家に着いた時、リビングの灯りはついていた。 玄関の前で、私は一度だけ深呼吸した。 鍵を開ける。 「ただいま」 声をかけると、リビングから悠斗が出てきた。 「おかえり」 悠斗はもう部屋着に着替えていた。 テーブルの上には、二人分の湯呑みが置かれている。 お茶を淹れてくれていたらしい。 それを見た瞬間、胸が小さく痛んだ。 優しい。 ちゃんと、優しい。 今の悠斗は、本当に変わろうとしている。 それが分かるから、余計につらい。 「お茶、淹れた」 「ありがとう」 私はバッグを置き、買ってきた本をそっと本棚に置いた。 クラゲのキーホルダーの横。 写真集。 海のエッセイ。 新しい本。 そこだけが、少しずつ私の場所になっていく。 悠斗はその様子を見ていた。 何か言いたそうだったけれど、言わなかった。 私はテーブルの前に座った。 悠斗も向かいに座る。 湯呑みから、湯気が上がっている。 しばらく、二人とも何も言わなかった。 時計の針の音が聞こえる。 冷蔵庫の低い音。 外を走る車の音。 この部屋で、何度も聞いてきた音。 この部屋で、何度も黙って飲み込んできた気持ち。
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