All Chapters of 血がマズすぎて追放された私が吸血姫の眷属になれた訳: Chapter 41 - Chapter 50

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第四十一話 サプライズ・プレゼント

「あの子たち、白紙の意味をしっかり理解したかな?」 「大丈夫よ。そんなに鈍感じゃないわよあの二人」 夕方の湯楽屋の一室。日当たりが悪く滅多に客の入らないその和室は、数十年前から専らクリスカ用になっている。 横長の座卓に茶を淹れて向き合うクリスカと美喜恵。「たまには事前に連絡したらどう?」 「連絡しているわよ。何か不満?」 「もっと前から連絡しろってことよ。カレンダーに印付けて、待ち遠しいなってソワソワできないから」 「いいわよそんなことしなくて。年甲斐にもない」 「あら、こんな体にしたのは誰の」 「はいはい私のせいです。もう耳にタコが出来てるわよ、美喜恵っていつも意地悪」 「ふふーん。好きな子には強情張れないのよね。そこが憎くも可愛いけれど」 「うっさい!」 ガサツな返事でクリスカは茶を啜る。それからしばらく黙りこくって美喜恵が茶を一口飲むと苦しそうな引き絞る声色で尋ねる。「盟約の日まで、あと何日?」 虫の報せというには、タイミングが計られ過ぎていた。美喜恵にさえ打ち明けていなかったのだが、ただ知っていても不思議ではない。「……そうね。あと月が何周かした頃だと思うよ」 「はぐらかさないで。わかるのよ。前よりやつれてる。多分これが最後でしょう?」 「馬鹿ね。まだ死ぬ気は毛頭」 「無理して、誰かを安心させようとするのはもうやめてよ。クリスカのそういうところが嫌いよ」 「そりゃどうも。でもね、どうしようもない。天寿よ」 濁すに濁せず、視線を泳がせながらクリスカは言う。「天からのではないでしょう。貴方が、ただ助かる道を、生きる道を放棄しているだけよ。そんなの」 「そうよ。私にとって、もうこの世界は居るべきところじゃないの。ずっと旅を続けながら考えてきた。もう百年も生きたのだから終わらせてほしいって」 いつも身勝手な彼女だが、美喜恵は言い淀む。望み通りにすべきなのは重々理解している。人の人生なのだから、過干渉は避けるべきだ。 その信念を貫き、前々から心に留め置いていた。彼女自身の人生、鬼生ともいうべき一生なのだから。 けれど死を望んでいる、すでに見切りをつけているからと言って目の前で大切な人に死なれるのはあまり良い気分ではない。死の瞬間を明確に知っていれば尚更だ。「遺される人の気も知らずに……」 「……ごめんなさい。死に
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第四十二話 光莉の夢

駅前通りは今朝と打って変わっていました。各方面から到着した寝台列車やバスから続々と観光客が降りてきて賑わってました。 薫さんと私は市場にタイル張りの商店街をノープランで闊歩しています。「光莉はさ」 「なんでしょう?」 街並みに眼をやっていた私の横で薫さんが藪から棒に尋ね始めます。「どこを目指してるんだ?」 「目指す場所?」 何の話か本気でわかりません。というか読めません。さも私を一流アスリートと勘違いしているのでしょうか。 小首を傾げていると察して補足します。「クリスカのメイドになりたいとかって」 なんだか勘違いされていました色んな意味で。「メイドではなく眷属ですね」 「失敬。眷属になってどうしたいのか、気になってな」 「そうですね。一緒に旅したいです」 「今もしているだろ?」 「しているんですけど」 頬をポリポリと人差し指で掻いて照れ笑みを浮かべます。「従者として、一緒に居たいんです。母がクリスカさんのお父様と過ごしているように」 「? ということは君はクリスカと姉妹なのか?」 「えっと違くて、母と父は人間です。生まれて間もなくして母が屋敷に戻ったのであまり接したことはないんですけど、母へ会いに屋敷へ出向いたとき、主様に仕える母の姿がエレガンスで凛々しくて、私もあんな風な従者になれたらと思ったんです。だから、もっとクリスカさんに相応しくなれるように一緒に旅をして頑張っていると言いますか」 「ほう。それで、君はクリスカとどうしたいんだ?」 「どうしたい……」 私は訝しんで黙りこくります。「難しい質問です。私はクリスカさんに付き従いたい。旅に連れ出してくれて、私を救ってくれた恩返しがしたい。一生をかけて、あのお方の傍に居たい。多分、間違った答えかも知れないんですけど、私が私でいてクリスカさんの元でお役に立てることと言ったらきっとそれくらいしかないんです。血とこの身を捧げることしか、恩返しにならないと勝手ながら認識していて」 「そうか……叶うと良いな」 そっぽを向いてぶっきら棒な返事をした薫さんに少し苛立ちましたが抑えました。私って偉い。「なんだか他人事みたいです」 「いや、本気で思っているさ。君とクリスカには救われたから、本心でそう願っているよ」 「そ、そうですか」 今度は私の眼を見つめて薫さんが言います。
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第四十三話 二人だけの秘密

その夕方、別館のホールでクリスカさんを歓迎する細やかなパーティーが開かれました。手の空いている旅館の女将や仲居、近所の方々、そしてどこからともなく現れたのか彼女の友人達まで。後で聞いた話ですが、前々から企画していたのだそう。唐突に来ては突然いなくなる風のような吸血鬼のクリスカさんによくぞまぁ付き合いきれる人達です。 勿論、買い出しもきちんと済ませました。二人で知恵を絞って地元の魚やお酒、野菜を選りすぐり買ってきました。 広々としたホールに垂らされたシャンデリアの袂。着慣れない蒼の夜会服で両手に皮のハンドバックを握りしめ会場入りした私は、深紅のドレスに身を包む主役の姿に一目を奪われます。 「綺麗……」 不意に出た言葉にクリスカさんもちょっと照れ、 「そ、そう。貴方も綺麗よ。私と対を成すような青いドレスで」 褒められて私達はもじもじと立ち竦みました。そこへ漆黒と純白が織り成すタキシード姿で好かない表情の薫さんと桃色の和服で着飾った美喜恵さんが寄ってきて尋ねます。 「んで、どうして私はタキシードなのか説明してほしいんだが」 「だって。ボーイッシュでクールな貴方にはピッタリだと思ったのよ。薫ちゃん」 「薫ちゃんって美喜恵さん」 「怒っちゃったかしら?」 「照れてるのよ。薫のこと、まだ知らないけどようやく掴めてきた」 「うっさいクリスカ」 図星のようです。 「さぁて食事を嗜みましょう」 「飲み過ぎないでよ美喜恵。貴方、お酒入ると見境なくなるんだから」 「見境が無くなる?」 「あぁクリスカったら」 「この子、お酒入ると陽気になってくだ巻くから光莉と薫は気を付けた方が良いわよ」 「まだ酒は飲めない。年齢的にな」 「同じくです」 「あなただって、好きな子に対してとっても積極的になる癖に」 「あは、あははは」 ついぞと出た苦笑い。私と薫さんはまだ飲酒できないので、お酒の楽しみ方や付き合い方にイメージが付きません。 きっと酌み交わすと楽しいのでしょう。だから箍が外れるまで飲める。空想かも知れませんが、二人が言うにはそんなイメージを抱きます。 「ねぇ光莉、後で夜景を見ましょう。せっかくだから」 「パーティーが終わってからぜひ」 「いえ、それじゃあダメなの」 「へ?」 這うよ
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第四十四話 夜遊び

裾をたくし上げて、クリスカさんが知っている裏口から静かに会場を脱出。大きなダンボールやらコインを駆使して旅館の正門から堂々と外へ躍り出ました。 「こういうの、一度やってみたかったのよ」 とクリスカさん。土地勘があってどちらかと言えば常習犯な気もするのですが、不粋なツッコミは喉元に留めます。 「でもせっかく用意してくれたのに、いいんですか?」 「いいの。悪い気はするけど、私の捜索もある種エンタメの一つみたいなものだから」 点々とした街灯に照らされる薄暗い笑み。屈託のない表情に私もなぜかしてやったりの感がありました。 「さぁて、今日は何時間で見つけられるかなぁ」 「あははは……」 苦笑い。クリスカさん本人も楽しんでいるようなので私に異論反論はありません。 「でも抜け出して夜景を見に行くとは言っても、当てがあるんですか?」 「夜景と言っても暗がりで星影を追うだけよ。ライトいる?」 「携帯電話のライトならありますけど」 携帯を取って足元を照らします。 「すこーし足元の悪いところを歩くから、気を付けてね」 「は、はい!」 北海道へ向かう夜行列車以来の二人きり。コツコツコツと足音と共に心音も競り上がって、モジモジと挙動不審になっていました。 「その前に御手洗い行っておく?」 「大丈夫です!」 「声裏返ってるし」 「ほんとに大丈夫ですから。ちょっと緊張して」 二人の歩幅が一歩一歩、刻まれていきます。コツコツ、コツコツコツと。 「はっ」 振り返りました。足音が一つ多い。本能的に背後を見回しますが、人影は暗闇に溶け込んでいてわかりません。 暗がりに華奢でか弱い少女が二人。飛んで火に居る夏の虫、弄ぼうとする輩にとったら格好の獲物です。主様を守ることも使用人の務めという教えを忠実に、クリスカさんに背を合わせて構えます。 「クリスカさん、一旦止まってください」 「お、おおおうどうしたんだい?」 「後を付けられてます。私が言ったら走って」 「ヒールで走るの!?」 「はい。最悪、私が囮になりますから。出てきなさい!」 声色を変え、威嚇するように闇の中の誰かに語り掛けます。当然ながら返事はなく、 「気のせいじゃない?」 「いえ、そんなはずありません。出てきなさい! 今なら骨
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第四十五話 湯楽屋の十八番

豪奢な料理に舌鼓を打ちながら、薫は美喜恵に付き添う形で訪れた人々との談笑に混ざっていた。 ワイン片手に繰り広げられるのは他愛のない世間話から仕事の話。でっぷりと太ったビール腹を据えた如何にも財界を牛耳っている風のある男のセクハラ染みた言葉も気さくに流す様は年長者の器を感じさせた。 「きつくないのか?」 ふと尋ねると返ってきたのは笑顔だった。口は災いの元、どこぞの誰が聴いているかも知れない公の場で他者の侮辱や中傷は命取りになる。会社という大所帯にいなくとも組織の上下関係や礼節については仲の良かった編集者に聞かされていたから暗黙でも理解できた。 きっとこの旅館に出資する株主だろうか。涼しい顔で受け流せる精神力が欲しいものだ。心の中でぽっと呟いた。 「さて、そろそろかしらね」 美喜恵が時計を一瞥、それから嘆息と共に呟いた。 「何か催しが?」 「えぇ。今日のメインイベント」 「クリスカと光莉が見当たらないんだが、いいのか?」 「だからこそよ」 「除け者にするのか?」 「いえいえ。私ってそんなに腹黒く見えるかしら」 クフフと不敵な笑みを浮かべる彼女に、薫は否定することしかできなかった。 だが二人がいないからこそできるイベントとはなんだ。疑問が払しょくされぬまま、ホールの照明が暗転。 若い仲居さんが美喜恵に駆け寄るとマイクを渡した。スポットライトが彼女を捉える。 「お集りの皆々様、遠路遥々当館『湯楽屋』へお出で下さいましてありがとうございます」 落ち着いた声色で前置きを挟むと、 「主役が逃亡しました。なのでこれから皆様で探していただきます」 まるでデスゲームの導入だなと薫は思う。 「勿論タダでとは申しません。見事的中させた方には当館でも最上級のお部屋にご招待させていただきます」 「大盤振る舞いだな」 「クリスカの持ちだけどね」 「……いいのか?」 「いいのよ。いつものことだから」 いつものことなのか。もうツッコむ気力もなくなりそうだったので頭で独り言を呟いた。 「今からスタッフがお配りする紙に地図と行き先の候補地が書かれています。空欄にお名前を、行き先の候補地一つに丸を記入していただいてスタッフにご提出ください。皆さまの提出が終わりましたら答え合わせを始めたいと思います」
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第四十六話 初めての星空

星空を見るのは何度目でしょうか。私は自分自身に問いかけます。 道から今度は畦道のような荒い土手の上を歩いて暫く、クリスカさんが気まぐれに「この辺りでいいか」と立ち止まり、小高く積まれた恐らく石垣の上に座り込むと、横川の時とはまた違う夜空が頭上には広がっていました。 黒に近い、水に黒と若干の蒼を刺したキャンパスに無数の光が散在し、各々が無秩序に光を発している。星影が一つ、また一つ、誰が作ったかもわからない芸術に心を奪われてしまいます。 「横川の空とはまた違うでしょ?」 「冷たい風にあたりながら眺める星も綺麗です」 新月の夜こそ星を眺めるのに最も適した日。確かでもいつ消えてしまってもおかしくない恍惚な輝きに私は感嘆を漏らして心奪われてしまっていました。 「でも本当に抜け出してきて良かったんでしょうか?」 背筋を伝う後ろめたさ。背徳感とはまた違う、罪悪感とも言うべき感情は、私の表情を曇らせていました。 見るやクリスカさんはニタニタと不穏な笑みを見せて言います。 「あらぁ、そんなに心配?」 「はい……なんか、まるで行いに背いたようで」 「大丈夫よ。そんなに私の事、信頼ならない?」 「そんなことないです!」 「でも、その眼は何?」 「えっ」 目は口ほどに物を言う。誰が発見したんでしょう。眇めて力の入った瞼をクリスカさんは見逃しませんでした。 「そろそろ戻りましょう。私と薫さんで選んだケーキもあって」 「私、今は甘いものより香ばしい鉄の香る血が良い」 「あの」 「私が忘れさせてあげる。ねぇ、吸っても、いいでしょう」 「ダメっです。ここ、お外ですし。さっきから妙な視線が」 「いいじゃない。さぁ、首筋を出しなさい」 私は催促されますが、それ以前にクリスカさんがドレスの襟を剥いています。 そっぽに顔を背けるとすかさず、 「どうして顔を背けるの?」 紅潮しているからです、とは応えられず、言い淀みました。赤らめた頬を見られたくないのと、これから来る壮絶な快楽の波を暗黒の闇の中とは言え、公衆の面前で感じるのに抵抗があったからです。 そして静かに牙が首筋を一度這い、カプリ。唾で艶めかしく響く吸血の音と直後に訪れる心地良さに身体が痺れて言う事が効かなくなりました。 想定内とはいえ、あまり
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第四十七話 契りの言葉は偽り

クリスカはそんなことを他所に寝息を立てる光莉へ継ぐ。「そっか。そっかそっかそっか」 嬉しさをこみ上げながらも、声色がだんだん沈んでいくのに気がつく。 私にも複雑な想いがあった。寝ぼけてたと言われてしまえばそれまでで、今の言葉は言質になどならない。けれど光莉にも悪い話ではなく、むしろそれが彼女の望みなのだから好都合だ。 叶えてあげられるなら叶えてしまおう。私はこの壮大な家出を続けるために、ずっとずっと旅をしていたいが為に彼女を連れ出した、偶然を装ってあの高速列車に乗り込んだのだ。 けれど私は彼女の純情を利用しているのではないか。無垢な願いや弱みに付け込んで、ただ自分の命が惜しいだけなんじゃないか。光莉の純真な私への好意や気遣い、接するたびに私自身の罪悪感が増していき、だんだんと彼女を思うがあまりに嘘をついていることへの罪悪感と真実を前にしたときの恐怖に内心囚われるようになっていた。 これを聞いたら、彼女はなんというだろうか。吸血鬼は皆、彼女の血が分不相応で追い出した、追放してきた。酷い仕打ちだ。必要とされないから、無駄だから彼女を追い払って傷つけて、最後に夢を諦めさせようとした。私のやっていることは質の悪い詐欺ではないか。 人は無作為な誹謗中傷や侮蔑なんかより背信や裏切りに敏感だ。騙されることは決して気持ちいい事ではない。 それが身近な人間になればなるほど、傷口は広がっていく。 私は誰かに嘘をついてまでいる意味があるのだろうか。騙して利用して、光莉の元にいる必要はあるのだろうか。純真な彼女の心に触れ、旅の中で思い立ったことはそこに尽きる。「もし、もしね。私が突然いなくなっても探さないでね」 私の声など聞こえていない。夜目の効く吸血鬼の瞳には光莉の寝顔がくっきりと焼き付く。「そろそろお戻りの時間です。クリスカ様」 光莉の先から呼び掛けられ、お姫様抱っこで抱えて立ち上がる。「美喜恵の奴、やっぱり読んでやがったか」 軽く舌を打つと、先で懐中電灯を片手にニコリとはにかむ中年男性の姿がある。湯楽屋の仲居兼私のお目付け役だ。「常日頃、支配人はクリスカ様の事を気に掛けてらっしゃいますから」 「パーティーを途中退場するのは私の勝手だと思うけどー?」 「主役のいない物語がないように、主役が抜け出したパーティーに如何ほどの価値がございましょう?
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第四十八話 眷属との初夜

パーティー会場に帰ったクリスカさんですが、美喜恵さんに呼び出されてこっぴどく叱られたそうです。「結末としてはまぁ妥当だったな」 「私も怒られるんでしょうか?」 「わからんぞぉ」 と薫さんにどやされて心臓が高鳴ります。 しばらく、喧騒の中で黙りこくっていると二人が薫さんの元へ帰ってきて、美喜恵さんは何事もなかったようにマイクを取って、「では正解した方はアルタリィ様からのプレゼントがございますので会が終わりましたらエントランスまでお越しください。その際、お渡しした紙を必ずご持参くださいますようお願い致します」 「プレゼント?」 事の次第を全く知らない私は首を傾げました。「光莉は何も知らなかったな。実は」 かくかくしかじか。顛末を聞くと、それはそれはクリスカさんにはとっておきのお仕置きが用意されていたらしく、彼女の脱走も想定内だったそう。「行動心理全て把握されてますね……」 そこまで二人は親交が深い証でもありますが、普通に驚きです。「夜景はどうだった?」 「夜景?」 「二人で見に行ったんだろう? 感想はないのかい?」 「そうですね……夜景というより星空で、眩い輝きを放つ星達がとても美しかった」 「星空? 夜景じゃなかったのか?」 「はい。詳しい場所までは分からず、多分クリスカさんのお気に入りの場所だと思うんですが一面の星。出会ったときに見たのとは違う、新鮮な空でした」 新鮮な空。夜に生きる吸血鬼のクリスカさんと旅に出てから幾度となく超えた夜の空は私にとってまだ新鮮でぎこちない空です。 けれど今日の空はどこか違う色に見えた。深い闇と蒼が混合した空に違和感が薄れていく気がしたのです。「ははは。ありがとう。またネタが思いついたよ。君達の物語のな」 「あははは……」 苦笑い。腕を組んでどこか雄々しく構えていた薫さんは、背で手を振って人混みの中に消えていきました。「おまたせぇ」 クリスカさんが無事……とは言い難いゲッソリした顔で帰還。けれどワインを一口酌るとけろっと立ち直って、「さぁ、宴よ!」 すっかり機嫌が良くなったみたいです。「ねぇ光莉。眠る直前の事なんだけど」 「え?」 「あぁ、何も聞こえてなかったかしら?」 「あ、えっと……」 あわあわと目線を泳がせてしまいました。様子から何か察して
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第四十九話 夜逃げ

主様と契りを結んでから一か月。冷徹で熱烈な眷属としての日々が始まりました。 ……と言っても、旅の最中でお世話をすることは殆どありませんでした。強いて言えば紅茶を淹れるくらいで。 進展と言えば、血を吸う量が前よりも増えたことくらい。嗜好品程度だった回数が一日三食をキッチリと取るようになり、以前よりも顔色が良くなったように感じます。 しかし私もまだ未熟とはいえ一端の使用人です。主様が血を美味しく頂けるよう運動もするようになったし、鉄分も以前に増して取る様になりました。幸いにも湯楽屋の近くにはコンビニが何件かあるのでそこでゼリー飲料を買い、毎食に足して飲むようにしています。 そのおかげか私も体力が付いて多少の吸血では眠らないようになったのです。凄い進歩ですよね。 お屋敷ではないですが、それはそれで主様の傍で役に立てているという充実感が心を満たしていました。ただ血を捧げるだけでも、主様にとったら数ある仕事の一つに過ぎなくても私のとったら涎を垂らして貪るように噛みつくその瞬間を幾度となく見られるのがとても幸せでした。 季節はあっという間に二月の半ばを過ぎて、春がすぐそこにまで迫ってきた某日。——私の前から主様が消えました。 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 集まったのは三人。薫さんと美喜恵さんと私。握っていたはずの手は解かれて、布団のシーツは剥されていて、荷物も全てなくなっていました。「夕方目覚めたらいなくなってたんです」 普通なら音で気づくはずなのに、酷く疲れていたのか先に寝入ってしまって気づいたら私一人になっていて。 主様に合わせた生活リズムを刻んでいた私が夕方起きると、真っ暗な部屋に一人、ぽつりと残されていました。しばらく状況が呑み込めず、旅館中を探し回りましたがどこにもその姿はありません。「どこへ行ってしまったのでしょうか」 「列車にでも乗っているんじゃないかな。クリスカってば気まぐれだし」 「そう……でしょうか」 美喜恵さんの言葉に何故か納得ができない私がいました。 だっておかしいです。驚かせようとするなら荷物まで引き上げる必要はないし、シーツだってまた使うのだから乱暴にでも敷いておくでしょう。いなくなるだけならそこまで丁寧に片づける必要性は皆無です。 これではまるで、「夜逃げです」 誰かに逃げられたことなどなく、本や
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第五十話 クリスカの余命

「クリスカはもうすぐ死ぬんだ」 固まりました。まだ彼女の悪戯が続いているのかとも勘違いしてしまいそうですが、彼女の得も知れぬ恐ろしい形相からそれはないと私の内心が囁きます。「死ぬ? 何かの冗談でしょう?」 しかしまだ捨てきれない、煮え切らない可能性があって聞き返してしまいました。「死ぬんだ。クリスカはもうすぐ」 「……え? 流石の薫さんでもそんな冗談は許しませんよ?」 「冗談に聞こえるか?」 「ほ、ほんとなんですか美喜恵さん」 覇気が引き絞られた声色に美喜恵さんはただ頷くだけで、彼女も硬く哀愁すら覚える顔をしています。「死ぬって主様が……あり得ない! だって吸血鬼ですよ? 永遠に近い命を持っている方なんですよ? 人間の数十倍と生きる彼女が、あんなにお若くして死ぬはずないでしょう!」 「光莉ちゃん、血の盟約ってご存じ?」 「血の盟約……吸血鬼が古参の眷属とが百年の節目で結ぶ契りですよね。知っています」 「そう。数十年と連れ添った眷属としか結べない盟約。クリスカはそれを結ばなければならない」 「ならない? でも吸血鬼は半永久の寿命を持つ。盟約は主様に見込まれて永遠を誓うもののはずです。絶対ではないはずじゃ」 「えぇ。確かに永遠を誓う盟約よ。でもそれは何も人間にだけ影響があるものではないの。交わさなければ吸血鬼は百を超えた最初の満月の夜に焼け死ぬ」 「は……満月、ですよ。夜の生き物である主様がそんなこと」 「美喜恵の言っていることは本当だ」 「ならどうして私に黙っていたんですか! 主様も薫さんも美喜恵さんも、どうして!」 「口止めされていたの。ごめんなさい」 ギラリと私は美喜恵さんを睨みます。謝罪で許されるはずない。主様の命に関わることを口止めされていたとは言え隠していたのです。「でもこれはクリスカの意思でもあるの。 怒りや失望、恐れが綯い交ぜになって心を襲います。私の血を愛してくれた主様が、存在意義を与えてくれたクリスカさんが、私を好いてくれた吸血鬼が、いなくなってしまう。 そんなの認めない。世界がそれを許しても、私は奪うことを許した覚えはない。 二人にも腹が立っているけれど、何より主様が心配でいつしかそれも忘れて動いていたのでした。 無我夢中で主様を求めて走り出した私の後を薫さんが追いかけようとします。「ちょっと」
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