Todos os capítulos de 捨てたはずの恋人が今さら執着してきますが、僕は自分の道を描く: Capítulo 21 - Capítulo 30

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第二十一話

日本支社への異動が正式に決まり、二人の部屋には少しずつ段ボールが増えていった。こうやって荷造りしたのも2年ぶりだ。あの頃は無我夢中でいらないものも捨て自暴自棄だったと思い出す。 「……なんだか不思議ですね」 圭は本棚から一冊のノートを取り出す。 そこには、海外へ来たばかりの頃に描いたデザイン案が残っていた。 まだ右手が思うように動かず、左手で描くことにも慣れていなかった頃。 線は今よりも不安定で、何度も書き直した跡がある。涙か汗かわからない染みもある。それを見るたび悔しかった感情を思い出す。 「これ、こっちにきて最初の頃のだろ」 「はい……」 圭は少し笑った。 「この頃は、本当に左手で描けるようになるなんて思ってなかったです」 海斗は隣からそのノートを見る。 「でも描いた」 「……」 「諦めなかった」 その言葉に圭は少し目を伏せる。 二年前。 右手を失ったような感覚になり、自分にはもう何もできないと思っていた。 宙の元を離れても、一人では何もできない。 そう思い込んでいたけれど。 「海斗さんがいたからです」 圭が言うと、海斗は少し困ったように笑う。 「俺だけじゃないよ」 「え?」 「圭自身が頑張ったんだ」 その言葉が、今でも嬉しかった。 宙はいつも言った。できない。無理だ。自分がやった方が早い。俺がいないと何もできない。 でも海斗は違った。 失敗しても、時間がかかっても、圭自身ができるようになるまで待ってくれた。 「……この部屋も片付けるんですね」 圭は周りを見渡す。初めて海外で暮らした場所。 仕事から帰ってきて、二人で食事をした。時には仕事で疲れて会話もなく眠った。 右手の治療の日、不安で眠れない夜もあった。その時海斗がそばで寄り添って寝てくれたことを思い出す。 「寂しいか?」 海斗が聞く。圭は少し考える。 「寂しいです」 正直に答えた。 「でも……」 窓の外を見る。 「帰る場所があるって思えるのも、初めてです」 海斗は静かに微笑んだ。 「……成長したな」 「子供じゃないですよ」 「知ってる」 二人で笑う。その笑い声が、部屋に響いた。 荷物をまとめ終えた夜。 簡単な夕食を取りながら、圭は
last updateÚltima atualização : 2026-08-07
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第二十二話

 スマートフォンから聞こえる珠那の声は、いつもより慎重だった。『……どこから話せばいいのかしら』「珠那さん?」『ごめんなさい。あなたたちには、もっと早く伝えるべきだったと思う』 珠那は一度、言葉を止めた。『……あの人が、関わってきたの』「……」『宙よ』 その名前を聞いた瞬間。圭の身体が小さく強張った。 右手が震える。呼吸まで浅くなる。 隣に座っていた海斗がすぐに気づき、何も言わず圭の背中をゆっくり撫でた。「……大丈夫」 海斗の声を聞き、圭は何度かゆっくり息を吐く。 名前を聞くだけで身体が先に反応してしまう。『圭くんのデザインだって、気づいたみたい』「……」『最初は私も、偶然じゃないかと思ったの。でも違った』 珠那の声が少し低くなる。『あなたが海外でデザイナーとして仕事をしていることも、作品も、評価も……あの人はかなり調べてる』 圭は俯いた。「……なんで」 思わず声が漏れる。「なんで、今さら……」『私にも分からないわ』 珠那は少し苦笑した。『でもね、圭くん。あの人……あなたがいなくなったことで諦めるどころか、逆だったみたい』「……逆?」『あなたが自分の力で仕事をして、評価されている。それを知ってから、余計に執着が強くなった』 圭は言葉を失った。 あれほど自分を否定していた。何もできない。才能なんてない。自分の言う通りにしていればいい。 そんな言葉を何度も浴びせられた。 なのに。 自分が離れた場所で、少しずつ自分の力を取り戻していくと……今度は、それを欲しがる。理解できなかった。『それで……』 珠那が言葉を選ぶ。『宙がデザイン会社を立ち上げた理由も、どうやらあなたをもう一度自分のそばに置きたいからみたいなの』「……僕を?」『ええ……日本支社に戻る話も知ってる。だから、あなたを引き抜こうとしている可能性が高いと思う』「……」 圭はしばらく黙っていた。「僕は……何があっても宙の思い通りにはなりません」 声は震えていた。それでも、以前とは違った。「今の会社で仕事をしたい。海斗と一緒に……ここまでやってきたんです」 海斗が圭を見る。『そうよね』 珠那も頷く。『でも、気をつけて。あちらはお金も人脈もある。あなたを引き抜くためなら、かなりの条件を出してくると思う』「……それでも嫌です」
last updateÚltima atualização : 2026-08-08
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第二十三話

 その頃、宙は自宅の寝室にいた。 大きな窓の向こうには、相変わらず東京の夜景が広がっている。 二年前よりもさらに高い場所へ移った部屋。 遠くまで見渡せるその景色を、以前なら圭が喜んだ。 窓辺に立って、「すごい……」 そう言いながら、子供のように目を輝かせていた。 その姿を思い出すたび、宙の胸の奥がざわつく。 部屋には酒の匂いが漂っていた。「んああああっ!!」 荒い声が響く。 しばらくして、宙はベッドの端に腰を下ろし、乱れた呼吸を整えた。「……はぁ」 額に手を当てる。満たされない。どれだけ他の人間をそばに置いても。どれだけ欲望をぶつけても何かが足りない。 最初は一時的なものだと思っていた。圭がいなくなった直後だけだ、と。 そのうち忘れる。 別の人間がいれば、そのうちどうでもよくなる。 そう思っていた。 けれど……二年経っても、何も変わらなかった。 むしろ圭のデザインを見つけてから、その感覚はますます強くなっている。 遠く離れた場所にいるはずなのに。圭が今、どんな顔で仕事をしているのか。どんな場所で暮らしているのか。誰と食事をしているのか。誰と笑っているのか。誰に褒められているのか。 考え始めると止まらない。「……圭」 名前を呟く。 その声に、そばにいた男が不安そうに宙を見る。「……宙、今日はもう……」「うるさい」 冷たい声だった。男はすぐに口を閉ざす。宙はスマートフォンを手に取った。 画面には、圭が手掛けたデザインの画像が表示されている。 何度見ても分かる。圭の線だ。 右手ではなく左手で描いているらしい。最初は信じられなかった。 けれど、昔から圭のデザインを見てきた宙には分かる。 細かな線の癖。余白の取り方。 全体を一度崩してから、最後に整える独特の構成。 圭にしか描けない。「……ちゃんと描けるようになったんだな」 小さく呟く。それは褒め言葉にも聞こえた。 けれど、その表情に喜びはなかった。「俺のところにいた時は、あんなに何もできなかったのに」 スマートフォンを握る指に力が入る。「……誰に教えてもらった?」 もちろん答えはない。宙は画面を閉じた。「まだ来てないのか」 男に尋ねる。「もうすぐ来るって……」「そうか」 短く答えたところで、寝室のドアが開いた。「来たか」 現れ
last updateÚltima atualização : 2026-08-09
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第二十四話

 圭はノートを開いた。 左手にペンを持つ。もう、その動きに迷いはなかった。 二年前なら、右手が思うように動かないことだけで何もかも諦めていたかもしれない。 けれど今は違う。 左手は、圭が思っていた以上に自由に動く。 一本の線を引き、文字を書き、そして自分の未来まで描いていく。「何を書いているの?」 隣にいた海斗が、圭の手元を覗き込んだ。「……僕の決意」「決意?」「うん。もう、揺らがないように」 圭は少しだけ笑った。「……一種の呪いかもしれないけど」 海斗は笑わなかった。ただ、静かに頷いた。「いいんじゃないか」「え?」「君の描くものは素晴らしいよ。創造性もある。左手になってから、むしろ以前より繊細になったんじゃないかと思うくらいだ」 海斗はノートに並ぶ文字を見つめる。「文字だってそうだ。圭が書いたものが、これからの圭の未来を作っていく。……日付も入れてるんだね」「うん」 圭は今日の日付を指でなぞった。「もう、宙の思い通りにはならない。どんなにネガティブなことを言われても、何かをされたとしても……このノートを見返せば大丈夫なはずだから」「はずじゃない」 海斗が即座に言った。「絶対に大丈夫だ」「……」「俺も証人になる」 その言葉に、圭の胸がじんと熱くなった。「……ありがとう」 そして、もう一度ペンを走らせる。 自分で選択できる。 自分の生きる道を、他人に簡単に塗り替えさせない。誰かの望む人間になるために生きるのではない。自分の人生の主人公は、自分。誰かの人生を生きるのではない。 誰かの人生の脇役になるのでもない。自分自身の人生を、自分の足で歩く。 圭は無我夢中で書き続けた。 何度も言葉を書き直し、ページをめくり、思いついたことをまた書き足していく。 そしてふと、手が止まった。「……でも」「うん?」「正直、珠那さんのことは……まだ信頼できない」 海斗は黙って圭を見る。「いくら仕事の取引先だとしても、宙と完全に切れているとは思えないんだ。あの土地のこともあるし……」「そうだな」「裏で宙が動かしているんじゃないかって思ってしまう」 圭はペンを置いた。「……だとしたら、珠那さんは辛い思いをしているのかもしれない」「……」「きっと、何か脅されているとか……」 そこで、圭の表情が固まった。
last updateÚltima atualização : 2026-08-10
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第二十五話

「おはよう、圭」「おはようございます……じゃなくて」 振り返る。「おはよう、海斗」「うん。それでいい」 海斗が笑う。 いつもの朝だった。 朝食を食べ、身支度を整え、二人で出社する。 そして今日は、日本支部に関することで、ある人物とのオンライン会議が予定されていた。 二人で会議室へ向かう。 画面が繋がる。「……久しぶりだな」「……斗真さん」 そこに映っていたのは、かつて宙と親しくしていた男だった。宙とは高校時代からの付き合い。 圭にとっては、決して良い思い出ばかりではない人物。 けれど……「なんだか顔色よくなったな。二年の間に何があった?」 斗真が苦笑する。「こっちは大変だったんだぞ」 その言葉に圭は少し戸惑った。そして、斗真の左手に目が止まる。「……指輪」「ああ、これか?」 斗真が左手を上げる。「結婚した」「えっ」「子供も生まれた。転職もしたし、最初は大変だったけどな。今はなんとかやってるよ」「二年で……」 圭は驚いた。 二年という時間は、自分が思っていた以上に長かったのかもしれない。 自分だけが過去に取り残されていたような気がしていた。 けれど、周囲の人間もそれぞれの人生を歩いていた。「お前がいなくなってから、宙は自暴自棄になってな」 斗真が話を続ける。「婚約破棄にもなったし、周りの人間もどんどん離れていった」「……」「俺は最後まで残ってたんだけど、ちょっと宙に余計なことを言っちまってさ。それが仕事のトラブルにまで発展して……結局、俺も転職した」「……宙が、斗真さんにそんなことを?」「まあな」 斗真は肩をすくめた。「でも結果オーライだ。転職先では今の妻にも出会えたし、年収も少し上がった。子供もできた」 そして、苦笑する。「世界って狭いよな。まさか圭くんが、俺の今の会社の海外支部にいるとは思わなかった」「……ですよね」 圭も苦笑した。けれど、ふと不安がよぎる。「……斗真さん」「ん?」「宙とは……まだ繋がってますか?」 斗真は少し驚いた顔をした。そして、すぐに首を横に振る。「おいおい。疑うなよ」「すみません……」「本当に縁は切ってる」 斗真の声が少し真剣になる。「俺には家族がいる。またあいつと揉めて、仕事や家族を巻き込むなんて絶対に御免だ。だから俺は中立だ」「…
last updateÚltima atualização : 2026-08-11
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第二十六話

 夜。 食卓にはいつものように二人分の料理が並んでいた。 けれど、圭の箸はほとんど進まない。 口に運んではいるものの、一口食べるたびに何かを考え込むように手が止まる。 海斗は何も言わず、圭の様子を見ていた。昼間、久しぶりに斗真と話した。 それだけではない。 斗真の口から出た宙の名前。 日本へ戻れば、これまで遠ざけていた過去が、また自分のすぐそばまで追いかけてくる。 そう考えてしまうのも無理はなかった。「……圭」「はい」「無理して食べなくてもいい。ただ、今出してある分だけは少し食べよう」「……はい」 圭は小さく頷き、箸を動かした。 しばらくしてから、ぽつりと呟く。「ノートに自分の信念を書いたけど……やっぱり駄目なのかな」「何が?」「宙の存在が近くなると……さっきまで大丈夫だって思ってたことまで揺らいでくる」 海斗は静かに頷いた。「宙くんがどう動いてくるのかも分からない。日本に戻れば、何が起こるかも分からない。それなら不安になるのは当然だよ」「……」「だから、ノートに書いたことが効かなくなったわけじゃない」「そうかな」「ああ。怖くなったからといって、昨日決めたことが消えるわけじゃないだろ?」 圭はしばらく海斗を見つめ、それから小さく笑った。「……そうですね」「うん。だから今日は少し食べよう」「はい」 今度は先ほどより素直に箸を動かした。 何口か食べたところで、圭がふと顔を上げる。「……そういえば」「ん?」「過去のことは、できれば思い出したくないんだけど……一つ思い出したことがある」「なんだい?」「僕、宙と旅行に行ったことがあるんです」「旅行?」「関西方面に。仕事の出張について行ったんですけど……その時、とある神社に行ったんです」 海斗は少し考える。「関西で有名なところなら……京都かな」「うん。京都」 圭は遠くを見るような目をした。 あまり外で二人きりになることはなかった。 けれど、宙の仕事の都合で地方へ行く時だけは、圭も連れて行かれることがあった。 仕事のついで。 そんな名目の小さな旅行だった。「その神社……縁結びで有名だったんですけど」「うん」「実は縁切りでも有名なところで」「なるほど」「僕は知らなかったんです。宙が教えてくれて」 圭は苦笑した。「人がいっぱいでね
last updateÚltima atualização : 2026-08-12
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第二十七話

 そしてとうとう、日本へ戻る日が来た。 帰国が決まってからの日々は、驚くほど慌ただしかった。 仕事の引き継ぎ。荷物の整理。住んでいた部屋の片付け。お世話になった人たちへの挨拶。 やることはいくらでもあった。 それでも圭は、一つずつ丁寧に終わらせていった。 海外で働くようになってから支えてくれた会社の人たち。 近所で顔を合わせるたびに声をかけてくれた人たち。 仕事で関わった得意先。 そして、右手の治療に携わってくれた医師たち。「本当に……ありがとうございました」 何度も頭を下げた。 医師には、日本へ戻ってからも治療を継続できるよう必要な処方箋を準備してもらい、現地の医師から日本の医師へ情報を引き継いでもらうことになった。「何かあったら、我慢せずにこちらへ連絡してください」 そう言ってもらえたことが、圭には心強かった。 できるだけ不安要素は減らしておきたい。 何が起こるか分からないからこそ、準備できることは全部しておきたかった。 そうして迎えた帰国の日。 飛行機に乗るまでは慌ただしかったが、機内に入ってしまえばようやく二人とも落ち着いた。 圭は眠る時間もしっかり確保できた。 以前なら、こんな長時間の移動だけでも不安で仕方なかっただろう。 けれど今回は違った。自分でも驚くほど、冷静だった。 ……ただし。「海斗さん、大丈夫?」「……大丈夫」「顔、すごく眠そうですけど」「時差がな……」 どうやら今回は、海斗のほうが時差ボケにやられているらしい。「圭は平気そうだな」「僕は飛行機の中で寝ましたから」「俺も寝たんだけどな……」 苦笑する海斗に、圭も笑った。 そして日本へ到着すると、二人は空港のラウンジで少し休憩することにした。 珠那からは、すでに何度か連絡が来ている。 けれど、海斗と話し合った結果、日本に到着したことはまだ伝えないことにした。 少しでも時間が欲しかった。自分たちのペースを守るためにも。「じゃあ、俺は少し休んでくる」「はい。無理しないでくださいね」 海斗はラウンジ内のマッサージチェアへ向かった。 圭はその近くのテーブルにパソコンを広げる。 仕事のことが気になった。ほとんどは引き継いでもらった。 それでも、自分が担当していた仕事を最後まで確認しておきたかった。 一つ。二つ。 確認を終え
last updateÚltima atualização : 2026-08-13
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第二十八話

 その頃宙は…… 自室でくつろいでいる。珍しく穏やかに。 ふと引き出しを開ける。 引き出しの中は整頓されている。 その中にお守りが入っていた。それは京都の縁結びのお守りだった。 それを手に取り眺める。「……懐かしいもの出てきたな」 一緒に圭と行ったことを思い出す。「たしか圭も同じお守り買ったなぁ……」 強く握りしめる。 神社に行き、京都の街を探索し、芸妓遊びもした。懐石料理を食べその日の夜は酒に酔わせた圭がとても色っぽく、圭から求めてきたのを思い出した。 いつもとシチュエーションが違うこともあり宙もかなり興奮して…… 気づけば宙はお守りを持った反対の手で自分の身体の熱くなったものを握っていた。 息も荒くなりその時の行為を思い出しながらあっという間に果てた。 すると左目から涙が一筋溢れる。 力は脱力しお守りを床に落とした。気持ち良いよりも何故か悲しみが強かった。「圭……圭……」 何度も名前を呼ぶ。 あの時、圭は嬉しそうな顔をしていた……珍しく声を上げても宙は圭のよくするままの姿を見て…… いつもは声を上げさせるのは宙は嫌がった。反抗しているかのようで嫌だったからだ。 圭だけにそれを強いていた。 それが反対に宙が優越感に浸れたからだ。 そして興奮した。 圭は忠実に従うから尚更エスカレートして気絶させるほど強い刺激を与えてしまうことも多かった。 汚れた手を宙は見る。こういう行為をした時の処理も圭だった。 はい、と言って抵抗せず髪の毛を鷲掴みにされながらも苦しい顔をしながら、時に宙を上目遣いしてみるその表情に宙はまた興奮を覚えた。 だからあの神社でさらに強く結ばれたい、そう願ったのだった。 自分の欲するままに、離れもせず慕ってくれる圭を失いたくなかった。 涙がまた流れる。 また失いたくない、大切な人は。 宙の頭の中には一人違う人が思い浮かんだ。 兄である。 兄も優しかった。わがままで末っ子気質の宙のことを可愛がり優しくしてくれた。 そんな兄によくついていき、つねにいっしょだった。 兄からは色々教わった。遊びも勉強も……タバコも……キス、そして……「お兄ちゃん……」 身体の快楽も……。 初めての相手が兄だった。 しかしそれが親にバレた。 二人の仲は親により引き裂かれ兄は留学先で事故で死んだ。「…
last updateÚltima atualização : 2026-08-14
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第二十九話

 京都に着く頃には、海斗の調子もすっかり良くなっていた。「もう大丈夫ですか?」「ああ。心配かけたな」「いえ……よかった」 圭はほっと胸を撫で下ろした。 二人は京都駅から移動し、予約していた旅館へ向かった。 ところが……。「……ここ?」「……ここ、だな」 旅館の前に立った二人は、思わず顔を見合わせた。 確かに予約したのは老舗旅館だった。 けれど、想像していた以上に年季の入った建物だった。 古い木造の玄関。少し色褪せた看板。趣がある、と言えば聞こえはいい。 ただ、予約サイトで見た写真とは、かなり印象が違う。「確かに老舗旅館、っていうのは分かってたけど……」「……ああ」 二人はもう一度顔を見合わせる。 繁忙期ということもあり、京都市内の旅館はほとんど予約で埋まっていた。 ようやく見つけた空室がここだった。「しょうがない」 海斗が苦笑する。「とりあえず寝るところはある。大丈夫だ」「……そうですね。ご飯も外に行けば食べられそうだし」 圭も苦笑しながら頷いた。 そして玄関へ足を踏み入れようとした、その時だった。「……」 ふと、胸の奥に嫌な感覚が走った。 もし、宙だったら。 きっと、こんな旅館を見た瞬間に不機嫌になる。『写真と全然違うじゃないか』『どういうところを予約したんだ』 旅館や予約サイトの運営に対して、ぶつぶつと文句を言う。 けれど――。 宙は外では愛想がいい。 だから、その苛立ちは結局、一番近くにいる人間へ向けられる。 圭だった。何か失敗したわけでもない。悪いことをしたわけでもない。 それでも宙の機嫌が悪くなれば、自分がその感情を受け止めなければならなかった。「……」 圭の呼吸が浅くなる。「圭?」 すぐ隣から海斗の声がした。「大丈夫か?」「……」「また……宙のことを思い出した?」 圭は答える代わりに、目を閉じた。 医師から教えてもらったことを思い出す。 過去は過去。今は違う。ここにいるのは宙ではない。 今、自分の隣にいるのは……海斗だ。 圭はゆっくり息を吸い込んだ。そして、時間をかけて吐き出す。 以前なら、過去の記憶に引きずられてしまっていた。 頭の中では分かっていても、身体が勝手に反応してしまう。 けれど、少しずつ対処できるようになってきた。 今、自分はここにいる
last updateÚltima atualização : 2026-08-15
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第三十話

 旅館の近くにある京料理の店で、二人は夕食を取ることにした。 席に着いて料理を待っている間も、話題は先ほどの旅館のことだった。「……あそこの廊下、もう少し照明を変えたら雰囲気がかなり違うと思う」「確かに。あと、使われていないスペースがあっただろう? あそこを休憩所か、小さなギャラリーにするとか」「いいですね。古い建物だからこそ、全部新しくするんじゃなくて、残すところは残したほうが――」 そこまで話して、二人は顔を見合わせた。「……仕事じゃないのに」「結局、仕事の話になってるな」「職業病ですね」「間違いない」 二人で笑った。 旅館のことを貶すのではなく、「どうすればもっと良くなるか」を自然と考えている。 そんな時間が、圭には心地よかった。 宙と一緒だった頃なら、旅館への不満を聞きながら、相手の機嫌を損ねないように黙っていたかもしれない。 けれど今は違う。 自分の意見を言って、それを隣にいる人が受け止めてくれる。 たったそれだけのことが、妙に嬉しかった。 やがて料理が運ばれてくる。 季節の食材を使った料理を一つずつ味わいながら、二人は仕事の話をしたり、これから日本で行きたい場所の話をしたりした。 食事を終える頃には、旅館に着いたときに感じていた緊張も少し薄れていた。「美味しかったですね」「ああ。たまにはこういう食事もいいな」「海外にいたときは、なかなか食べられませんでしたからね」「これからは日本なんだ。食べたいものはどんどん食べよう」「……はい」 その「これから」という言葉が、圭の胸に残った。 二人で日本に戻ってきた。 そしてこれからは、ここで新しい生活が始まる。 そう考えるだけで、不思議と胸が温かくなった。 旅館へ戻り、部屋の扉を開ける。「……やっぱり、ここはホームページと同じだな」 海斗が部屋の中央にあるベッドを見る。 大きなダブルベッド。 圭もそれを見つめた。「……そうですね」 二人の間に、ほんの少し沈黙が落ちる。「まあ、寝る場所は一つしかないけど」「……ですね」「変に意識するなよ。俺は何もしないから」「べ、別に意識なんて……」 圭の声が裏返った。海斗は思わず笑う。「その反応がもう意識してるだろ」「……もう」 圭は顔を赤くして荷物を開けた。「先にお風呂、行きましょう」「そう
last updateÚltima atualização : 2026-08-16
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