All Chapters of 捨てられ料理人は諦めない: Chapter 81 - Chapter 82

82 Chapters

81

「プロトタイプ店舗の総料理長が借金取りに怯えていては、最高のパフォーマンスなど出せないだろう。私はシステムに不確定要素を残すのが嫌いでね」 淡々とした口調だが、その言葉には絶対の自信と権力が裏打ちされていた。「君は、料理と店の経営にだけ集中しろ。外部のノイズはすべて私が遮断する」 冷たい路地裏の空気が、彼の放つ圧倒的な熱量によって塗り替えられていくようだった。「私が君の盾になろう。全てのトラブルから、私が君を守る。だから、君の腕を私に貸してくれ」 礼司は右手を差し出した。  節立って大きな、数々の経営判断を下し続けてきた手。 春菜はその手を見つめた。 翔太には裏切られ、手酷く捨てられた。  たった1人で日銭を稼ぎ、いつ取り立てが来るか分からない恐怖に怯えながら、先の見えない日々を送っていた。 だが目の前の男は、春菜の料理と頭脳の価値を認めてくれた。  すべての障害を自分の力で排除すると言い切っている。(……この人なら、本当に全部なんとかしてしまいそう) 感情論や同情ではない。極めて合理的な損得勘定に基づいた、ビジネスとしての提案――の、はずだ。 だからこそ信頼できると、春菜は思った。  彼にとって春菜は、投資する価値のある人間なのだ。 春菜は愛し合っていたはずの翔太に捨てられた。  長年の親友だと信じていた梨沙に裏切られた。 それゆえに礼司のビジネスを強調する言葉に好感を持った。(信じてみよう。御堂社長という人そのものではなく、彼のビジネス眼を) ただ1つ気になるとすれば、彼の両目に不自然なほどの熱が灯っていること。焦がれるような、熱烈な視線。  けれどそれも、春菜は単に「仕事上の熱意」と思うことにした。(……私も覚悟を決める) 春菜はエプロンで自分の右手を軽く拭いた。いつの間にか、緊張で汗がにじんでしまっていた。 それから、礼司の差し出した手をしっかりと握り返した。「分かりました。私の料理と経営のノウ
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81:グレーな契約

 翌日の午前。春菜は都心のビジネス街にそびえ立つ、ガラス張りの高層ビルを見上げていた。 御堂ホールディングス本社ビルである。  陽光を反射する巨大な建造物は、周囲のビルと比べても強い存在感を放っていた。 春菜は手持ちの服の中で、一番見栄えのする白いブラウスと紺色のスカートを着てきた。  それでも足を踏み入れるのに勇気が要る。  自動ドアを抜けると、大理石の床が広がるエントランスホールがある。空調の効いた冷たい空気が肌を撫でた。「あの……佐伯春菜です。御堂社長に呼ばれて来ました」「佐伯様、お待ちしておりました。こちらへどうぞ」 受付で名前を告げると、すぐに専用のエレベーターへ案内された。  耳が詰まるほどの速度で上層階へ到着する。 案内されたのは、重厚感のある木製のドアの向こうにある重役用会議室だった。  壁の一面は完全にガラス張りになっており、眼下にはミニチュアのような東京の街並みが広がっている。  中央には磨き上げられた長大で立派なテーブルが鎮座していた。(場違い感がすごい。私、完全に迷い込んだ子羊状態なんだけど。子羊のローストにされて食べられちゃわないかな) 春菜が部屋の隅で縮こまっていると、別のドアが開いて御堂礼司が入ってきた。  今日は深いネイビーのスーツを着ている。彼の後ろには、揃ってダークスーツを着た3人の男女が続いていた。「よく来たな、佐伯。座ってくれ」 礼司はテーブルの中央に腰を下ろし、春菜にも席を勧めた。  春菜は革張りの椅子に浅く腰掛ける。 礼司の隣に並んだ3人は、それぞれ手帳やタブレット端末をテーブルに置いた。「彼らは我が社専属の法務チームだ。企業間の訴訟や契約トラブルの解決において、国内で右に出る者はいない」 礼司の紹介に合わせ、3人の中で一番年配の白髪交じりで眼鏡をかけた男性が頭を下げた。「御堂社長からお話は伺っております。早速ですが、お手持ちの資料を拝見してもよろしいでしょうか」 年配弁護士の落ち着いた声に促されて、春
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