は生前の威厳を保ったまま微笑を浮かべており、その手には彼の象徴である『炎の剣』が握られています。その傍らにはアウグストが俯き加減に佇み、彼の背後ではリンゼン帝国皇帝イストリアが悲痛な表情を浮かべていました。「殿下……」 イストリアは声をかけようとしますが、涙を流すこともなく、悔しさに顔を歪めることもしないアウグストに掛ける言葉が見つかりません。アウグストはただ静かに父の亡骸を見つめているだけでした。 そこへ国王の死の原因を作った張本人であるローゼンベルクが運ばれてきました。しかしそれは生きた姿ではなく、すでに冷たくなった亡骸としてでした。彼は正面から顔面に剣を受け、全身を血にまみれさせて息絶えています。敵国の王を毒矢で暗殺したとは思え
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大事なお知らせ(ネタばれはないので必読)

本作はこれにて、いったんの完結を迎えました。一部の熱狂的な読者様のおかげで、ここまで歩みを進めることができました。深く感謝申し上げます。旧時代の象徴が地に落ち、新しい時代が始まる。ここで一度幕引きをしていますが、物語はさらにスケールアップし、世界の枠組みはどこまでも広がっていきます。大河思想架空歴史ドキュメンタリー。偉大な父を失い、雨の中でその亡骸をじっと見つめるアウグストとイストリア。彼らが自らの胸に去来する情念を抑え込み、統治者としての「公の責務」を背負ってどのように生きていくのか、その行く末のすべてが後半(下巻)には敷き詰められています。本作の後半につきましては、Amazon Kindleにて書籍化(電子書籍・紙のペーパーバック形式)として販売を予定しております。なお、Kindle Unlimited(読み放題)にも完全登録いたします。発売の具体的な日程が決まり次第、こちらの近況報告、ならびに本文の改稿通知にて随時告知を行いますが、ご興味のある方はぜひブックマークやフォローの上、その通知を静かにお待ちいただけますと幸いです。ここまで深く読み進めていただき、本当にありがとうございました。7月10日にGoodNovel様での公開分は削除となりますので、ご容赦ください。
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