Todos los capítulos de 捨てられ料理人は諦めない: Capítulo 91 - Capítulo 100

168 Capítulos

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 それから数日後。 春菜はビストロ『シエル』の仕事を退職して、新しいスタートを切っていた。  真壁は別れを惜しんでくれて、感謝と激励の気持ちを伝えてくれた。『春菜さんほどの料理の腕と経営のセンスがあれば、どこへ行っても大丈夫。ましてや御堂ホールディングスという大企業がスポンサーなんだ。大成功間違いなしだよ。お店がオープンしたら、僕も食べに行かせてくれ』『ええ、もちろんです。正式にオープンしたら、ご招待しますよ』『それは嬉しいな。僕も負けていられないね。デリの販売とディナー営業、どちらも頑張るよ』 別れ際の言葉は、今でも春菜の耳と心に残っている。 シエルで彼女は、小さいお店ならではの経営と仕込みを学んだ。  客席が少ないとは言え、オーナーシェフ1人で店を回すためには効率的に動かなければならない。 限られた予算で納得できる食材を見つけ出し、妥協せずに料理の腕を振るう。  また、接客もオーナーシェフの仕事だ。  少ない客席だからこそ客との距離が近く、人間同士の付き合いができる。 真壁はただ料理を提供するシェフではなく、店主として心から客をもてなしていた。  かつて春菜が働いていたレストラン『一ノ瀬』では、行われていなかったことだ。(みやこ食堂も、赤狸も、シエルも。どれも素敵なお店だった。たくさん教えてもらったわ) これまでの経験を思い出すと、心が温かくなる。 そして今、春菜が地下鉄の駅から地上に出ると、夏の風が頬を撫でた。 駅から徒歩10分程度。  高層ビルが立ち並ぶオフィス街と、生活感のある住宅街のちょうど境界線。  アーケードが続く商店街の入り口に、春菜は立っていた。「へいらっしゃい! 今日のトマトは甘いよ!」 八百屋の店主が威勢のいい声を張り上げている。「お肉屋さんのコロッケ、2つちょうだい」「はいよ、揚げたてだから気をつけてね」 買い物袋を提げた主婦と肉屋の店主が、笑顔でやり取りをしている。  周
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「大衆的な洋食店に合うよう、外装と内装を急ピッチで手配した。中を見てくれ」 礼司が鍵を開けて中に入る。  客席は温かみのあるオレンジ色のペンダントライトが吊るされて、木目を活かしたテーブルがゆったりと配置されていた。 春菜はテーブルに手を置いてみた。  木の温もりが感じられる、質の良い木材が使われている。(私が思い描いていた通りの、誰もが気軽に入れるお店だ)「奥が厨房だ」 礼司の後に続き、ホールの奥へ進む。  スイングドアを押し開けると、そこは客席の温かな雰囲気とは打って変わり、ステンレスが銀色に光る空間が広がっていた。「すごい……」 春菜は思わず感嘆の声を漏らした。 ピカピカに磨き上げられたステンレスの調理台が鎮座している。  壁面には最新型のスチームコンベクションオーブンが2台並んで、その横には大型の真空包装機が設置されている。  食材を保管する業務用冷蔵庫には、デジタルで温度がミリ単位で表示されていた。「客席は大衆的だが、厨房の機能は一流店以上のものを揃えた。動線も君の身長と歩幅に合わせて設計し直してある」 春菜は調理台の前に立ってみた。  右手を伸ばせばコンロの火力調整ダイヤルに届き、振り返ればすぐに冷蔵庫の取っ手がある。(無駄な動きが一切必要ない。ここでなら、自分のベストのパフォーマンスが出せる) 深い満足感と興奮が、足元から湧き上がってくるのを感じた。「こっちへ来てくれ」 礼司は厨房の壁面に埋め込まれた、薄型の大型タブレット端末の前に春菜を呼んだ。「これが、我が社が開発したAI店舗管理システムだ」 画面には、カレンダー、天気予報、さらにはグラフが表示されている。「AIが過去のデータ、本日の天候、近隣のイベント情報を分析し、来店予測客数を算出する」 画面をタップすると、数字が瞬時に切り替わった。「例えば今日は晴れで、近隣の公園でフリーマーケットがある。ファミリー層の来店が増えると予
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 これまで働いてきた店では、営業後の疲れた体で冷蔵庫の在庫を数え、発注書を手書きする作業が日常だった。  計算ミスがあれば翌日の営業に支障が出る。  その重圧から解放されるのだ。 春菜は思わず微笑んだ。「これなら、私は料理の味を極限まで高めることだけに集中できます」 礼司はしばし春菜の笑顔を眺め、やがて我に返ったように目を逸らした。「その通りだ。さあ、見せてもらおうか。君の理想とする洋食を」 春菜は持参したカバンから、アイロンの掛かった真っ白なコックコートとエプロンを取り出した。  袖を通し、腰の前で紐をきつく結ぶ。「まずは、看板メニューとなるハンバーグの試作を行います」 春菜は冷蔵庫から、あらかじめ用意してもらっていた合い挽き肉のブロックを取り出した。  ボウルに肉を移し、氷水でボウルの底を冷やしながらこね始める。  肉の脂肪を溶かさないように、手早く、かつ全体が均一に粘り気を持つように指先を動かした。「玉ねぎは飴色になるまで炒めたものを、一晩寝かせてあります。それにナツメグ、黒胡椒、少量の岩塩」 春菜は説明しながら材料を混ぜた。  ハンバーグ1つ分を手に取る。  パンパンと、両手でキャッチボールをするようにして肉の空気を抜く音が厨房に響く。 フライパンをコンロに火にかけ、油を引く。  肉種を投入すると、ジューという甲高い音とともに、肉の焼ける香ばしい匂いが立ち上った。「ソースは、フレンチの技法を応用します」 春菜は隣のコンロで小鍋を温める。「牛骨や香味野菜から取ったフォン・ド・ヴォーをベースに、赤ワインを煮詰めて酸味を飛ばし、ケチャップとウスターソースを独自の配合で加えます。高級感のある奥深い味わいと、大衆的な親しみやすさを両立させるソースです」 赤ワインのアルコールが飛ぶ甘い匂いが、肉の脂の匂いと混ざり合う。 礼司は腕を組んだまま、口出しを一切せずに春菜の作業を見つめていた。  手際よく作業する彼女の動きを見逃す
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 春菜は湯気の立つ皿を、客席に座った礼司の前に置いた。「ああ、いただこう」 礼司はナイフとフォークを手に取った。 ナイフをハンバーグの中心に入れる。力を入れる必要はなかった。刃が沈み込むと同時に、透明な肉汁が堰を切ったようにあふれ出し、ソースと混ざり合う。 礼司は一切れをフォークに刺し、口に運んだ。  春菜は瞬きも忘れて彼の顔を見つめる。 礼司の顎が動き、咀嚼する。  彼の鋭い目元が、わずかに見開かれた。 口の中に広がるのは、粗挽き肉の野性味あふれる旨味。  それを包み込むのは、赤ワインの深いコクと、どこか懐かしさを感じさせるトマトの酸味だ。  複雑な工程を経て作られたソースが、大衆的なハンバーグという料理の次元を一つ上に引き上げている。 決して気取らず気さくな味。  それでいて素人はもちろん、未熟な料理人では絶対に出せない高度な味。 一見すれば矛盾する2つの要素が、高度な次元で見事に融合している。(御堂社長、何も言わない。自信作なんだけど、ダメだったのかな……) 春菜はだんだん不安になった。 礼司のフォークが再び動き、2口目、3口目と連続して口へ運ばれる。カチャ、というナイフと皿が触れる音が響く。  彼は結局、最後まで一言も発することなく、皿の上のハンバーグを完食した。 ナプキンで口元を拭い、正面から春菜を見る。 その瞳の奥には、紛れもない熱が宿っていた。  言葉には出さないが、彼の視線の変化が強く物語っている。 ――春菜の才能への深い感嘆と、彼女の作り出す料理への強い執着を。「これが胃袋を掴まれるという感覚か……」 彼は小さく呟いて、微かに苦笑した。 誰かの強い影響を受けるなど、以前の礼司であれば嫌悪したはずだ。  けれど今は不快ではない。  むしろもっと彼女を知りたい、彼女の作る様々な料理を食べてみたいという欲を抑えるのに苦労した。「何かおっしゃいましたか?」
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94:賑やかなプレオープン

 ある週末の午前11時半のこと。 春菜の新しい店――『ハルナズ・キッチン』の厨房には、真新しいステンレスの硬質な匂いと、換気扇の回る低くくぐもった音が満ちていた。 春菜は白のコックコートの袖口を整えた。 フロアと厨房の間に立つのは、2人の補助スタッフだ。  彼らは御堂ホールディングスのシステム開発部に所属する、若手エンジニアである。  本日のプレオープンにおけるAI店舗管理システムの実証実験を兼ねて、ホール業務と配膳の補助として派遣されてきていた。 彼らはレストラン業務は不慣れだが、今のメインはあくまでAIシステムの実証。  そのため派遣やアルバイトのホールスタッフではなく、御堂ホールディングスの社員の中から人材が選ばれたのだった。 慣れない黒いエプロンを身につけた補助スタッフの1人が、タブレット端末を片手に厨房の入り口から顔をのぞかせた。「佐伯シェフ。ネットワーク接続、すべて正常です。決済端末の同期も確認しました」「ありがとう。厨房側のモニターも問題なく稼働しているわ」 春菜は壁に設置された大型モニターを指先でタップした。  画面には各テーブルの状況が色分けされて表示されている。  ひと目で必要な対応が分かる仕組みだ。「さあ、そろそろプレオープンの時間よ。2人とも、配置についてください」「はい!」 午前11時45分になった。 ガラス張りのエントランスから、御堂ホールディングスの社員たちが次々と来店し始めた。  事前に約束していた、30名のモニター客だ。その第一陣が到着したのだ。「ここだな」「雰囲気いいお店じゃない」 フロアに客たちの声と靴音が賑やかに聞こえて、あっという間に客席が埋まっていく。「いらっしゃいませ。ご注文はテーブルの端末からお願いいたします」 補助スタッフの声がフロアに響く。 春菜はコンロの前に立ち、火を入れた。 自分の店の厨房で調理をするという事実が、彼女の心を高ぶらせる。
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 春菜は両手でハンバーグの肉の空気を抜き、熱したフライパンに並べた。 ジュワーッ! 激しい音を立てて肉の脂が弾ける。 表面にこんがりと焼き色をつけて、すぐさま横のスチームコンベクションオーブンにトレイごと移した。 春菜の動きに無駄はない。 調理時の動線は確認済みで、最適化されている。 彼女は何の心配もなく、料理に専念した。 ハンバーグをオーブンで焼いている間、すぐさま隣の火口でオムライスの準備に取り掛かる。 フライパンにバターを落とすと、黄金色の泡が弾けて甘い香りが立ち上った。 ケチャップライスは事前に仕込みを済ませている。あとは温めるだけだ。 卵は牛乳を加えて、ふわふわ感をアップさせる。 最後に卵液を濾して、丁寧に仕上げた。 出来上がった溶き卵を流し込み、菜箸で手早くかき混ぜる。 半熟状態の卵の真ん中にケチャップライスを乗せて、手首を返して皿の上に滑らせた。 器に盛り付け、特製のケチャップを添えれば、美しい楕円形のオムライスの完成だった。 さらにオーブンからハンバーグを取り出し、純白の丸皿に盛り付ける。 小鍋で温めておいた特製デミグラスソースをたっぷりと掛けた。 赤ワインと牛骨の出汁が煮詰まった、奥深い香りが厨房を満たした。「上がったわ。テーブル2と4へお願いします」 春菜が配膳カウンターに皿を置くと、待機していた補助スタッフがすぐさまトレイに乗せて運んでいった。 調理だけではなく皿の受け渡しまで、動線は実にスムーズだ。 無駄なく体を動かせて、春菜はひとまず満足した。 厨房の小窓からフロアの様子が見える。 忙しい中ではあるが、春菜はこっそりと客席を見た。 補助スタッフがテーブルにハンバーグを置くと、スーツ姿の社員たちが目を丸くした。「これ、本当に無料の試食会で出していいレベルか?」「すごく美味しそう。いい匂い」 男性社員の1人がナイフを入れた。 断面から透明な肉汁があふれ出し、
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「オムライスも食べてみてよ」 別のテーブルからも歓声が上がる。「卵がとろとろふわふわで、口の中で溶けるみたい。バターの香りがすごく豊かだ」「中のチキンライスも、お米の一粒一粒に旨味がコーティングされてる。ただのケチャップライスじゃないね」 社員たちの食レポのような会話が、厨房の春菜の耳にも届いてきた。 彼らの顔には満面の笑みが浮かんでいる。 提供スピードの速さも相まって、店内の熱気と顧客満足度は非常に高い状態をキープしていた。 春菜は次のフライパンを火にかけながら、確かな手応えを感じていた。 彼女の技術と想いを込めた料理が、確実に目の前の人々を喜ばせている。胸の奥がじんわりと熱くなった。(さあ、お客さんはまだまだいるわ。次の料理もしっかりと仕上げなきゃ) ◇  午後1時過ぎ、プレオープンは終盤に差し掛かった。 不意に入り口のドアが開いた。 フロアの喧騒が、潮が引くように止む。 ネイビーのスーツを着こなした御堂礼司が、ゆったりとした足取りで店内へ入ってきたからだ。 彼の冷徹な視線が店内を一周すると、社員たちは姿勢を正してスプーンを動かす手を止めた。「社長、お疲れ様です」 礼司は軽く手を上げて、彼らを制した。「ああ、構わない。そのまま食べてくれ」「はい」 社員たちは少し緊張した面持ちで、食事を再開した。「こちらへどうぞ」 礼司は補助スタッフの案内に従い、フロアの隅のテーブルに腰を下ろした。 タブレットのメニューを見て、しばらく考え込んだ。 それから手元の端末を操作し、オーダーを入力する。 厨房のモニターに新しい注文が追加された。『テーブル12、舌平目のムニエル1名様』(……よし。御堂社長のオーダーね) 春菜は息を吐き出した。 彼女は客が誰であろうと、
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 春菜は舌平目をフライパンにそっと置いた。チリチリと軽快な音が響く。 ここからがフレンチの基本であり、腕の見せ所だ。 フライパンを傾け、スプーンで熱いバターをすくい、魚の表面に何度も何度もかけ続ける。アロゼと呼ばれる技法である。 身を焦がさないよう、バターの温度を一定に保ちながら火を通していく。 魚の表面が徐々に黄金色に変わっていき、香ばしい匂いが厨房に充満した。 頃合いを見て魚を裏返すと、完璧な焼き色が付いていた。 身がふっくらと膨らんだところで、魚を取り出して皿に乗せる。 フライパンの余分なバターを捨て、新しいバターを投入した。 バターが焦げてヘーゼルナッツのような香りが立った瞬間、レモン汁を絞り入れる。 ジュワッという音とともに爽やかな酸味が立ち上った。 そこにケッパーと刻んだパセリを加え、塩で味を調える。 焦がしバターとレモンのソースの完成だ。 春菜は黄金色に焼き上がった舌平目の上に、熱々のソースを回しかけた。「お待たせ。テーブル12へお願いします」「はい!」 配膳カウンターに皿を置くと、補助スタッフが緊張した面持ちで受け取って礼司のテーブルへ向かった。 春菜は小窓から礼司の様子をうかがった。 礼司は背筋を伸ばし、目の前に置かれた舌平目のムニエルを見下ろしている。 ナイフとフォークを手に取り、魚の身に刃を入れた。 サクッという衣の軽快な音が、わずかに厨房まで届いたような気がした。 礼司は切り分けた一口分を口に運んだ。 咀嚼する彼の顎の動きを、フロアの社員たちも固唾をのんで見守っている。 香ばしいバターの風味と、ふっくらとした白身魚の淡白な旨味。 それを引き立てる、レモンの爽やかな酸味とケッパーのアクセント。 礼司の喉仏が動き、料理を飲み込んだ。 彼はフォークを置き、口元をナプキンで拭った。 その瞬間。 礼司の口角が、わずかに上に引き上げられた。 氷のように
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(あのいつも難しい顔の御堂社長を笑顔にするなんて、私の舌平目のムニエル、魔法でもかかっているのかな) 春菜はフライパンの柄を握りしめたまま、信じられないものを見る目で彼を見つめた。 礼司は再びナイフとフォークを手に取り、残りのムニエルを無言のまましっかりとしたペースで食べ進めていった。 ◇  午後3時、プレオープンの営業が終了した。 最後の社員が店を出ていくと、フロアには静寂が戻った。「お疲れ様でした、佐伯シェフ」 補助スタッフの2人が厨房に入ってきた。額には汗が光っているが、彼らの表情は明るかった。「素晴らしい料理でした。システムの方も、注文の遅延や決済エラーは一切ありませんでした。完璧な稼働です」「2人とも。ホール業務とシステム管理の兼任、大変だったでしょう。ありがとう」 春菜はタオルで手を拭きながら労いの言葉をかけた。 言いながら、今日訪れた社員たちの表情を思い出す。 誰もが満足していた。春菜はそれがとても嬉しい。「いえ、料理の力に助けられました。お客さんの笑顔を見たら、疲れも吹き飛びますよ」 補助スタッフがタブレット端末の画面を確認した途端、目を見開いた。「佐伯シェフ、これ見てください」「どうしたの?」 春菜が画面をのぞき込む。 予約管理アプリの画面だった。 ピロン、という電子音が鳴る。『新規予約が1件追加されました』 ピロン、ピロン。 立て続けに通知音が響く。「プレオープンに来た社員たちが、社内SNSや外部のアカウントで一斉に店のことを発信したみたいです。『極上の大衆洋食』って。すごい勢いで予約枠が埋まっていきます」 補助スタッフが画面をスクロールするが、カレンダーの空白は瞬く間に予約完了のマークに変わっていく。 グランドオープン初日の予約枠は、すでに満席になっていた。 翌日も、その次の日も。「本当
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99:大繁盛

『ハルナズ・キッチン』のグランドオープンから1週間が経過した。 厨房は熱を帯びた活気に満ちている。 大型の換気扇が低く唸りを上げ、コンロからはガスの青い炎が絶え間なく立ち上っている。 春菜は白いコックコートの袖口をまくり上げ、2つのフライパンを同時に操っていた。(今日もたくさんのお客様がご来店予定だわ。頑張らなくちゃ) プレオープンでの反響とSNSの拡散効果により、連日の満席状態が続いている。 AIの需要予測は常に上限値で推移して、厨房の壁に設置されたモニターには絶え間なくオーダーが並んでいた。『テーブル3、ポークチャップ2名様。テーブル5、オムライスとカニクリームコロッケ1名様ずつオーダーです』 AIの合成音声が新しい注文を告げる。 最初は無機質だと思った音声だが、聞き慣れると頼もしく感じてくるから不思議なものだ。 春菜は冷蔵庫から厚切りの豚ロース肉を取り出した。 まな板の上に置き、包丁の先で赤身と脂身の間にある筋を的確に断ち切っていく。両面に塩と黒胡椒を振り、小麦粉を薄くはたいた。 熱したフライパンにサラダ油をひき、豚肉を並べる。 ジュワッ――という激しい音とともに、肉の表面が白く色を変えていった。 トングで軽く押さえつけながら香ばしい焼き色をつけ、余分な脂をキッチンペーパーで吸い取った。 そこに、あらかじめ配合しておいた特製のソースを流し込む。 トマトケチャップにウスターソース、少量の醤油と赤ワインを煮詰めたものだ。 ソースがフライパンの縁で沸騰し、酸味と甘みの混ざった濃厚な香りが厨房の空気を満たす。 隣の火口では、オムライスの準備が進んでいる。 フライパンにひとかけらのバターを落とすと、プクプクと黄金色の泡が弾けて甘い香りが立ち上った。 ボウルで溶いておいた卵を一気に流し込み、菜箸で手早く円を描くようにかき混ぜる。 半熟状態の卵の真ん中に、鶏肉の旨味を吸わせたケチャップライスを乗せた。 手首の返しだけで卵を巻き込み、フライパンの縁を使って皿の上に滑らせる
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