All Chapters of 血がマズすぎて追放された私が吸血姫の眷属になれた訳: Chapter 31 - Chapter 40

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第三十一話 浅い眠り

ここは夢の中。クリスカさんのちょっぴり激しい吸血で眠らされてしまった私の頭の中の世界。 アンティーク家具が犇めくノスタルジックなお屋敷の寝室。多分、行ったことのない私の想像の産物です。 真っ白なシーツを乱すクリスカさんの手から力が抜けて、眠るように安らかな表情に変化していきます。知らない使用人がハンカチで目尻を撫でて、私は茫然と立ち尽くして冷たい手を必死に握っていました。「私を」 見捨てないで。言い募ろうとして唇が凍り付きました。 お願い。捨てないで。私も連れて行って。貴方が連れ出したのだから、連れて行ってください。先に逝かないで。私を、また一人にしないで。「クリスカさん!」 「わぁっ吃驚した!?」 掛けられていた厚手の布団を天井に突き飛ばした私は、現在地がいたはずのレストランではなく私達に宛がわれた部屋であることに気がつきます。後ろで控えていたはずの記憶が途中からは断片的に残されていたからか、この光景に既視感を抱きつつも時計の針が確実に進んでいるからタイムリープはしていない。 つまりここは紛う事のない現実で、あそこで寝てしまった可能性が高い。それを裏打ちするようにフリルの配された純白のエプロンは脱がされていました。「申し訳ありません! 私ったら寝てしまったみたいで!」 「ミイラかと思うくらいのお目覚めだったね。魘されてた?」 「……はい。クリスカさんが一人、天国へ旅立ってしまう……そんな夢を見ました」 アレが正夢にならないことを心の中で願いながら告げます。「そ、そう。吸血鬼が死ぬ夢なんて珍しいわね。殆ど永遠に近い命だというのに」 「そうですよね。あっでも、それって血の盟約を交わさないといけないって習った気がしますよ。見込まれた眷属が吸血鬼の主様と永遠を誓うための儀式とかって」 なんでも眷属と結ぶと吸血鬼は一生に近い命を得るらしい、と使用人に憧れていた私が家の者から習った知識です。 少しだけ狼狽えたようにも見えたクリスカさん。まさか私の口から吸血鬼が死ぬなんて単語が出て驚いただけで、すぐに平静な心持ちに戻りました。「熱でもあるのかな私。クリスカさんの前では失敗してしまうし、ましてこの服を着て寝るなんて」 「良い反応だったわ。主人の護衛についても申し分なしね」 「私を試されていたんですか?」 「まぁね」 顔が青ざめました
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第三十二話 別れとは、旅の出発点

そんな事件が過ぎ去って、クリスカさんとの処女旅は四日の月日が経過しようとしていました。 部屋に置き土産、とどのつまり忘れ物がないかをすべからく確かめて、私達は四日間お世話になったホテルの一室を後にします。 あの夜以来、薫さんと顔を見合わせることはなく、クリスカさんの言葉に頼りっきりになっていました。何度か様子を見に行って曰く、生きていることと作家として再出発するべく原稿と戦っているそうです。 前に進みだした彼女の健闘を祈りながら煌びやかに輝くホテルのエントランスに辿り着くと、私達を見送るホテルマンたちの花道が伸びていました。「盛大なお見送り……ですね」 ちょっと引きました。これが現代にも蔓延る吸血鬼の影響力。それを前にして、素直に出た感想がコレです。 特別扱いというのも、なんだか心苦しいような気がしていたのかも知れません。口には出せませんが、その花道をすかさず潜ってタクシーへと乗り込みました。「あの見送りって毎回なんですか?」 「えぇそうよ。私も出来れば避けたいんだけどね。悪目立ちするし。避けようとしても彼らの心遣いというか、直感には勝てないのよね。どんな手使ってもこっちのチェックアウトの時間読んでくるから」 避けようがないとクリスカさん。言われてみれば出る直前から視線を向けられていた感覚もありました。 贔屓というのも良い事ばかりではない。思い知らされた気分です。 雪国の只中を行きと同じように何食わぬ顔で進む地元のタクシーは、ものの三十分程度で函館市内に入り、そのまま高速フェリーが発着する七重浜の函館港へと滑り込みます。「次の目的地は何処に?」 「北陸かしらね。また夜行列車だけれど、飽きてない?」 「愚問です! もう慣れましたから!」 「頼もしい。でも、またシャワールームで叫ばないでよ?」 「あ、あれはクリスカさんがぁ!」 情けない声が港のロータリーについた車内で響きました。 押し固められた雪の大地に再びその足がついた矢先、遠巻きに聞こえるフェリーの汽笛が私達に挨拶をしてくれています。北の雄大な大地に接岸するその船は、まるで舞踏会へ連れて行ってくれる魔法の馬車のように、燦々と金色の輝きを放っていました。「トンネルが通っても絶えずこの船はここと本州を結び続けている。不死鳥のように」 「詩的ですね」 「風情あるでしょう?」
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第三十三話 旅は多い方が楽しい

「ちょっと声が大きいわよ」 顔を真っ赤にしながら、思わず大声で聞き返してしまいました。意外も意外、まさしく晴天の霹靂が如く言い放ったクリスカさんですが、そこには微塵も恥じらいもなく、むしろ哀愁すら漂っていて、表情も懐古に想い耽る微笑みが現れています。「失恋したんだけどね。次の旅は件のその人に会いに一路日本海を伝って南へってところかしら」「クリスカさんを射止めた方……ぜひお会いしてみたいです」 「……物凄くハードル上がるなぁ」 上げたのは私ではありませんよ多分。「まぁ話を戻すんだけども」 「無理やりですね」 「意外と恥ずかしいのよもう。光莉の心配は杞憂よ。あらかじめ言っておくわ」 「杞憂?」 「まだ薫との糸は切れていないという事よ。まぁ離れていても秒速で伝えたい言葉や想いが伝播する現代だと、離れ離れってことの実感が薄いけれど」 それでもやはり、と食い下がりそうになりました。もはや戻る術などなく、いくらクリスカさんに弁じていても何も伝わらない。 理解しつつも煮え切らず、言葉だけが込み上げてきます。けれどそれを伝えるためだけに私が泳いで戻るとかは不可能で、船を差し戻すということも考えましたが一個人の願いの為だけに周りを巻き沿いにするのは尚更無茶な発想でした。 下唇を噛みながら、私は遠ざかる北の大地に目を向けます。あの雄大な大地に大切な何かを置き忘れた気分で。「言いたいことがあるなら、叫んでみるといい」 「叫ぶ?」 「心を持つということは時に不思議でね。離れていても言葉が通じ合うことだってあるの。以心伝心という奴かな?」 まさか、とも思いましたが気晴らしには丁度良いかもしれないと、私は腹に息を溜め込みます。「薫さぁぁぁん! 酷い事言ってしまってごめんなさぁぁぁい!」 「そう叫ばなくとも聞こえているぞ、光莉」 不思議です。手に取る様に薫さんの声が耳に残り、「って、え?」 「さっきから見ていたぞ。クリスカも少し悪戯が過ぎるんじゃないか?」 「人の驚いた表情とか、愕然と立ち尽くす様を見るのが私の好物の一つよ。覚えておくといいわ」 「いつ……から?」 「階段のところでずっと出番を待っていた」 「じゃ、じゃあ、さっきまでクリスカさんに打ち明けてたことも全部」 「聞こえていた。それに関しては、何か悪いことをしたかな?」 顔全体が
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第三十四話……?

閑話休題。連絡船を降りて数週間、青森で滞在した後の事。列車が光拒む宵闇に発つ直前のお話です。「あっ今川焼」 駅構内のメインストリート。地元のお土産屋台がずらりと軒を連ねる中に、クリスカさんが一際異彩を放つお店を見つけて袖を引っ張り呼びました。 何枚もの円盤状の鉄板が並んだガス台で焼かれるきつね色のお菓子。あんこやカスタードを中へ入れて食べる今川焼です。 けれど私がすかさず、「いえ、アレは今川焼ではなく大判焼きです」 「そうとも言うな」 「買っていかれます? 大判焼き」 「今川焼じゃないの?」 「大判焼きです」 訂正して頑なに譲りません。紅い暖簾には黒い文字でしかと大判焼きと書かれています。 世の中には名称や好みの争いが付きません。犬か猫か、ケチャップかマヨネーズか、あんこかカスタードか、半熟か固焼きか、きのこかタケノコかなどなど。数えていてはキリがないほど。 かくいうこの目の前で次々と焼かれるコレも例外ではなく、しかも二者択一ではないのでした。 足を止めて私と眇めた瞳で微笑するクリスカさんの視線が交錯しました。「光莉は、そう呼んでいるんだ」 「大判焼きでしかないです。むしろ他の呼び方は初耳です」 「でも今川焼がしっくりこないかしら?」 「そうでしょうか?」 「ちなみに地域で呼び方が違いみたいだ。関東圏は今川焼で通用している」 「我が家では大判焼きと呼んでいるんです。関東ですけど」 「珍しいな。するとご両親のルーツは関東圏外か」 割って薫がその差違を説き解くと、「なるほど」と私は納得していました。「まぁ、どっちでもいいわ」 そう言って、クリスカさんが屋台に寄って行き、私達も背中を追うように遅れてやってきます。「カスタードを三枚」 「はいよ、回転焼きカスタード三枚!」 私とクリスカさんは思いっきりずっこけました。それはもう、建物も揺らす勢いで、足を滑らせて。
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第三十五話 朧げな終着

走り出せばいずれ終着は訪れる。列車がそうであるように人生も例外じゃない。三段ベットの一番下で徐に呟きました。 クリスカさんは人の生きる道をよく列車に喩えられます。漠然として哲学的ながらも、万物が持つ死という概念を謳うそれは、私もはっきりと感じられました。「藪から棒にどうしたんだ?」 「ぼんやりと浮かんできたのよ。他意はないわよ?」 「その一言で人生の深みを味わえる素敵な詩です!」 「光莉ってクリスカに結構毒されているんだな」 毒されているというのは心外です。大判焼きにかぶりついていた私は手を止めてムッと頬に膨らませますが、最上階なので誰も気づくことはなく、スルーされます。「家族ぐるみの付き合い、というよりは実家の屋敷に代々従えてる使用人の長女なの。敬語が常だったり、気遣いに長けてたりするのも、もはや遺伝子レベルで刷り込まれてるからなのかもね」 「気遣い……なのか」 「えぇ。そうよね?」 「何を——本心ですよ」 三段寝台で繰り広げられるやり取り。勿論、クリスカさんのポエムに感無量なのは疑いようのない本心です。「でも、そろそろ敬語は卒業してほしいかもね」 とクリスカさん。「敬語を卒業?」 「耳にタコができるほど聞かされているとは思うけど、私達は対等よ。歳の差とか家系とか、そういうシガラミはこの際全部なし」 「シガラミ……ですか」 これがシガラミだなんて思いもせず、いざ払ってしまえと言われると言葉に詰まりました。 私からすれば、クリスカさんは仕えるべき吸血鬼なわけで、今もその関係性、概念に変わりはありません。 口を紡いで熟考します。果たして彼女が望む平等とは一体なんなのでしょうか。その答を掴めないことに焦燥感で一杯になりそうでした。「まぁ、難しいのならいいの。私のわがままだから」 「左様ですか……」 「貴方らしく生きればいい。そうだ、ねぇどうして使用人を目指そうと思ったか教えてよ」 やる瀬ない気持ちが霧散し一点、私の声に活力が漲りました。「母の姿を視て、後を追いかけようって思ったんです。淑やかで凛々しくて、それでいて主様であるクリスカさんのお父様に尽くす姿が、私の脳裏から未だに離れない。あとは、給仕で着る給仕の服がとても可愛らしくてっていうのもありますね」 脳裏に過る幼少期の記憶、お仕えする吸血鬼の方のお屋敷へ遊びに行
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第三十六話 金沢の朝

 寝台列車の終着は目覚めて間もない北陸の中心駅『金沢』。新幹線の建設でブルシートが目立つ高架駅に停車した列車の扉を降りたクリスカさんに続いて、私と薫さんもプラットホームの黒に色を付けます。 まだ目的地というわけではなく、けれど次の電車までは時間があるというので小休止を挟むことになりました。 駅前に出ると、一際巨大な鳥居のような門が現れます。「よくテレビで見るアレですね!」 名前が出てきません。 二本の大木に絡んだ幾本の柱に均一な升目が掘られた天井。まずその荘厳な門構えに圧倒されて、どこまで行けば私のファインダーに収まるか、想像もできませんでした。 しかしこの門、その姿形には既視感があるのですが、多分ほとんどの日本人はよくテレビに出てくる門としか認識していないのではないかと心で秘かに抱いています。「鼓門ね。能楽で使われる鼓をイメージして建設された現代アートで、恐らく駅前であるモニュメントとしては東京駅の次くらいに大きい建造物よ」 「やはり、日本の駅というのはとてもユニークな物が多いな」 「薫にしては意外な反応ね。てっきりこういう建築物とかは創作の種にするから見慣れているかと思ってたけど」 私は走って天井に目を凝らしてはしゃいでました。「どちらかと言えば西洋風の館とかを参考にするんだ。こういう、あまりにスケールが大きすぎる建物は内部が複雑で迷うわ、外観のイメージとは掛け離れた近未来的な内装であまり参考にならないんだ。人にもよるが私はね」 「作家も複雑ね」 難義な境遇に腕を組んで同情の言葉を掛けるクリスカさん。「まぁ、クリスカほどじゃないさ」 私から少し離れたところで内容は聞き取れませんが二人は談笑に盛り上がっているようでした。 すると遠雷のように低く野太い鐘が鳴りました。その音源を探すように眼を走査すると、大通りの手前に聳える大時計を見つけます。「あっそうです。クリスカさん、太陽が出るまであと一時間程しかありません! ホテルに急がないと」 午前五時を指す針に私は慌てふためきました。けれど当の本人はとても冷静で、むしろ太陽なんてクソ喰らえと言うような余裕の表情です。「心配ないわよ。多分、そろそろだから」 「そろそろ?」 含み笑いでロータリーに目をやると、一台の大型バスが交差点を曲がってきます。夜行の長距離バスにしては派手な銀のエ
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第三十七話 クリスカの初恋

出てきたのは初老の女性。サラリと靡く白髪に柴犬のような細くもくっきりとした眉。厚手のコートと変哲もないジーパンを召した見た目はごく普通の叔母様が見かけに外れて走ってやってきます。 言葉でこそ過酷さを訴えていますが裏腹に顔は満更でもない開き切ったひまわりのような満開の笑顔が咲いていました。「久しぶりねぇ。今度はどこの帰り? 大阪? 京都? あら九州かしら」 「残念だったわね美喜恵。全部外れよ。北海道」 「まぁ随分と遠くから来たのねぇ。っと、この方々は?」 「旅のお供。最近知り合った人たち」 「あらまぁこれは失礼を。私ったら年甲斐にもなくついはしゃいじゃって、自己紹介が遅れちゃったわ」 「いやまぁ、大丈夫だ……あっです」 「堅苦しいのは無しでいいの。茂木 美喜恵よ」 「薫、佐伯 薫」 「七見 光莉です! えっと、クリスカさんと旅をさせていただいてます!」 頭を垂れて一礼。「元気がある子大好き! ささ、外じゃ寒いし中でゆっくりお話しいたしましょう」 背中を押されて車内へ。その勢いに気圧され、私と薫さんはもはや為すがままです。 中には冷蔵庫やテレビ等々、誰の手向けなのかと首を傾げるほどの至れり尽くせりぶり。「でもバスってなんか物々しくないでしょうか?」 「クリスカはド派手な演出が好きなの。もうとびっきりのね」 「もう卒業したわよとっくの昔に」 「あらーそうだったかしら? その割に巷では豪華と謳われる寝台列車を乗り回してるって聞くけど?」 ぐぅの音も出ないと言った渋い表情。けれど嫌な気はしていないようで、バスに乗り込むと真っ先に美喜恵を隣に呼んで座らせると——「意地悪は止してよもう」 語尾が薄れていきます。顔を覗こうとするとそっぽを向かれてしまい、そんな様子を見る薫さんはあっけらかんとしていました。「照れちゃってねぇ。若いって良いわねぇ」 「美喜恵は、その大分変ったわね。皺が深くなったって言うか」 「これでもお若いって言われるのよ人間の間では」 「人間? あの差し支えなければで良いんですけど」 「私、茂木美喜恵は人間じゃないんですか? って質問でしょう?」 「は、はい。読まれてた」 暫し黙って含み笑い。「そうねぇ。謎の女、というのはありきたりかしら。んー即興で何か考えるのはやっぱり苦手ね」 苦悶しつつ、考え出され
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第三十八話 ようこそ『湯楽屋』へ

美喜恵さんが得意げな様子で案内する古風な趣のこの旅館は何を隠そう彼女が統べるお屋敷でした。クリスカさんは以前から存じていて、よく通っていたとかで、気づけば彼女が抑えていた日当たりの悪い角部屋へ籠っていました。「あの子はいつもそうなのよ。朝来て、すぐ部屋に籠るの。私が居てもそうだから、いいの。寝る子はよく育つ。あの子はほんの五十余年前から成長する兆しがないけれど」 全く気にする素振りのない美喜恵さん。熟知していて呆気なのと私以上にクリスカさんの事を気に掛けたり、知っていることが少し悔しい気もしました。これが嫉妬でしょうか。「お昼の間はお二人とお話しようと思ってたから」 「私達がいることもご承知だったのですね」 「久々に連絡が来たと思ったら、今日は三人だって聞いていたから興奮していろいろ考えちゃったのよ。それで遠路遥々、北陸まで足を伸ばしてくれたこともあるし、せっかくだから地元のお魚とかお野菜で作ったご馳走を囲みながら」 名案です。私は屈託のない笑みで頷いて後を追いました。「けど、いいのか? 旅館の朝と言えば、旅行者のチェックアウトでごった返す忙しい時間帯じゃ?」 「お客様の事なら頼れるスタッフのみんながいるから心配ないの。むしろ、一線を退いた老人が混ざっても変に気を遣ってしまうから迷惑でしょうし」 「そういうものなのか」 「えぇ。旦那にも先立たれ、仕事も勇退したんだから長閑な田舎で一人死ぬまで隠居したいわね。もう十二分に尽したから」 遠い、果てぬ空を見上げるような寂しい瞳で語ります。「もう身体も無理が効かなくなってきたからさっさと誰かに預けようと思っていたのだけど」 「でも、凄くお若くてお元気そうに見受けられますけど」 「そう? 嬉しいこと言ってくれるじゃない光莉ちゃん。でもね、こう見えても私、九十越えのおばあちゃんなのよ?」 「きゅ、九十!?」 「全然、そうは見えない」 「よく言われる」 華奢で老いも感じられないその出で立ちに半分冗談だと思ってしまいます。いえ、多分冗談でしょう。「本当?」 「本当。後でクリスカに聞いてみるといいわ。歳の近い人間の友達って言うと、もう私くらいなものじゃないかしら」 啖呵を切るのならきっと嘘ではなく真実だと確信します。 そして、廊下を歩き切った旅館の奥深く。襖で仕切られた角部屋に、割烹着姿
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第三十九話 あの子らしいわね

用意された料理に舌鼓を打ちながら、私はクリスカさんと出会ったきっかけや場所、どんな雰囲気だったかの顛末を事細かに話していました。 「あの子らしいわ。好奇心のままに人と仲良くなるの」 物凄く的を得ていて深く頷きます。私をこうして拾ってくださったのはまさに高速列車のホームで涙を流していた姿に手を差し伸べてくださったからなのです。 「私はクリスカさんのおかげでとても救われたんです。家が代々吸血鬼に仕える従者を排出していた一家で、慣例にならって私もその使命を全うしようと思ったのですが、私の血の味は最悪なようで、初めての吸血で使用人をクビになることが多かった」 「それも酷い話よね。血の質だけが人間ではないのに」 「そうかも知れません。でも吸血鬼の主様達にとって血の安定した供給は死活問題、ライフラインの一つです。人間は意志や人格、人権を持った食材。吐いて捨てる程の人、つまり食材があるのなら良質なのが最低条件になります」 同情を肯定的に受けつつも、現実はそうでないことを言うと、美喜恵さんの顔は曇っていきます。 しかし本質は人と一緒で、普段スーパーや市場で食材の品定めをするように、吸血鬼も人間を性格や能力、血の質で評価し、使用人や眷属として適正があるかを見極めて屋敷に置くのです。 何も吸血鬼に限った話ではない。私は理解しつつもあの何度も咽るような過酷な日々を思い出して唇を噛みます。 「終わったことですから、幾ら足掻いたってもうどうしようもない。理解していますから私は」 恨んでなどいません、その言葉を思い起こしたとき途端に詰まりました。 心の底からこれまでの仕打ちを恨んだことなどなかったはずなのに、いざ言葉にしようとすると頬を一粒の煌きが伝っています。 そもそも根本、本質は吸血鬼や人間という種族の問題ではないかも知れない。捨ててきた個人に対する怒りや憎しみという感情。 「どうしてだろう。泣きたくないのに」 分からない。焦点も合わない視線で薫さんと美喜恵さんを交互に見つめて言葉を、泣いている理由を問い掛けるように視線を向けていました。 「泣いていいのよ」 足音を殺して接した美喜恵さんが私を胸に抱き寄せます。 「泣きたいときは一杯泣きなさい。涙を我慢することなんてないの。溜め込んで吐き出せずに抱えていると、いつかっ自分に
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第四十話 白紙のおつかい

豪勢な朝ごはんを終えると、美喜恵さんから街へ繰り出してはどうかと嗾けられたので、薫さんを連れて湯楽屋を飛び出しました。 駅から電車に揺られて、行く道を辿るように戻って金沢駅へ。全てはクリスカさんはまだ起きないからサプライズ用の食材を買い出してきて欲しいという言葉からでした。 「事前に特急券まで用意しているなんて思っても見なかった」 「クリスカさんが聴いたら、さぞ羨んだでしょうね」 能登半島の奥地、七尾や和倉温泉から金沢へ出るには普通電車か特急電車の二者択一。頼まれてから差し出された特急券を最初は拒みましたが、勢いに気圧されて現在、四葉のマークが描かれた昔で言うところの一等車の一人座席を回転させて、薫さんと相対しています。 「予算ねと渡された封筒然り、あのおばさんの金銭感覚がまるで掴めない」 今にも破裂しそうなほど膨らんだ封筒。メモとサプライズの為の予算が仕込まれていると言い、列車の乗ったらそおれを開けても良いと仰せつかっていました。 早速開封。札束を横目に一緒になっていた用紙を広げます。 「……あの」 中身に思わず絶句しました。 「どうした?」と薫さんが上から覗くようにして眼をやります。 「白紙……か」 「白紙ですね」 真っ白な紙。車内の照明を悉く反射する純白無垢な紙。 「本当に奇妙で、天邪鬼なおばさんだ。しかも思惑深い」 「私達で考えて揃えてくれってことですか」 途方もない難題でした。というのも、私達二人はまだ出会ってそう長く経っていないからです。 クリスカさんの事をあまりにも知らなすぎる。無理はなく、彼女が自身の事を語るのは稀であって、薫さんと首を傾げて訝しみます。 「考えても始まらないな。なんか心当たりがあるものはないか?」 「えっと、血」 「またクリスカらしいな、というか吸血鬼だったものな。だがどうする? 吸血鬼が一般にいるとは言え、小売店では取り扱ってない。別の物にしよう。他にないか?」 尋ねられますが、他に思い当たることと言えば……これは食べ物ではないですね。 「んー食べ物限定ですもんね」 「他にあったら、何を送ろうとしてたんだ?」 「クリスカさんとの旅の歴がほんのちょっと長いだけですけど彼女、飛行機とかバスとか絶対に使わないんですよ。強いて言えばこの前乗った
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