All Chapters of 血がマズすぎて追放された私が吸血姫の眷属になれた訳: Chapter 1 - Chapter 10

60 Chapters

第一話トワイライト

列車のお好きな主様との旅路はハイケンスのセレナーデにのせて。 オルゴールの音色を小耳に授かってから到着の案内放送が始まります。 切り揃えた黒髪がゆらりゆらりと横に振れる列車の客室。深緑色の機関車に牽かれた夜行列車が、春先のまだ肌寒い大阪の街を出て六時間が経とうとしています。 暖房の陽気に誘われ、眠ってしまいそうな私はいっそこのまま終着まで行ってしまおうと思っていました。 共用スペースの窓を向く長いソファー。フカフカで寝心地も良く、拍車をかける不規則な列車の揺れ、凛々しくも囁き掛けるような車掌さんの声音。 もはやこれは寝てしまえと言っていて然りな状況。 しかし二十歳そこそこの小娘が通路にもなる出来の良い公衆ベンチの真ん中では危険でした。 けれど誘惑には勝てず、うたた寝してしまいます。 ——あなたの血、錆臭いのよ。今すぐ出て行ってくれないかしら。 脳裏を過った言葉。 私はハッと目覚めて辺りを見渡します。 と、その油断が案の定、大きく見開いた霞む視界はすぐさま暗転してしまい、パニックになった鳩のように手をばたつかせます。 「さてさて、愛しの機関車の後ろ姿を眺めに行った主に、ついでとばかり御使いをさせた挙句、こっくり船を漕いでうたた寝した人間。だーれだ?」 暖気の回る部屋でも異質なまでの冷たい手。 瞳を囲った玉の肌に生命の温度はなく、しかし無邪気で健気な金鈴の声音に焦ることを止めてしまいました。 「私でございましょう?」 答えると視界がぱっと明転。 スレンダーな身体に幼さを多少残した端正な顔立ち。寝台列車だからか高揚されている主様へ目が行くと、勝手を働いた無礼への負い目と不覚にも持っていらしていた袋の中身に期待が膨らみます。 「大正解。大層な身分の使用人ね?」 「ご無礼をお許しください」 「お許し? フフッ」 少女の笑みが邪悪さを帯びました。フレアスカートが大きく華を開いて回ると、背後に隠れた袋をガサゴソ漁ります。 そして主様のとはまた違う、無機質な冷気が私の頬を直撃して、声を上げてしまいました。 「冷たっ?!」 「これで半分。車内販売の人を捕まえて買ったの。夏じゃないけど、新作もあったから食べよ?」 「い、いきなりアイスを頬に当てるのは心臓に悪いですよぉ! もう!」 「拗ね
Read more

第二話高速列車で

物語りの始まりは二年前、出会いは唐突で最悪でした。 列車が目まぐるしく行き交う都会の中心駅。高速列車の改札口を出ると、乗り換え通路に犇めく色とりどりの土産物屋の軒先と通路を埋め尽くす人の波。 攫われそうになりながらも必死に逆らい黒髪を揺らしながら歩く私は、自分に敷かれた道をなぞっています。 覇気のない虚ろな目で、忙しない人々に眼も暮れない闇を纏って。 Uターンするように回った私は二つ隣の改札口を再び通り、高速列車のホームへ立つと、未だ消えることのない強いオフィスビルの白光が目に飛び込みます。無機質な鉄柱とコンクリートのオフィスビル、暗がりに溶け込んだそれは星を散りばめた夜空のよう。 太陽が無いからこそ煌々と輝く摩天楼。目を奪われると、手に持ったトランクケースが鈍い音を立てて地面へ落ちていました。 二年前、思い描いていた将来の展望と重なって、感極まります。正反対の今の自分を、さながら嘲笑しているその光達に、私の頬は涙を伝わせたのです。 黒く滲むプラットホームのアスファルト。かき消すようなブレーキの金切り音を傍目に、奏でられる透かした歌声が前を過りました。 見られまいと、流れ続ける涙を乱暴に袖で拭き取って、その歌声を私は絶望に浸された瞳で一瞥します。 物珍しそうに覗き込む円らな紅い瞳。目線に気づいたのか朗らかにはにかんでくれました。正直、今はそういう気分ではないのでやめて欲しいのですが、それでも仕掛けたのはこちらです。 小さく手を振ってトランクに手を掛け、扉の開け放った列車へ逃げ出しました。昼間であれば抜群の景観を誇る二階席の指定席で、屈託のない純粋な笑みに一言溢します。 「今の私でも、あんな風に笑えたらいいのに……」 手を振られた少女にその言葉はきっと届かないだろうと、その瞬間は考えていました。列車は大都会のターミナル駅を定刻通りに発って、私を終身閉じ込める目的地へと誘っていきます。 その少女が私の目に気を留めて、隣の座席を占有するまでは、少なからず私の人生は、色を変え切った果てに塗りつぶされた、二度と返り咲かないものだと、諦観していたのです。 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 探るような目線が私を釘付けにしたのは、始発駅を出てそう経たずしてのことです。 最高時速240キロで走る二階建て高速列車の先頭車。二列ずつのゆったりしたシートに
Read more

第三話吸血鬼の笑み

「飛び乗ってきたから自由席のだわ。空いていたら付けてくれるかしら?」 「差額分は現金のみの清算になりますが、よろしいでしょうか?」 「えぇ、結構よ。むしろニコニコ満点笑顔のキャッシュの方が好みでしてよ」 「左様でございますか」 では、とトントン拍子に進んでいますが待ってください。 いつの間にか隣に居たのは、ホームで眼があった金髪の少女が座り込んでいるではありませんか。シートのリクライニングを最大に倒していて、影が彼女を隠していたようでしたが、物音一つ聞いていませんよ私。 「えっと車掌さん?」 「なんでしょう?」 「隣の席って埋まっていました?」 発車までは誰もいませんでしたし、いつから? しかしそれを問い詰めようとすると、少女が辛辣に撃ち返して来ます。 「埋まったわよ。たった今ね」 「そんな屁理屈な!」 「大変恐縮なのですが、そろそろ乗務員室へ戻っても?」 「えぇ。ごめんなさいね。私のわがままに付き合って貰って」 「いえいえ。お客様の最善を共に導き出し、快適な旅をご提供するのが我々乗務員の責務ですから」 心を穿つようなセリフが飛んできましたが、私はそれどころじゃありませんし、まだ話は終わっていませんよ。 けれど訴える隙も与えられず、車掌さんは去っていきます。 「ふぅ、一悶着ってところかしらね」 「一悶着って……」 顰めた顔を悟られないように下へ向けて、それでも苛立ちを露わにしないよう愛想笑いに作り替えて上を向きます。 「い、移動しても?」 「ダメに決まっているでしょう。私、あなたが居たから座ったのに」 「えっと、指図ですか」 「勿論」 そうされる覚えはないのですが、ともツッコみたかったですが、我慢です。 「眼があったときから気になっているのよね。あなたのこと」 「ついさっきのことだと思うんですが、私の何を?」 皮肉っぽく笑って、私は言いました。矛先の違う相手に厭悪を込めて。 しかし彼女の表情は一寸のブレもなく、淡々と核心を突きます。 「あなたの眼、空っぽだったから」 「空っぽ?」 「まるで燃え尽きた灰を見ているようで、力は愚か、無抵抗に絶望へひれ伏した哀れな目をしていた」 幾重に張り巡らされた何かを言葉の刃がなぞり斬り刻む音色が頭を過っていきます。精緻で憐憫な紅い瞳が嘲笑うように、私を見つめていました。
Read more

第四話冴えない瞳

吸血鬼。人間の数百倍の寿命を持ち、血液を糧に生きる種族。生まれてから数十年は白日の下に出られない夜に生きる生命。 人間の始祖とも、地球上最初の猿人類とも語られる彼女達は、今や莫大な富と権力を握る家柄もあるほど繁栄を遂げていました。 かつて汚らわしい民族と迫害を受けていた時期もありましたが、彼女達は立ち直って人間と共生しています。 そんな悪ししき時代はとっくの昔に終わっていて、勿論その正体を隠す必要はないのですが今の私にはその真実が毒であり、心を蝕んでいきます。彼女は何も悪くない。そう言い聞かせて、とにかく平静を取り戻そうと深呼吸を続けました。「驚いた?」 ニシシと得意げに笑う少女。それに一夜を共にするというのは、そのつまり。 考えに耽った挙句、頬を紅潮させていると、今度は悪びれる様子もなく高く笑い、顔に出た勘違いを正してくれます。「如何わしいことなんてしないわよ。清廉潔白よ私は。処女だし」 「あの、一応ここ公共交通機関の中なんですけど」 「あなたがお望みなら、慰めも買って出るわよ?」 平然で周囲を勘違いの渦に巻き込もうとするのは、私にも火の粉が掛かってくるのでやめていただきたいのですが、反省の色はなく、むしろ人を揶揄って愉悦に浸っていたのか、目の端に涙がついていました。 私のとは違う、笑いの涙。お茶目な彼女はしばらく堪えてからドリンクホルダーに入れた紅茶で一息ついて、本題を切り出しました。「さて、誤解も解けたところで本題だ」 「本題?」 「導き出せないのよ。結論づけるには——あなたから聞かないとね」 意図をすぐに理解できない私に怒りを感じてしまったようで、眼をぎゅっと瞑ります。暴力的なお方だと知っているわけではありませんが。「瞑られると余計に見えないでしょう。その目」 「目……?」 「滅多に身を預けない高速列車を前に、冴えない目と表情されてたら、誰だって気になるわよ」 私服のビジネスマンという筋はないでしょうか。偏見を前に彼女はすっ飛ばして話を続けます。「だから、旅をしましょう」 「……旅?」 「そう、旅」 旅と言えば、遠出して現地の人に触れ合ったり、特産品を食べたり、旅館の温泉でのんびりと非日常体験の事ですよね。 足に履く奴とかじゃないですよね。と私は邪魔な質問を喉元で抑え込みます。「あなたの街
Read more

第五話境界線の引かれた地

実家へ連絡すると、父は驚くほど即答で私の夜遊びを快諾してくれました。声音はとても重苦しかったですが、帰ってそれからのことを考えるには良い気晴らしになると思ったのでしょう。 夜を切り裂きクルーズしてから一時間後。電車は高崎駅の二面六線、島式ホームへ据え付きます。 「高崎なんて何年ぶりかしら」 「ふぅ、懐かしい、この感じ」 扉が開いて間もなくトランクを片手に列車を降りると、乗り込む影のないホームを見限った列車は暇も与えずドアを閉め、発車します。 大きく息を吸うと肺を一杯にする排気ガスの雑味がない澄み切った空気。 列車がいなくなった二本のホームに挟まれた通過線。そこを速達の高速列車が颯爽と走り抜けていき、夜風の沈黙を打ち破るように冷え切った風を送り込んでいました。 「さっすがに冬の高速通過は冷たいわね」 全くです。16両という長い編成が数瞬で遠ざかり、都心の方面へと逃げていきます。 「地元と言えど、あんまりクリスカさんが楽しめる場所はないと思うんですけど」 「それは行ってみないとわからないわよ?」 高崎は地元『赤城』の二つ隣の街。案内を買って出たはいいのですが、時間はすでに夜の七時を過ぎていて、レジャー施設は軒並みシャッターを下ろすか、閉店間際の作業に追われているはずです。 列車を降りる直前も「現地の案内は基本的に任せるし、口は出さない」と明言していたが故に、クリスカさんは黙ってホームに突っ立ち続けます。 その結果、とりあえず電車に乗るということで一階の別のホームへ降りました。 「えっと、それじゃあ横川ってところまで電車で行きましょう」 スマホで粛々と調べた末、軽井沢の手前に位置する横川という場所に夜でも開いているレジャースポットがあるということなので、さっそくそこへ舵を切ります。 電車の発車時刻まで五分を切った電車へ飛び乗って、いざ横川へ。走り出した電車は三十分も掛からず、群馬と長野の県境地帯へと私達を誘いました。 そこは暗がりでも見える断崖絶壁、線路の伸びていた背後を除いて三面に広がっています。しかし空気だけは美味しいです。今は何よりも頼りにならなそうですが。 「ふぃーここも久々ね」 「来た事あるんですか?」 「前にね。でも昔はもっと賑やかだったわ」 「こんなこざっぱりしたところがですか?」 「案外ズバズバ言うのねあなた」
Read more

第六話吹っ切れ吸血姫

吸血鬼は夜闇でこそ本領を発揮する種族。太陽の光が煌々と照り付ける日中は、個人差こそあれ吐き気、眩暈などの知覚症状や発狂などの精神的疾患に繋がると言われています。 太陽がトラウマで光すら嫌い、真夜中ですら照明を一つも灯さず生活する方もいると聞きます。反対に太陽を克服した吸血鬼もいるので光が苦手とは限らないのですが。 それを思い出し引き留めようともしますが、駆け足がとても速い。追いかけても距離は縮まらず、ついていくので精いっぱいで、息を切らしながらようやく追いつきました。 「基礎体力もつけて貰わないと困るわね」 「へはぁ…ふぅ…どういう意味ですか?」 「ちょっとした独り言よ。最近、考え事をすると出るようになるの」 意味ありげに訝りながら私を睨み、口端を上げます。 「ささ、行きましょう」」 「名前くらいしか調べてないので、どういう場所か、詳しく知らないのですが」 「もしかして、県民なのに知らない?」 夥しい数の提灯をぶら下げて、眩い輝きを放つこの施設。光の集合体で中は殆ど見えませんし、こんな山奥のロケーションじゃロクな集客も得られないでしょう。時間も時間ですし。 それと、クリスカさんの煽り口調からのニタニタにやける顔が癪に障ります。 「入ってみたらわかるわよ。もう目の前にあるし」 「じゃあ入場券、買ってきますね」 「気が利くねぇ。あっちに進めば受付だから、頼まれてくれるかしら?」 「お任せください!」 余計な気遣いかとも思いましたが、人を使うのがこれまた上手い。さっきのムカつきも忘れて、気づけば私はスタスタと呑気にスキップなんてしていました。 そういえば、誰かと出掛けるなんて、いつ以来でしょう。 チケットを二枚、門の横に佇んでいた受付で所望すると、手慣れたようにスタンプを押して代金と引き換えられました。 ジャケットには機関車と思しき二両の青い電車が写ったフォト。ようやくこの場所の察しがついて、クリスカさんに手渡します。 「ありがとう」 「文化村というそうなのですが夜にやっているのがここしかなくて、お気に召すかどうか」 チケットにはそう記載されています。その復唱でした。 「あなたが選んだのだもの。心配ないわ」 旅先がここしかなかったとは言え、あの場から三
Read more

第七話話鉄なお嬢様

するとクリスカさんが口から炎でも吐き出すのではないかという勢いで、目につく車両の解説を始めたのです。 「この電車は特急型の礎を気づいた車両で、日本全国で活躍していたの。あっちは旧型客車と言って、電車が登場する前に機関車で牽引して走っていた列車。それで向こうは——」 唖然と頷きだけを返します。その時思いました。 大丈夫に込められた意味と、ホームで歌っていた訳。あれは単に高速列車、つまりは新幹線を目の当たりにして、気分が高揚したいたんだと。 しかし、一抹の不安が撫で下ろされてほっと安堵の息を溢しました。 あの悪戯な笑みとは違う、無邪気な楽しそうな笑顔。 暗くても良く輝く紅い瞳。靡いて頬に軽く触れる艶やかなブロンドヘア。私より少し背の低い前を行く背中。 黄色くてとても明るいオーラに、眼を眇めてしまいます。けれどきっとこの方も私の血が欲しくて、こうしてるんだと詮索してしまいます。そして、その結末も——。 提灯の数が奥に進むにつれてだんだんと少なくなっていき、コンクリートで舗装された薄暗い上り坂を上り切ると、芝生に静態保存された車両が展示されている広場に出ました。 すると草の上で彼女は徐に寝転がり、空を仰ぎます。 「光莉もほら」 「寝転がるのですか?」 「えぇ。良い景色が見れるわよ」 服が汚れるので、と断ろうとしますが、しばらく逡巡して促された通りにしました。 藍黒の空を埋め尽くす名も知らぬ星々の煌き。どんな絵画よりも雄大で美しい光景に、茫然としてしまいました。 「ね?」 「は、はい!」 都会では無駄な光が多すぎることを痛感させられます。宇宙に数多存在する無数の星々が、手の届かない場所で誰の為でもなく輝きを放ち続けています。
Read more

第八話棄てられ続け

それを目の当たりにして、クリスカさんはその後の言葉に詰まります。 しばらくして決意を固めたのか瞬きを一つ。あくまで星空を意識しながら、綴ります。 「本当に嫌なら、言わなくていいの。私が勝手に始めたことだし、血を吐くような苦痛だったら、無理強いはしない。けれど、自由人な私でも良ければ、話を聞かせてほしい」 ならば、話してあげましょう。 「——私、吸血鬼の方々に棄てられたんです。二年間、雇われては棄てられてを繰り返して、あなたと出会いました」 感情が声音を揺さぶって、けれども淡々と語り始めていました。 「自分で言うのはちょっと恥ずかしいんですけど、給仕とかは誰にも負けない自信がありました。求められることを忠実にと、小さい頃から教わっていましたので」 視界がぼやけて、焦点が定まらなくなっていました。綺麗な星空も模様を変えていて、そこで初めて、まだ知り合って間もない人の前で泣いているんだと気が付きます。 「使用人としては精一杯頑張っているつもりでした。多分、性格や仕事に不備はなかったと思います」 思う、というのは実際に関わってきた吸血鬼の主様や他の使用人たちがどのように感じていたか、確かではなかったので曖昧にしました。 クリスカさんは相槌を打って訝ります。 「ずっと棄てられ続けて、見かねた家族が実家の使用人として働かせるために連れ戻そうとあの列車に乗ったんです。そしたら、貴方が横に座ってきた」 「ふーん。さっきの虚無はそれ?」 「……はい」 「綺麗事を言って、貴方に奮起してもらおうとは思わないけど、諦めてしまうなんて少し勿体ないじゃない?」 「勿体ないですか。そうかも知れません」 肯定はします。勿体ないと思います。けれど、持て余さなければならない理由もあります。 それは不可逆的で、天は私に何かの恨みでもあったかのような、その訳をボロボロ落ちる涙の中で、吐露しました。 「私の血が、すべていけないんです。その、みんな不味いって吐き出すから」 吸血鬼はその名の通り、血を糧にして生きる種族の方々です。そのため、安定した血の供給が不可欠となります。 いつから始まったのか、正確な文献や記述などはなくその発端は定かではないですが、血の供給者を使用人として雇う文化が彼らの中には根付いてい
Read more

第九話途方のない旅=余生

いくら主人の身の回りの世話が完璧でも、食事である以上味の悪い奴に意味はなく、居場所はない。当然の摂理です。例え話ですが、不味い料理屋が軒を置き続けたことなんてただの一度もないのですから。 「血も伴わないといけないんですから、いくら使用人として出来が良くたって、皆さん血を求めてますから」 「そっか。これから実家に帰って、吸血鬼とは一切関わらないように暮らすんだ」 「……他に当てもありませんし、今のご時世、人間でも使用人を雇っているところなんてないでしょうから」 吸血鬼の皆様から願い下げでしょう。そうでなければ、点々とした中で一人くらいは手を差し伸べてくれたはずです。 しばらく沈黙が流れて、クリスカさんは問います。 「誰も恨まなかったの?」 「恨むなんて、とんでもない。立場が違いますから」 「でも、それだけ捨てられ続けたら、吸血鬼の事を恨むのは当然ではなくって?」 「すべて、私が悪いんです。期待に応えられないダメな娘だから」 棄てられる痛みは知っています。だからこれ以上、その槍が突き刺さり続けるのならば、いっそ離れて静かに人間としての長い余生を全うしたい。 悪い噂はすぐに回ります。現に七見家の長女は、と囁かれていたのを私は耳にしました。 私の父も、その噂を耳にしているはずです。だから私は家族の皆から嫌われてしまったのかもしれません。少なくとも、かつての主様から直接小言を言われていた父は、きっとそうなのでしょう。 一家に泥を塗り続ける地獄から抜け出せるなら、実家でひっそり培った技術を存分に振舞えるなら、それでいい。甘んじてその運命を受け入れたい。 いや、もう選択肢なんてないのかもしれません。これしか道は。 袖で目元を拭って、立ち上がった私は、静かに別れを告げようとしていました。この短い旅で見えたのは己の惨めさだけでした。クリスカさんはきっとこんな話を聞くために付いてきたわけじゃないし、続ける意味などもうどこにもありません。 自己解釈で勝手に決めつけて、背中を向けました。一度立ち止まって、さよならを発そうとしたとき、彼女が引き留めました。 「待って」 「……もう旅は終わりました。クリスカさんの要望とは離れてしまいましたけど、こんな無様な私に用はないでしょう?」 「私の旅をあなた
Read more

第十話 両家の邂逅

実家のお屋敷は街の外れ、山肌を切り崩した麓にひっそりと佇んでいます。 外壁は夜に溶け込むような薄灰色で、屋根は藍色の尖った三角屋根。宵闇に溶け込む色合いと朝まで途絶えることのない灯りが気味悪さを醸す洋風の豪邸です。 道中、距離を少しだけ離して歩いていた私は、守護霊のように付きまとうクリスカさんに半ばうんざりしていました。「いつまでついてくる気ですか?」 「あなたの家に着くまで」 そう言って聞かないので、もう忠告は一切しないつもりですが、ちょっとだけ心配になってきました。 好奇心で人の家とか勝手に入ってしまいそうで、痛い目に遭わないかと。 囲いに沿った道を歩いていると、扉から光が差して人影がぞろぞろと現れて、すぐに玄関へ通じる一本路の沿道を埋め尽くしました。「随分と手厚い歓迎じゃない?」 「なんだか物々しいですね……」 「そう? あなたって、使用人志望のお嬢様じゃなかったかしら?」 この豪邸の持ち主、つまり父の娘です。並んだのも父が雇っている使用人の皆様ですが、帰るたびにどうしても離せない仕事以外の全員が集まって出迎えることなど、一度もありませんでしたから。 そして私に追いついて横で平然と佇む彼女を摘みだそうなどという気が微塵も感じられず、首を傾げます。あのこの人部外者なんですけど。 疑問を残しながら門の前に来ると、手近な家の使用人が手を煩わせまいと開きます。もはやここまで来ると、何が何だか訳がわかりません。 そして敷地内へ。私とクリスカさんが一歩踏み入れると、列を成していた各々が一斉に頭を下げます。さながら打ち合わせでもしたかのようです。「……あのぉ。皆さま、どうかなされたんですか?」 普段なら聞けば返答を返してくれる方々なのですが、今日ばかりは口を利いてくれません。だからと言って怒りはしませんが、後で父に理由を訊ねるくらいはするつもりです。 けれど、その必要もすぐになくなります。玄関扉の数メートル手前まで行くと、今度は紺色のスーツで身を固めた背の高い中年の男、私の父『七見 士郎』が微笑みを交えながら出迎えました。「遠路遥々、よくお出でになりました」 歓迎の挨拶と一緒にクリスカさんと握手を交わすと、私を一瞥して言います。「光莉も、よく帰った。おかえり」 「……ただいま」 私は嫌悪感を滲ませた顔を背けます。すると父は、
Read more
PREV
123456
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status