بيت / ラノベ / サトラレメイド / Chapter 1 -الفصل 5

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1章 サトラレメイドに恋をして 1

 いくたびも、雪の深さを、尋ねけり。   正岡子規が読んだ句の通り……と言うには雪などこれっぽっちも降っていないし、にこやかな晴天が空を覆い尽くす十二月上旬の東京市。   本郷区向ヶ丘に居を構える第一高等学校の廊下で、俺は先日のテスト結果が張り出された紙を眺めながら盛大に高笑いしていた。 「はーははっははっはは!」   市川誠二の名前が七番目に記されている。つまり七位だ。試験一週間前から睡眠五時間で勉強し続けた甲斐があったと言えよう。周囲の学生たちがぎょっとした目でこちらを見るが、俺は全く気にしない。 「んー、快調快調。よっしゃ、次は五位以内を目指そう! よし、この順位を祝してちょいと腕立て伏せしてみるか。文・武・両・道! 文・武・両・道!」   廊下だというのに、ついで言うならみんなが見ているのに構わず腕立て伏せをする俺。誰かが何か言ってるが、全く気にならん。 「おお、筋肉の調子もいい。うーん今日は射撃場にでも行こうか。おお、体が鍛えられる快感が、この俺の魂を揺さぶる!」   さて、二百回ほど腕立て伏せを終えた頃にはもう学生など誰もおらず、皆呆れて帰ってしまった模様。   俺は額にたまった汗をぐいっとぬぐうと教室に戻り、帰る準備を始める。マントを羽織り、鞄を持ち、本を片手に教室を出る。ちなみに本は美容について書かれた婦人雑誌だ。 「本によると垂れ下がるあごを緊縮せしむるには……ほう、包帯で顔をぐるぐる巻きにするといいのか! 俺は身だしなみにも全力投球だからな。女物の美容雑誌もしっかり読まねば!」   大正十年。原敬が暗殺され、シベリア出兵も三年目に突入。欧州大戦後の好景気も露と消え、圧倒的な不景気が世を覆い尽くす暗い世相。   俺はそんな時代を蹴散らすかのような明るさを全身に宿しながら、ずんずんとマントを翻し、廊下を闊歩していく。勿論本を読みながら。   男が婦人雑誌なんて……と昔なら言われただろうが、最近は婦人の権利も拡充してきたし、男が婦人雑誌を読んでも許されるだろう。   それにしても俺は凄い。凄すぎる。 「ああ、頑張るって素敵だなあ。一生懸命って麗しいなあ。日増しに向上する自分のスペックがたまらない!」
last updateآخر تحديث : 2026-06-13
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1章 2

 師走特有の北風が夕方の空に吹きすさぶ。   学ランとマントをまとう俺の体に針のごとく突き刺さる圧倒的な寒さ。しかしそんなことを気にせず東京の街並みを全力で突き進んで行った。   家までは走って三十分。まさにギリギリだ。しかし諦めない。俺は人々の隙間を縫いながら疾駆する。   往来は夕飯時が迫っているということもあり、主婦や子供たちが談笑しながら買い物し、それに呼応するように様々な店の主人が大きな声を張り上げ、それが東京に活気をもたらしていた。   うん、つまり彼ら凄い邪魔なんですけどね。まあ仕方あるまい。この困難が俺をより一層燃えがらせるのだ。   と、その時。道ばたの一角で何やらトラブルが起きているのが見えた。 「む? 何事だ?」   足を止め、様子を窺うとどうやら軍人あがりと思われるくたびれた雰囲気の男二人が、矢絣模様の袴にブーツを履き、長髪を三つ編みに結った女学生風の女の子に絡んでいるようだった。 「おう姉ちゃん、今俺たちを指してバカにしやがったろ?」「女のくせに随分と生意気じゃねえか、あ?」 「何をおっしゃっているのかわかりません。その馬面とっとと回れ右してビールでも浴びていればいいんじゃないですか? あ、ビールは高くて買えませんか。失礼」 (わー! 早く謝らないと! 何言ってるの私!)   ん!? 今毒舌と謝罪を交互に言わなかったか、あの子。   軍人あがりは眉間にしわを寄せ、青筋をピクピクと浮かせながら女の子に詰め寄る。 「あああっ!? 殺すぞゴラア!」「最近フェミニズムとかいう言葉が流行ってると聞くが、てめえがそうか。おい横島、こいつやっちゃおうぜ」 「ふん、シベリアではまだ兵隊さんが戦っているというのに、随分ボケた顔をしていますね。北樺太あたりの漁港でカニでも獲ってきたらよろしいんじゃないですか?」 (キャー! どうしてこんなこと言っちゃうのよ! ああ、凄い睨まれてる。ごめんなさいごめんなさい!)   まただ。しかも後者の声は少しおかしい。前者は普通に女の子の口から発せられているのに、後者は口が動いていなかった。ちなみに体は完全に緊張で固まっているようで、
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1章 3

結果を言うなら、俺の圧勝に終わった。 「ふん、他愛もない」 「馬鹿な……」「なんだ、こいつ……」   俺はマントをばさっと翻し、駆ける。こんな雑魚どもの相手などしてられないのだ。 「さて、これはいかん。大遅刻だ。急がねば!」   とはいえこれではどう考えても間に合わない。家につくとしたら四時十五分、いや、下手したら四時半くらいになる。   ちらりと、道の端に自働電話が見えた。自働電話とは道ばたに設置されている電話のことで、お金を入れることで通話が出来るという画期的なサーヴィスである。雨宿りも出来るよう小型のボックスに包まれていて、至れり尽くせりだ。 「く……遅れるって電話しておくか! あ……だ、ダメだ!」   なんと自働電話の前には長蛇の列が出来ているではないか。うねうねと長いやつ。一体何人待っているのか数えていられない程。   まったく日本人は電話好きすぎて困る!   やむなく俺は自働電話を通り過ぎ、ひたすらに走り続けることにした。   無論、間に合うわけもなく、屋敷についた時には三十分も遅れてしまっていた。 「はぁ……はぁ……しょ……初日だというのに、俺としたことが」   俺は深呼吸をして息を整え、きちんと学ランのシワを伸ばすと応接室へと向かう。   ドアを開けながら元気よく挨拶! 「お、お待たせしました! 父に代わってご挨拶します! 当家の嫡男、市川誠二と申します! これからどうぞよろしく……」   そこにいたのは矢絣模様の袴をまとった女の子。胸元まで届く長い三つ編みが印象的な、全体的に丸顔の子。 「おねが……い……」   歳は十五前後であろうか、美人というより可愛らしいと言った方がより適切で、背丈も推定百五十前後とあまり高くない。肌は白く、雪のように綺麗だった。   そんな彼女が薄桃色の唇をすっと開き―― 「あら? 誰かと思えば人前で歯をきらめかせてたド変人じゃないですか。ここのボンボンだったんですか。どうりで世間知らずなわけですね。まったく阿呆面です」 (ば、ばかーっ! 初日に何言ってんのよ私! クビになったらどうすんのよ! あー私のばかばかばかばか! 
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1章 4

 その後、部屋や制服への着替えは後回しにし、まずは他の使用人たちに紹介をすることにした。場所は同じ応接室。使用人たちを呼び寄せる形だ。 「えー、みんな、今日から奉公して貰うことになった七岸さん。さ、ご挨拶を」 「七岸さつきです。それにしても成金趣味丸出しのクソ屋敷ですね。相当甘やかされて育ってきたのでしょう。クソですね」 (キャー! どうしてこんなこと言っちゃうのよ! 若様に失礼でしょうが! ああもうこんなこと言ったら嫌われちゃうじゃない! 大事な初日なのに!)   顔を真っ赤にさせ、両手で頬を押さえながら泣き叫ぶ七岸さん。 「「「………………………………!?」」」   うちには使用人が三人おり、一人は執事の藤高。齢六十になる老人だ。もう二人は女中の田中さんと錦原さん。どちらも他県の農家から奉公に来てくれた年頃の女の子である。   そんな三人が揃って何事かと目を見開いた。 「え、えと……」 「「どっ!」」   途端、田中さんと錦原さんが笑い飛ばした。 「面白い、面白いじゃん七岸さん!」「いいねその話し方!」 「何を言っているんですかこの豚どもは。頭オカしいんじゃないですか? 罵られて喜ぶなんて、とてつもない変態どもですね。きっと前世は馬だったのでしょう」 (だから何言ってるのよー! 私ったらもう少しまともに返答できないの!? みんな期限悪くしないかなあ……。謝らないと) 「いいよいいよー七岸さん!」「大丈夫ーっ! あはははは!」   どうやら二人は芸だと思ったようで、気分よく受け入れてくれた。取り敢えず第一関門は突破と言えよう。   それにしても、一体なんだろうかこの子は。   俺が腕を組み、首をひねっていると、藤高が俺の元まで歩み寄り、声をかけてくる。 「誠二様」 「ああ、藤高。どう思う?」   俺はソファに腰掛けながら尋ねた。   藤高は眉を潜ませながら、淡々と答える。 「少々癖の強い娘であるように思われますな。彼女の身元は調べてあります」 「ほう? どこの子だ?」 「他県でミルクホールを営んでいた家
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1章 5

 挨拶を終えた後、俺は七岸さんを地下にある使用人部屋へと案内した。   市川家には大小十五の部屋があるが、そのうち三つが地下にある。三帖一間の小さな和室で、ここを藤高以外の使用人が使っている。 「取り敢えず七岸さんはこの部屋を使ってくれ」  俺はドアを開け、七岸さんを中へと招いた。   七岸さんはトランクを置くと、驚いたようにキョロキョロと見回す。 「個室なんですね」 「ああ、うちの使用人には一応全員個室を与えている。まあ三帖しかないけど、そこは我慢して欲しい。君、学校とかは……」 「女学校は辞めました。言わなくてもわかるでしょう? それでも一高生ですか?」 (だからなんでトゲのある言い方しか出来ないのよ、私……)   そうか、そうだよな。奉公しながら学校なんて出来るわけがない。   俺はなんてデリカシーのない質問をしてしまったのか! 後で血が出るまで壁に頭突きして反省しようと誓った。   だけど今するわけにもいかないから、俺は苦笑しながら説明を再開する。 「仕事については朝五時から開始だ。掃除、ゴミ出し、それと朝食の準備。その後使用人の食事。それが終わって一息ついたら屋敷の掃除をして貰う。食事は三回ちゃんと出すから安心して欲しい」   七岸さんは胸に手を当てながらほっと息をつく。 「当たり前じゃないですか。江戸時代じゃないんだから一日二食とか奴隷ですよ奴隷」 (ご飯は食べられるのね、よかった) 世の中飯をろくに与えないクソな家があると聞くからな。当家はそんなことしない。   それにしてもこの子、心の声に準拠して行動するのか。やっぱりいい子なんだな。   俺はぽりぽりと頬を掻きながら続ける。 「食費、薪炭燈火費を削って、賃金は一日三十三銭支払います。つまり月給十円です」 「たったそれだけですか? こんなデカイ屋敷に住んでるのに」   七岸さんは露骨に不満そうな顔をした。   まあ確かに三十三銭というとビール一瓶買ってコーヒー一杯飲んたら終わりだからな。高くはない。しかも使用人というのは藪入り……つまり盆と正月以外休みがないので不満が出るのはわかる。休みのある電話交
last updateآخر تحديث : 2026-06-17
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