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All Chapters of サトラレメイド: Chapter 21 - Chapter 30

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2章 6

 今日は散々だった。授業に身が入らなかった。こんなことではいけないのはわかるのだが、しかし考えることが多すぎてどうしていいかわからない。   放課後、空は曇天が世界を覆っており、肌をえぐるような冷たい北風が肌を刺す。 「さて、確か今日は聖子が修学旅行から帰ってくるんだよな」   市川家が見えたあたりでふと、そんなことを考える俺。   おみやげはなんだろう。楽しみである。 「この寒いのに修学旅行とか大変だな。伊勢神宮あたりにでも行ったんだったかな」   修学旅行って普通初夏に行く物じゃなかったろうか。そんなとりとめもないことを考えながら家の門をくぐると―― 「兄者」   そんな声と共にセーラー服姿の女の子がぱたぱたと駆け寄ってきた。   今流行の『耳隠し』と呼ばれる、ウェーブをかけて耳を隠すショートヘア。小柄な体躯でセーラー服を着ていなければ女学生というより小学生にも見える人形的なかわいさ。市川の血を受け継ぐスッと通った鼻が印象的な女の子――市川聖子が元気よく俺の胸に飛び込んできた。   ちなみに歳は十四。俺より三つ下、七岸さんより二つ下になる。   俺はそんな彼女をぎゅっと抱きしめながら、ちょっとたしなめてやる。 「おう、我が妹よ。ただいま。ところでその『兄者』はやめろといつも言ってるだろ。お兄様と呼びなさいお兄様と」 「わかったよ兄者! おかえり兄者! ああ……今日も兄者はお美しい。あたし、もう見ているだけで感動の涙を流しちゃうよ。素敵すぎるよ兄者!」   全然わかってねえ!  でもいいや、褒めてくれると悪い気はしないからな。俺は細かいことはあまり気にしない性格なのだ。 「そうかい? でしょ? だよなあ。もっと褒めて。忍者じゃねえんだからその兄者は止めて欲しいが」 「兄者は麗しいよ。本当に素敵だよ兄者。ね? うりっちもそう思うよね?」   俺から離れた聖子が足下にいるうり坊に視線を移す。 「にぃー」   うりっちは賛同するようにひょこっと前足を上げた。こいつは聖子が飼っているうり坊で、先月イノシシを売りに来た行商人からおまけで貰ったものだ。あ
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2章 7

 あの後、聖子は手にいっぱいのお土産を抱えながら使用人用の食堂兼休憩所兼詰所へと赴いた。六帖一間の洋室で、仕事がない時間帯はだいたいこことでお茶を飲みながらだべっている。この時間は夕飯の支度前ということもあり、そろそろ皆動き出す頃だった。 「はーい、みんな、お土産に伊勢うどんと伊勢たくあん買ってきたよー。みんなでご飯の時にでも食べてね!」   部屋の中に入るや否や聖子はにこやかな顔でそう言い、テーブルの上におみやげをどすんと置いた。使用人の田中さんと七岸さんが嬉しそうに声を弾ませる。 「わあ、おうどんなんて久しぶり」「ありがとうございます」   確かにうちはそばっ食いばかりなのでうどんというのは滅多に食べないからな。今現在部屋には四人の使用人がおり、藤高は黙ってこそいるがあまり嬉しそうではなかった。こいつが一番のそば好きだから仕方ない。   さらに聖子はそれとは別に『まんじゅう』と書かれた箱を一つ皆の前に突き出す。   途端、藤高の目が光る。そういやこいつまんじゅう好きだったな。酒に弱く、お銚子一本で顔が真っ赤になる男だから甘い物の方が好きなんだよな。以前東京禁酒会に入会しようとしやがったので全力で止めたのは懐かしい思い出だ。 「あと今食べるおまんじゅうも買ってきました。誰か、お茶を淹れてください」   聖子の呼びかけにすぐに立ち上がったのは田中さん。 「はい、ただいま!」 「あ、私が……」   七岸さんも立ち上がろうとするが、田中さんはぽん、と彼女の肩を叩く。 「さつきちゃんはいいから」   七岸さんは三つ編みをいじりながら寂しそうに肩を落とす。 「クソッ、人をバカにしてますね、栃木の山奥の土人風情が」 (私は信用ないんだなあ、くすん……。それに私、山田さんになんて失礼なことを……ごめんなさい! 嫌われたらどうしよう……)   毒舌と本音の波状攻撃を受け、田中さんは苦笑する。 「別に嫌わないけど、でもさつきちゃんはダメ。今度淹れ方教えるから、今日は我慢」 「ちっ」 (はい……すみません)   これはこれで楽しいんだけどね。でもこれを放置するわけにもいか
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2章 8

 その後、夕飯の支度の前に聖子は七岸さんを呼び止めた。   何か粗相をしたと思ったか、七岸さんは不安そうに身を縮め三つ編みをいじっている。   しかしそれは杞憂だよ? 横に立つ俺はぽん、と彼女の背中を叩く。 「さて、兄者から話は聞きました。サトラレ征伐、このあたしにも協力させて」 「兄者? なんですかその呼び方。脳にウジでも湧いてるんじゃないですか? 鉄格子つきの病院に行くことを具申いたします」 (お、お嬢様に対してそんな言い方ないでしょ! ああ、すみませんすみません、許してください! 私、悪気はないんです!)   ペコペコと頭を下げる七岸さん。聖子はビッと挙手しながら笑う。 「はいはい。大丈夫でーす。兄者からちゃんと聞いてるから。ちなみにあたしが兄者って呼んでるのは」   そう言えばなんでだ? 七岸さんだけでなく俺も顔を近づける。 「「呼んでるのは?」」 「なんとなく」 「「なんとなくかよ!」」   俺と七岸さんが同時に突っ込んだ。 「バカじゃないんですか?」「なんとなくならお兄様と呼べ!」   二人から寄られても聖子は動じることなく、手をメトロノームのように左右に振る。 「いやいや、強いて言うなら緊張もあるよ。兄者は賢くて、たくまくて、美しくて、清らかで、前向きで、いつもキラキラ宝石みたいに輝いているんだもん」 「は?」「ほう」 「兄者はまさに完璧。完璧の中の完璧。玉の中の玉! その圧倒的美貌を見ているだけであたし、目が潰れちゃいそうになるの! お兄様だなんて畏れ多くて」 「ごめん聖子! 俺が間違っていた!」   俺は滝のような涙を流しながら聖子を抱きしめた。だきっ! 「は!? 兄妹揃って何トチ狂ったことを……」   七岸さんが何か言おうとするが、そんな暇などない! 「兄者! 素敵すぎるよ! 歯をきらめかせて!」 「きらり」 「ウキーッ!」   聖子は体を震わせながら喜びを全身に示してくれた。   俺たち兄弟は仲が良いのだ。   しかしそんな光景を
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2章 9

 夜の仕事をひとしきり確認し、九時。使用人たちも全ての仕事を終え、就寝となった。   聖子は薄暗い廊下をてくてくと歩きながら横にいる俺に声をかけてくる。 「なるほど、兄者は流れる石のようだよね」 「だろう? でも俺関係なくね?」   しかし聖子はそんな俺の質問を無視し、違う質問をぶつけてくる。 「現状そのサトラレ征伐って何回成功したの?」 「一回。チキンライス作った時だけだ。中々タイミングがないんだよ。俺は日中は学校あるし、七岸さんは一人じゃ心の中で色々考えてサトラレが発生してしまう」 「ふんふん。なるほどね。で、しばらくの間サトラレを我慢すると霊が小さくなると」 「そうだ。しかしどうしたらいいものかね?」   聖子はかりっと爪を噛むと、思案顔で窓に映し出される月を見つめる。 「ふーん。考えてみるよ。あ、そろそろ寝る時間だ」   月の位置でわかるんかい。とはいえ聖子に出来て俺に出来ないのは何か癪だったので俺も月を見て、知ったかぶりをする。 「おお、もうこんな時間か。聖子は寝なさい。明日は……」 「お休みだよ」   修学旅行開けだからな。学校があるはずもないか。 「わかった。でも夜更かしはするなよ。使用人たちもそろそろ寝る。静かにしないとな」   彼女たちは朝早いのだ。迷惑をかけてはいかん。 「はーい。もう七岸さんだけでなく他の使用人たちのこともおもんばかるなんて……兄者は菩薩のようだよ。なんて素晴らしい方なの! 素敵すぎて目が潰れそう! キャー!」 「でしょ? もっと褒めて。この魂の中の魂! 市川誠二を!」   俺は誇らしげに腕をL字型にする。たくましい上腕二頭筋がもりっと膨らむ。 「最高だよ兄者! 無敵、無敵すぎるよ! あ、マジで眠くなってきた」 「軽いな……てかマジってお前……」 「こちとら江戸っ子でい!」 「…………」 まあ、確かに江戸っ子なんだけどさ。江戸時代までは埼玉の農民だったわけだから、江戸っ子といっても自慢できるほどのものではないけれど。 「どうでもいいけど、マジって言葉廃れ
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2章 10

 その後、自室に戻った俺はベッドの上にあぐらを?き、腕を組んで思案する。 「さて、明日は聖子が休みなのか。色々してくれるってわけだな」   一体あいつは何をするのだろうか? 明日は土曜。半ドンだ。昼からは俺も協力できそうだ。何とか七岸さんのサトラレ征伐を成功させんとな。告白するためにも!   俺はもう七岸さんじゃないとダメだ。だが問題は鈴子さんだ。というか鈴子さん、あれどうすればいいんだ。既成事実を作らされちまった。どうにかしたいが、どうにもならない。鈴子さん問題が巨峰のようにそびえ立つ。   と、壁に掛けられている時計を見ると十一時になろうとしていた。そんなに考えていたのか。いかん。もう寝よう。 「考えたってまとまるもんじゃないからな。寝よう! 俺は寝る! んがー!」 「眠れなかったよ!」   俺がまさかこんなに神経質な人間だとは思いもしなかった。 「いかん! 不眠は美容の大敵だというのに! このままでは俺の美しい顔にシミが出来てしまう!」   慌てて鏡を見ると、恐るべきことに目の下にクマが出来ているではないかっ!   俺は頭もよく運動神経も抜群でしかも美男子なのだが、それは生まれ持って得たものではない。日々のたゆまぬ鍛錬の賜物なのだ。一日たりともおろそかに出来ない。   現在時刻は五時。七時まで寝られるな。 「よし、今からちょっと寝よう。美容のために休ませて貰うよ、マイボディ!」   俺は慌ててベッドに潜り込み、死ぬ気で目を閉じる。 「ゼットゼットゼット……」 「七岸さんっ!」   聖子の怒号が、俺の部屋にまで響いてきた。 「うおっ! な、なんだなんだあ!」   大慌てで起きると部屋を飛び出し、駆ける。途中何事かと心配そうな表情を浮かべる使用人たちを見かけたが、俺は彼女たちを制し、一人聖子の部屋に入った。 「おいどうした聖子! お前が大声出すなんて珍しい……」   そこには七岸さんと聖子がいて、その足下にはコナゴナに砕けた――茶碗と思われる物体が散乱していた。   聖子は俺に気づき、極めて厳しい目つきで声を荒げる。
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2章 11

「ん? 兄者。顔赤いよ? わ、熱あるじゃん!」   聖子が俺のおでこに手を当て、びっくりしたように身を逸らした。   だが俺は構わず聖子の手を払い、凄む。 「黙れ、それは関係ない。解雇を撤回しろ。今すぐ。七岸さんに謝れ」 「兄者……いや、熱……」 「撤回しろと言ってるんだ。俺が優しく言っているうちに、早くしろ……う……」   やばい、本当に熱が出ている。どうやら昨日一晩中ベッドの上で思案していたのがまずかったらしい。今は冬だ。夜になれば気温も下がる。そんな中体を温めずに薄い寝間着でそんなことしていれば風邪も引こう。喉も痛いし、鼻水の気もある。   でも、だからと言って引くわけにはいかない。 「撤回しろ」   俺はふらつく頭を振り絞り、過去一度も聖子に向けたことのない睥睨をもって告げる。   流石の聖子も怖じ気づいたようで、一歩後ろに下がりながら、泣きそうな声を漏らす。 「あ、兄者……」   だが許さない。撤回するまで俺は聖子を睨み続ける。   そこに七岸さんが割って入り、改めて聖子に向け頭を下げる。 「誠二様、いえ、いいんです。私が、やってしまったことですから」   七岸さんが粗相をした。だから謝る。それはいい。   けれどそれと聖子の主張を認めるかどうかは別の話だ。 「撤回しろ。次は怒鳴るぞ」   これは最後通牒だ。もしこれでも聖子が撤回しなければ、容赦なく声を張り上げる。最悪手が出ることもありうる。さあ、どうでる聖子。 「じ、じゃあそうだね、七岸さんのサトラレ征伐って初日しか出来てないんだよね?」 「……あ?」   何か、おかしな方向に話が進み始めたぞ。どういうことだ?   俺が困惑し首を傾げていると、聖子はびしっと人差し指を俺につきつける。 「今、この場で、成功させてみてよ。ただし、やるのはあたし!」 「……どういうことだ?」   人に指さすのは失礼だから俺は二本指で聖子の人差し指をつまみ、ずらした。聖子は小声で「ごめんなさい」と言うと改めて七岸さんに向き直り、キッと双眼に光を宿して、 「七岸さん!
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2章 12

 その後、一旦俺は学ランに着替え、熱冷ましに根生姜を一本かじってから聖子の部屋に戻ると、着物姿になった聖子が床の上に何やら色々なゲームを並べているのが見えた。 囲碁将棋は勿論のこと、かるた、トランプ、花札、双六(紙のやつも盤のやつも)、クロック、紙相撲……本当に一杯だ。   そういえばこいつ遊び好きだったな。 「あたしゲーム好きなの。それであたしを接待してよ。戦って勝つんじゃなく、あたしを楽しませて。勿論サトラレは発生させないで」 「ゲーム……ですか」   七岸さんは三つ編みをいじりながらしげしげと床に置かれたゲーム群を見つめている。   そんな彼女に聖子は一冊の、やけに古めかしい本を差し出した。 「そう、これは明治時代の本だからかなり古いんだけど、世界遊戯法大全っていうんだ。これを参考に選んで貰って構わないよ。だいたいのゲームはあたし持ってるから」 「え、えーと……」   本を受け取るも、どうしたらいいかわからず困惑する七岸さん。   ちらりと、聖子が俺を見る。 「兄者、早くしないと七岸さん、サトラレ発症させちゃうよ?」 「あ、そうか! 七岸さん、君はどういう遊びなら出来る? 囲碁とか出来る?」   俺が慌てて彼女の傍まで寄り、質問をしてみた。   すると七岸さんは泣きそうな顔で首を横に振る。 「で、出来ません」   そうか、将棋をする女はほとんどいないが、囲碁なら意外といるのであるいはと思ったが、ダメか。ならば。 「花札やトランプは?」 「トランプなら、少しは知ってますけど……でも、と、トランプって……」   何か凄い躊躇いを感じる。少し知ってるなら別にいいじゃないか。ばば抜きでも七並べでも――と、この期に及んでようやくなんで七岸さんが酷く不安そうになっているのか理解した。 「あ、そうだ。絶対頭で考えるわ。サトラレ征伐には全く向かない。てかそれじゃほとんどの遊びできねーじゃねえか!」   遊びってのは頭を使うんですよ頭を!   ならば逆転の発想。これらの玩具を使わないというのはどうだろうか。   と、聖子はそれに気づいたか、手を伸
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2章 13

「「回り将棋?」」   七岸さんだけでなく聖子も不思議そうに反芻した。おいおい、お前も回り将棋知らねえのかよ、その本に載ってるじゃねえか。   仕方ないので二人のためにルールを教えることにした。俺は駒箱を開けると、四枚の金と一枚の歩、あと香車を取り出して盤の上に置く。 「これなら最大四人で出来る。ルールは双六みたいなもんで、まず角に歩を置く。そして四枚の金を振って表が出た数だけ駒を進ませる。そして自分の初期の位置についたら香車に昇格する。そしてまた金を振る。これを繰り返して先に王将になり、角に到着した方の勝ちだ。全然頭は使わない」 「へえ、考えたね兄者。流石一高生。あったまいいなあ。尊敬しちゃう」   俺はきらりと歯を輝かせる。決まった! 「だろう? で、表を向いたら一、裏はゼロ、横向きに立ったら五、上向きに立ったら十だ。難しいけど下向きに立ったら二十。たとえば上向きが三つあれば三十になるわけだね。そして裏が四枚揃ったらその場で昇格。歩は香車に、香車は桂馬になれる。将棋盤から金が落ちたらそれは数えない」 「それなら頭を使いませんね」   七岸さんが嬉しそうに声を弾ませた。ちらりと彼女の顔を窺うと、まるで春の陽射しのようにぽかぽかと暖かい表情を浮かべている。   俺はそんな彼女に向け、ぐっと親指を立てる。 「ああ。いけるさ。それに回り将棋は意外と時間を使わない。俺が登校する前に終わる」   ただし、と聖子が口を挟む。 「でも接待だよ。七岸さんが楽しむんじゃなくて、あたしを楽しませるんだよ?」   それを聞いて七岸さんは崩しそうになっていた体が再びカチコチにさせてしまう。   あ、やべえ。失敗した。俺は彼女の背中を優しくさすり、緊張をできる限り解く。 「七岸さん、何も考えないで。早速やろう。余計なことを考えないように」 「は、はい。では聖子様、よろしくお願いします。お相手させていただきます」   七岸さんはそう言って床に座り込み、丁寧に座礼をした。   それを受けて聖子も座り、座礼を返す。 「はい、やりましょう」   せっかくなので俺も座り、座礼をした。やはり最初は礼
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2章 14

 勝負自体は七岸さんの勝利に終わった。接待だから本来は聖子を勝たせないといけないわけだが、回り将棋は運のゲームだからどうしても狙って勝たせるのは難しい。   とはいえ、聖子自身は十分楽しめたようで、ぺたんと座り込み、壁にもたれながらふう、と息をつく。その表情はどこまでも柔らかく、嬉しそうだった。 「……うん、あたしの負けだね。おめでとう。楽しかったけど、疲れた……」 「はぁ……はぁ……せ、誠二様。サトラレの霊が、かなり小さくなりました」   そうか! あと一歩じゃないか。俺は熱をこらえながら七岸さんの手を握る。 「希望が見えてきたね! あと一息で七岸さんのサトラレは治る! いける!」 「はい!」   接待はつつがなく終わらせることが出来た。残る問題は割れた茶碗だが、これは金接ぎすればいいだろう。そうすることで七岸さんとの絆が加わりより一層深い品に……。 「さて、じゃあもういいかな」   聖子はそう言うと立ち上がり、七岸さんの傍まで歩み寄ってきた。   それを見て七岸さんも立ち上がり、体をしゃちほこばらせ、 「え? あ、聖子様。その、お茶碗割ったこと、本当に申し訳……」 「ごめんなさい!」  先に、何故か聖子が頭を下げた。 「「え?」」   俺と七岸さんが同時に素っ頓狂な声を上げた。一体どういうことだ?   すると聖子は頭を下げたまま、大声で。 「実はそのお茶碗、ただのお茶碗なんです!」   な、なにい!? ただの茶碗!? 「は? ど、どういうことですか?」   七岸さんはわけがわからないとばかりに困惑し、三つ編みをいじりだす。気持ちはわかる。俺にも三つ編みがあったら間違いなくそうしていた。   すると聖子は頭を下げ、人差し指と人差し指を重ねながらもじもじと体を揺すり出す。 「えーと、あの、旅行でさ、買って貰ったの、お人形なんだよ」 「「…………………………え?」」   またもや俺と七岸さんが同時の声を漏らしてしまった。   聖子は続ける。目を泳がせながら棚の上をそっと指さす。 「いや、えーと、その、当時小
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2章 15

聖子と七岸さんの問題も解決し、これから楽しい日々が繰り広げられることだろう。 そう思った矢先のこと。 「あ、さつきちゃん。ご実家のお父様からお電話よ」 栃木出身の山田さんがひょっこりと顔を出して、そんなことを言ってきた。 七岸さんは怪訝そうに眉をひそめる。 「え? 電話。この家電話引いてあるんですか。まったく薄汚いブルジョワジーですね。プロレタリアートを何だと思っているのでしょう」 (一体何の用だろう?) 相変わらずの態度を取りながら七岸さんは一礼して部屋を後にする。何か嫌な予感がしたので俺と聖子はこっそりと後をつけ、七岸さんの会話に耳を傾けた。 「お父さん、どうしたの? え……メドが立った? あ、お、おめでとう」 メド? それはつまり、借金返済のメドのことか? しかし聞いた話では七岸さんのお父様は北洋漁業に出稼ぎしていると聞くが……。 「え? 帰ってこい? え、でも……あ」 何やら不穏な会話。どくんどくんと心臓が怪しく高鳴った。 電話を切るのを確認した後、俺はおそるおそる七岸さんに訪ねる。 「……どうしたの、七岸さん?」 「あの、両親が、その、借金返済のメドが立ったみたいで」 「ほう! それはめでたいじゃないか! おめでとう七岸さん!」 一応一緒に喜んでは見せるが、しかしどうしてだろうか、不安がまるでガスのように不吉に俺の体にまとわりついてくる。 この感覚はなんだ?  その答えはなんと一秒後に判明した。 「でもその、帰ってこいって、一緒に暮らそうって」 「え……それって、つまり……」 七岸さんは申し訳なさそうに体をもじもじさせながら、 「はい、えと、お別れ、です」 そう言って、深々と頭を下げた。 「「な……っ!」」 「そんな……せっかく、あと一歩だったのに! えと、東京? それとも関東?」 近場なら学校が終わってから通うことが出来る。そこに一縷の望みを託したのだが、 「いえ、山口県です
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