案内された部屋へ入った瞬間。 佳苗は思わず立ち止まった。「……広い」 ホテルのスイートルームみたいだった。 落ち着いた色合いのインテリア。 柔らかな照明。 大きなベッド。 奥にはウォークインクローゼットまで見える。「本当に、ここ使っていいんですか……?」 振り返ると、雄吾が静かに頷く。「ああ」「でも……」「遠慮するな」 低い声。「ここは当分、お前の部屋だ」 その言い方に、佳苗の胸が少しだけざわつく。 “当分”。 本当に、ここで暮らすことになるのだろうか。 現実感がまだ薄い。 すると雄吾が扉横のパネルを指差した。「この内鍵を入れれば、外からは開かない」 佳苗は目を瞬く。「……先輩でも?」「ああ」 雄吾はあっさり頷いた。「マスターキーでも解除不可にしてある」「えっ!?」 佳苗は驚いて思わず声を上げた。 そこまでするのか。 すると雄吾が少しだけ眉を寄せる。「安心材料は多い方がいいだろ」 その言葉に胸が熱くなる。 この人は、本当に。 自分を怖がらせないようにしてくれている。「……ありがとうございます」 小さく頭を下げると、雄吾はわずかに視線を和らげた。「風呂も好きに使え」「はい」「着替えはクローゼットに入れてある」「……見るのちょっと怖いです」 佳苗が正直に言うと、雄吾が低く笑った。「変なものは入れてない」「先輩、時々信用できないんですよね……」「失礼だな」 だがその声は少し楽しそうだった。 久しぶりに、こんなふうに軽口を言った気がする。 雄吾が部屋を出ていく。 扉が閉まり、静寂が落ちた。 佳苗はゆっくり息を吐く。「……疲れた」 身体の力が抜けていく。 クローゼットを開けると、本当に必要な服が一通り揃っていた。 部屋着。 下着。 化粧品まである。「……すごい」 どれだけ準備がいいのだろう。 いや、多分。 ずっと前から、こういう日を想定していたのかもしれない。 そう考えてしまって、佳苗の心臓が少し跳ねた。 その後、シャワーを浴びる。 温かいお湯に触れた瞬間、緊張が一気にほどけた。 今日だけで色んなことがありすぎた。 家を出て。 悟と決裂して。 恵ともぶつかって。 母にも責められて。 そして今、自分は雄吾の家にいる。「……信じられない」
Last Updated : 2026-05-18 Read more