《身代わりの私?真実を知った彼は元カノを破滅へ》全部章節:第 1 章 - 第 10 章

22 章節

第1話

18歳の時、母親の治療費のために、鹿野寧々(しかの ねね)は10歳年上の男・御堂雅臣(みどう まさおみ)に自分を売り渡した。後になって知ったことだが、雅臣はあの御堂グループの社長だった。仕事では冷酷で誰もが恐れる存在なのに、寧々にだけは、信じられないほど優しかったのだ。雅臣はどこまでも彼女を甘やかした。それは、自分は愛されているのだと寧々に錯覚させてしまうほどだった。寧々が「南区にあるスイーツが好き」と何気なく言うと、翌日にはそのお店ごと雅臣に買い取られた。そして、寧々だけのためにスイーツを作らせるようになった。寧々が夜中に熱を出した時、雅臣は大切な国際会議を抜け出し、一晩かけて飛行機で戻ってきた。そしてベッドサイドで付き添い、何度も冷たいタオルを取り替えてくれた。寧々の20歳の誕生日に、雅臣は彼女をオーロラを見るために連れて行ってくれた。美しくきらめく光景の中で、寧々の指先に口づけを落とし、「寧々、これからは毎年の誕生日を一緒に過ごそう」と微笑みかけた。寧々はその言葉を本気で信じていた。ある見知らぬ女から、呼び出されるまでは。「自己紹介をしておくわ。私は椎名汐梨(しいな しおり)、雅臣の元カノよ。7年前、彼にプロポーズされたんだけど、私は仕事を選んで海外へ行ったの。それ以来ずっと連絡は取っていなかったけれど、私が戻れば、雅臣は必ず私のところへ帰ってくることは目に見えてるわ」そう言うと、汐梨は1枚の小切手を取り出し、寧々の目の前に置いた。「私は雅臣と復縁する。でもその前に、邪魔な女はすべて片付けたいの。ここに10億円あるわ。あなたみたいな囲われた女にとっては、十分すぎる金額でしょ。これを持って、雅臣の前から姿を消して」寧々はのどが引き裂かれそうに感じた。これまで、雅臣にどんな女性がいたのか、一切聞いたことがなかったのだ。まだ若かった寧々は、これまでの短い人生の中で雅臣のことだけを一途に思ってきた。けれど、彼は別の女性を深く想っていたのか。これまで一緒に紡いできた日々にすがるように、寧々は勇気を絞って言葉を絞り出した。「ですが、もう随分と昔の話です。雅臣さんは、あなたのことなど、とうに忘れているかもしれません……」汐梨はくすっと笑い声を上げた。「そっちは知らないでしょうね。かつて雅臣が、私をどれほど熱烈に愛していたの
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第2話

お気に入りの教え子がやっとやる気になってくれたと知り、利明の声は一気に安堵で満ちた。「やっと決心がついたんだな、本当に良かった!君は成績優秀なんだし、この留学枠は全校で一つだけなんだから、他人に譲るなんて絶対に駄目だ。2週間後には出発だから、しっかり準備しておくんだぞ」寧々はこっくりと頷くと、ペンを手に取り、カレンダーの出発する日に丸をつけた。2週間後は、ちょうど雅臣の誕生日だった。寧々はクローゼットを開け、一着のスーツを取り出した。雅臣のために、この3ヶ月間寝る間も惜しんでデザインと仕立てに没頭した、心のこもった誕生日プレゼントだ。留学の機会を棒に振ったのも、ただ雅臣のそばにずっと寄り添い、共に年を重ねていきたかったからだった。だが、今の様子では、その必要もなさそうだ。そう考えると、寧々の口元には寂しげな笑みが浮かんだ。彼女は仕立て上げたばかりのスーツを、ゴミ箱へ思い切って放り投げた。それから温かいシャワーを浴び、ベッドの布団に潜り込んで眠りに落ちた。雨に濡れたせいか、熱がみるみる上がっていく。悪寒と高熱に交互に見舞われ、体からは冷や汗が流れた。意識が朦朧とし、体が鉛のように重く感じる。夢か現実か分からない意識の中でスマホの通知音が何度か聞こえたが、身体が金縛りにあったかのように動かず、目を開けることができない。夜が明ける頃、部屋に誰かが入ってきて、寧々の肩を揺さぶって起こした。「鹿野さん、起きてください。御堂社長から、あなたをある場所へ送り届けるよう指示されています」寧々は重い瞼をこじ開けた。そこには雅臣の秘書・木下圭太(きのした けいた)の姿があった。寧々は体に残る激しい怠さを押し殺し、ベッドから出て服を着替えた。圭太が運転する車で送られ、会員制サロンの入り口で降ろされると、車はそのまま走り去った。寧々はコートの襟を合わせ、記憶を頼りにVIP個室へと向かった。ドアの手前で、中から楽しそうな話し声が漏れてくるのが聞こえた。「もう1時間も経つのに、鹿野さん、遅すぎじゃない?事故で具合が悪いからって、雅臣があれだけ電話して、わざわざ人を迎えに行かせたのに。こんなにグズグズするなんて、ちょっと世間知らずが過ぎるよ」「暇つぶしに囲っている女なんだから、可愛げがある内はいいけど、調子に乗らせる
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第3話

寧々の胸にはさまざまな感情が渦巻いたが、何も言わずただ静かに座っていた。雅臣も相変わらず、寧々のことをこの上なく可愛がっていた。上着を肩にかけてやり、フルーツを口元まで運ぶ。口元についたミルクの汚れを拭ってやり、ふと瞳の奥を暗く沈ませると、愛おしそうにキスをした。寧々はそっと目を閉じたが、かつてのようなときめきは、もうこれっぽっちも感じられなかった。彼女が顔を上げると、汐梨が暗い目をしてこちらを見つめていた。それを見て、汐梨を嫉妬させるという、雅臣の目的は果たされたのだと分かった。しかし、その芝居がかった時間は唐突に終わりを迎えた。汐梨が眉間にしわを寄せ、ソファに崩れ落ちたのだ。周りの人たちが慌てて声を上げる。「汐梨ちゃん、どうしたの……」「分からない、お腹がすごく痛くて……胃の調子が悪いのかも。誰か、お薬を持ってきて……」その様子を見た雅臣は表情を一変させ、思わず勢いよく立ち上がった。汐梨のテーブルに置かれたグラスを見るなり、雅臣は目つきを鋭くした。その声には、抑えきれない心配の気持ちがにじみ出ている。「自分の胃が弱いのを知っているだろ?どうしてこんなに飲んだんだ?すぐに病院へ行くぞ!」雅臣はそう言うと、汐梨を横抱きにして、足早に立ち去ろうとした。その間、彼は一度も寧々のほうを振り返ることはなかった。寧々は目を閉じ、自分の役目はこれで終わったのだと静かに悟った。熱っぽくてだるい体にムチを打って立ち上がり、「お先に失礼します」と一言残して、その場を後にした。それから数日間、寧々は雅臣の邸宅で体を休めながら、少しずつ身の回りの荷物を整理し始めた。雅臣がプレゼントしてくれたアクセサリーやバッグ、無理やり一緒に撮ってくれた写真、雅臣の好みに合わせて買ったシャツやマグカップ……最低限必要な生活用品だけを手元に残し、思い出の品々は、すべて未練なく処分した。どんどん物がなくなっていく部屋を見つめながら、寧々はぽかんとした。そして、消え去りゆく思い出の数々が頭をよぎった。ソファで雅臣に抱きしめられながら映画を観たこと。夜更かししてレゴに熱中したこと。ベランダいっぱいに二人で花を植えたこと。こんな穏やかな毎日が、この先もずっと、永遠に続いていくのだと信じて疑わなかった。だがどうやら、いい加減夢か
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第4話

その翌日、汐梨の声は窓越しにはっきりと2階まで届いてきた。「この油絵、どうしてまだ大切に飾ってあるの?気に入ってくれたのなら、明日また新しいのを描いてあげるわ」「今日はお天気が凄くいいの。少し外へ散歩に付き合ってよ。よく歩いたほうが治りが早いってお医者さんも言っていたし」「お腹空いたなあ。雅臣、何か作ってくれない?久々に手料理が食べたい」雅臣が言葉を返すことは稀だったが、汐梨のわがままには、何から何まで優しく応じていた。リビングで黙って2時間も絵のモデルを務めた後、散歩に付き合い、さらに自ら料理を用意して、ご馳走を振る舞った。寧々はその姿を側でそっと見守りながら、雅臣の一挙一動が、楽しそうであることを見て取っていた。おそらく、こういう未来こそが、雅臣が長い間ずっと思い描いていた幸せだったのだろう。夜遅く、寧々が1階から水を持って戻ると、いつの間にか汐梨が2階の階段口に立っており、手には寧々が大切にしている父親の遺品を握っていた。その姿を見て、寧々の鼓動は急に速くなり、その腕時計を力づくで取り返そうとした。少し背の高い汐梨はすぐに腕を高く伸ばし、これ見よがしの目でこちらを挑発した。「こんなにみすぼらしい腕時計なのに、大騒ぎして。あなたにとっては宝物なのかしら?」寧々は遮るように言った。「そうです、命より大切なものなんです。お願いだから、それを今すぐ返してください!」すると、汐梨は皮肉交じりに鼻で笑った。「返してほしいなら、そこにひざまずいてみなさい。そうしたら、考えてあげなくもないから」信じられないという顔で寧々は見つめ返す。「椎名さん、私は身を引くと約束したはずです。雅臣さんはあなたが好きなんだから、何も争うつもりはありません。なのに、なぜそんな嫌がらせを?」「なぜって?単純にあなたのことが気に食わないのよ。ずっと雅臣さんを独り占めしてきたことが、どうしても許せないの。腕時計を壊したくなければ、私の望みを聞きなさい。10秒だけ待ってあげるわ」冷淡極まりない仕打ちの数々に、寧々は底知れない無力感と、耐え難いほどの悲しみにただ耐えるしかなかった。カウントダウンが終わろうとすると、汐梨は時計を階段の下へ放り投げる仕草を見せた。寧々は追い詰められ、どうしようもなく、その場に跪いた。「これでよろしいで
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第5話

寧々の言葉がかすかに聞こえ、雅臣は眉間にしわを寄せた。彼は思わず寧々の前に歩み寄り、じっと彼女を見つめた。「今、なんて言った?後悔してるって、どういう意味だ?」寧々にはもう、答える体力が残っていなかった。そのまま持ちこたえられず、目の前が真っ暗になって意識を失った。気がついた時、寧々は病院のベッドの上にいた。目を開けると、ベッドの脇に雅臣が付き添っていた。彼がそっと手を伸ばし、寧々に触れようとする。「気がついたか。気分はどうだ?」意識を失う前の出来事を思い出し、寧々は震えながら目を閉じた。そして、その差し出す手を拒むように顔を背けた。「私の腕時計はどこなの?雅臣さん、お願い、返して」雅臣は寧々の顔を心配そうに何度も確認した。彼女が本当に無事なのを確かめると、綺麗に修理された腕時計を取り出して手渡した。「これほど大切にしている腕時計だから、ちゃんと直しておいた。お前は人に手を出したから相応の罰は与えたし、これで過去のことは水に流してくれ」父の形見が無傷で手元に戻ってきたのを見て、寧々は涙があふれそうになった。しかし彼女は必死で涙をこらえ、雅臣を見つめた。「責めるつもりはないの、雅臣さん。私たちはお互いに都合がいいから一緒にいただけ。私があなたに多くを望むのが間違いだったのよ。これからは自分の立場を弁えるわ。もう二度と、勝手な真似はしないから」なぜだか、そんな寧々の態度を見た雅臣の胸には苛立ちがこみ上げ、その声は急に冷たさを帯びた。「意地を張っているのか?それとも、俺と距離を置くつもりか?」雅臣が急に冷たい態度になっても、寧々は以前のように怯えなかった。彼女の声はどこまでも穏やかだった。「意地を張っているわけではなく、事実を言っているだけ。線を引くというのは……そうかもね。だって私、もうすぐ……」寧々が言葉を口にするたびに、雅臣の表情はみるみる険しくなっていった。彼が口を開こうとしたその時、汐梨からの電話が鳴った。「雅臣、すっごく美味しいレストランを予約したの。一緒に行ってくれるよね?」次の瞬間、雅臣はすぐに自分のイライラした表情を隠した。もう寧々の話を聞く気も時間もなかった。彼はそのまま振り返ることもなく、足早に病室を出て行った。ドアが大きな音を立てて閉まり、寧々が言いかけた「完全に消
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第6話

退院の日、寧々のルームメイトたちが彼女に付き添って、クラスの親睦会へ行くことになった。会場は若者に大人気のおしゃれなレストランだった。店内に入ると、刺さるような鋭い視線がすぐに寧々へ向けられた。「あら、成績トップの有名人が、よくこんなところに来たわね。寮から何も言わず引っ越したかと思ったら。今日はいつものスポンサーを放っておいて大丈夫なのかしら?」「どうせあのスポンサーに飽きられたんでしょ。清楚なふりをして、腹の底で何を企んでいるか分からないわよ。お金のためにオジサンを選ぶような女だし」「うわ、本当あざとい。私たちにはそんな真似できないわ!」日頃から寧々を疎ましく思っている数人の女子がコソコソ悪口を言うと、ルームメイトたちはカッとなって強く言い返した。「デタラメ言わないで!寧々ちゃんは彼氏さんと暮らすために部屋を出たの!オジサンなんて勝手な言いがかりはやめて!」「ウソでしょ?夜中に高級車に乗り込むところなんて、みんな見てるよ。これが体を売ってるんじゃなくて、一体何なの?庇うより早く目を覚まさせなさいよ。本当にS大学の恥だわ!」これ以上ない侮辱的な態度に、ルームメイトたちの怒りはいよいよ引き返せないところまできてしまった。相手の女子たちをとことんやっつけてやろうとしたとき、不意に窓の外に見慣れた姿があるのを発見し、ルームメイトたちはハッと声を弾ませた。「言いたい放題言っているそこのアバズレども、しっかり目を開けて外を見なさい。あれが寧々ちゃんの彼氏さんだよ!」室内にいた全員がその大声に反応し、いっせいに窓の方へ顔を向けた。雅臣の顔を見るなり、先ほどまで言いたい放題だった女子たち全員が信じられないというふうに絶句した。「あれ、御堂社長?冗談はやめなさいよ。あの御堂社長が何で鹿野さんみたいな地味な子に興味を持つのよ!釣り合うわけないでしょ?」「そんなのあんたたちが決めることじゃない。今からちゃんと証明してやるわ!」雅臣を見かけた安心感からか、ルームメイトたちは胸を張り、嫌がる寧々の手を引いて彼のもとへ駆けていこうとした。好奇の目にさらされる中、振り返ると雅臣が助手席に回り、一人の女性が降りるのをサポートしていた。二人の距離はあまりにも近く、ただの友人ではない雰囲気を漂わせていた。そばでからかうようにな
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第7話

大学に戻ると、あの日クラスの親睦会であった出来事が掲示板に書き込まれ、S大学中で噂になっていた。【どこからあんなピエロが湧いてきたの?御堂社長の名前を出して嘘を吐くだなんて、身の程知らずもいいところ。足元にも及ばないくせに!】【御堂社長といえば東都でも名高い御曹司だぞ。椎名家のご令嬢と一途な仲だなんて有名な話じゃないか。勘違いも甚だしいな】【聞いた話だと、おっさんに取り入って関係を持ってたらしいよ。バレて苦し紛れにそんな嘘ついてるのね。強欲で恥知らず、同じ大学に通ってるだけで汚らわしい!】ネット上の無数の皮肉や悪口を見ていると、寧々の心は重い霧に包まれていくようだった。ルームメイトたちが何とか寧々をかばおうとした。けれど、彼女たちの発言も容赦ない叩きの声に一瞬でかき消され、誰も気に留めなかった。今の寧々にできることは何もなかった。ただ全てのSNSアプリを閉じ、もうすぐ全部終わると心の中で自分に言い聞かせることだけだった。それから数日が過ぎ、寧々は大学の卒業手続きを済ませた。それから病気の治った母親の元へと向かい、留学の話をした。自分のことで忙しく、雅臣とは何日も顔を合わせていなかった。久しぶりに邸宅に戻ると、彼がリビングのソファに腰掛けて待っていた。「ずっと姿を見せなかったが、ここ数日、何をしていたんだ?」「大学で用事があって」寧々は目を伏せて、適当な言い訳を口にした。「大学?もうすぐ卒業のはずだろう。何の用事があるんだ?」留学することを知られたくなくて、寧々は言葉を濁した。「卒業関連でいろいろと忙しいだけ」雅臣は眉間にしわを寄せ、直感的に何か違和感を抱いた。彼が口を開こうとした時、寧々のスマホが鳴った。彼女は着信に応答すると、そのまま背を向けて外へと出て行った。うっすらと男の声が聞こえ、雅臣の瞳がすっと暗くなった。彼はスマホの画面を消すと、静かにあとを追った。現れた男子学生は、ちょうど通り道だったため、利明から頼まれて寧々のビザといくつかの重要書類を届けにきたのだという。同級生にお礼を言って、寧々は書類を手にして振り返ると、雅臣の冷え切った視線がそこにあった。「今の男は誰だ?ここへ何をしに来た?」寧々は書類を隠すように背後に回し、ひきつった笑顔で説明した。「大学の同級生よ。卒業の関
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第8話

雅臣の誕生日当日、寧々は朝早くに目を覚ました。空気の入れ替えをしようと窓を開けると、庭で雅臣が友人たちと雑談しているのが見えた。「雅臣、今年の誕生日は汐梨ちゃんが自らプロデュースしたんだって?最近ベッタリだし、誕生日パーティーでヨリを戻したいって言われたらオッケーするのか?」「そんなのイエスに決まってんだろ?」友人たちのからかいに対しても、雅臣はいつものようにクールな表情を崩さなかった。「その時になってみないと分からないな」「お前、ずいぶん自信ありげだな。どうせ今日、汐梨ちゃんから告白されるのを知ってるんだろ?」「でもさ、汐梨ちゃんとヨリを戻したら、鹿野さんはどうすんだ?良かったら俺に譲ってよ。結構可愛いしさ、ちょっと遊んだら責任持って片付けてあげるから」「そう言うなら、俺も仲間に入れてくれよ。前から目をつけてたんだ。あの女にベッドの上で甘えられたら、それだけでたまんねぇな」下品な笑い声が聞こえ、寧々は全身に寒気を覚えた。必死で唇を噛みしめ、声が出ないようにこらえながら、思わず雅臣の表情をうかがった。雅臣の口元はかすかに緩んでいたが、目元は笑っていなかった。「お前ら、俺と知り合って何年だ?俺が手元に置いたものは、たとえいらなくなっても、他人に渡すつもりはない。寧々には秘書課に適当な席を用意してやるから、手を出そうなんて考えるなよ」彼の顔色が変わったのを察して、友人たちはぎくっとして慌ててその場を取り繕った。「冗談だって。鹿野さんはお前にベタ惚れで4年も尽くしてきたんだ。お飾りにしておくだけでも、彼女なら喜んで残るよ」「だけど、汐梨ちゃんと付き合ってさ、彼女が鹿野さんを邪魔者扱いして追い出せって言ったらどうする?何だかんだ4年も一緒にいたんだし、惜しくなったりしないか?」雅臣はコーヒーを一口すすると、声のトーンを元の冷たさに戻した。「元々は暇つぶしでそばに置いていただけだ。惜しむ理由がどこにある?」そのあまりに冷淡な言葉を聞いても、寧々の心はもう痛まなかった。彼女は身支度を終え、水を飲もうと下の階に降りたところで、正面から歩いて来る汐梨に出くわした。目が合った瞬間、汐梨の目に露骨な苛立ちが走った。「お金を受け取ったのに、いつまでここに居座るつもり?私だってそんなに気が長くないのよ!」寧々はスマ
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第9話

きらびやかな誕生日パーティーの会場は、熱気に満ちていた。誰もが雅臣のパーティーを重視し、彼に取り入ろうとする連中で溢れかえっている。あちこちで乾杯の声が響き、ゲストたちが談笑する中、主役である雅臣の表情だけは曇っていく一方だった。さらに数分が過ぎた頃、雅臣は低い声で尋ねた。「寧々はまだ来ていないのか?」「いえ、まだいらっしゃっていません」隣に控える圭太は、かしこまって答えた。雅臣のただならぬ様子を察して、内心怯えている。それが、雅臣が激怒しているサインだと分かっているからだ。「あいつは一体、何を考えているんだ?遅れるなと、あれほど言っておいたはずなのに」雅臣は眉間にしわを寄せ、あたりを見回した。ゲストはほぼ全員集まっているというのに、よりによって寧々だけが、この大事な日に遅れているのだ。「ねえ、雅臣。もう彼女のことなんて待つのはやめなよ。またワガママを言って、急に来るのをやめただけじゃないの?」汐梨が、しなやかな指先を雅臣の肩に這わせる。その赤い唇には、皮肉めいた笑みが浮かんでいた。「御堂社長、どうして彼女一人のために、全員がこんなに待たされなきゃいけないんですか?」「そうですよ、御堂社長。なんて身の程知らずな女でしょう。誕生日パーティーに遅れるなんて、待つ必要はありません。もう始めましょう!」汐梨の言葉に、周囲のゲストたちも口々に同調し始めた。みんな待ちくたびれていたが、雅臣の手前、自分から口に出す度胸がなかったのだ。彼らの言葉を聞きながら、雅臣はこめかみを指で押さえた。いつも聞き分けのいい寧々が、何の理由もなく来ないはずがない。雅臣は込み上げる怒りをこらえながら、寧々に最後の警告をするつもりでスマホを取り出した。だが、スマホの画面ロックを解除した瞬間、最も新しく届いたメッセージが目に飛び込んできた。【雅臣さん、今日の誕生日パーティーには行けなくなったわ。私の分まで楽しんでね。これまでお世話になったわ。私、留守することにしたの。もう二度とあなたとは会わないわ】パリンッ。そのメッセージを見た瞬間、雅臣がグラスを握る手に強烈な力がこもった。直後、ガラスが粉々に砕け散り、鋭い音が響き渡った。その異様な光景に、それまで騒がしかった会場が一気に静まり返った。「雅臣!手が、血まみれよ!」汐
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第10話

スポーツカーが邸宅の前に停まると、雅臣は待ちきれない様子で中へ駆け込んだ。中に入ると辺りは真っ暗で、明かりをつけても、特に変わった様子はなかった。ただ、玄関に寧々のスリッパがなく、リビングには汐梨の荷物が増えていた。寧々がここにいた痕跡が、少しずつ消えていく。胸の奥がキュッと締め付けられるのを感じながら、雅臣は奥へと進んだ。ただ寧々が眠っているだけではないかと、淡い期待を抱いて。彼は取り憑かれたように、一つ一つの部屋を必死に探した。バスルームからは、寧々の歯ブラシが消えていた。タオルフックに残されていたのは、雅臣と汐梨のものだけだった。キッチンには、寧々が愛用していたマグカップの跡だけが、薄く残っていた。寧々が存在していた痕跡のすべてが、まるで蒸発したかのように消え去っていた。諦めきれない雅臣は、寧々が使っていたゲストルームに向かい、静まり返った部屋のドアを静かに開けた。かつてこの部屋には、寧々が飾った可愛らしいぬいぐるみがあふれていた。しかし今の部屋はすっかり片付き、生活していた気配はどこにも感じられない。大きな家具だけがそのまま残され、それ以外のものはすべて消え失せていた。ドレッサーには化粧品一つなく、クローゼットもすっかり空っぽだった。それどころか、ベッドサイドテーブルに置いてあった、雅臣が寧々を抱きしめてキスをしている彼女のお気に入りの写真までなくなっていた。寧々の髪の毛一本すら残っていない。まるで最初から誰もいなかったかのようで、雅臣の中に残る寧々の記憶すら、すべてただの夢だったように思えた。「寧々!」がらんとした部屋を見て激しいショックを受け、雅臣はうめくように寧々の名を呼び、クローゼットの扉を拳で殴りつけた。その時、衣類タンスの隅に、綺麗に包装された箱があるのが目に入った。雅臣の心臓がうるさく鼓動を刻み始めた。それが、寧々から自分に宛てたメッセージのような気がしたからだ。彼は震える指先で箱を抱え上げ、丁寧に取り付けられたリボンをほどいた。ふたを開けると、中には職人の手で作られた精巧な、かなりの高級腕時計が入っていた。腕時計の隣には手紙が添えられており、中にはカードと数枚の写真があった。【雅臣さん。私の父の遺品を直してくれてありがとう。どんなプレゼントがいいか悩んだけ
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