いくたびも、雪の深さを、尋ねけり。 正岡子規が読んだ句の通り……と言うには雪などこれっぽっちも降っていないし、にこやかな晴天が空を覆い尽くす十二月上旬の東京市。 本郷区向ヶ丘に居を構える第一高等学校の廊下で、俺は先日のテスト結果が張り出された紙を眺めながら盛大に高笑いしていた。 「はーははっははっはは!」 市川誠二の名前が七番目に記されている。つまり七位だ。試験一週間前から睡眠五時間で勉強し続けた甲斐があったと言えよう。周囲の学生たちがぎょっとした目でこちらを見るが、俺は全く気にしない。 「んー、快調快調。よっしゃ、次は五位以内を目指そう! よし、この順位を祝してちょいと腕立て伏せしてみるか。文・武・両・道! 文・武・両・道!」 廊下だというのに、ついで言うならみんなが見ているのに構わず腕立て伏せをする俺。誰かが何か言ってるが、全く気にならん。 「おお、筋肉の調子もいい。うーん今日は射撃場にでも行こうか。おお、体が鍛えられる快感が、この俺の魂を揺さぶる!」 さて、二百回ほど腕立て伏せを終えた頃にはもう学生など誰もおらず、皆呆れて帰ってしまった模様。 俺は額にたまった汗をぐいっとぬぐうと教室に戻り、帰る準備を始める。マントを羽織り、鞄を持ち、本を片手に教室を出る。ちなみに本は美容について書かれた婦人雑誌だ。 「本によると垂れ下がるあごを緊縮せしむるには……ほう、包帯で顔をぐるぐる巻きにするといいのか! 俺は身だしなみにも全力投球だからな。女物の美容雑誌もしっかり読まねば!」 大正十年。原敬が暗殺され、シベリア出兵も三年目に突入。欧州大戦後の好景気も露と消え、圧倒的な不景気が世を覆い尽くす暗い世相。 俺はそんな時代を蹴散らすかのような明るさを全身に宿しながら、ずんずんとマントを翻し、廊下を闊歩していく。勿論本を読みながら。 男が婦人雑誌なんて……と昔なら言われただろうが、最近は婦人の権利も拡充してきたし、男が婦人雑誌を読んでも許されるだろう。 それにしても俺は凄い。凄すぎる。 「ああ、頑張るって素敵だなあ。一生懸命って麗しいなあ。日増しに向上する自分のスペックがたまらない!」
آخر تحديث : 2026-06-13 اقرأ المزيد