辛い記憶を消すための通電療法・MECTの処置室で、月城影(つきしろ えい)のそばには誰もいなかった。心から愛する婚約者、神崎蒼真(かんざき そうま)の姿すらない。医師によって筋弛緩薬が投与され、意識が薄れていく中、影はあの日の夕暮れをぼんやりと回想していた。三時間も並んで買ったケーキを手に、蒼真を驚かせようと帰宅した彼女が目にしたのは、彼と妹の月城結愛(つきしろ ゆあ)が唇を重ねている光景だった。二人はきつく抱き合い、互いを貪るように口づけを交わしていた。手から滑り落ちたケーキが床で無惨に潰れる。影は蒼真の頬を力任せに張り飛ばした。だがその直後、結愛の手によって階段から突き落とされた。階段を転げ落ちていく最中、影の胸の内にあったのは、どこか「やっぱり」という奇妙な納得感だった。影の周りにいる人間は皆、最終的には結愛に奪われていくのだ。結愛は情熱的でおおらかで、まるで小さな太陽のような存在だった。それに比べて、無口な影はその名の通り、存在感のない影のようだった。蒼真が結愛を見た最初の瞬間から、影には嫌な予感があった。あの頃、彼女は自分に言い聞かせていた。自分と蒼真には十年の絆があるのだから、そんなはずはない、と。しかし現実は、影を容赦なく叩き潰した。蒼真は影を病院へ運び、点滴で手が冷えないようにと看護師から湯たんぽをもらって、ベッドのそばで見守っていた。「あのキスは、ただの事故なんだ」蒼真はそう言った。「昔の君と重ねてしまっただけなんだ。若くて、明るくて活発だった頃の君とな。影、君は気が強すぎるし、どこか冷めている。俺はいつも、君に必要とされていないような気がしていた。次はもうない……それに結愛のことは、君の妹だし、まだあんなに若いんだ。大目に見てやってくれないか?」影は目を伏せ、ふっと自嘲気味に笑った。「そんなことを言うのは、私が結愛を追い出すのが怖いから?」蒼真は息を呑み、影の手を強く握った。「影、今君が怒っているのは分かっている。大丈夫だ、君の気が済むまでずっとそばにいるよ」影は手を引き抜き、寝返りを打って彼に背を向けた。背後から蒼真の溜め息が聞こえた。まるで聞き分けのない子供をあつかうような態度だった。スマートフォンの着信音が鳴り、スピーカー越しに結愛の甘ったる
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