Todos os capítulos de 捨てたはずの恋人が今さら執着してきますが、僕は自分の道を描く: Capítulo 31 - Capítulo 40

54 Capítulos

第三十一話

目を覚ますと、隣には海斗が眠っていた。 昨晩の疲れがまだ残っているのか、仰向けになったまま深く眠っている。 浴衣は少しはだけていて、胸元が見えていた。「……」 圭は思わずドキッとする。 起こさないようにそっと布団を引き上げ、海斗の胸元にかけてやった。 そして自分は静かに起き上がり、身支度を始める。 昨晩は何もなかった。 それが少しだけ嬉しく、そして安心した。 海斗は、そう簡単に人の身体に触れてくるような人ではない。 二年間、一緒に暮らしてきたからこそ、それはよく分かっている。 宙のことを思い出す。 気づけば身体を求められ、拒むこともできないまま関係を持っていた。 それが当たり前なのだと思っていた時期さえあった。 けれど、海斗と過ごしてきた二年間で、少しずつ分かってきた。 あれは普通ではなかった。 相手の気持ちや意思を無視して、自分の欲望を押しつけること。 それを愛情だと思わせること。 海斗は決してそんなことをしない。 そう思うと、圭の胸にあった緊張が少しだけほどけた。「……おはよう」 背後から声がした。 振り返ると、海斗が目を覚ましている。「おはよう、海斗……まだ眠いなら、もう少し寝ててもいいよ」「いや、起きるよ」 海斗は大きく伸びをすると、まだ眠そうに目を擦った。「早く朝飯食べて、ここを出たい」「そうだね。行きたいところ、たくさんあるし」 圭はテーブルの上に置いていたガイドブックを開いた。 そこには、いくつもの付箋が貼られている。 二人で「ここに行きたい」と話しながら貼っていったものだ。「……これ、全部回れるかな」 海斗が覗き込む。「無理かもしれないですね」「じゃあ、なおさら早く出ないとな」 二人で顔を見合わせ、笑った。 そのとき、圭はまた海斗の胸元がはだけていることに気づいた。「……海斗」「ん?」「浴衣……」「ああ」 海斗は自分の胸元を見下ろす。「そういえば、布団かけてくれたんだな」「えっ……」 圭は目を丸くした。「起こさないようにしたのに……」「少し意識はあったんだよ。起きるのも悪いかなと思って、そのまま寝てた」 海斗が笑う。「嬉しかったよ。ありがとう」「い、いえ……どういたしまして」 圭の頬が熱くなる。「さて、朝飯に行こう」「うん」 二人は身支度を整え
last updateÚltima atualização : 2026-08-17
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第三十二話

境内に入ると、思っていた以上に人が多かった。 観光客だけではない。若い女性のグループ、学生らしき二人組、家族連れ、そして圭たちのようなカップル。 それぞれが何かを求めるように境内を歩いている。 縁結びに縁切り。 人は、自分の力だけではどうにもならないことを神様に託したくなるのかもしれない。 「人が多いな……」 海斗が辺りを見回す。 「お守り売り場と、お参りするところ……どっちから行く?」 「……どっちも混んでるね」 圭も見比べる。 「先にお参りしたほうがいいのかな……」 そう言いながらも、声にはどこか元気がない。 海斗はそんな圭を見た。 「……まだ気持ちが決まってない顔だな」 「え?」 「先にお守りを見に行こう。並んでいる間に、ゆっくり考えればいい」 「……うん」 二人はお守り売り場へ向かい、長い列の最後尾に並んだ。 思った以上に列は進まない。 前には若い女性の二人組。そのさらに前には家族連れ。 周囲を見渡すと、楽しそうに話している人もいれば、深刻そうな表情で黙っている人もいる。 きっと、それぞれに事情があるのだろう。 しばらくすると、後ろに並んでいた女性たちの声が聞こえてきた。 「ここの縁切りって、結構すごいらしいよ」 「そうそう。何でも見境なく切るって聞いたことある」 「えー、怖いよね」 「でも縁結びも強いらしいよ。悪い縁を切って、良い縁を結んでくれるとか」 圭は思わず耳を傾けてしまった。 「何がなんでも切って、そのあとガッチリ結ぶんだって」 「へえ……」 圭の胸がざわつく。 もし、本当にそうだったら。 宙との縁を切ってほしい。 でも……。 そのあと、海斗との縁まで切れてしまったら? 「あとさ」 女性の一人が声を潜めた。 「一緒にお参りした人とも縁が切れるって話、聞いたことない?」 「えっ?」 圭の口から思わず声が漏れた。二人の女性が振り返る。 「……あ、ごめんなさい」 「いえいえ」 女性たちは顔を見合わせる。 「まあ、あくまで噂だから」 「そうそう。そんなこと言ったら、一緒に来たカップルみんな別れちゃうじゃん」 「それもそうね。あはは」 二人は笑いながら、また前を向いた。
last updateÚltima atualização : 2026-08-18
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第三十三話

その時、後ろから声が飛んできた。 「すみませーん、前、進んでますよ」 「……!」 二人は慌てて前を見る。 「あ、すみません!」 「申し訳ない」 二人で頭を下げる。 その様子に、後ろの女性たちも笑った。 「仲いいですね」 「ありがとうございます」 海斗がさらりと答える。 圭も思わず笑った。 「この人たちとの縁も、今日ここで出会った縁ですね」 「そういうことだな」 二人は顔を見合わせた。 先ほどまで「縁が切れてしまったら」と不安になっていた圭だったが、こうして考えてみれば、縁というものは思っているよりずっと身近なものなのかもしれない。 そしてようやく、お守り売り場の前まで来た。 並んでいるお守りは驚くほど種類が多い。 縁結び、縁切り、仕事、健康、厄除け。 圭はしばらく眺めたあと、一つのお守りを手に取った。 「……これ」 「縁切り?」 「うん」 圭は少し迷ってから頷いた。 「宙が、もう僕の人生に勝手に入ってこないように……。そういう意味で持っておきたい」 海斗は何も言わず頷いた。 「圭が安心できるなら、それでいい」 「ありがとう」 圭は小さく笑った。 「あと……」 今度は別のお守りを見る。 「仕事の縁も欲しい」 「欲張りだな」 「だって日本に戻ったら仕事も本格的に始まるんですよ」 「それなら僕も選ぼうかな」 「海斗さんも?」 「いい仕事との縁は大事だからな」 二人は並んでお守りを選んだ。 気がつけば、最初は重かった圭の表情も少し緩んでいる。 「……買いすぎたかな」 「まあ、これも今日の縁だ」 「また縁って言ってる」 「今日は何でも縁にしてしまおう」 「じゃあ、このお守りを買ったことも?」 「ああ」 「海斗さんと一緒に選んだことも?」 「もちろん」 「……じゃあ、今日ここに来たことも?」 「それも縁だ」 圭は笑った。 「もう何でもありですね」 「旅行なんだから、それくらいでいい」 二人は笑いながら、お守りを手に本殿へ向かった。 さっきまで騒がしかった境内が、少しずつ静かに感じられる。 本殿の前に立つ。圭は深く息を吸った。 昨日、帰国前にノートへ書いた言葉が頭に浮かぶ。 ……自分の人生の主人公は、自分。 誰かに決
last updateÚltima atualização : 2026-08-19
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第三十四話

神社を後にして、二人はバスに乗った。 駅前まで戻ったら、どこかで昼食を取りながら、互いにどんなお守りを買ったのか見せ合おうという話になっていた。 ところが、しばらくすると圭が膝の上の鞄を開け、何やらガサガサと探り始めた。 「どうしたんだい? 何か探し物か?」 「うん……エコバッグがあったはずなんだけど……」 「エコバッグなら、なくても僕の鞄に入れればいいだろ」 「……お願いします」 そう答えたものの、圭はまだ鞄の中を探している。 海斗がその様子を見て、ふと思い当たった。 「そのエコバッグって、まさか僕がお土産であげたやつかな」 「そうです」 圭は探しながら答える。 「気に入ってたんですけど……昨日、浴場に行く時にも使ったんですよね」 「使ってたんだ、と思ったよ」 「そりゃ、もちろんです」 圭が少し笑った。 そのエコバッグは、圭が行った断捨離の中でも残したものの一つだった。 学生時代。 海斗が圭に土産として渡したものだ。 丈夫で使いやすく、何年使ってもなかなか傷まなかった。たくさん持っていたエコバッグの中でも、特に長く使い続けていた。 宙の家を出る時も、それは圭の荷物の中にあった。 捨てられなかった。 ただのエコバッグではなかったから。 「……そこまで大事にしてくれてたなら、もう少しセンスのいいものを選べばよかったかな」 海斗が苦笑する。確かに、色も柄も少し個性的だった。 今ならもっと洒落たものを選べただろう。 「僕は好きですよ」 圭は即答した。けれど、それ以上の理由は言えなかった。 このバッグを使うたびに、海斗との昔の記憶を思い出していたこと。 そして、宙の家を出る時にも、これだけは持っていこうと思ったこと。 それを本人に伝えるのは、少し恥ずかしい。 「……見つからないな」 圭が鞄の中を覗き込む。 「昨日の旅館じゃないか?」 「……あ」 圭の手が止まった。 「浴場に行く時に使った……」 「じゃあ、旅館に置いてきた可能性が高いな」 「……そうか」 圭は少し考え込んだ。 「電話して、後日送ってもらえばいいんじゃないか?」 「うん……」 そう答えたものの、圭の表情は晴れない。 「それが一番楽だろ。今から戻ったら、また疲れるぞ」 「……そ
last updateÚltima atualização : 2026-08-20
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第三十五話

受付には数人のスタッフがいる。 圭はすぐに受付へ向かった。 「すみません。昨晩こちらに泊まった者なんですが、客室に忘れ物をしてしまって……」 「忘れ物ですか?」 「エコバッグなんですけど」 「ああ、それなら――」 スタッフが奥へ入っていく。 ほどなくして、一人の男性が戻ってきた。 「こちらでしょうか?」 差し出されたものを見た瞬間、圭の表情が明るくなる。 「あっ……はい! これです!」 見慣れた柄。 間違いない。 「よかった……」 圭は両手で受け取り、大切そうに鞄へしまった。 「ありがとうございます」 海斗も隣でほっとしたように息を吐く。 「見つかってよかったな」 「はい」 すると男性が笑った。 「いやいや。昨晩は宿泊されている方も少なかったですからね。すぐに見つかってよかったです。素敵な柄でしたから、誰のものかすぐ分かりましたよ」 胸元のプレートには、支配人と書かれている。 「あの……失礼ですが、こちらの責任者の方ですか?」 「ええ、そうです」 圭は一瞬迷った。 そして財布から名刺を取り出す。 「実は僕、デザイン会社に勤めていまして……建築士の資格も持っています」 「ほう」 支配人が名刺を見る。 「まだ日本に戻ってきたばかりなんですけど……こちらの建物って、いつ頃からあるんですか?」 「明治からです」 支配人は少し誇らしげに答えた。 「ただ、途中で一部が火災に遭いましてね。その後、昭和までに何度か改築しています。だから、まあ……つぎはぎだらけですよ」 苦笑する支配人。 「やっぱり、プロの方が見ると気になりますかね?」 「いえ、そういう意味ではなくて……」 圭は館内を見渡した。 「昔の雰囲気がちゃんと残っていて、いいと思います。ただ、少し使われていない場所が多いのが、もったいないなと」 海斗は何も言わず、圭を見ていた。 普段、こうした交渉の場では海斗が中心になる。 圭は先輩たちや海斗の仕事を隣で見て、少しずつ覚えてきた。 だからこそ、自分から話をすることにはまだ緊張する。 それでも。 「実はね……」 支配人が小さくため息をついた。 「私も、何とかしたいとは思っているんですよ。老朽化も進んでいますし。ただ、どこかに頼むとなると、やっ
last updateÚltima atualização : 2026-08-21
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第三十六話

 ……旅行を終えてそれから二日後。「……なんか、お土産。京都のものが多いな」 日本支社の休憩スペースに近いデスクの一角。 並べられた土産物の箱を見て、社員の一人が思わず呟いた。 海外から持ち帰ったものも、もちろんある。 現地でしか買えない菓子や、会社のロゴが入った小さな記念品。それらもきちんと用意されている。 けれど、どう見ても数が多いのは京都土産だった。多くの人はどちらかと言えば海外のお土産の方を期待してたようである。 しかし占めていたのは八つ橋に、抹茶の菓子。京都限定と書かれた小さな缶や、老舗らしい包装紙に包まれた箱まである。「すみません……ちょっと事情がありまして」 圭が苦笑すると、隣にいた海斗も同じように苦笑した。旅館の支配人からあれやらこれやらお土産を持たせてもらったのであった。これだけあるのなら予算ももう少し……とは言えなかったがありがたくいただきお裾分けである。「まあ、いただいたものだしな」「無碍にはできない……うん」「……確かに……」 圭が土産の山を眺めながら答える。「じゃあ今日、京都フェアですね」「フェアって……」 海斗が呆れたように笑う。 そのやり取りを聞いていた周囲の社員たちからも、小さな笑いが起こった。 赴任してまだ間もない。 海外勤務から戻ってきた二人には、まだどこか距離を測っているような空気もあったが、こうしてくだらない話で笑える程度には、少しずつ職場の空気にも馴染み始めていた。「どうして京都のお土産が……日本に帰ってきてまず京都旅行??」「……まあ、いろいろ用があって……」「いろいろ?」 社員が興味深そうに聞き返す。「いや、それは……」 圭が言葉を濁した、そのときだった。「まあ、話は聞いてる」 少し離れたところから声が飛んできた。「京都でちょっと面白い仕事を拾ってきたんだって?」 圭が顔を上げる。 そこにいた人物を見た瞬間、表情がほんのわずかに止まった。「あれ?」 見覚えのある顔だった。 斗真。 以前から何度も顔を合わせてきた男だ。 どうやら圭たちが赴任するより少し前に日本支社へ戻ってきていたらしく、今では日本支社のリーダーを任されているらしい。「斗真……」「久しぶり」 斗真はいつもの調子で笑った。「テレビ電話では話したけど、こうやって直接会うのは久しぶりだ
last updateÚltima atualização : 2026-08-22
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第三十七話

 その後、三人は土産物が並ぶ休憩スペースを離れ、ミーティングルームへ移動した。 ガラス張りの扉を閉めると、先ほどまでのざわめきが少し遠くなる。 圭はテーブルの上にノートパソコンを置き、電源を入れた。「じゃあ、こちらから説明します」「頼む」 斗真と海斗が向かい側の椅子に座る。 圭は画面を共有し、京都で撮影した写真を一枚ずつ映していった。 最初に映し出されたのは、古い旅館の外観だった。 長い年月を重ねた木造の建物。ところどころ色褪せた壁。 新しい建物にはない、独特の風格がそこには残っていた。 ただ、華やかさがある一方で、手入れが行き届いていない部分も目につく。「なるほど……」 斗真が身を乗り出した。 圭は次の写真を表示する。年月を重ねた柱。傷の残る床。使われなくなった廊下。 さらにその先には、長い間人の手が入っていないらしい部屋があった。 畳は古く、障子の一部も破れている。 それでも、部屋から見える庭には、かつてここを訪れた人たちが眺めていたであろう景色が、そのまま残っていた。「これは……かなり年季が入ってるな」 斗真が呟く。「はい。でも、壊してしまうには惜しい部分が多くて」 圭は写真を切り替える。「たとえば、この柱です。多少の補修は必要ですけど、構造上問題がなければ、できるだけ残したいと思っています」「古いものを全部新しくするんじゃなくて?」「はい」 圭は頷いた。「建物そのものを壊して新しくするんじゃなくて、残せるものは残す。そのうえで、使われていない部分を活用できないかと」「なるほどな……」 斗真は再び画面を見る。 しばらく何も言わず、一枚一枚の写真を眺めていた。 圭も急かさず、斗真の反応を待つ。「廃れてしまった老舗旅館の再設計、か」「そうです」「ただ綺麗にするだけじゃないんだな」「はい。昔からあるものを全部消してしまったら、結局どこにでもあるホテルになってしまうと思うんです」 圭は少し考えてから続けた。「それなら、この旅館だからこそ残っているものを生かしたほうがいいんじゃないかって」 斗真がゆっくりと顔を上げる。その視線と圭の目が合った。「……なんか、圭も変わったな」「え?」 突然の言葉に、圭が瞬きをする。「前は……」 斗真は少しだけ考えるように視線を逸らした。「宙にくっついてる
last updateÚltima atualização : 2026-08-23
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第三十八話

 古い柱も、傷のついた床も、長い間使われていなかった部屋も。全部を取り替えてしまえば簡単なのかもしれない。 けれど、それではここにしかないものまで失ってしまう。 それは、人にも少し似ているのかもしれない。 過去があるからこそ、今の自分がいる。だからといって、過去に縛られる必要はない。残すものと、変えるもの。 その選択をするのは、自分自身だ。「日本に戻ってきて早々、すっごい大変な仕事を拾ったもんだ。まぁいいけどさぁー、仕事はあることはいいことだよ」 斗真はそう言いながらも、どこか楽しそうだった。昔から楽観的であったのもある。 そして資料を閉じる。「じゃあこのプロジェクト、圭くんに任せるよ」「……僕に? 本当ですか?」 圭の目が少し見開かれた。信じられなかった。「ああ」「本当に?」 何度も聞いてしまう。信じられないからだ。「もちろん、さっきから言ってるじゃないか」 斗真は椅子の背もたれに体を預けた。はぁーっとため息を吐いた。「海外で経験も積んできたんだろ。だったら、それを日本でも使ってみろ。いろんなケースも見てきただろうし海斗さんの横で仕事もやってきたんだろ?」「は、はい……ありがとうございます! 今までのことを活かして頑張ります!!!」 圭は自然と声が弾んだ。 自分の判断で仕事をつかみ、自分の考えを形にしていく。 そして、それを自分の名前で任せてもらう。そんな経験は、圭にとってほとんど初めてだった。 胸の奥が、少しだけ熱くなる。 以前なら、誰かに認めてもらうために必死だったかもしれない。 けれど今は違う。 自分がやりたいと思ったことを、自分の力で形にしていく。 そのこと自体が嬉しかった。「ただし」 斗真が人差し指を立てる。「他にもやってもらいたい仕事はあるからな」「はい」「戻ってきたばっかりだからって、暇にさせるつもりはないからね!」「は、はい……分かりました」「それにさー珠那のところのショップデザインの件もあるし」「……そうでしたね」 その名前を聞いた瞬間。圭の表情がほんの少しだけ曇った。 ほんの一瞬だった。 けれど、海斗はそれを見逃さなかった。 珠那。 その名前を聞くだけで、どうしても宙のことが頭をよぎる。ただでさえ斗真もこの場にいる。 自分でも嫌になるくらい、身体が先に反応してしまう
last updateÚltima atualização : 2026-08-24
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第三十九話

 圭と海斗の日本での新居は、海斗のツテで見つけたセキュリティのしっかりした高級マンションだった。 海外で暮らしていた部屋よりも、さらにグレードが高い。 エントランスには警備員がいて、建物に入るにもいくつかの認証が必要だった。エレベーターも居住階以外には簡単に止まれない仕様になっている。 宙のことを考えれば、これくらいの警備があったほうがいい。 そう海斗は言っていた。 圭自身も、以前ならここまでのセキュリティを必要だと思わなかったかもしれない。 けれど今は違う。 どれだけ安全だと言われても、心のどこかに「もし宙が……」という不安が残っている。 だからこそ、この場所に入った時、ほんの少しだけ肩の力が抜けた。 部屋に入った圭は、しばらく何も言えなかった。「……すごい」 思わず、それだけが口から出た。 広いリビング。大きな窓から差し込む光。 家具も落ち着いた色合いで統一されていて、ホテルのような雰囲気すらある。 窓の外には、日本で暮らしていた頃には見慣れていた街並みが広がっている。 けれど、そこから見える景色は、以前とは少し違って見えた。「こんなところ……本当に僕が住んでいいんですか?」「もちろん」 海斗は何でもないことのように答えた。「契約も済んでるんだから、今さら遠慮するなよ」「いや……でも……」 圭は部屋の中を見回した。 ソファも、テーブルも、照明も。 どれも今まで住んできた場所とは比べものにならない。 圭が呆然としていると、海斗が背中をポンと叩いた。「君が二年間、治療を続けながらも仕事を続けて、成し遂げてきた成果でもあるんだよ」「……僕の……」「そう。だから堂々としていなさい」 その言葉に、圭は少しだけ戸惑った。 もちろん、この住まいを選べたのは二人の収入があってこそだ。 とはいえ、海斗のほうが業績も経験もはるかに上だ。海斗のツテがなければ、そもそもこんな物件に巡り合えていなかっただろう。 それでも海斗は、自分だけの功績にはしなかった。「僕だけじゃないですよ」「うん?」「海斗さんがいたからこそ、です」「それを言ったら僕だって同じだよ」 海斗は笑った。「君がいたから、僕もここまで頑張れたんだから」「……」 圭は返す言葉が見つからなかった。 以前なら、誰かに褒められても素直に受け取ることが
last updateÚltima atualização : 2026-08-24
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第四十話

ドアを閉める。……静かだった。 廊下から聞こえていた海斗の足音も少しずつ遠ざかっていく。 「……広いな」 思わず呟く。ベッドも大きい。デスクもある。 クローゼットも十分すぎるほど広い。窓際には小さなソファまで置かれている。 これなら仕事を持ち帰っても困らないだろう。圭はベッドの端に腰を下ろした。マットレスがゆっくり沈む。柔らかく気持ちいい。 ふっと息を吐いた。そしてふと昔のことを思い出した。 大学を卒業したばかりの頃。 必死に勉強しながら仕事を覚えていた時期は、狭いワンルームのアパートで暮らしていた。 机とベッドを置けば、もうほとんど余裕のない部屋だった。 それでも当時の圭には、それが嬉しかった。 自分で働いて、自分で家賃を払って、自分の生活を作っている。 それだけで十分だった。 就職して、少しずつ仕事を任されるようになって。資格を取り、収入も安定してきた。 ようやく自分の力でここまで来た。 そう思えるようになった頃、マンションを購入することを決めた。 自分の仕事なら、この先もきっとやっていける。そう信じてローンを組んだ。 家具を選んだ時も覚えている。カーテンの色をどうするか。どんなソファを置くか。仕事用の机はどこにするか。 そんな些細なことまで、自分で決めた。 ……これからだ。そう思っていた。 仕事も、生活も。ようやく自分の人生が始まる。 そんな時だった。事故に遭ったのは。 右手を負傷し、それまでできていた仕事ができなくなった。 当然、収入も途絶えた。毎月の支払いだけが残る。 どうすればいい。この先、どうやって生きていけばいい。 あの頃の不安は、今でも鮮明に覚えている。 右手を見る。あの日、何も考えずに動かしていた手。 ペンを持つことも、パソコンを打つことも、図面を描くことも当たり前だった手。 それが突然、自分の思い通りにならなくなった。 仕事を失うことが、ただ収入を失うだけではないことを、あの時初めて知った。 自分自身まで失ったような気がした。 そして……そんな自分を助けたのが、宙だった。 マンションの支払いも含め、生活の面倒を見ると言われた。 その代わりのように与えられたのが、宙の付き人という立場だった。 最初は、それしか道
last updateÚltima atualização : 2026-08-25
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