LOGIN思想、戦術、政治に切り込んだ軍記ファンタジー。 混迷を極め、国内の安定が失われたリンゼン帝国。 乱れた世を安定させるため、義勇軍を率いて立ち上がったカイゼル・ハワード。やがて彼は大陸の西方を統治し、ハワード王国を築き上げた。 戦乱の世においてはかけがえのない貴重な十年の平和の後、徐々に力を取り戻しつつあった帝国は新皇帝の即位と共に悲願の大陸再統一を成し遂げるため、兵力を結集。 大軍を迎え撃つ羽目になった王国の軍議は紛糾し、カイゼル王も悲壮な決意を固めることに。 その時、カイゼルの八歳になる息子、アウグスト王子の発言により事態は大きく動き出し……
View More【序章 崩れ去る平和】
昔々、ある大陸にリンゼン帝国という国がありました。
かつては隆盛を誇ったその国も、皇帝の交代に伴う内乱で国が傾き、周囲への影響力を失っていきました。そして世は乱れ、相次ぐ戦火によって経済が止まり、田畑は焼かれ、食料が不足した民草は塗炭の苦しみを味わうことに。
そんな中、農民から身を起こし、リンゼン帝国の男爵という地位まで駆け上がったカイゼル・ハワードという人物が立ち上がったのです。
彼は義勇軍を率いて反旗を翻し、西の海に面した一都市を占領してハワード王国を築きました。 『炎の剣士』と呼ばれたカイゼルの強さは他を圧倒し、瞬く間に帝国の西方三分の一を掌握。彼の善政によって経済や食糧生産は回復し、民心は安定。
かくして西方の民は安寧を取り戻し、人々は彼を『太陽の剣王』と呼んで讃えることになったのです。リンゼン帝国にとっては大打撃でしたが、力の衰えた帝国ではハワード王国を攻めることも出来ず、にらみ合いを続けたまま十年の歳月が過ぎていきました。
* * *
城の中庭、カイゼルは剣の稽古をつけてあげていました。
「せいやぁーー!」裂帛の気合と共に、正面から剣を振り下ろす小さな剣士。
「そんな攻撃は当たらないぞ! アウグスト!」
さすがはかつての『炎の剣士』、体を捻るだけで難なくそれをかわします。しかし、アウグストと呼ばれた少年も負けてはいません。
「はぁっ!」
振り下ろした剣が地面へつく前に素早く跳ね上げ、そのまま横薙ぎの一閃。
「ぬっ」
その攻撃にはカイゼルの体捌きも間に合わず、剣を使って受け止めるしかありません。
「やるな! だが甘い!」
受け止めた剣をくるりと回すと、少年の持つ剣をからめとり、そのまま弾き飛ばしてしまいました。
十メートルほど離れた場所に突き刺さった自分の剣を見て、少年は膝をついてしまいます。その顔には無念の色が。 「まいりました……」意気消沈してしまった少年の名はアウグスト・ハワード。
今年で八歳になった、カイゼル・ハワードの一人息子です。「そう落ち込むな。今のわたしに剣を使わせただけでも大したものだ。わたしがお前くらいの歳の時にはもっと弱かったぞ」
「ほ、本当ですか!?」敬愛する父に褒められたアウグスト王子は嬉しくて仕方ありません。
「あぁ、本当だとも。お前は強くなる。いつかこの私を超える日が来るかもしれんな」
その成長を喜ぶカイゼル王も、息子の事は目に入れても痛くない程。
「ほら、二人とも。そろそろ休憩してお茶にしましょう」
そう声をかけたのは、カイゼルの愛する人。 かつては町の商人の娘であり、王となる前のカイゼルと激しい恋に落ちて結ばれた、ファリス・ベアトリーチェ。 かつての町娘は今や王妃となりアウグストの母ともなって、その慈愛に溢れる性格で民衆からは『純白の王妃』と呼ばれていました。 民衆より愛されし、この三人家族によって王国には希望が溢れ、戦乱からの復興も終えて繁栄の一途をたどっていました。 ――かたや大陸東方では―― 『第12代皇帝、イストリア・フォン・リンゼン陛下、万歳!』父皇帝の死によって次代の皇帝に選ばれたイストリアは帝国臣民の歓声を一身に浴びています。
しかし、その美しく、気品に溢れた表情は晴れません。三人兄妹の末っ子に生れたイストリアは本来、皇位継承者ではありませんでした。
しかし、二人の兄が|流行病《はやりやまい》によって相次いで急逝。そしてその直後に父も病に倒れた結果、わずか十歳にして皇帝へと即位することになってしまいました。 他に後継者のいない帝国にとって、イストリアは唯一残った高貴な血筋だったのです。「陛下、ご即位おめでとうございます。美しきイストリア様が皇帝となられたことにより、帝国の兵はこの上なく士気が上がっております!」
大臣が祝いの言葉を述べていますが、イストリアにはそれが本心でないことは分かっています。
「今こそ、簒奪された西方の土地を奪い返す好機! 裏切り者を成敗する時が来たのです!」
大臣の目的はこちら。
かつて世が乱れるほどに力の衰えた帝国ですが、大陸全土を支配していたその軍事力はまだ健在で、先代皇帝の善政の甲斐もあって国力も取り戻しつつありました。
そうなると、かつての繁栄を取り戻すため、大陸の再統一を願う声は日増しに強くなっていたのです。 大臣は軍隊を率いて英雄になることを望んでいました。そしてあわよくばイストリアを排し次期皇帝の座につくことも……。己の権勢のために自分を利用しようとしていることは分かっていましたが、まだ幼いイストリアにはどうすることもできません。
大臣の言葉は続きます。 「反逆者が作った王国も、年々力を蓄えております。かの地を取り戻し、帝国を再統一する機会は今を置いてはありませんぞ!」先代皇帝の片腕として力を振るった大臣。周囲の重臣たちも一様にうなずき、若きイストリアにはなすすべがありません。
姫としての教育しか受けてこなかったイストリアには、軍事の知識がほとんどないからです。こうして十年の平和はまたしても危機を迎え、大陸には再び軍靴の音が聞こえ始めてくるのでした。
本作はこれにて、いったんの完結を迎えました。一部の熱狂的な読者様のおかげで、ここまで歩みを進めることができました。深く感謝申し上げます。旧時代の象徴が地に落ち、新しい時代が始まる。ここで一度幕引きをしていますが、物語はさらにスケールアップし、世界の枠組みはどこまでも広がっていきます。大河思想架空歴史ドキュメンタリー。偉大な父を失い、雨の中でその亡骸をじっと見つめるアウグストとイストリア。彼らが自らの胸に去来する情念を抑え込み、統治者としての「公の責務」を背負ってどのように生きていくのか、その行く末のすべてが後半(下巻)には敷き詰められています。本作の後半につきましては、Amazon Kindleにて書籍化(電子書籍・紙のペーパーバック形式)として販売を予定しております。なお、Kindle Unlimited(読み放題)にも完全登録いたします。発売の具体的な日程が決まり次第、こちらの近況報告、ならびに本文の改稿通知にて随時告知を行いますが、ご興味のある方はぜひブックマークやフォローの上、その通知を静かにお待ちいただけますと幸いです。ここまで深く読み進めていただき、本当にありがとうございました。7月10日にGoodNovel様での公開分は削除となりますので、ご容赦ください。
「わははは! やった! やったぞ! これだけ胸のすく思いをしたのは久しぶりのことだ! 年甲斐もなく血がたぎってきたわい!」 カイゼル王に毒矢が命中するのを見届けたローゼンベルクは、まるで若さを取り戻したかのように大喜びしています。しかしその瞳に宿るのは勝利を掴んだ輝きでも、未来に希望を見出した光でもなく、ただ復讐という空虚な執念に取りつかれた人物の狂気そのものでした。「ハワード王国もこれでおしまいだ! どれ、王だけでなく兵士どもも私の剣の錆にしてくれよう!」 彼は剣の達人でもなければ、まともに振るったことすらないのですが、その思考はすでに正常なものではありません。復讐の成就という美酒に酔いしれている彼は、その衝動のままに片手で剣を握り、もはや敗北が決定的となった反乱軍の真っ只中へと走り出しました。「議員! お待ちください!」 彼にカイゼル王を狙い撃つように命令された弓兵は慌てて制止しますが、鎧すらまとっていないローゼンベルクはその笑い声だけを残して、兵士が剣をぶつけ合う喧騒の中に消えていきます。 そしてそれが、生きている彼を見た最後の瞬間になるのでした。 ――リンゼン帝国 市民集会所―― 一段高く設えられた演台の上、ハワード王国を象徴する蒼い旗にくるまれて横たわっているのは国王カイゼル・ハワード。 静かに眠るその姿は生前の威厳を保ったまま微笑を浮かべており、その手には彼の象徴である『炎の剣』が握られています。その傍らにはアウグストが俯き加減に佇み、彼の背後ではリンゼン帝国皇帝イストリアが悲痛な表情を浮かべていました。「殿下……」 イストリアは声をかけようとしますが、涙を流すこともなく、悔しさに顔を歪めることもしないアウグストに掛ける言葉が見つかりません。アウグストはただ静かに父の亡骸を見つめているだけでした。 そこへ国王の死の原因を作った張本人であるローゼンベルクが運ばれてきました。しかしそれは生きた姿ではなく、すでに冷たくなった亡骸としてでした。彼は正面から顔面に剣を受け、全身を血にまみれさせて息絶えています。敵国の王を毒矢で暗殺したとは思え
「これをあそこに見える、ハワード王に向けて撃て」 隻腕のローゼンベルクは自ら弓矢を扱うことが出来ないため、毒を振りかけた矢を兵に渡して命じます。その兵は狼狽えてしまい、その矢をなかなか受け取ろうとはしません。「ぎ、議員。いくら攻撃されているとはいえ、かの国は我が帝国の立派な同盟国。その王を討ち取ってしまっては、大変なことになるかと……」 皇帝を取り囲んでしまった以上、彼らはどうあがいても反乱軍であり、帝国の政治に介入する権利はありません。敵対関係にあるわけでもない一国の王を毒矢で射るなど、一介の兵士に判断するにはあまりにも重大な事案でした。彼が戸惑うのも当然の事だったのです。 しかし、ローゼンベルクは一歩も引きません。 その姿は先ほどまでの衰えた老人ではなく、かつて権力を欲しいままにした頃の威厳が戻っていました。 怨敵を目にし、封印していた記憶を呼び覚ましたことによって老人の魂に業火が灯ったのです。「やかましい! やれといったらすぐにやれ! 貴様がやらんのなら他のものにやらせるまで! その代わり貴様には後で生きていることを後悔するほどの処遇を課してやる!」 そこまで言われてしまっては彼に逆らう胆力など持てるはずもありません。 緊張した面持ちでその矢を受け取ると、震える手で矢をつがえました。彼の視線の先には戦場を見渡し、勝利を確信したカイゼル王の威風堂々たる騎馬姿。 彼は限界まで弓を引き絞ると、どうか当たらないようにと願いながらその指を離すのでした。 ――ハワード王国 本陣――「間もなく歩兵部隊も到着する! 騎兵たちは敵を逃がさぬよう、周囲を取り囲むことに専念するのだ!」 カイゼルは激動する戦局に応じて次々と指示を与えていきます。大局的にはもう勝敗は決したようなものの、今後のことを考えると反乱軍を外に逃がしてしまうわけにはいかないからでした。 しかし、あまりにも戦場の最前線に立っているため、アウグストが声をかけます。「父上! 前に出過ぎです! もう戦いの趨勢が見えた今、後の処理は伝令だけで充分。せめて弓矢の射程
「嘘、でしょ……」 イストリアの胸に去来したのは、まず信じられないという思いでした。 反乱が始まって五日。 ハワード王国から帝都までは通常行軍で二十日、強行軍でも十日はかかります。どう考えても計算が合わないのです。 しかし、イストリアが西の空にずっと視線を向けていたのは、ただの祈りではなく一つの希望があったからです。(彼なら、この事態を予見していたかもしれない) それも他人から見ればただの祈りにしか見えないかもしれませんが、これまで彼の戦術や戦略、そして人となりに触れてきた彼女にしてみれば、あり得ないと捨て去ってしまえる希望ではなかったのです。 そしてその希望は今、現実のものとして西の空に舞い上がっている。彼は期待を裏切ることなく、その眼力で先を見通し、事が起きる前から動き出して今、土煙を上げて帝都への道を急ぎ駆けつけてくれている。 その光景は彼女の心を熱いもので満たし、満たしきれない想いは大きな滴となってその目から溢れだします。「陛下、おはようござ……陛下?」 戦闘準備を伝えるために皇帝の元を訪れたヴィルヘルムですが、彼女が呆然とした様子で涙を流すのを見て驚きました。そして彼女が朝日を背負い、全く視線をそらさず見つめ続ける方向を見て息を飲んだのです。「まさか……」 希望を持っていたイストリアと違い、彼にとってその光景は全く信じがたいものでした。 彼は自分が寝ぼけているのか、はたまた蜃気楼を見ているのかと思い、何度も目をこすりました。しかし、どれだけ目をこらしても西から徐々に近づいてくる土煙は消えることがありません。 頬を濡らす涙を拭うこともせず、イストリアは言の葉をも溢れさせるように声を震わせます。「彼が。彼がこの事を見越して……私たちが事態に気付く前から動いてくれたのよ……」「アウグスト殿下……」 ヴィルヘルムもそう言われて思い浮かぶ人物は一人しかいま
――リンゼン帝国 帝都セント・レグナス 城門前――「おい! 戻ってきたぞ!」 その声に民衆は一斉に城門前広場へ殺到します。 「息子は!? 息子はどこに!」「あなた!」「よかった! 生きてた!」「そ、そんな……」 ハワード王国から送り返されてきた二万の捕虜たち。 十万中二万という、五分の一の確率に賭け、大切な人の姿を探す民衆たち。 抱き合って再会を喜ぶ者。訃報を聞いて泣き崩れるもの。 そこには悲喜こもごもの様相が展開さ
【第1章 戦争の目的】 イストリアは尋ねます。「我が軍の敗因は何と考えているのか、聞かせて頂戴」 その問いに対し、ヴィルヘルムは淀みなく答えました。「まず第一に練度不足。敵兵の一糸乱れぬ見事な統率力に対し、我が軍の隊列は乱れがちで、特に乱戦時には必要な指示系統の確立がされておりませんでした。そして第二に強行軍による疲労。最初の内はよく敢闘したように見えましたが、実際は敵方に余裕があり、苦戦を装って敵の戦いやすい平地へと誘いこまれました。この二つの要素が重なり合い、夏の日の羽虫のように、自ら火中に飛
――ハワード王国 東方最前線 総指揮所―― 両軍の展開が終わり、残るは正面からの激突を待つのみとなった時、ようやく早馬が各大隊長の元へと走りました。今回の作戦を末端の兵士にまで伝えるためです。 敵軍に斥候をスパイとして潜入させるというのはままあることだったので、カイゼル王は作戦を開戦直前まで開示しなかったのです。 しかし、情報の重要性というものを知らないローゼンベルクはそのようなことすら怠っていたのですが。 全軍が今回の作戦を理解したのち、カイゼル王は自身の象徴ともいえる、緋色に輝くその剣を天高く掲げました。「同胞
――ハワード王国 首都カイゼリオン 城門前―― 城門前には面構えもたくましい、よく訓練された兵士たちが整然と隊を組んでいました。 即座に戦闘態勢へ移行できるよう、行軍の順番もしっかりと決められています。 伏兵として展開する第二軍団、第三軍団は、現地に到着次第埋伏しやすい地形を見つけて潜むために先行。 そして殿には国王率いる精鋭の第一軍団。先行軍が潜伏した後はこの軍団が堂々と敵と向き合い、正面から戦いを挑む形。 食料を運ぶ輸送隊は行軍速度も遅いため各軍団の前を行き、万が一奇襲を受けた際、荷車を盾として使えるよう工夫された、ハ