บททั้งหมดของ 私の子を愛人に渡す気?子を堕ろして全て捨てる: บทที่ 11 - บทที่ 20

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第11話

朔はすぐに車を出して病院へ向かった。道中、暮葉に何度も電話をかけたが、つながることはなかった。何度も冷たい自動音声を聞かされ、朔は怒りに任せてスマホを後部座席へ投げた。どうしてか胸がざわつき、大切なものが自分から離れていくような不安に駆られた。しかし、そんなはずはない。暮葉は自分を愛している。今までのことも上手く取り繕ってきた。きっと、何かの間違いに過ぎないのだ……彼は自分に言い聞かせながら車を飛ばし、急いで病院に到着すると、暮葉の病室へ駆けつけた。すでに病院で待機していた秘書が、汗だくで報告した。「社長、病院中を探しましたが、奥さんはこの病院で出産した記録すらないです」「他の病院は調べたのか!出産が近いんだ、病院にいないはずがない!きっと転院したんだ!」「いいえ。奥さんはどの病院も出入りしていないようで、社長が外出された直後に荷物を持って家を出たことまでしか分かりません」秘書が顔を伏せ、朔は絶句し、ついに怒鳴り始めた。「家を出たことが分かったなら、早く探せ!もう予定日だぞ、いつ子供が生まれてもおかしくないんだ!何かあったらどうする!お前たちは何をやっていたんだ!もう暮葉が出て何時間経っているんだ!探せ!必ず見つけ出せ!きっと俺がそばにいてやれなかったことで拗ねているんだ!」朔が怒鳴り散らしている間、秘書は言い出しにくそうに一枚の書類を差し出した。「社長、もうすでに捜索が始まっています。ただ、これを……これは以前、奥さんが検査を受けた際の結果です」おずおずと差し出された書類を見て、朔は動揺した。秘書の表情から嫌な予感がしたからだ。以前、医者は暮葉の体調は順調だと言っていたはずなのに。検査報告書には、子供以外はすべて正常だと記されていた。そしてそこには、暮葉が妊娠していない事実がはっきりと記載されていた。朔の頭は真っ白になった。妊娠などしていないはずがない。この数ヶ月、暮葉の腹は確かに膨らんでいたし、定期検診も順調だった……いや、最近は検診に行っていなかったのか。晴香のことで頭がいっぱいになって、そのことをすっかり忘れていたのだ。顔からさっと血の気が引いたあと、彼は暮葉から渡されたプレゼントのことを思い出した。「子供が産まれる日に開けて」と言われていたから、今日なのだ。「帰るぞ!すぐに
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第12話

彼は思考を巡らせた。暮葉との出会いから今までの、全部の出来事を思い返していたのだ。すると朔は、これまでの暮葉の態度の端々に感じていた違和感の正体を、ようやく理解し始めた。朔は認めざるを得なかった。おそらく暮葉は、最初から全てを知っていたのだ。彼はその場にひざまずいた。暮葉のこれまでの気持ちを思うと、ナイフで身を切られるほど苦しかった。この子を……暮葉はどういう気持ちで自分に差し出したのか。理性が砕け散りそうになりながら、冷たくなった胎児を抱きしめた。目は血走っていて、瞳は揺れていた。暮葉を見つけたら、必ず償う。彼女には償わなければならないことが多すぎるのだ。もう晴香など二度と相手にしない。これからは彼女だけを愛すと誓う。朔はただ震えていた。長い時間の後、彼は立ち上がり、手に持っていた胎児を捨てた。「まだ見つからないのか?」彼はいつもの冷静な表情に戻った。いつでも感情のコントロールができるから、暮葉を欺き続けられたのだ。秘書は首を左右に振り、暮葉の消息を掴めていなかった。朔はこう考えた。暮葉はきっと、怒って隠れているだけだと。なら、自分が優しく迎えに行けばいい。子供ならまた作ればいい。次こそは二人だけの子供として愛そう。彼は眉間を揉み解すと、自ら捜索に加わることにした。反省していると分かってもらえれば、きっと許してくれるはずだ。根拠のない自信を抱いたその時、玄関のチャイムが鳴った。訪ねてきたのは一人の配達員だった。「清原さんですか?お届け物です」朔は眉をひそめた。自分は何も頼んでいないはずなのだ。彼が質問するより先に、秘書が荷物を受け取り、声を上げた。「奥さんからです!宛名に奥さんのお名前が!」朔の表情が明るくなった。やはり彼女はまだ自分のことを忘れていない。暮葉は意地を張っているだけで、きっと彼女の居場所を示すヒントが荷物の中にある。朔はニヤリと笑って荷物を開けた。しかし中身を見た瞬間、その笑顔は消えた。その中に入っていたのは、離婚届だった。冗談にしては度が過ぎているのではないか。朔は怒りを抑えながら書類を確認すると、そこには見覚えのある彼女の筆跡があった。【清原暮葉】頭の中が真っ白になった。今この時、朔はようやく心底からの不安を覚えた。暮葉、一体どういうつもりなんだ。なぜ……な
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第13話

「離婚届」――その文字を、彼はただ茫然と眺めることしかできなかった。どれだけ時間が経ったのか、朔はようやくそれが暮葉の直筆だと受け入れた。誰かのいたずらでも、悪質なジョークでもない。暮葉は朔に一枚の離婚届を残し、本当の意味で彼から離れたのだ。思考が完全に停止した。彼はこれまで一度として、暮葉が自分のもとを離れるなんて想像したこともなかったのだ。あの痛ましい子供の亡骸を見たときでさえ、彼はそれを暮葉の単なる当て付けか何かだと高を括っていた。しかし今、目の前に届いた離婚届を突きつけられ、初めて彼は理解した。暮葉は本当に去ってしまったのだと。秘書は一言も発せず、息を殺すようにして立ち尽くしていた。先ほどまでの喜びは一瞬にして吹き飛んでいた。この瞬間、朔のスマホは突然鳴り出し、彼は慌てて電話に出た。「暮葉……っ!」「朔さん、まだ帰ってこないの?」暮葉の名前を呼んだ直後、別の女の声が割って入った。暮葉ではない。晴香だった。あざとい声で甘えながら、あろうことか暮葉の子供を欲しがっているのだ。この時、彼の中で嫌悪感が込み上げた。すべてはこの女のせいだ。彼女を甘やかしてやりすぎた。暮葉のお母さんの心臓を奪い、遺骨さえもまき散らし、晴香のせいで暮葉が繰り返した流産さえも「事故」として片付けてきた。最後には自分の全財産までも譲ったのに。それなのに、どうして晴香は暮葉を追い詰めるようなことをするんだ!この女の目には、暮葉という存在はそれほど邪魔だったのか!怒りに身を焦がす朔は忘れていた。かつて晴香が階段から落ちた際、何の疑いもなく暮葉を責め立てたのは自分自身だったということを。そして今、彼は全ての罪を、この卑劣な悪女に背負わせようと決めた。朔は口の端を吊り上げた。「暮葉の子供が欲しいんだな?いいだろう。今すぐにでも連れて行ってやる」電話を切ると、すぐに秘書に指示を出して、ベビー用品を買い揃えさせた。そして胎児の遺体を丁寧に包み、ベビーカーに乗せると、そのまま晴香の部屋へと向かった。扉を叩くと、晴香が喜んで迎え入れた。「朔さん!待ってたわよ」ドアを開けた途端、晴香は朔に抱きつき、期待に満ちた目でベビーカーを覗き込んだ。もちろん暮葉の子供なんて育てるつもりは毛頭ない。ただ彼女を貶めるための口実だ。手に入れ
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第14話

3日が過ぎても、暮葉は見つからない。朔は認めざるを得なかった。彼女は本当に自分の元から去ったのだ。一片の痕跡も残さずに。まるで、この世界から完全に消えてしまったかのように。もし以前なら、彼は心から喜んだだろう。愛のない妻と顔を合わせる必要はなくなり、晴香を追いかけられるのだ。たとえ人目を忍ぶ関係だとしても、それで満足できたはずだった。だが、願いが叶った今、彼は少しも嬉しくなかった。朔は手にした離婚届を握りしめた。それが暮葉が自分に残した最後のものであり、唯一の手がかりだった。彼女がいなくなって初めて、この家がこれほど広く、静かであることに気づいた。声も姿もない喪失感が、じわじわと骨の髄まで沁み込んでいった。自分の犯した罪の重さを、ようやく自覚した。朔は暮葉のサインを震える指でなぞりながら、激しい後悔に襲われた。この数日間、彼は徹底的に調査し、すべての真相にたどり着いたのだ。暮葉はやはり全てを知っていた。晴香が高熱で倒れたあの頃から、暮葉は自分の嘘に気づいていたのだ。母親の最期、奪われた心臓、捨てられた遺骨、空っぽの墓、繰り返された流産……そして今回の子供も、自分が晴香のために捧げようとしていたことを。それはどれほど苦しいことなのか、自分には想像することさえできなかった。暮葉が味わった絶望を、自分は微塵も理解していなかったのだ。朔は顔を伏せた。暮葉の声を聞きたいという思いが、どうしようもなく胸を締めつけた。そこへ、秘書が近づいてきて、慎重に言葉を選んだ。「社長、進藤さんがお目覚めです」朔は顔を上げた。その瞳は激しい怒りに燃えていた。彼は離婚届を丁寧に保管し、一人で地下室へと向かった。3日前、彼は晴香を地下室に軟禁した。周囲の人間は以前から朔と晴香の事情を知っていたため、彼女を家に連れてきた朔を誰も咎めはしなかった。それに律もまだ出張から戻っていなかった。晴香を地下室に閉じ込めてから3日が経った。まだ罰はこれからだ。彼女が暮葉に犯した罪の代償は、一つ残らず払わせてやる。重い扉を開けると、そこには惨めな姿の晴香が這いつくばっていた。たった3日で、以前の輝きは見る影もなくなった。男の気配に、晴香は縋りつくように駆け寄った。「朔さん!ごめんなさい、私が悪かったわ。お願い、もう出して!ここは本当に嫌なの
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第15話

「私が姉さんを追い詰めたんじゃない!全部、彼女が悪いのよ!彼女が私のすべてを奪ったの!」暮葉の名前を聞くと、晴香は声を上げて泣きじゃくった。「あいつのお母さんが死んでから、お父さんはずっと、心ここにあらずで、私とお母さんをひどく扱ったわ!前は違ったのに。全部、あいつとそのお母さんのせいよ!朔さんもそう!あなたは私のことが好きなくせに、なんで姉さんにはあんなに優しいの?結婚までするなんて!律は私を満足させてくれないのに、私のほしいものをくれるあなたは、私の義理のお兄さんでしかないなんて!どうしてあいつは絵まで上手なのよ。みんなが彼女を褒めるなんて許せない!本当は、私の方が人気者になるはずだったのに!」追い詰められ、これまで隠してきた悪意が、晴香の口から溢れ出た。その罵倒を耳にすると、朔の怒りは頂点に達した。暮葉は何一つ悪くなかった。ただ、この女の醜い嫉妬心が全てを狂わせたのだ。パシッ——!鋭い音が響いた。朔に平手打ちされ、晴香は床に倒れ込んだ。彼女は頬を押さえ、信じられないという目で朔を見つめた。この数日間、晴香は死ぬほど辛い思いをしていたが、朔が自ら手を下すことはなかった。彼女は、まだ朔とやり直せると信じていた。それなのに今日、あの女のために、自分を叩くなんて……「あなたは、あいつなんかのために、私を殴るの!!?」晴香は取り乱し、金切り声を上げた。しかし朔の瞳は、どこまでも冷たかった。かつて少しはあったはずの情は、晴香の本性が露わになった瞬間、完全に消えてしまった。そんな晴香を想い、暮葉を傷つけ続けていた自分の行いを振り返り、朔は吐き気すら覚えた。拳を握りしめ、殺気を放つ朔を見て、晴香は身をすくめた。以前の、どんなわがままも叶えてくれた朔の面影はどこにもなかった。全てはあの女、暮葉のせいだと彼女は心の中で呪った。晴香の怨念のこもった目線を、朔は静かに見つめた。彼は鼻で笑い、行動を続けた。「暮葉に、全てを返してもらう」朔は冷淡にそう告げると、晴香の髪を掴んで床にぶつけた。ここからの2ヶ月は、晴香にとって地獄そのものだった。朔は毎日彼女から血を抜き、その両手を熱湯に浸け、さらには見知らぬ男たちを差し向けて、無理やり妊娠させようとした。そう、妊娠できないということでさえ、朔を騙し、暮葉の子
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第16話

律は、冷めた目で足元の女を見下ろしていた。晴香の変わり果てた姿に、彼は言葉を失った。仕事で数ヶ月ほど家を空けている間に晴香が姿を消し、行方を追えば、朔が晴香を連れ去ったというではないか。律もまた昔から晴香に心を寄せていたからこそ、朔のやり口など手に取るように分かった。朔は自分よりも晴香に尽くし、彼女の恋敵である暮葉と結婚して、彼女の病気を治すために暮葉の母親の心臓まで奪ったのだ。そんな彼に比べれば、自分は夫として情けないと感じていたのだ。それなのに、その朔がわざわざ晴香を拉致して監禁するとは。怒りに震えつつも、やつれきった晴香を見て、彼女がどれほど酷い目にあってきたのか容易に想像がついた。律が晴香を連れ去ろうとした矢先、朔が現れた。最初から律が来ることを知っていたかのように、朔は落ち着き払っていた。一方律は、強い殺気を漂わせていた。「狂ったのか!晴香に対してなんてことをするんだ!」「俺は正常だよ。進藤、お前も彼女が何をしてきたか聞いてみたらどうだ」律が視線を向けると、晴香は彼の胸元でガタガタと震えていた。朔を前に嘘をつけなくなった晴香は、泣きながら今まで自分がやってきたことを話した。律は絶句した。いつも純粋そうに見えた晴香がそんな女だったのか。しかし、どうせ今暮葉はのんびり暮らしているだろうと考え、律は苛立たしく吐き捨てた。「たとえそうだったとしても、やりすぎだろ!晴香を地下に閉じ込めるなんて。暮葉に一言謝れば済む話じゃないのか!」その言葉を聞いて、朔は自嘲気味な笑みを漏らした。この2ヶ月、晴香を追い込むと同時に朔は暮葉を必死に探したが、暮葉の消息は途絶えたままだった。まるで最初から存在しなかったかのように。たとえ謝罪しようにも、その機会すら彼には与えられていなかった。いや、最初から暮葉は、自分の人生から朔を完全に排除しようと決めていたに違いない。朔の心は、とっくに何も感じられなくなってしまったから、律の言葉が滑稽で仕方がなかった。「暮葉が見つからないんだ」朔は静かに、その事実を口にした。「どういう意味だ?」律は理解ができなかった。暮葉がいなくなるはずなどないじゃないか。「そのままの意味だよ。探しても見つからない。彼女は俺の元から去ったんだ。分かるか?晴香のせいで、暮葉は
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第17話

海外で暮らして2ヶ月が過ぎ、私は新しい土地での生活に慣れ始めた。私は自分の名前を咲和(さわ)と改名した。ここは私の新しいスタートであり、暮葉と名乗っていた過去はもう終わったのだ。アパートを借りて植物を育てて暮らしている。火傷を負った右手は徐々に回復したが、再び絵筆を握ることは一生叶わないだろう。絵を描くことは私にとってすべてだったから、心にぽっかりと穴は開いたままだった。けれど落ち込んではいられない。新しい生活には、きっと新しいチャンスが待っているはずだ。そんな思いで、私は新しい趣味を探すためにいくつかの習い事を始めた。ただ漫然と過ごしたくはなかった。たとえ絵が描けなくとも、必ず他の趣味を見つけられるはずだと信じた。予感は当たった。1ヶ月ほど経った頃、私はカメラに興味を持った。才能があると、講師たちも専門的に学ぶことを勧めてくれたのだ。私は喜んで専門的な授業を受け始めた。講師の言葉に嘘はなかった。2ヶ月の授業を終えた頃には、撮影の依頼が入るようになったのだ。まだ報酬は僅かなものだけれど、自分の力で生きている実感が嬉しくて仕方がなかった。私は、お得意様の柏木辰也(かしわぎ たつや)と知り合った。初めて注文をもらってから、彼は毎週のように依頼してくれる大切な顧客だ。【君が撮る写真、本当にいいですね!】と、私が送信した写真に即座に返信がきた。私は照れくさそうに、画面越しに笑みを浮かべた。【まだ始めたばかりですよ。気に入ってもらえてよかったです】彼も忙しいのだろう、少し時間が経ってから次の返信がきた。【来週はここに撮影に行きませんか?景色がいいんですよ】送られてきた地図を調べると、紅葉が綺麗で有名な場所だった。そして季節もちょうどよかった。私がまだ足を運んだことのない、最高のロケーションだった。私は迷わず承諾した。待ち合わせの約束を交わし、スマホを置いた。やり取りを終え、ベッドに倒れ込んで深く息を吐いた。そして彼と初めて会った日のことを思い出した。まだ依頼を受け始めたばかりの頃、初めての仕事として訪ねてきたのが辰也だった。意気投合した私たちは即座に撮影を開始し、素晴らしい写真が出来上がった。当時、辰也は抑えきれない感動をその目に宿し、プリントしたばかりの写真を何度も見返していた。そして、改まった様子
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第18話

約束の時間がきたので、身支度を整えて機材を持ち出し、すぐに撮影場所へ向かった。美しい紅葉の中で、辰也が待っていた。相変わらずラフな服装で、私に向かって手を振ってきた。「咲和さん、こっちです」私も手を振り返して、急いで彼のほうへ歩み寄った。撮影が始まると、やはり辰也に驚かされた。身長が高くて顔も整っている彼は何を撮っても画になり、適当なポーズでもモデルのように見えた。これなら素人カメラマンでも失敗しないだろう。撮影は極めて順調に進み、数時間で満足のいくカットが撮れて切り上げることになった。せっかく遠くまで来たのに、すぐに帰るというのは惜しかった。下調べを済ませていた辰也が自然な流れで食事に誘ってくれた。近くの評判の良い店だそうだ。もし彼の顔が赤くなっていなければ、仕事付き合いとして捉えていたかもしれないが、やはりそうではないようだった。私はあえて少しの間を置き、頷かないでいた。すると、先ほどまで余裕ありそうにしていた彼が、途端に慌て出した。「咲和さんに、何度誘っても断られるのですから。お願いです、一緒に食べてください。この店、本当に美味しいんですよ」その通りだ。撮影のオフ日には、辰也から何度か食事の誘いを受けていたが、忙しさを理由にすべて断っていた。わざと冷たくしているわけではない。撮影依頼が少しずつ多くなり、彼ほど時間のかからない被写体もなかなかいなかった。編集作業に深夜まで追われることも珍しくなかったのだ。悲しそうな彼の様子を見て、もう揶揄うのをやめた。「いいですよ、冗談です。行きましょうか。ここから近いですか?」辰也はすぐさま笑顔を咲かせた。「すぐそこです!少し歩きますが、席はもう予約してありますから。あとこれ、忘れるところだった。はい、あげます」辰也はポケットから軟膏を取り出すと、私の火傷した手をそっと取って、丁寧な手つきで薬を塗り始めた。白くなめらかな軟膏が肌の上を滑る。いつもジンジンと疼いていた右手に、ひんやりとした心地よさが広がっていった。ハッとして指先を引っ込めた。この手を見せるのが、どうにも恥ずかしかったからだ。火傷の痕は、どうしても完治できず、不格好に膨らんでいた。決してお世辞にも綺麗とは言えない手だった。そんな手を、辰也は厭う様子もなく握り続けていた。「もう治りま
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第19話

「今日の午後、空いていますか?新しくオープンしたアートギャラリーに面白そうな展示があるんですけど、一緒に行きましょう?」メニューを見ていた私は、少し面食らって言葉を失った。アートギャラリー?右手を負傷して以来、私は絵画に触れることを無意識のうちに避けてきた。内心ではまだ描きたいという気持ちがあることを否定できないけれど、右手を見つめるとどうしても諦めてしまうのだ。「咲和さん、聞こえてますか?まだ言ったことなかったけど、実は俺、画家なんです。初めて会った時、咲和さんが俺を撮ってくれた写真を見て、この人は間違いなく絵の才能があると感じたんです。でも右手の様子を見ると、絵を描くことを諦めざるを得ない辛い出来事があったんだろうって……だから、俺と一緒にギャラリーへ行ってみませんか?」目の前の辰也の、真剣な瞳を直視してしまった私は、断ることができなかった。私は小さく「いいですよ」とだけ呟いた。アートギャラリーの前まで来ると、やはり怖気づいてしまった。自分の傷に向き合うのが、どうしても怖かったのだ。その時、隣にいた彼が私の手を握り、励ましてくれた。「行きましょう、咲和さん。一緒に中に入ってみましょう」アートギャラリーの中に一歩踏み入れると、絵が並ぶ光景に、個展を開いた頃のことを思い出して胸が詰まった。婚約者だった律を追いかけて、自分のアートギャラリーに足を運ぶように何度もお願いしたものだ。彼は毎回のように「仕事が忙しい」と断りながら、裏では晴香を連れて遊園地に行っていたのだから。彼が上げたSNSの投稿には、晴香と一緒に楽しそうに笑う彼の写真が並んでいた。私のことを知らない友人たちがコメント欄で【奥さんとデート?】と尋ねたりしていた。【晴香さん可愛い】【二人とも本当に仲が良いね】という称賛の声ばかりが並ぶ。彼が訂正することは一度もなく、私がその投稿を見ていると知ったうえでの行動だった。実際、私は何が何でもアートギャラリーに行きたいわけじゃなかった。一度、遊園地に一緒に行こうと誘ったこともあったけど、「くだらない」と一蹴されて断られたこともあった。その後、朔と付き合うようになってからも、どうせ彼は絵画なんて退屈に感じるだろうと思い、一度も自分の展示に誘わなかった。彼が私の展示を見に行きたいと自ら言い出した時
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第20話

一方、国内では、朔があらゆる手段を使い暮葉の行方を追っていたが、何の消息も掴めなかった。暮葉はとうに名前を変えて異国にいるなんて、彼は夢にも思わなかったでしょう。朔はリビングのソファに深く腰を沈め、暮葉が残していった離婚届をただ呆然と見つめていた。朔には、どうやって暮葉を連れ戻せばいいのか見当もつかなかった。今や居場所さえわからず、ただ途方に暮れるほかなかった。そんな彼の胸中に、珍しく焦燥感が渦巻いた。部屋に入ってきた律は、目の前の男のうなだれた姿を見て、すべてを察した。「晴香の親たちが大騒ぎしている。晴香と連絡が取れないから探してくれって、押しかけてきたんだ」「実の娘が行方不明になれば、親が心配するのも当然だろう?ましてや連絡すら取れないなんて。やはり家族は全員一つ屋根の下で生きるものだ。そう思わないか?」朔は冷淡な口調で、まるで他人事のように返事した。まもなく、数人のボディーガードに取り押さえられ、暮葉の父親が入ってきた。「放せ!無礼な!俺が誰だと思っているんだ!」宗一は抵抗しながら叫び声を上げた。しかし、訓練されたボディーガードたちは表情一つ変えず、有無を言わさず宗一を部屋に連れてきた。朔の姿を見ると、宗一は急に態度を柔らかくして、媚びるように口を開いた。「朔さん、これは一体どういうことかな?晴香と何か揉め事でもあったのか?彼女のお母さんもあの子と連絡がつかないから病気になるほど心配しててな。居場所を知らないか?あの子が、君のところか、それとも律さんのところで隠れているんじゃないのか?」自分に満面の笑みで質問する宗一の顔を見下ろしながら、朔の脳裏にはあの日、晴香が自作自演で階段から転げ落ちたにもかかわらず、彼は暮葉の責任だと決めつけ、彼女の手を滾る熱湯に押し込んだ記憶が繰り返されていた。あの日、暮葉は二度と絵が描けなくなった。暮葉が失踪したならきっと何も動揺しないこの男は、晴香のこととなればこんなにも気が動転するのか。朔の心の中で、宗一に対する怒りが激しく燃え上がった。彼は手にした離婚届を握りつぶすと、冷たい笑みを浮かべた。「お父さん、晴香に会いたいなら、俺のところに来て正解ですよ。彼女はずっと私のそばにいる。最近、食欲がないようだったので、どうにかしてたくさん食べさせてあげようと努力していた
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