「佐伯シェフ。テーブル3のポークチャップ、上がりましたか?」 補助スタッフの1人が配膳カウンターから声をかけた。「ええ、できているわ。すぐにお願い」 春菜は平皿に盛り付けたポークチャップを差し出した。 艶やかなソースが絡んだ豚肉の横には、冷水でシャキッとさせた千切りのキャベツと、彩りのパセリを添えてある。「承知しました。AIがテーブル2のバッシング完了を確認しました。次のお客様を案内します」「ありがとう。お水出しとカトラリーのセットを忘れないでね」「はい、お任せください」 補助スタッフはトレイに皿を乗せて、足早にフロアへ戻っていった。 春菜は続いて、揚げ物用のフライヤーでカニクリームコロッケを揚げる。 170度に設定した油の中に、俵型のコロッケを投入した。 パチパチと軽やかな音が鳴り、きつね色の衣が油の表面に浮き上がってくる。 網の上で油を切り、皿に盛り付ける。 自家製のタルタルソースをたっぷりと添えた。「テーブル5のオーダーも完了よ。運んでちょうだい」「了解です」 春菜は次のオーダーに取り掛かりながら、息をついた。 額に浮かんだ汗を手の甲で拭う。 手首には、フライパンを振り続けた疲労が溜まり始めていた。 フロアからは、料理を楽しむ客たちの話し声や食器の触れ合う音が聞こえてくる。「このポークチャップ、お肉がすごく柔らかい。ソースのコクも深くて、ご飯が止まらないよ」「私のカニクリームコロッケも絶品だわ。衣はサクサクなのに、中のホワイトソースがトロトロでカニの風味が口いっぱいに広がるの」「オムライスの卵の火加減も完璧だな。街の洋食屋のレベルを遥かに超えてる」 客たちの称賛の声は、春菜の耳にも届いていた。 料理のクオリティは保たれている。お客様にも喜んでもらえている。 それはとても嬉しいことだ。それが春菜の叶えたかった夢なのだから。 けれど春菜の内心には焦りがあった。
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