Todos los capítulos de 『尽くしすぎたのでやめました。今さら後悔しても遅いです』〜帰らない人を待つのは、もうやめます〜: Capítulo 61 - Capítulo 70

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第61話 気づいていた人

 翌朝、会社に着くと、いつもより少し早かった。 自席にバッグを置き、パソコンの電源を入れる。 画面が立ち上がるまでの間、私は何となく窓の外を見た。 薄い雲。 向かいのビル。 通勤途中の人たち。 昨日までと変わらない景色だった。 でも、私の中では何かが変わっている。 悠斗とは別れた。 まだ同じ家に住んでいる。 部屋をどうするかも決まっていない。 荷物もそのまま。 歯ブラシも並んでいる。 なのに、もう恋人ではない。 その事実が、時々遅れて胸に落ちてくる。「藤崎」 突然名前を呼ばれて、私は振り返った。「おはよ」 紙コップのコーヒーを片手に、中村千尋が立っていた。「おはよう」「早いね」「千尋も」「私は今日、朝イチで面倒なメール返さなきゃいけないから」 千尋はそう言って、自分の席の方を顎で示した。「昨日の夕方に送ってくるなって話なんだけど」「それは嫌だね」「でしょ? しかも件名に『至急』って入ってる」「昨日の夕方なのに?」「そう。至急の定義について一時間くらい話し合いたい」 思わず笑った。 千尋も笑う。 同期で入社して、もう十年以上になる。 部署は違うけれど、研修時代からの付き合いだった。 入社した頃はよく一緒に昼を食べた。 千尋が結婚してからは少し減ったけれど、それでも廊下で会えば話すし、たまにメッセージもする。「じゃ、戦ってくる」「頑張って」「勝ったら報告する」 千尋はそう言って歩き出した。 けれど数歩進んだところで止まり、振り返った。「藤崎」「うん?」 千尋は何か言いかけて、やめた。「……
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第62話 前より好きです

 昼休みを終えて会社に戻ると、午後のフロアは少しだけ慌ただしかった。 電話の音。 キーボードを叩く音。 誰かが小走りで資料を運んでいる。 私は自席に戻り、パソコンの画面を開いた。 午前中に途中まで作っていた資料を確認する。 さっきまで千尋と話していたことが、まだ胸の中に残っていた。 ――かわいそうとは思ってない。 ――今の藤崎、前より自分で歩いてる感じするから。 自分で歩いている。 そう見えるのだろうか。 私にはまだ、そんな実感はなかった。 別れたばかりで。 まだ同じ家に住んでいて。 これからどこで暮らすのかも決まっていない。 悠斗と顔を合わせるたびに胸が痛む。 寂しさもある。 罪悪感もある。 それでも、前より歩いているように見える。 私はその言葉を、何度も頭の中で繰り返した。「藤崎さん」 声をかけられて顔を上げる。 森下由衣がファイルを抱えて立っていた。「これ、確認お願いしてもいいですか?」「うん。置いておいて」「ありがとうございます」 森下さんは私より四つ年下だった。 入社して数年経った頃から同じ部署で働いている。 目立つタイプではない。 でも仕事は丁寧で、頼んだことを曖昧なままにしない。 分からない時は、きちんと聞く。 人の話をよく覚えている。 私も何度か助けられていた。 彼女はファイルを机に置いた。 それから、すぐには離れなかった。「どうしたの?」「いえ」「何かある?」「……あります」 妙に真面目な答えだった。 私は思わず笑った。「じゃあ、何?」 森下さんは少し迷った。 周囲を
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第63話 私が出る

 仕事帰り、私は駅前で足を止めた。 昨日一人で入った定食屋。 その少し先にある不動産屋。 ガラス越しに明るい店内が見える。 営業時間はまだ終わっていなかった。 私はしばらく立ち止まっていた。 部屋を探す。 昨日までは、まだ考えているだけだった。 スマホで物件を保存して。 家賃を見て。 駅からの距離を見て。 でも、本当に動くところまではいかなかった。 悠斗は自分が出ると言った。 あの部屋に私が残ればいいと。 通勤にも便利。 家賃も一人で払えないわけではない。 家具も揃っている。 生活を大きく変えなくて済む。 たぶん、それが一番楽だった。 でも。 私はガラスに映る自分を見る。 あの部屋に残って、本当に自分の生活を始められるだろうか。 ソファを見れば悠斗を思い出す。 キッチンに立てば悠斗の好きな味を考える。 寝室には二人で眠った時間が残っている。 別れたあとも、私はあの部屋でずっと、いなくなった悠斗の形に合わせて暮らしてしまう気がした。 私はスマホを取り出した。 昨日保存した物件を開く。 駅徒歩九分。 小さなキッチン。 南向き。 築年数は少し古い。 でも、一人なら十分な広さ。 その写真を見て、胸が少しだけ鳴った。 私は不動産屋のドアに手をかけた。◇◇◇◇「お一人暮らしですか?」 カウンターの向こうで、担当の女性が聞いてきた。 私は一瞬だけ言葉に詰まった。「はい」 初めて口にした。 一人暮らし。 まだ始まっていない。 部屋も決まっていない。 それでも、その言葉は思ったより静かに
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第64話 私の部屋

 週末。 私は駅前で、不動産屋の担当者と待ち合わせをしていた。「藤崎さん、お待たせしました」「いえ」 担当の女性は前回と同じ人だった。 手元のファイルを開きながら、今日回る物件を確認する。「今日は三件です。一件目が駅から近め、二件目が少し広め、三件目が築年数はありますけど日当たりがいいです」「お願いします」「こちらこそ」 私は小さく頭を下げた。 内見。 その言葉だけで、少し緊張する。 まだ引っ越す日も決まっていない。 悠斗と細かい話もしていない。 それでも今日は、自分が暮らすかもしれない場所を見る。 昨日まで想像だったものが、少しずつ現実になる。◇◇◇◇ 一件目は駅から近かった。 新しい建物。 オートロック。 部屋もきれいだった。「便利ですね」「そうですね。通勤重視ならかなりおすすめです」 私は部屋の中央に立った。 白い壁。 明るい床。 小さなキッチン。 悪くない。 むしろ、かなりいい。 でも、なぜか胸は動かなかった。「どうですか?」「便利だと思います」 自分でも曖昧な答えだと思った。 担当の女性は無理に勧めなかった。「じゃあ次、見てみましょうか」「はい」◇◇◇◇ 二件目は少し広かった。 リビングと寝室を分けられる。 収納も多い。「家具を置いても余裕ありますね」「そうですね」 私は窓際まで歩いた。 ここにソファ。 あそこにテレビ。 ダイニングテーブル。 そう考えて、ふと気づく。 頭の中に浮かんだ家具が、今の部屋とほとんど同
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第65話 決めた部屋

 内見から帰る途中も、私は何度もスマホを開いた。 三件目の物件。 南向き。 駅から十二分。 築年数は少し古い。 でも、あの部屋には光があった。 何度見ても、やっぱり好きだと思う。 理由は、うまく説明できない。 便利さなら一件目。 広さなら二件目。 条件だけで選ぶなら、もっと良い部屋はあるのかもしれない。 でも。 あそこで暮らしたい。 そう思えた。 私は歩きながら、担当者から届いていたメッセージをもう一度読む。『本日内見いただいた三件目ですが、現在ほかにも検討中のお客様がいらっしゃいます』 少しだけ心臓が速くなる。 取られたくない。 そう思った自分に驚いた。 部屋に対してそんな気持ちになるとは思わなかった。 私は立ち止まった。 駅前の人の流れが横を通り過ぎていく。 スマホを持つ手に力が入る。 少し前まで。 私は自分が何を好きなのかも分からなかった。 なのに今は。 ここがいい。 そう思っている。 私は担当者に返信した。『申し込みを進めたいです』 送信する。 胸が大きく鳴った。 怖かった。 でも、消したいとは思わなかった。◇◇◇◇ 家に帰ると、悠斗はリビングにいた。 テーブルの上にノートパソコン。 横には飲みかけのコーヒー。「おかえり」「ただいま」「内見、どうだった?」 聞かれて、少し驚いた。「覚えてたんだ」「覚えてるよ」 悠斗は小さく笑った。 でも、その笑い方は少し硬かった。「そっか」「うん」 私はバッグを置い
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66話 残される部屋

 真琴がリビングに戻ってからも、悠斗はしばらく寝室にいた。 ベッドの端に座ったまま、何をするでもなく床を見ていた。 新しい部屋。 駅から十二分。 少し古くて、広くはなくて、でも日当たりがいい部屋。 真琴は、そこに住みたいと言った。 その声は、迷いながらも確かだった。 悠斗は両手を組んだ。 早いな。 そう口にした自分の声が、まだ耳に残っている。 本当に早いのだろうか。 真琴にとっては、きっと早くない。 本屋へ行き始めた時から。 一人で夕飯を選んだ時から。 クラゲのキーホルダーをバッグから外した時から。 いや、もっと前から。 真琴は少しずつ、この部屋の外へ向かっていた。 気づかなかったのは、悠斗だけだった。 寝室を見回す。 クローゼットの片側には、真琴の服がかかっている。 淡い色のブラウス。 通勤用のスカート。 休日に着ていたカーディガン。 そのひとつひとつが、いつかこの部屋から消える。 引き出しの中のハンカチも。 洗面所の化粧水も。 キッチンの奥にしまわれた、真琴が選んだ小皿も。 消える。 その想像が、急に現実味を持った。 悠斗は立ち上がった。◇◇◇◇ リビングに戻ると、真琴はキッチンにいた。 冷蔵庫を開けて、自分の夕飯を考えているようだった。 悠斗は声をかけずにソファに座った。 毛布は朝のうちに畳んで端に置いた。 しばらくはここで寝るつもりだった。 同じ家にいて、同じベッドには戻らない。 それくらいしか今の悠斗にできることはなかった。 テーブルの上のノートパソコンを閉じる。 仕事の資料を開いていたはずなのに、内容はほとんど頭に入っていなかった。
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67話 持っていくもの

 翌日、不動産屋から連絡が来た。 申し込みの審査に入ることになったらしい。 必要な書類。 身分証。 収入証明。 勤務先の情報。 保証会社の申込書。 メールに並んだ文字を見て、私はしばらくスマホを握ったまま動けなかった。 部屋を借りる。 引っ越す。 その言葉は、昨日よりもずっと現実に近づいている。 会社の休憩スペースで一人、私はメールを読み返した。 怖い。 でも、進んでいる。 自分で決めたことが、ちゃんと手続きになっていく。 そのことが不思議だった。「藤崎さん?」 顔を上げると、森下さんが紙コップの紅茶を持って立っていた。「大丈夫ですか?」 反射で大丈夫と言いそうになって、少しだけ止まる。「ちょっと緊張してる」「緊張?」「うん。部屋の申し込み」 言ってから、少し驚いた。 自然に口にしていた。 森下さんも目を丸くする。「お引っ越しされるんですか?」「まだ決まってないけど、そうしようと思って」「そうなんですね」 森下さんはそれ以上、理由を聞かなかった。 ただ、少し明るい声で言った。「新しい部屋って、カーテン選ぶの楽しいですよね」 思わず笑った。「そこ?」「そこです。最初に部屋の雰囲気決まるので」「確かに」「藤崎さん、どんな色にするんですか?」「まだ決めてない」「明るい部屋なら、白っぽいのもいいですね」 白。 生成り。 薄い青。 昨日、私が考えていた色が胸に浮かぶ。「薄い青もいいかなって思ってる」「いいですね。藤崎さんっぽいです」「私っぽい?」「
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68話 言えなかった話

 翌日、悠斗は仕事の資料を見つめたまま、同じ行を何度も読み返していた。 数字は頭に入ってこない。 メールの文面も、何を求められているのか分からなくなる。 気づけば、昨夜の真琴の声を思い出していた。 ――これから知ってもらうには、遅いのかもしれないね。 責める声ではなかった。 だからこそ、胸に残った。 白い器。 真琴が持っていきたいと言った、何の変哲もない小さな器。 悠斗はあの器の存在すら、ちゃんと知らなかった。 毎日同じ家で暮らしていたのに。 食器棚を開けることもあったのに。 そこに何があり、真琴が何を気に入っていたのか、見ようとしていなかった。「おい、悠斗」 声をかけられて顔を上げる。 高瀬亮介が、隣の席の仕切り越しにこちらを覗き込んでいた。「生きてる?」「……生きてる」「嘘つけ。朝から顔が死んでる」「仕事中に言うことか」「仕事中だから言ってんだよ。お前、さっきから画面見てるだけで一文字も打ってないぞ」 悠斗は反射的にキーボードを見る。 確かに、カーソルだけが点滅していた。「今日、飲みに行くぞ」「いや、今日は」「予定あんの?」 悠斗は黙った。 予定。 今の家に帰って、真琴の荷物が少しずつ分けられていくのを見る。 それは予定と呼ぶのだろうか。「ないなら来い」「強引だな」「お前がそういう顔してる時に放っておくと、たぶん面倒なことになる」 高瀬は軽く言った。 けれど目は笑っていなかった。「三浦と岡崎も呼ぶ」「大げさだろ」「大げさかどうかは、話聞いてから決める」 悠斗は断ろうとした。 でも、言葉が出なかった。 
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69話 友達の言葉

「真琴さんが決めたことを、お前の後悔で邪魔しないこと」 岡崎の言葉のあと、しばらく誰も話さなかった。 居酒屋の中は賑やかだった。 笑い声も、グラスの音も、注文を取る店員の声もある。 それなのに、悠斗たちの席だけ妙に静かだった。「……それ、きついな」 最初に口を開いたのは高瀬だった。「きついけど、たぶんそうなんだろうな」 高瀬はビールを飲んで、顔をしかめる。「俺さ、正直、最初は思ったんだよ。浮気じゃないなら、別れるほどかって」 三浦が眉を上げた。「お前な」「いや、今は言うなって顔すんなよ。言うけど、思ったんだよ」 高瀬は少しだけ声を落とした。「でも話聞いてたら、たぶんそういうことじゃないんだよな。浮気したかどうかとか、暴言吐いたかどうかとか、そういう分かりやすいやつじゃなくてさ」 悠斗は黙って聞いていた。「毎日の中で、ちょっとずつ相手を削ることってあるんだろうなって思った」 高瀬は自分のグラスを見つめる。「俺もたぶん、家で似たことしてる。飯あるの当たり前みたいに思ってる日あるし、洗濯物が畳まれてても、ありがたいっていうより普通に受け取ってる」「高瀬」「だから怖いんだよ」 高瀬は苦笑した。「お前の話聞いて、悠斗だけの話じゃない気がした。俺も、帰ったらちゃんと見ないとまずいかもしれない」 三浦が短く息を吐いた。「見ないとまずい、じゃなくて見ろ」「分かってるって」「分かってねえから、そういう言い方になるんだよ」 高瀬は言い返しかけて、やめた。 悠斗はそのやりとりをぼんやり見ていた。 高瀬が自分を庇いきらなかったことに、少し驚いていた。 同時に、自分の話が誰かの生活にまで影を落としていることが、妙に重かった。「俺は」 三浦が言った。
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70話 自分で持つもの

 翌朝、悠斗はリビングのソファで目を覚ました。 体が重い。 薄い毛布はいつの間にか床に落ちかけていて、首のあたりが少し痛かった。 昨日の酒は、量としては大したことがない。 それでも頭の奥が鈍く重いのは、たぶん酒のせいだけではなかった。 ――真琴さんを自分の後悔の受け皿にしないこと。 岡崎の声が、まだ耳に残っている。 ――変わるなら勝手に変われ。真琴さんに見返りを求めるな。 三浦の言葉も。 ――ちゃんと苦しむことじゃねえの。 高瀬の、珍しく静かな声も。 悠斗は起き上がり、顔を両手で覆った。 苦しい。 真琴に謝りたい。 昨日、友人たちに言われたことを全部話して、自分は分かったのだと伝えたい。 もう同じことはしない。 ちゃんと変わる。 だから、せめてもう一度考えてほしい。 そんな言葉が喉まで上がってくる。 でも、それを口にしたら。 真琴はまた、受け止めようとするかもしれない。 困った顔で、うん、と頷いて。 自分の痛みを後回しにして、悠斗の後悔まで抱えようとするかもしれない。 それだけは、もうしてはいけない。 悠斗は深く息を吐いた。 まず、毛布を畳んだ。 ソファの端に置く。 昨日脱いだままにしていた上着をハンガーにかける。 テーブルの上の空き缶を捨てる。 自分が使ったグラスを流しへ持っていく。 どれも小さなことだった。 けれど、今までの悠斗は、その小さなことを真琴に残してきた。 無意識に。 当たり前のように。 グラスを洗いながら、悠斗はその当たり前の重さを思った。 自分のものを自分で片づける。 そんなことを、今さら学んでいる。 情けなかった。 でも、その情けなさを真琴に慰
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