礼司は窓ガラスに映る自分の顔を見つめた。「佐伯春菜。君のその頭脳と料理の腕は、こんな郊外の小さなビストロで終わるべきものではない。私の構築する巨大なシステムと掛け合わせることで、飲食業界の常識を根本から変えることができる」 礼司はデスクに戻り、内線電話のボタンを押した。 数回のコールの後、深夜にもかかわらず秘書がすぐに応答した。「社長、いかがなさいましたか」「明日の午後のスケジュールをすべてキャンセルしろ。外出する」 急な通達だったが、秘書は動じない。「承知いたしました。行き先はどちらになさいますか?」「郊外だ。車のキーを用意しておけ。運転手は不要だ、私が運転する」 礼司は電話を切り、ジャケットを手に取った。 モニターに映る『シエル』の所在地データを、自身のスマートフォンに転送する。 前回の『赤狸』ではニアミスだった。 あの時は裏口から声をかけたことで警戒された。女将にうまく居留守を使われてしまった。 その苦い経験から、礼司は同じ失敗を繰り返すつもりはなかった。 正面から客として入れば、混雑に乗じて厨房の奥へ隠れられる恐れがある。 今回は、事前にポータルサイトに登録されている『シエル』の店舗図面データを読み込んでおいた。 出入り口の位置や建物の構造を完全に把握済みだ。 逃げ道を塞いだ上で、彼女が確実に外へ出てくるタイミングを見計らって接触する。 網の終着点は、すでに定まっていた。「二度も同じ手は食わない。今度こそ、私から逃がしはしない」 明日の予定は確定した。 礼司はモニターの電源を落とし、静まり返った社長室を出た。 ◇ 翌日の午後、3時を回った頃。 初夏のはっきりとした日差しがフロントガラスに降り注ぐ中、礼司は自らハンドルを握って郊外の高速道路を走らせていた。 昨夜のうちに、シエルの営業形態と稼働状況はすべて頭に叩き込んである。
Read more