All Chapters of サボテンの恋~年下のきれいな男の子に毎日ごはんを作ってもらうお話: Chapter 11 - Chapter 20

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第11話 家を出る――祖母と猫との生活

 第一志望の学校に合格し、波瑠は父からも母からも「おめでとう! よく頑張ったね!」と言ってもらえ、頑張ってよかったと心から思った。 小さい妹と弟がいるから外食は難しく、出前をとってお祝いしようということで、お寿司をとることになった。 みんなで食卓を囲むなんて久しぶりだと波瑠は嬉しさでいっぱいになりながら、お寿司を食べた。途中から、母は妹の真珠や弟の琥珀の相手をするために席を立ったが、それでもやはり嬉しかった。 受験勉強、頑張ってよかった! 波瑠が穴子握りに箸を伸ばしたとき、父が言った。「波瑠、中学生になったら、おばあちゃんちに行きなさい」「うん、ちゃんと挨拶に行くよ。中学生になる前に行きたいな」「そうじゃなくて。……おばあちゃんちからの方が、学校に近いだろう?」「それは、そうだけど……」「それに、うちには小さい子もいるから、お前の勉強の邪魔になると思うんだよ。それに、おばあちゃんも一人暮らしでさみしいだろうから、波瑠が一緒に住んでくれると嬉しいと思う」「……それは、お父さんの考え?」「お父さんとお母さんで話し合って決めたことだ」 そうか、もう決まっていることなんだ、と波瑠は思った。 波瑠は、真珠と琥珀の相手をしている母を見た。 私はあの中に入れない、ということを改めて実感した。 波瑠は父親に視線を戻すと「うん、分かった。学校、おばあちゃんちからの方が近いもんね。私のためを思ってくれたんだよね。……ありがとう」と言った。 涙が出そうだったけれど、何とか堪えた。 その後食べたお寿司は何の味もしなかった。いや、砂の味がした。 黒い砂漠で食べるような、黒い砂の味。咀嚼して飲み込むだけ。 マグロもサーモンも甘エビも、そうして波瑠の闇の中に飲み込まれて行った。 山茶花の生け垣の祖母の家に行く。 その日も一人だった。 大きな荷物は後から届けられるの
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第12話 渇きの始まり

 高校生になったとき、祖母に病が見つかった。 それはすぐにどうかなるものではなかったが、ゆっくりと着実に祖母の身体を蝕むものであった。 祖母は体力が落ちて行った。そして、出来なくなることが増えて行った。 そこで波瑠は、まず自分のお弁当は自分で作ることにした。祖母の分のお弁当も作って、食べてもらうようにした。「ごめんね、波瑠」「謝らないで、おばあちゃん。それより、元気になってね」 波瑠は、掃除をし洗濯もした。 祖母は、朝ごはんと晩ごはんはかろうじて作ってくれていたが、それもつらそうだった。「ねえ、おばあちゃん。私がごはんも作るよ」「おばあちゃんねえ、出来る限り、波瑠においしいものを食べさせてあげたいんだよ。これは私の我が儘なんだよ」 祖母は笑う。「でも」「あのね、波瑠。おばあちゃん、波瑠が来てくれて、ほんとうに嬉しいんだよ。波瑠が、私が作ったごはんをおいしそうに食べてくれると、私も幸せな気持ちになる。ここに来たばかりのころ、波瑠は元気がなくて――でも、おばあちゃんのごはんを食べているうちに、なんだか元気になっただろう?」「うん」「そんな波瑠を見ていると、おばあちゃんも元気になるんだよ。だからね、波瑠。身体が動くうちは波瑠にごはんを作らせておくれ。それで、波瑠においしいものを食べさせてあげたいんだ」「おばあちゃん……」「波瑠がいてくれるから、おばあちゃんはとても幸せだよ。波瑠がごはんを食べてくれることが、幸せなんだ」「おばあちゃんのごはん、好き」「ありがとう、波瑠。――ねえ、波瑠、覚えておいて。これから先、波瑠にはつらいことがあるかもしれない。心が疲れたときこそ、おいしいものを食べなさい。簡単なものでいいから、自分で作って。……作ってもらうのもいいわね。それからね、ぐっすり眠るの。おいしいものを食べて、ぐっすり眠っていれば、たいていのことは大丈夫になるから」「うん、おばあちゃん。覚えておく」「忘れないで。食べることは生きることなんだよ」
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第13話 炊き込みごはんとおばあちゃんのレシピノート

「波瑠さん、ごはん出来ましたよ」 週末の休日、部屋でうたた寝をしていると、襖越しに千颯の声がした。 波瑠は襖を開けて言った。「千颯くん、ありがとう。土曜日のお昼なのに、いいの?」「今日はバイトもないし……昨日、波瑠さん、なんか元気なかったから」「昨日……ああ」 昨日は波瑠の祖母の話になり、波瑠は色々なことを思い出したのだった。「波瑠さんのおばあさんのこと、訊いてごめんなさい」「いいのよ。隠しているわけじゃないから」「……ねえ、波瑠さん。僕、波瑠さんのおばあさんのレシピノート見つけたんです」「え? レシピノート? そんなの、あったんだ」「はい。引き出しの奥に」 波瑠の前で、祖母がレシピノートを見ていたことはなかった。 だから、そんなものがあるだなんて、波瑠は考えたことがなかったのだ。「――見つかりにくいところにあったから、もしかして隠していたのかもしれません」「隠して? どうして?」「……今日のお昼ごはんは炊き込みごはんです。そのレシピノートを見て作りました。『波瑠が、元気がないときに作る』って書いてあるんです」「……きのこがいっぱい入っているやつ?」「そうです」「もち米で作るやつ?」「そうです」「お肉は鶏肉で?」「そうです。こんにゃくと人参も入っています」「……出汁に昆布を入れるのよね?」「そうですよ。……たぶん、おいしく出来たから、一緒に食べましょう。お味噌汁も作りました。油揚げの入ったやつです」 おばあちゃん……!「にゃー」とキャンディがやってきて、早く台所に行こうと誘った。――ミケみたいに。……お前はミケの生まれ変わりなの? 台
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第14話 つないだその手の、あたたかさ

 波瑠が千颯を拾ったのが、十一月初旬。  季節は巡って、もうクリスマスシーズンになっていた。  千颯との生活も一ヶ月を過ぎ、二か月目に入っている。 波瑠は毎日が快適だった。 「波瑠さん、ごはんですよ」と起こされ、帰宅すれば「おかえりなさい。ごはん、出来ていますよ」と迎えられる。 天国!  まさに天国だわ!「何が天国なの?」  瑛万が言う。 「あ、ごめん、何でもないの、瑛万」  うっかり心の声が漏れちゃったんだわ。気をつけないと。  波瑠はパソコンの画面に集中しようとした。  しかし。  今日の晩ごはんは何かなあ、そう言えば、今日はお弁当もあったんだった、などと考えると、知れず顔が緩むのだった。「もう、幸せそうな顔しちゃって。そんなにいいの? 大学生の彼」 「彼氏じゃないもん。置いてあげてるだけだもん」 「嘘だー。今までの波瑠のことを考えると、それ、全く信じられないんだけど」 「う……それはそうだけど。でも、ほんとうに置いてあげているだけなんだよ。ごはんを作ってもらう代わりに」 「……それさ、波瑠にだけ利点があり過ぎない?」 「それは私もそう思うのだけど」  何度か聞いたけれど、千颯は料理をお金に換えることを拒むのだった。大したものは作っていないからと。置いてもらえるだけで、有り難いからと。「まあ、しばらくはその生活を楽しんだら? いいわよねえ。ごはんが用意されている生活……!」 「ほんと、そうなのよ」 「――あ、黒岩課長だ」 「ほんとだ」 「……こっち見て睨んでる。おしゃべり止めよう」 「うん」 「……ねえ、波瑠。黒岩課長とはちゃんと別れたのよね?」 「うん、はっきり本人に言ったよ」 「そう……でも、何となく納得していない気がする。だから気をつけて」 「えー。黒岩課長、奥さんもいるし、子どもも三人目だし、それに不倫相手にも困っていなさそうじゃない? 何で?」 「うーん、諦めてなさそうなんだよねえ
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第15話 どうして分かるの?

「ごはん、おいしそう!」 「よかったです。おいしそうって言ってもらえて」   千颯は食卓の準備をしながら言う。 今日は八宝菜だ。豚肉と白菜と人参、もやしやきのこなどの野菜がたっぷり入った、波瑠の大好きな一品。八宝菜に卵スープ、今日は中華だ。  見ていると、白菜のしゃきしゃきとした触感が波瑠の中に蘇ってきた。くたっとした白菜よりも、少し噛み応えのある方が波瑠は好きだった。とろみのついた餡がからまって、白菜の味と一緒に口の中に広がるのを想像したら、急速にお腹が空いてきた。「さあ、食べましょう」 「うん、いただきます!」  波瑠はまず、八宝菜から食べた。豚肉と野菜を一緒に口に入れる。 「おいしい! オイスターソース、入ってる?」 「入っていますよ」 「野菜たっぷりで嬉しい。……あ! うずら卵も入っている!」 「波瑠さん、好きでしょう? うずら卵」 「好き! ……ねえ、さっきは嫌な思いをさせてごめんね」  すると、千颯は波瑠の顔を正面からじっと見て、言った。 「嫌な思いをしたのは波瑠さんです。傷ついたのも、波瑠さんです」 「まあ、そうなんだけど。……手、つないでくれてありがとう。すごく、安心した」 「あ……ああ。……すみません、勝手に」  千颯は顔を赤くしてそう言った。「ううん、嬉しかったんだよ。――あのね、間違っていたら、ごめんね。……千颯くん、もしかして、誰かに触ったり触られたりするの、苦手でしょう?」 「……波瑠さん、どうして……?」 「なんとなく? ……だからね、よけいに嬉しかったの。手をつないでくれたことも、さっきちょっと背中を押してくれたことも。――ありがとう」 「……ありがとう、なんて僕の台詞です。波瑠さん、ほんとうは料理出来るでしょう? なのに、僕をここに置いてくれた」 「ふふ。あのね、作ってもらうことが大事なの」 「――たぶん、僕よりもずっと料理が上手なはずです。……さっきの男は知らなかったみたいだけど」 「うん、めんどくさいから『料理出来ない女』っていう設定でいた
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第16話 炊飯器事件について語る

「波瑠―、ごはんは?」「ちょっと待っててね、琉生。もうすぐ出来るから」 波瑠は唐揚げをお皿に盛り付け、残りの唐揚げは大皿に乗せ、食卓の中央に置いた。ごはんをよそい、お味噌汁をつける。サラダはベビーリーフなど、色々な種類の葉のサラダだ。それから、ナスの漬物。「琉生、ごはん出来たよ」「おう」 琉生は「いただきます」も言わずに食べ始めた。波瑠はその行動があまり好きではなかった。でも以前に「いただきますって言おうよ」と言ったら嫌な顔をされたので、もう言うのはやめていた。 琉生はスマホを見ながら食事をする。 それも波瑠には嫌なことだった。「食事中はスマホを見るのはやめようよ」と言ったら、「だって、ここの部屋テレビないじゃん?」と返された。「テレビ見れないと暇じゃん?」と。 めんどくさいので議論するのはやめた。  琉生は「唐揚げ、うまいじゃん!」と唐揚げだけたくさん食べ、サラダもお味噌汁も残した。そして食べたお皿を下げることなく、居間に行きテレビをつけ、動画を見始めた。琉生の笑い声と動画特有の音声が響き渡る。 波瑠は自分の分の食事を食べ、それから琉生が残したものを捨て――心に何か暗いものが忍び寄ってくるのを感じていた。ふと見ると、お茶碗にはごはん粒がいくつも残っていた。波瑠は黙ってごはん粒がいくつもついた琉生のお茶碗を流しにもって行き、水につけた。 最初の彼氏である朝陽と別れ、その後幾人かとつき合った後で出逢ったのが琉生だった。 最初は頼もしく思えた。 就職活動を始めた波瑠に、社会人らしくあれこれアドバイスをくれた。どこかに出かけるときも、あらかじめ下調べをしてくれて波瑠を楽しませてくれた。 だけど、と波瑠は思う。 お茶碗に残ったごはん粒のように、波瑠の心には、不透明な煤のようなものがこびりつき始めていた。それは水に浸して取れるごはん粒とは違い、落ちることはなく次々に波瑠の明るい部分を煤の暗さで覆い尽くしていった。 琉生はたびたび波瑠の家に泊まった。 最初は嬉しかったそのことが、次第に嬉しくなくなっていった。 だから週末に
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第17話 ちらし寿司とクリスマスケーキ

 その日、波瑠は高速で仕事をした。「波瑠。今日はいつもよりいっそう仕事頑張ってるのね。どうしたの? クリスマスデート?」 瑛万が言う。「ううん、違うよ。今は彼氏いないもん」「じゃあ、クリスマスに何でそんな急いでいるの?」「えへへ。千颯くんがね、何かおいしいもの作って待っていてくれるんだよ」「……それ、毎日じゃない」「そう! いいでしょう? でね、今日は何か特別なことがあるみたいなの」「……のろけ?」「違うわよ。だってつきあっているわけじゃないもの」「はいはい」と瑛万は言う。 波瑠はともかく急いで仕事をし、家に帰った。「ただいま!」「おかえりさない、波瑠さん。ごはん出来ていますよ」「わーい! 着替えてくるねっ」 波瑠が台所に行くと、食卓の上にちらし寿司が用意されていた。「ちらし寿司!」「レシピノートに、『晴れの日のメニュー』って書いてあったんです」「うんうん、そうなの! 嬉しいなあ」 かんぴょうと焼き穴子が混ぜられたすし飯の上に、透明な美しい酢れんこんと甘いにおいの漂うしいたけのうま煮が乗っている。さらにその上に、黄色の錦糸卵と紅しょうがの千切りが乗っており、そして緑色の絹さやが添えられていた。 お祝い事のときに作ってくれた祖母のちらし寿司そのままだった。「きれいだねえ。……いただきます!」「……どうですか? ちらし寿司なんて初めて作ったので」「おいしいわよ! おばあちゃんのと同じ味」「よかったです」「大変だったでしょう?」「少し――でも、波瑠さんの喜ぶ顔を見ると、僕も嬉しくなるんです」 ――波瑠が、私が作ったごはんをおいしそうに食べてくれると、私も嬉しくなるんだよ。 おばあちゃん……! 千颯くんといると、どうしてこんなにおばあちゃんのこと
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第18話 年末行事

「波瑠さん、年末は一緒にお節作りませんか? レシピノートにあったんです。お節メニューが」「作る!」「その前に大掃除も一緒にしましょう」「いいの?」「もちろんです」 そんなわけで、波瑠と千颯は、年末、大掃除とお節作りをすることになった。 いつもはなかなか掃除出来ないところを掃除する。窓ガラスを拭いたり、縁側の水拭きをしたり。いつもは使っていない部屋の掃除もする。ついでに波瑠は不要なものをまとめてゴミに出すことにした。「千颯くん、そう言えば、家具は要らない?」「要りませんよ」 確かに千颯の荷物は少なかった。千颯の部屋には、祖母が使っていた小さな棚と小さな机があるだけだったが、それで事足りる少なさだ。服は押し入れの中の衣装ケースに入れているらしかった。 波瑠は、捨て切れずにいた祖母の荷物をひとまとめにして、物置にしている部屋に移していた。 祖母の荷物は少ししかなかった。驚くほど。 死期を悟って、少しずつ荷物を自分で処分していったのだろうと思うと、波瑠は、一人でその準備をしていた祖母の気持ちが身に迫ってくるようだった。波瑠のことを思って、荷物を減らしたのだろう。……波瑠が、何一つ捨てられないことを分かっていたのだ。 波瑠は掃除の手を止めて、縁側から千颯の部屋を見た。物が極端に少ない、部屋。 でも。 千颯くんの荷物、少しずつ増えたらいいな。 ふと、波瑠はそう考えた。 そして、そんなふうに考えている自分に、驚いた。「波瑠さん、縁側の窓拭き終わりましたよ。波瑠さんも縁側の床拭きは終わったでしょう? 次はどこを掃除しますか?」 千颯に言われて、波瑠は我に返り「じゃあ、次は玄関の掃除をしよう」と言った。古い日本家屋なので、玄関には広い土間が広がっている。 玄関の扉を二人で水拭きし始めた。「高いところは僕がやりますね」「ありがとう。じゃあ、私は床を掃いて、上がり框を拭くね」 波瑠は土間を丁寧に掃いた。掃きながら、扉を水拭きする千颯を
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第19話 お節作り

 黒豆は時間をかけて作るんだよ。まず、重曹を加えた熱湯に一晩漬けておく。それからゆっくり煮るんだ。慌てずにね。豆がやわらかくなったら、煮汁を煮詰める。それから人肌くらいに冷ますんだ。その後で作っておいたみつに入れて、また一晩おくんだよ。 レシピノートを見ながらお節を作っていたら、祖母の言葉がリアルに波瑠の中に蘇ってきた。 時間をかけて作るからおいしく出来るのかなあ。 おいしくなって欲しいっていう気持ちがいっぱい込められるからね。「波瑠さん? 黒豆、火にかけてくれましたか?」 千颯に呼びかけられ、波瑠は想い出の中から現在に戻る。「あ、うん、火にかけたよ。三~四時間ゆっくり煮るんだよね。その間に何作る?」「昆布の準備が終わったから、昆布巻きを作りましょう」 二人で昆布に鮭を包んでかんぴょうを巻く。「昆布って、つるって滑るからうまく巻けないわよね。千颯くんはうまく出来る?」「……出来ません。僕、昆布巻き作るの、初めてで」 波瑠が見ると、千颯は昆布を巻くのに、波瑠よりも苦戦していた。波瑠は思わず笑いながら、訊いた。「お節作るのも、初めて?」「いや、母が生きていたころ、栗きんとんを一緒に作ったことがあります。さつまいもを裏ごしする部分を。昆布巻きは難しいよって言われた記憶があります」「……お母さま、いつ亡くなったの?」 千颯が自分のことを話すのは、ほとんど初めてのことだった。 ――お母さん、亡くなっているんだ。 そのことと、千颯が帰る場所がないというのと、少なからず関係があるのだろうと波瑠は考えた。 千颯は昆布を巻いている手元に視線を落としながら言った。「……もう随分前です。僕が小学六年生のときに交通事故で」「まだ小さいときね。……さみしかったでしょう?」「はい。……優しい母でした。料理が上手で。僕にも色々料理を教えてくれました」「それで今
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第20話 初日の出を見に行こう!

「ねえねえ、千颯くん。私、初日の出を見に行くの、初めてかも」 「そうなんですか?」 「うん、千颯くんは?」 「僕は、母が生きていた小学生のころ、家族で毎年見に行っていました。……波瑠さんと大掃除したりお節作ったりしていたら、そのことが懐かしく思い出されて。見に行きたくなったんです、急に」 「私は初めてだから、すごくわくわくしてる!」 「とてもきれいですよ。海の向こうの山から太陽が昇るんです。山の際から空がだんだん赤くなっていくんですよ」 波瑠と千颯は電車から降りて、大桟橋を歩きながら話をした。  真冬の夜明け前だから、寒い。寒いけれど、気持ちは晴れやかで高揚していた。波瑠も、そして千颯も。  そう言えば、一緒に暮らしているけれど、こういうお出かけは初めてだわ、ということに波瑠はふと気づいた。そして、気づいたら突然恥ずかしくなり、なんとなく下を向いた。「波瑠さん、あの辺で見ませんか?」  千颯の声で、波瑠は顔を上げた。千颯が指さしたところは、多くの人が行き交う中で、まだ人が立ち並んでいない場所だった。 「あ、うん」  欄干のすぐ際まで行き、そして千颯とはほんの数センチ離れて並んで立つ。  波瑠は、自分たちは一体どういう関係に見られているんだろう? ということが気にかかった。  吐く息が白い。  波瑠はどうしようもなく胸がどきどきして、口を手で覆った。 「……手、冷たいですか?」 「少し」 「手袋して来ればよかったですね」 「うん。でも、大丈夫だよ」  波瑠はにっこり笑って見せた。千颯に至近距離で覗き込まれて顔が赤くなっていないか不安になったので、変な顔で笑っていませんように、と願った。 夜は次第に明けて行く。  空は、海の向こうの山の際の辺りから赤く染まり始め、次第に、橙色が薄青い空に滲むように広がっていく。群青色の空は上の方に残り、白い星を残していた。  しかし、群青色の空もどんどん薄青くなり星を一つ一つ消していく。  ――空が白んでいく。「波瑠さん、後ろを見てください。富士山がきれいです」  千颯に言われて振り返ると、先ほどまで夜の藍色に沈んでいた富士山がくっきりと姿を現していた。  空は青みがかったピンク色で、富士山は頂の白い雪を見せながら、
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