白石莉央、25歳。 この春に入社したばかりで、周囲に馴染めず、慣れない仕事にひとり残っていたある日。 時計はすでに21時を回っていた。(もうこんな時間か……あともう少し) パソコンと向き合い集中していたせいか、背後からの気配に気付かなかった。「……お疲れ。これ、食べとけ」 差し出されたのは紙袋とペットボトルのお茶。 驚いて振り返るとそこにいたのは、直属の上司で入社当時から存在感を放っていた、営業部のエース・黒瀬慧だった。「あっ……すみません、私……まだ終わってなくて……」「知ってる。でも、飯も食わずにやってたら倒れるぞ」 ごく自然な仕草で莉央のパソコンを閉じてしまう。「続きは明日。ちゃんと食って、帰ること。それが社会人の基本だ」「はい……ありがとうございます」 その言葉が優しくて、でも甘えさせてくれる余地がなくて……ぐっと胸に残った。 紙袋の中には、莉央の好きそうなサンドイッチと小さなドーナツ。「……なんでこれ、私が好きなやつ……」 ぽつりと呟いた声に、慧は少しだけ口元を緩めて言った。「見てれば分かる……お前、チョコよりクリーム系、よく選んでたろ?」 そう言ってスタスタと去っていくその背中。(……ずるい。そんなの、勘違いしちゃうじゃん) 莉央はその瞬間、静かに心を持っていかれた。◆ 当時、慧にとって職場は戦場だった。 結果を出す、誰にも弱みを見せない。 余計な情なんか持ち込むな。 それが自分の信条だった……でも。 ある日、ふと見かけた新人の女の子。 書類の山に埋もれ、先輩の指示を聞きながらもメモをとって、何度も頷いていた。 だが、帰り際のエレベーター前で、その子の目が少し赤かったのを見逃さなかった。(……泣いてたか) 別に優しくする理由はなかった。 ただ、気になった。 なぜか、その頑張りすぎる不器用な姿が、妙に引っかかった。 数日後。 その子がまた、夜遅くまで残っていた。「……あの子、また残ってるのか」 そのとき、自分の足が勝手に動いた。 コンビニで、なんとなく選んだサンドイッチと甘いドーナツ。 気づいたら差し入れを持って、彼女のデスクまで行っていた。(……なんでこんなことしてんだ、俺) 後から自分で思った。 けど……。 ありがとうって笑った顔が、
Terakhir Diperbarui : 2026-06-09 Baca selengkapnya