血がマズすぎて追放された私が吸血姫の眷属になれた訳 のすべてのチャプター: チャプター 51 - チャプター 60

60 チャプター

第五十一話 真っ白な光景

屋敷から見える景色は殺風景だ。夜な夜な降りしきり人の高さほどに積もる雪を眺め、あの雪が解けるころには私は灰になっているのだろうなという想像をし、柄にもなく走馬灯を過らせて涙する。 吸血鬼としての道筋は実に長かったと思い耽る。百年間、生を受けたのはまだ人々が世界を巻き込む戦争の惨禍の影もない頃だった。 現代のような電信手段なんて当然存在せず、列車の旅も新幹線は愚か電車ですらない。蒸気機関車が主流の時代。三十近くになった私は父と喧嘩して家出した。 喧嘩の理由は下らないものだ。時期遅れの反抗期とでも言えばしっくりくるだろうか。多分、今もそうなのだろうけど。 家の次期当主に据えようとする父の教育や方針が嫌だった。読む書物も勉学も趣味も、全て父が介入してきては、何かと口を挟む。 「これはお前の将来のためだ」 「立派な大人になって、吸血鬼や人間たちのために役立つ人になるんだ」 「私に従っていればお前は幸せになれる」 レールに乗せられた一生というのが癪に障ったから、鳥のように巣立って自由を手に入れようとした。 家出して初めて見た夜のことはよく覚えている。闇の短い夏、猛暑の小休止に輝く一等星と焼けて無くなる前の都会の明かり。茶色い電車が万世橋のレンガ高架を亀のようにゆったり抜ける光景に、乳白色のドレスを翻した。 昼間はかんかん照りの太陽を浴びないよう長距離列車に乗り込んでは旅行と洒落込んだ。そして辿り着いたのが当時まだ女将修行真っ盛りの美喜恵が働く宿『湯楽屋』で――出てくる思い出をやはり掘り返しては視界が微睡む。 ベッドの上で起き上がることすら億劫な身体を捩って立ち上がり、窓へ寄る。使用人は誰一人として立ち入らせてはいない。 そう命じた。ここには誰一人入ってはいけない。私の灰は持ち帰らず、この雪の中に散らせなさい。私が私であった痕跡は全て燃やしさない。 きっと光莉が私を見つける頃には既に話せる身も保っていないはずだ。伝えたいことは沢山あるけれど、私は私の生を締め括るのにこう言葉を書き残して深々とベッドに背を預けた。 裏切って、ごめんなさい——。 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ マップアプリでピンが刺された方角へ振り向くと、赤い屋根を被った二階建ての古びた洋館がひっそり佇んでいます。外観は暗赤色の煉瓦の城は鉄路を掛ける列
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第五十二話 主を求めて

 私の動向は湯楽屋を出た地点から調べがついていた。恍惚な灯りの仄明るい寝室で出されたホットココアに口を付けたときに聞かされました。 もし万が一、この屋敷に私が向かうようなら迎えなさい。 視線に敏感な私でも察知できない尾行と監視には驚きと悔しさを抱きましたが、やはり私の行動を的確に読んだ主様に感心しました。「それで主様は?!」 思い出したように尋ねると、私にココアを出した私と同い年くらいの若い使用人の女性が扉の袂で険しい表情を見せ、沈黙します。「答えられないですか……」 無言で首を縦に振って同意。多分、ここで給仕する方の中でも若年で、勝手なことは言えないのでしょう。もどかしい悶々とした顔で気持ちだけは分かる気がします。 ひとまずお礼を述べないと、思い立ち私は布団から出ます。「まだいけません」 凛としていて優しい言葉遣いの制止。ココアを置いた私の肩を黒髪のショートボブを揺らしながら抑えて戻そうとします。「助けていただいてありがとうございます。でも私には、まだやることがあるので」 這ってでも私は主様に面と向かって話したいと考えていました。だって、私の傍でずっとと言った途端に姿を晦ませたんですよ。またいついなくなってしまうか不安な気持ちと、黙っていた怒りの感情が私を突き動かしていました。 けれど気力も体力も雪に吸われていた私がそう素直に身体を動かせるはずもなく、結局ベッドと繋がれたように背を預けて古びた木目調の天井を見つめさせられたのでした。 この視線、この角度。最初に会ったときと同じです。最悪の出会いから私のお屋敷での出来事、初めて血を美味しいと言ってくれた主様の姿が脳裏を過ります。 寝台列車での悪戯や私をパーティーから連れ出して夜空を見に行ったこと。懐古が涙になって溢れ出てくると、主様以外に見せたくないと思い枕に顔を埋めました。 僅かに落とした涙を見逃さず、「少し席を外させていただきます」 と言って、若い使用人の方は部屋を出ていきました。 別れは一つの始まり。ですが永遠に話せない、会えない、存在が消えてもう二度とお目に掛かれないとあっては話が違います。 心から主人と呼べる存在の喪失にきっと私は立ち直れず、永遠に囚われてしまうでしょう。そんなのは絶対に嫌だ。何か手立てはないのか模索しようと頭を回しますが、ネガティブな感情が正常な働き
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第五十三話 光莉の真相

 医療系ドラマでもあるでしょう。医院長の総回診ですって行進。大名行列にも比喩されるあのシーンを連想させるように、私はお屋敷の廊下を胸を張って堂々と進んでいます。率いる人なんて一人もおらず、たった一人の闊歩ですがね。 主様の部屋はさっき外にいた使用人の方から伺い知れています。北向きの最奥、日影が最も濃い端っこの部屋。 その部屋の前に辿り着くと、ロールプレイングゲームのラスボスが住んでいそうな大きな二枚扉が出迎え、暗がりも相まってか厳しい雰囲気が醸し出ています。 程よいノック。返事はなく、扉に鍵はなくこのまま入ってしまおうか。それはそれで末恐ろしく無礼な気がするので留まりますが、何も返事がないのはどことなく不安でした。 するとギィと軋むような音で扉が内側に開きました。魔法でしょうか。「入ってもよろしいでしょうか?」 返事はなく、それを無言の了解と受け取って恐る恐る中へ足を踏み入れます。 そこはまるで生活色のない一室でした。何もない殺風景とはまた違う、けれどきっと彼女がここにいるということが異質なほどの整然な内装。埃も被っていなければ、使用感のない机と背表紙のタイトルがまだくっきりと印字され、開かれた跡さえない虚しい本の数々。オーダーメイドの家具達も新品同然で鎮座しています。 奥行きのある部屋の最深部。窓側でシンシンと降り積もる雪を眺める純白の肌の少女。半身を起こした彼女の瞳の焦点は定まらず、虚ろ気に私の方へ振り返ると微笑して、「いらっしゃい。来てしまったのね」 雀の囀りのような弱々しい声で言いました。「主様、やっと会えました。主様!」 走り寄って私はベッドの前で跪くと、手を差し出して頬を一撫で。「ごめんなさいね。こんな遠くまで」「お気になさらず、それよりもお体は?」「まだ……大丈夫よ」 ゆらりと垂れたブロンドから覗かせる微笑。まるで縁側で長閑に過ごす老人のような悟った表情は、私に有無を言わせず諦めさせようとも思えました。 けれど引き下がってはいけないと言い聞かせて、私は本題を切り出します。「死ぬこと、なんで黙っていたんですか?」 直球。言い淀んで目線を泳がせた主様は、「二度裏切ったの。この命で償いたかった」 感情を噛み殺した涼しい面立ちで掻き消されそうな声音を放つも、私は首を傾げました。 二度も裏切った、引っ掛かります。頬の
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第五十四話 生きたいと願う心

 ますます、その真相がわかりません。 「彼女の血は吸血の度に変化するの。吸血鬼の唾液と混ざって、その主にしか感じ取れない血になっていく。それは何も味だけじゃない」「すると?」「本来は数十年掛かる適合の年月がほぼゼロになる。混ざり続けることで貴方の血は私の血に溶け込めるように進化していく。その速度は加速度的で急速にね」「……つまり特別だと」「そう。記述にもあったはず。盟約の際限直前に血を携行し始めて、タッチの差で助かったって先祖様がいたって」 記録者の誇張表現かも、とは口が裂けても言えず。「だから光莉の境遇を聞いた時、私はそれを思い出して血眼になって探し回った。そしてあのホームに現れた」「……アレは偶然じゃなかったんですね」 不意に出た言葉で主様の瞳がガン開いて固まるのが分かりました。語ることすら憚られていたのだとやっと気が付きます。「そう。偶然じゃなかった」主様がひ弱な声。黙りこくってから涙を頬に伝わせて、「嘘をついていたの。許せないでしょう? それにあなたの血だけが目的で接触して、卑しいでしょう。生きたいが為に貴方を連れ回して血を吸って、醜いでしょう」「醜くなんかありません」 きっぱりと答えました。私の眼には主様が醜くも卑しくもないからです。「例え血が目当てだったとしても、ならどうして生きようとして今まさに正反対の事をしてるんですか?」「……」 私の問い掛けに唇が引き結ばれました。「主様は私を騙していたから、二度裏切ったから命で償おうとしたんですよね? 私が許さないって思ったから、許されないってことはすなわち私の事を想ってくださっているからですよね?」 血だけが目的だったら、あんな接触の仕方はしませんよね普通。多少慈悲があったのだとしても、許す許されない以前に私の意思なんて蔑ろにされているはずです。 なのに彼女はここで打ち明ける最後の最後まで、私を縛るようなことはしなかった。裏を返せば旅の最中かあるいは最初に私のどこかに惹かれてそうしたとしか考えられない。 理論立てて説明するのは難があるものの、要するにはそういうことです。主様は私が尊くて好きで大切で仕方がないのです。「多分、主様は私のことを考えるあまり、勘違いをしていらっしゃるんだと思われます。私は主様が旅に連れ出してくれたおかげで自分の将来を塞がずに済んだ。貴方が血を
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第五十五話 血の盟約

 そして私達は血の盟約を交わしました。 方法は簡単で互いから抜き取った血を輸血するというだけです。互いの血を混ぜ合わせて永遠を誓う。交わせば吸血鬼は太陽への免疫と半永久の命を手にすると、主様が耳元で囁くように言いました。「けれど、急激に変質した血は私達吸血鬼にとっては少し危険なものなの」 私は首を傾げます。 主様の体温が触れ、その色香を吸い込んだ身体はもう自由に動かせません。太い採血用の針で200ccほど血を抜いたのもあるけれど、同性なのに惚れ惚れしてしまう美麗に、今にも理性の箍が外れそうです。 きっと吸血による快楽がそう本能に刻み込んでいるのです。「変化が激しかった故に生じる弊害。それは痛み。急速な変化を遂げた血液は吸血鬼にも多大な負荷を掛ける。耐えられなかったら私は」「わかっています。その時は私も受け入れます」「だからね。一つだけお願いがあるの」「なんでしょう?」「もしね。私が死んでしまったら、この唇にキスをしてほしい」「キス……ですか?」「そうキス」 スキンシップかもと考えましたが、主様の頬は紅潮していました。「美喜恵さんへの片思いはどうしたんです?」「れ、恋愛感情じゃない……わよ」「照れてる。主様照れてる」「意地悪しないの。というか、最後かも知れないからお仕置きしておこうかしら」「えぇ……存分にしてくださいまし」「抵抗しないの?」「はい。もし、これで最後であるなら、喜んで受け入れます。大好きな主様のお仕置き」「……はぁつまんなーい! ヤメよヤメ。百歳迎えた一番最初にしてやる」「そうですね。なんか私もしんみりしたお話をすいません」 主様に笑顔で応えて、私は主様の血を、主様は私の血を注射器で打ち込みます。繋がれた管が透明から赤色に模様を変え、さながら私達を繋ぐ運命の赤い糸のようです。 腕から主様の冷たい血が入り込んでくる。主様を成す肉体の一部が私の物になっていく。その感覚がとても心地良い。 今までの私が消えて、私と主様の一部に書き換わっていく。二人の血が一つになって、互いが互いで居なくなる。けれど怖くはない、そんな不思議な体験が頭に焼かれていく。 そしてふわりとした浮遊感。意識が果てのない何処かへ連れ去られようとしたとき、風船のような私の精神を繋ぎ留めたのは主様の手でした。 繋がれた左手。冷たいけれど暖かい
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第五十六話 吸血鬼のセレナーデ

 カタンコトン。ロビーカーの温もりと柔らかい生地に身体を任せっきりの私は軽やかな客車の足音で眼を覚まし、首筋を滞留する快楽の余韻に浸りながらも丸まった兎が驚き跳ねるように立ち上がりました。「良い寝顔。よく眠れた?」 「あ、あああ主様ぁー」 泣きつくように胸へ飛び込みます。平らで冷たくて一気に眠気を覚ます最強のアイテム。「怖い夢でも見たのかそうかー」 記憶が蘇っただけで悪夢ではないです。けど、ちょっぴり安心感を得たいというのは少なからずあった感情でした。 だって辿ってきたレールが本当に実在したのかどうか、不安になってしまったんですもの。「怖い夢じゃないんです。昔のことが蘇ってきて、懐かしんでいたと言いますか、主様は今ここにいるのだと確かめたくて」 二年の月日は高速列車のようにあっという間に過ぎ去りました。旅を続けた主様の雰囲気もちょっぴり大人びましたが、見違えるほど変化があったのは私の方です。 背は主様を優に超えて、薫さんに迫る勢いで伸びました。華奢な体格はそのままで縦に大きくなった感じ。スラっとして凛々しくもなりました。自分で言うのも少し気恥ずかしいですがね。「薫と美喜恵は新津から乗るってさ」 「また遠い所に」 お屋敷での出来事の後日談私と主様は二人と顔を合わせていません。湯楽屋を出てすぐ、薫さんは湯楽屋でいつか語っていた「私と主様を題材にした小説」の原稿執筆を始め、美喜恵さんもそれを後押しする形で三ヶ月ほど残っていたそうです。 タイトルは『ブラッディロードのセレナーデ』。吸血王女の夜曲という意味合いが込められていて、テンポの良い会話劇とラノベ調の軽快な展開で織り成される吸血王女と自分に自信がない少女の物語でした。 私のモデルは勿論後者です。旅する前の自分を振り返ると肴にもなりそうですが、あの頃を懐かしむのはまだ時期尚早でしょう。 話を薫さんに戻しましょう。短くも濃厚な旅路の経験を得た彼女は最強でした。まさに水を得た魚。ゼロから始めたいという要望で新人賞に送り出した彼女の作品は奨励賞という二の舞を踏むような結果でしたが出版から僅か数週間で好評を博して瞬く間に重版。一躍世間の注目を浴び、たった数年でベストセラー作家の仲間入りを果たしたのです。 何時ぞや電話口で私や主様の関与を疑ったみたいですが、大衆の意識を操作できるほどの能力は持ち合
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エピローグ1

 トワイライト――黄昏は鮮烈な青い星空に移ろい行く。 幾多の長いトンネルを抜けた列車は、『金沢』『富山』と過ぎていき、シャワーを浴び終わったところで新津駅に到着します。 ゆったりと心地よく減速する客車の車窓に、フォーマルなスーツ風のジャケットを羽織る薫さんと紫の着物をキッチリと着こなした美喜恵さんが目に入りました。 時刻は19時過ぎ。二年ぶりの再会に二人用スイート個室の窓越しから小さく手を振ってしまいます。「久しぶり」 「寂しかったんじゃないクリスカ?」 「あのねぇ。もう一人じゃないのよ?」 肩を竦ませた|ご主人《クリスカ》様が、私を横目で指すと、「ふふっ私以上に好いているんじゃない? ちょっとヤキモチ、妬いても良い?」 「勝手になさい。二人の部屋は三番と四番。あぁ、ディナーはもう済ませちゃったわよ。食堂車は行かない」 「えぇー冷たーい! なんてね」 「あっそ……くふふ。ケーキくらいなら入るわよ。行く?」「行く行く!」と美喜恵さんは子供っぽい仕草で応じ、主様と声色を揃えて笑ってしました。「二人揃うと、そそっかしいな」 「主様らしいです。旅先でも色んな人にあんな調子でお話されていて。つい二年前の出来事が嘘のよう」 朝日で輝く吸血姫の姿に魅せられたあの朝から今まで、主様はすっかり良くなっています。 しかしタイムリミット寸前の盟約の反動は多く、最初の一か月は血に慣れるまで屋敷を出ないようにと、掛かりつけのお医者様に言いつけられていました。 その間はお屋敷でお世話をしていたのですが、「光莉! 旅に出るわよ!」 一週間ほどでじっとしていられなくなったのです。「だめですよ主様。お医者様からも言われておりますでしょう。一か月はここで安静にと」 「私の体が大丈夫だと言ってるもの平気よ! それに光莉の血だもの。ずっと食べさせてもらってたから」 私や先輩使用人さんたちの制止も振り切って、旅に出る支度を始めていたのでした。「一度決めたら、梃子でも曲がらないの」 「私も止めたんですが……ごめんなさい!」 時に主様の暴走を止めるのも使用人の仕事だと、両親は言っておりました。私は使用人長に深々と頭を下げて、許しを請います。「あなたのせいじゃないわ。でもご主人様の体は心配よねぇ……」 そう仰ると先輩は口角を人差し指でなぞりながら訝ります。
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エピローグ2

 食堂車『ステラープレヤデス』。 大阪発→札幌行の寝台列車に連結されている、日本でも数少ない『動くホテルのレストラン』である。 ここでの食事は私にとって特別。けど、それは季節によって変わるメニューや列車の中で食べる料理っていうのが理由じゃない。「一人寂しく考え事するのも良いけど、光莉や薫、美喜恵とこうしてのんびり食事するのも良い。けどその何よりも私のような吸血鬼を包むこの暖かい空間が好きなのよね」 「急にどうしたのよ。感傷に浸っちゃって」 「ううん。ここでお酒を飲んでいると、つい色々考えてしまうのよ」 例えば、光莉の事とか。聞こえるはずのない心の声でぼそりと言う。 けれど美喜恵にはお見通しのようでグラスが空にすると、その声色を拾ってくる。「光莉ちゃんの事かぁ」 「なっ。いっつも見透かしてくる」 「読みやすいのよクリスカは。顔によく出る」 「うっさいわね……最近の光莉、少し元気がないのよ」 「原因は?」 「それがねぇ。主の私になかなか話してくれないの……今まで、私たちの間に秘密なんてなかったのに」 頬杖をつき、ため息を一つ。 光莉が隠し事なんてすることはなかった。何か感じれば真っ先にそれを私へ伝えていたし、粗相や困り事があれば素直に、言葉にしていた。 けれど、ここ一か月くらいだろうか。列車の終着に降りたときの表情が変わっていた。 それも俯きがちな浮かばない顔だ。体調が悪いのかと思って覗き込んだこともあった。「疲れてるのかもと思って、一週間くらいお休みしたこともあったのよ」 「あら珍しいわね。クリスカが同じ場所に留まるなんて。私じゃなかったら、きっと雪でも降るのかって慌てちゃう」 「……実際、泊まったホテルの支配人が雪かき用のスコップ用意してたの見て、ちょっとツッコミそうになったわ。日本海側だったしってそんなことは良いのよ! まぁでも、ここへ来る間際の列車でもそんな感じだったのよね。悟りを開いたって言えばそれまでなんでしょうけど……どう思う?」 うーん、と美喜恵は右手を頬へ置いた。「もしかしたら、何かやりたいことでも見つけたんじゃないかしら」 「やりたいこと?」 「そうそう。例えば、列車の車掌さんとか」 それは確かにあるかもしれない、と私は納得してしまう。 二年の旅を通じて、自分なりに目指したいものができた――とても
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エピローグ3

 心に秘めた想い。 それを解き放ってしまえば、この騒めきは静まって荷が下りるでしょう。 でも、きっと主様の心を深く傷つけてしまいます。 旅は主様が飾ることのないありのままでいられる場。ただの付き人を超え、使用人、ひいては血の盟約を交わした眷属である『七見 光莉』が、感情を介在させるなんて在ってならない。 片側のツインベッドで一人、膝を寄せて座る。 更けていく宵。機関車のいない最後尾車両の展望には帯を引くテールランプの灯り、反射する部屋と曇り顔の私。 いっそ、気持ちをぶちまけてしまって主様の元から去ってしまった方が、いいのかもしれません。「光莉っ!」 手前開きの扉がドンと音を立てました。「ちょ、もう少し丁寧に開けないと」 何度も乗って慣れてしまっていたけど、この列車は世に言う豪華列車なんです。扉や備え付けの物は大切に扱わないと……。 でも主様が普段から出来ていないわけではありません。けど今回のは少し興奮気味な様子だったので勢い余ったのでしょう。「あぁごめんなさい……あとで車掌さんに謝っとかないと。それでさ! 後でロビーカーに来てくれない?」 「ロビーカーにですか? お時間は何時頃が?」 「そうねぇ。夜のうち! あぁでも、あんまり早くても眠くなっちゃうし、遅いと遅いで見応えがないか……じゃあ青函トンネルを抜ける前!」 「凄く大雑把ですね」 「薫が起きてるから、彼女の部屋で寝なさいな! それじゃっ!」 そう言うと主様は静かに扉を閉めて、どこかへ出かけていきました。 後を追おうとしますが、その背中はありません。時計を見やると、ちょうど23時半を回ったところ。 言いつけ通り、私は薫さんの部屋へ直行しました。「クリスカから起こせと頼まれたよ。相変わらず、そそっかしい」 「ご迷惑をお掛けします」 薫さんは「全くだ」と肩を竦ませていました。 けど、顔は満更でも無さそう。「キーボードの音は我慢してくれよ」 カタカタカタ――カタン、コトン。 囁くようなキーボードと線路を打つ車輪に打音。時折、遠くから響く汽笛が私を心地よい眠りに誘います。 列車の声に耳を傾け――「時間だぞー光莉」 終着の声音に私はゆっくりと瞼を開きました。 車窓は相変わらずの宵……かと思いきや、青いライトが等間隔に横切っていきます。「幽霊?」 「何を言って
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いつもと同じ……改札を抜けて

都会の喧騒は私たちを飲み込むように流れていきます。 けれども、一歩一歩離れていくと、まるで自分たちしかいなくなってしまったのではないかと思う、静寂と広大な世界が広がる。 四人で行った北海道の旅路は、まさしくそんな言葉で表現できるようなものでした。 まだ見ぬ時に想いを馳せて、一つ一つの瞬間を思い出に刻む。 盟約から二年経った今も、私たちは変わらずそんな日々を過ごしています。 過ぎ去っていく時は決して戻らない。けれど、心には思い出がしっかりとあって―― 「光莉?」 真夏の昼下がり。 安全確認の放送と新幹線のけたたましい減速、そして行きかう人々の足音。 でもその音が頭の中で掻き消えてしまったように、私はぼーっと思考を止めていました。 「ごめんなさい主様。こんなところで立ち止まってしまって」 「何か考えてた?」 私の考えは主様にはお見通しで、隠す余地すらありません。 正直に白状して、 「少し想いに耽っておりました。主様と出会ったのも、こんな高速列車のホームでしたし」 「あのときは夜だったけどね」 それでも昼間のように煌々と都会の灯りが街を染めていて、とてもきれいだったのを覚えています。 でも同じ景色は二度と見れないと、私は思っています。 こうして主様と出会い、血を交わしたのですもの。 「そろそろ乗りましょう。暑くて死にそうだからさ」 「そうですね。すいません、ぼーっとしてしまって」 「いいのいいの。そうだ。せっかくだし今日もアイス食べましょ。博多までだしゆっくりとさ」 「悪戯はメッですよ」 「わかってるって」 いつもと同じように改札を抜けて。 私たちの旅は今日も始まるのでした―― あとがき  本作を最後まで手に取っていただきまして、ありがとうございます。  宵を更かすと書いてヨフカシって読みます。著者の宵更カシです。  『血がマズすぎて追放され続けた私が吸血姫の眷属になれた訳』は如何でしたでしょうか?  本作は元々、『流れ星ブラッドジャーニー』というタイトルで三年ほど前に執筆され、紆余曲折を経て現在に至ります。  それまでは公募やWEBコンテストでは鳴かず飛ばずでしたが、GoodNovel様に見つけていただきまして連載と相成りました。  そんな事務的かつ、遍歴的なお
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