「はぁ……」 私はため息をついた。 天井のしみを、もう何百回数えただろう。 白い天井に走る、雨漏りのあとのような薄茶色のしみ。三つ、いや四つ。数えるたびに増えていくような気さえする。かつての私なら、こんな安アパートの天井を見上げて死ぬ日が来るなんて、想像すらしなかった。 白峰結月(しらみねゆずき)。白峰ホールディングスの一人娘として生まれ、何不自由なく育った。海外の大学で経営学を修め、二十代の半ばで財閥の中核事業を任され——そして三十を過ぎた今、私は、すべてを失った。 医者は、過労と慢性的な栄養失調が重なったのだと、淡々と告げた。笑ってしまう。財閥令嬢として生まれた女が、その日の食事にも事欠くようになるなんて、いったい誰が想像しただろう。一条を——いや、一条という名の、私自身が作り上げた作品を守るために、私は自分の体のことなど、いつも後回しにし続けた。気づけば貯えは底をつき、頼れるはずの人脈もすべて、奪われてしまった。 私はこの六畳一間で、誰に知られることもなく、ただ静かに朽ちようとしている。 体が、動かない。指の一本さえ、もう自分の意思では持ち上がらない。少し前まで腕に刺さっていた点滴の管も、その冷たささえ感じなくなって久しい。感覚があるのは、ただ一点、胸の奥だけだ。燃える炭を押し当てられているように、そこだけが、ずっと熱い。——陽太(ようた)。 その名前を思い浮かべるだけで、もう涸れたはずの目の縁が、じわりと滲んだ。 一条陽太(いちじょうようた)。私の、婚約者だった男。 大学のレセプションで出会ったときの彼は、地方の中堅企業の御曹司で、野心だけは一人前の、けれどどこか危なっかしい青年だった。スーツの着こなしも、名刺の渡し方も、財界の作法も何も知らない。背伸びした言葉ばかりが先走って、足元はいつもぐらついている。私はその危うさを、どうしても放っておけなかった。 だから、私はすべてを注いだ。 父から譲り受けた、私名義の株式。母方の祖父の代から財界に張り巡らせてきた人脈。十年かけて磨いた経営の勘と、誰にも真似のできない買収のノウハウ。一条グループが業界三位まで一気に駆け上がったのは、世間では陽太の若き手腕として語られているけれど、いつもそばでアドバイスを繰り返し、彼を支えたのは私だった。 忘れもしない。一条が初めて大型の資金調達に挑んだと
Last Updated : 2026-06-15 Read more