入江千代子(いりえ ちよこ)のこれまでの人生において、最も反逆的だった出来事。それは、浅田辰彦(あさだ たつひこ)の実家が破産した際、誰もが彼を見放す中、全財産を抱えて彼と駆け落ちしたことだった。千代子だけは、彼の再起に賭けた。泥水をすするような三年の生活を経て、辰彦は日雇い作業員から、誰もが平身低頭するビジネス界の寵児へと這い上がった。そして千代子を、以前にも増してわがままで傲慢な妻へと甘やかした。どれだけ好き放題に振る舞おうと、辰彦は常に優しい笑みを浮かべて許してくれた。人々は口を揃えて言った。千代子はたった三年の苦労で、誰もが羨む理想の愛妻家を手に入れたのだと。――あの「花屋の女」、安井典子(やすい のりこ)が現れるまでは。結婚記念日、その女が浅田家に花束を届けに来たのが気に食わないというだけで、千代子は人を雇って女の店を徹底的に破壊させた。だが今回ばかりは、辰彦がいつものように低姿勢で機嫌を取りに来ることはなかった。彼はスマートフォンの電源を切り、姿を消した。そして自分とあの女の親密な写真がネットのトレンドを埋め尽くすのを、ただ放置した。ネット中がその話題で持ちきりになり、押し寄せたマスコミの嵐のようなフラッシュが、家の入り口を隙間なく埋め尽くしていた……*千代子は、群がる人垣をかき分けてようやく抜け出した。髪も服も乱れたまま、秘書から送られてきた住所へ怒り心頭で向かった。辰彦を問い詰めてやる腹づもりだった。だが、ドアを蹴り開けようとした矢先、中から笑い声が漏れ聞こえてきた。「辰彦さん、早く帰ってなだめたほうがいいんじゃないですか?奥さんが本気で怒って、また世間を騒がせても知りませんよ」「そうだよな。車をボコボコにしたり、家に火をつけたり……この間なんて、メディアの前で辰彦さんを指差して、安っぽいのがお好みだって毒づいてたしな……」言い終わる前に、声の主は失言に気づき、ハッとして口をつぐんだ。グラスがドンと乱暴に置かれる大きな音が、室内の喧噪を一瞬にして凍りつかせた。男はフッと鼻で笑い、その声には薄い嘲笑が滲んでいた。「ああ。あの入江のお嬢様より高貴な人間なんて、いるわけがないだろう?十八の時、親の援助も実家の財産も全部捨てるなんて言って、実の父親をショックで
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