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第30話「魔王と勇者、意外な共通点」

 わずかな沈黙が落ちた。 お互いの呼吸音と、岩壁に反響する微かな魔力の唸りだけが耳に届く。  勇者の視線は、まるで獲物を見極める猛禽のように俺を射抜いていた。 その奥には、敵意だけでなく測るような光もある。 やがて、彼女はハッとした表情を浮かべ、すっと後方へ跳んだ。 その動きは無駄がなく、間合いを完全に切ることを目的としたものだった。「……迂闊でした。私を油断させる作戦ですか」 いや、違うんだけど。そんな器用な作戦なんて俺にできるわけない。「残念だけど、事実なんだわ」  俺は肩をすくめ、淡々と口を開いた。 「転生する前は黒川陣って名前だった。ハンターズマニアっていうダンジョン配信サイトのシステムエンジニアをやってたんだ」 途端に、勇者の目がわずかに揺れた。  “魔王”という肩書きからは絶対に出てこない単語の連続に、戸惑いを隠せていない。 剣を握る手がほんの僅かに緩み、そのまま固まっている。 まぁ、そう簡単に信じられる話じゃないよな。 正直、戦わずに済むならそれが一番だが――「……出身の学校は?」  勇者が不審そうな顔で、しかし興味を押さえきれない様子で問いかけてきた。「え? 浅間中央高校。ちなみに、58期生な」「え……私、そこの68期生です!」 俺と勇者、同時に目を見開く。 互いに信じられないものを見るような顔になる。  まさか魔王と勇者の母校が同じだなんて、誰が想像するだろう。「……あの校舎、まだ残ってんのか?」 「ええ。外壁は塗り直されましたけど、形は変わってません」 少し懐かしい気持ちになって、俺は続けた。 「もしかして、勇者ちゃんの時代ってまだあの浪平スタイルの禿げ教頭いた? 声が高くて結構口うるさかった人なんだけど」「あー、あの人は校長先生になられましたよ!」
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第31話「元社畜と現社畜、企む悪だくみ」

 城の応接間。 赤い絨毯と暖炉の灯りが、場の空気を少し柔らかく見せていた。 そこに集まったのは、俺、勇者、リルベア、レイラ、ゼトス――。 全員が揃って椅子に腰を下ろすと、改めて互いに自己紹介を交わした。「改めて、魔王ヴァルト・ノクスだ。一応、このダンジョンの……まぁ、管理者ってやつだな」「勇者の|神谷美月《かみや みつき》です。……といっても、あまり威張れる立場じゃありませんが」「わらわはリルベア。今はヴァルトの眷属の元魔王じゃ」「第一眷属のレイラです。よろしくお願いします」「第二眷属のゼトスと申します」 軽く頭を下げ合うが、形式ばった空気はすぐに崩れる。「俺は元人間ってのもあって、別に人間を好き好んで襲うつもりはない。あくまで、自衛なんだ」  俺は腕を組み、淡々と話し出す。 「このダンジョンの宝箱だって、少しでも楽しんだり喜んだりしてもらえればと身銭を切って設置している。それを取りに来るやつらが戦って死んでしまうのは……まぁ、仕方ないことだろ。リスクなしで全部得られるなんて、虫が良すぎる話だ」 その言葉に、リルベア、レイラ、ゼトスがうなずく。「|主《マスター》の言う通りです」「まぁ、元来ダンジョンとはそういうとこじゃしの」「同意であります!」 美月は少し考え込むように視線を落としたあと、ふっと笑みを浮かべた。 「……納得できますね。私だって冒険者適性で勇者に選ばれただけで、休みなんてなくて毎日戦い詰め。あっち行けこっち行けでやってられないんですよ。戦わなくていいなら、それに越したことはないですね」「ははっ……出身校が一緒だったのにも驚いたが、境遇まで似てるとはな」「えっ、もしかしてヴァルトさんも……」「「社畜」」 二人同時にハモってしまい、しばし見つめ合った後、堪えきれずに笑い出した。 眷属たちはその光景を、なんとも言えない顔で見ていた。 リルベアはこめかみを押さえ、レイラは
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第32話「交わす理の契り」

 「悪だくみ」という言葉に、応接間の空気がピリリと引き締まった。 レイラ、ゼトス、リルベア――全員が一様に警戒の色を浮かべる。 ただ一人――俺だけを除いて。「お? いいねぇ、なにやんの?」 思わずウキウキと身を乗り出してしまった俺の頭に、ゴンッ、と衝撃。「いって……!?」 リルベアが思い切り拳で叩いてきた。「この|虚け《うつけ》! 何度言ったらわかるんじゃ! もうちょい真剣にならんか!」 流石のゼトスも擁護できなかったのか、両手で顔を覆い隠している。「っんだよ、ちゃんとやってるだろ?」「|主《マスター》、失礼ですが明らかに好奇心の方が勝っていました」 レイラにそう言われ、ゼトスもうんうんと頷くのを見て、少しだけ反省。 「わるい、気を付ける……」 リルベアは深いため息を吐き、美月の方を向いた。「はぁ……。勇者よ、すまんが我らと勇者という者達の間には深き溝がある。おいそれと、そちの言葉を信じてやれん。そこで、まずヴァルトと命をかけた契りを結んではくれぬか?」「契り?」 美月が不思議そうに首を傾げる。「別にどちらかが優位になるものではない。契りの内容は三つじゃ」 リルベアは指を三本立て、静かに条件を口にした。 一、互いに何があろうと絶対に嘘はつかない。 二、命の危機があった場合、必ず助け合う。 三、その二つを命をかけて遵守する。「どうじゃ、守れるか?」 いつになく真剣なまなざしで、俺と美月を交互に見つめるリルベア。 ……なんだよ、そんな堅苦しくなることか?と思いつつも、俺は頷いた。「俺は特に問題ないな」「そう、ですね。私も問題ないです。……ふふっ、なんだか結婚式みたいですね」 その一言で、全員の視線が一斉に俺と美月に集中する。 ……心なしかレイラとリルベアからの視線
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第33話「偽りの封印、真の共謀」

 皆の視線が、一斉に美月へと向けられる。 その中心で、彼女は小さく息を整えると、口を開いた。「……偵察の過程で魔王との戦闘になったことにします。ただ、倒し切ることはできず、封印して無力化した――そういうことにするんです」 その言葉に、レイラが眉をひそめる。「封印、ですか」「はい。そして“魔王は強大で、定期的に術式の再構築と魔力の補充が必要”って、冒険者組合に報告します」 美月がそこまで話した瞬間、頭の中で点と点がつながった。 ……ああ、そういうことか。「つまり、ダンジョンの脅威性を下げたことにして、組合側のレイド作戦を白紙に戻すわけか」「はいっ。それなら、定期調査を名目に私は――遊びに……ごほんっ、“術式の再構築”に来れますし、ヴァルトさん達も大規模戦闘を避けられます!」 ん? 今、途中の部分、遊びにって言ったよな……? ゼトスが「ほう」と唸る。  美月の案は、確かに互いに利益がある。これが叶うなら願ってもない提案だ。 俺はおもむろにリルベアの方を見た。「ふむ、悪くないの。ヴァルトよ、主はうぬじゃ。おぬしが決めよ」「なら、その提案、受けるよ。最初にも言ったけど、別に人間を殺したいわけじゃないしな。穏便にいこう」 俺の答えに、眷属たちは納得したように頷いた。「じゃあ、早いに越したことないですし、さっそく取り掛かっちゃいましょう。このダンジョンって何階層まであるんですか?」「んー、今いるこの階層が十一階層なんだけど、まともに機能してるのは十階層までだな」 美月は少し考え、口を開く。「十階層ってボス部屋でしたよね?だったら、この階層と十階層の間に“コアルーム”に見立てた階層、作れますか?」 やってみようとしたその時――。「できたぞ」「はやっ!? ……てかリルベア、フロア改築まで権限あるのかよ」 ゼトスが「
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第34話「鎖に込めた意志」

 魔法陣が完成すると、美月は静かに剣を収め、両手を胸の前で組むようにして構えた。  淡く輝く線光が魔法陣を伝い、空気がわずかに震える。地下の冷気が一層張り詰め、息をするのもためらわれるほどだ。「……始めます」 その声は先ほどまでの軽さを完全に消し去り、儀式に臨む者の静けさと決意が宿っていた。  俺もレイラも、自然と背筋を伸ばして見守る。 床の魔法陣から湧き上がる光が、中央の人形を包み込む。  やがて光は球状に膨らみ、まるで透明な水の中に漂うように人形が浮かび上がった。 外周の光は脈動し、鼓動のように明滅する。「ほぉ……綺麗なもんだな」 思わず口から感嘆が漏れる。  その隣でレイラは腕を組み、表情ひとつ動かさないまま、ただ鋭い眼差しを球体へと注いでいた。「本来、あの人形の位置に自分達が入っていたと考えるとゾッとしますけどね」「……怖いから聞かなかったことにするね?」 光の球の表面に、細い魔力の鎖が一本、また一本と這い始める。  鎖は互いに絡み合い、網のように全体を覆っていく。その動きは遅いが、確実に、逃げ場を塞ぐように絞め上げていく。まるで生き物のようだ。「封印は“力”より“意志”です」  美月は息を整えながら呟く。 「どれだけ強く縛っても、解こうという意志に負ければ意味がない。だから――」 最後の鎖が繋がり、球体全体が淡い白光に包まれた瞬間、美月は低く、しかしはっきりと宣言した。「ここに封じる。我が剣と、我が命にかけて」 音もなく、光が収束し、鎖は硬質な輝きのまま球体を閉じ込めた。  封印は完成した――そう誰の目にもわかる光景だった。地下の空気が少しだけ柔らぎ、緊張が解けていく。「……やるな」 俺が素直に言うと、美月は軽く息を吐き、にこりと笑った。 「これでも勇者ですから」
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第35話「執務室は戦場と化す」

 勇者が報告に戻ってから、数週間。 ダンジョンには――いつもの日常が戻ってきて……はいなかった。 新十二階層、魔王城の執務室。 石造りの壁に魔灯が揺れ、机の上では魔力の光が走る管理画面が淡く瞬いている。  俺はリルベアと並んで座り、ダンジョンの細かい調整を進めていた。 カタカタとパネルを叩く音が響く中、隣のリルベアがふいに手を止め、顎をくいっと持ち上げる。  視線の先は、部屋の奥だ。「で、ヴァルトよ。なんじゃ、あれは」「知るか。直接本人に聞けよ」 俺もつられてそちらを見る。  そこでは、美月とレイラが机を挟んで睨み合い、何やら身振り手振りを交えて口論していた。  手の動きは剣を交えるよりも速く、声の強弱は戦場顔負けだ。 美月が報告に帰ってから、またここに戻ってくるまでそう日はかからなかった。  ……というか、あれから毎日のようにやって来ては、食堂で朝食を食べ、昼は訓練場でレイラに勝負を挑み、夜はゼトスとじゃれ合っている――。  今日はその延長で、執務室まで乗り込んできたわけだ。  レイラとの勝負は決着がつかず――剣術、魔法、知識比べ……そして今日はなんだ、料理か? そんな二人をさっさと追い出せと言わんばかりに、視線で訴えながらリルベアは口を開く。 「無理じゃ。わらわは魔王じゃから、勇者が苦手なんじゃ」「そうかー。じゃあ俺も魔王だから無理だわー」 棒読みで返し、俺は再び管理画面に向き直る。 しかし、リルベアはむくれ顔で机をトントンと指で叩き出す。  小さな音なのに、やけに耳につく。「もうっ、なんとかせい! やかましくて集中できんのじゃ。うぬは主じゃろ!」 はぁ……とため息をつき、俺は立ち上がる。  面倒だが、魔王として執務室が戦場になるのは避けねばならない。 「おーい、今度は何の勝負だ?」
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第36話「封印は甘くない」

 ――翌日。 十二階層の執務室は――やっぱり騒がしかった。「今日はスイーツ勝負で決着つけます!」 美月が勢いよく扉を開けて入ってくる。 片手には砂糖の袋、もう片手にはやけにごつい泡立て器。すでにやる気は満々だ。「勝手に決着の舞台を増やさないでください」 レイラは冷ややかな声を返すが、手にはちゃっかりボウルと粉の袋を持っている。  ……どっちも準備してんじゃねぇか。「お前ら、他所でやれ。ここはキッチンじゃねーぞ」 俺は机に肘をつきながら、そう言うとリルベアに目をやる。  管理画面を操作する彼女は、まるで集中している風を装いながら、耳は明らかに二人の方向を意識していた。「で、ヴァルトよ。今日のは何の勝負じゃ?」「スイーツだってよ。昨日が料理なら、今日はデザートってとこだな」「……またやっておるのか。終わりが見えんのう」 俺も同感だ。 ただ、こういうどうでもいい争いが続くと、なんだかんだで平和の証拠って気もしてくる。 美月は台の上に材料を並べ、やたらと楽しそうに鼻歌を歌いながら作業を始める。 その対面で、レイラはまるで儀式のように無駄のない動作で粉を計量していた。  並んで作業しているのに、この空気の違いはなんだ。 てか、こいつら完全に俺の言葉聞いてなかったな。「勇者らしく、甘さは控えめにしますね!」「……それは“らしさ”ではなく、単に加減を間違えているだけだと思いますが」「違うもんっ!」 またもや言い合いが始まる。 俺が「はいはい、落ち着け」と口を挟もうとした、その瞬間――。 ――ピコンッ。 机上の管理画面が小さく光を放った。  同時に、低く唸るような警戒音が室内に広がる。 俺とリルベアは反射的に画面を覗き込んだ。「……階層外から、複数の反応。なかなか強いの」
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第37話「静かなる対峙、迫る偵察隊」

 偵察隊の影が、監視モニターの奥でじわじわと距離を詰めてくる。  統一感のある装備に、無駄のない足運び。 動きに一切の淀みはなく、そこから滲む間合いの鋭さは、場慣れした者特有のものだ。「……どう思う?」 隣のリルベアが腕を組んだまま、目線をモニターから外さずに低く問う。  その声色は軽さを欠き、探るような響きを帯びていた。 俺はリアが懸念していることをすぐに察した。  ――冒険者組合は、美月の報告を表面上は受け入れていても、完全には信じていないのではないか。 俺だって、その疑いは拭えていない。  “勇者”なんて貴重な戦力を、こうも頻繁にダンジョンへ放り込み、しかもほぼ自由にさせている時点で、違和感しかない。  もし、美月の性格や行動まで逆手に取り、囮として動かしているのだとしたら――嫌な予感がする。「まだ何とも言えないけど……最悪は考えておく方が良いかもな」「ふむ……」 短い唸りが返り、言葉はそこで途切れる。 再び二人の視線が、淡く光るモニターへと戻った。 ――さて、どうするか。 階層の守りを緩めるか?  魔王を“制圧”したという建前があるのに、ボス部屋の魔物が全力待機していたら、「まだ危険だ」と見なされる可能性は高い。 俺は管理画面を操作し、マザーウィッチとオーガキングの配置変更コマンドを呼び出す。  実行キーに指が触れかけた、その時――。「待て。そのままでよい」 ぴしゃりと、リルベアの声が飛ぶ。 目線は依然としてモニターに注がれたままだが、声音は迷いを許さない。「変に弄って、他の冒険者の配信記録と食い違えば、余計に怪しまれる」「あ……そうか。わるい」 危なかった。リアが止めなければ、自分から墓穴を掘るところだった。  こういう読みは、いつも彼女の方が数段上だ。「……
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第38話「勇者の圧、偵察隊との対峙」

 ――封印の再構築を終えた美月は、静かに手を下ろし、スッと振り返った。 偵察隊の先頭に立っていたのは、大柄で筋肉質な中年の男だった。  鍛え抜かれた体躯だけでなく、纏う気配がすでにただ者ではない。歴戦をくぐり抜けてきた戦士だけが持つ、鋭い空気をまとっている。 だが、美月にとってそれは威圧にもならない。 彼女はその視線を正面から受け止め、むしろ逆に圧をかけるかのように一歩前へ出た。「再構築、お疲れ様です」  男は軽く頭を下げ、落ち着いた声で名乗る。 「私は、冒険者組合より内部調査の命を受けた佐野と申します」 美月の瞳が冷ややかに光を差す。 勇者としての威圧――いや、それは強者がいつでも潰せると暗に示す、覇気そのものだった。「私以外が来ても意味がないと、伝えたはずですが?」 その声に、偵察隊の空気が一瞬で張り詰める。 佐野は微かに目を細めたが、怯んだ様子は見せず、静かに言葉を返した。「承知しております。しかし、美月様はほぼ毎日この階層に通い、封印を再構築されているとか。上層部としても、現状を知る必要があるという判断でして」「だとすれば、私を通して聞くのが筋でしょう」  美月は氷のような声音で切り返す。 「わざわざ秘密裏に偵察隊を動かすなど――勇者を侮辱する行為です。虫唾が走りますね」 その瞬間、彼女から放たれる覇気がさらに重くなり、場を包む。  いくら偵察隊が選りすぐりの精鋭であろうと、美月は勇者。 魔王と対を成す存在であり、敵に回してはならない象徴だ。  言い換えれば、目の前に魔王が立っているのと変わらない。「……そういう規則となっておりますゆえ、ご容赦を」  佐野はそう前置きしつつも、一歩も退かずに言葉を続けた。 「して、何故そこまで頻繁に再構築を? 見たところ、封印の綻びは大きくなかったように思えますが」 美月は小さく息を吐き
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第39話「甘えと嫉妬、そして胸騒ぎ」

 緊張の反動で一気に肩の力が抜けていく。「……ふぅ。なんとか切り抜けたな」 「うむ。あやつらが妙な詮索をせんでよかったわい」 リルベアが椅子にだらしなく腰をかけ直し、俺は腕を組みながら頷いた。  と、その時――。「ねぇねぇ! ヴァルトさんっ!」 広間から戻ってきた美月が、ぱたぱたと小走りで俺に駆け寄ってきた。  つい先ほどまでの勇者然とした鋭さは跡形もなく、完全に甘えん坊モードだ。「どうでした!? 私、ちゃんと勇者っぽく立ち回れてました!? ね、ね、褒めて褒めて~!」 ぱっと机に身を乗り出し、期待に満ちた瞳で俺を見上げてくる。  ……切り替え早すぎだろ。さっきまで殺気飛ばしてた人間とは思えない。 だが――まあ、上手くやってくれたのは事実だ。  俺は思わず苦笑しつつ、美月の頭に手を伸ばした。「よくやった、完璧だったよ。美月のおかげで丸く収まったな」「えへへっ! やったぁ!」 美月は嬉しそうに目を細め、犬のように俺の手に頭を擦りつけてくる。  勇者というよりは、甘えん坊な子供にしか見えない。 しかし――隣から、冷気のような視線が突き刺さった。 レイラが、じとっとした目で俺と美月を見ている。 なんだか視線が痛い。心なしか怒っているような気もする。 「……はぁ。何じゃこの緊張感のなさは」 そんな俺たちを見て、リルベアが組んだ腕をきゅっと締め、唇を尖らせた。「|主《マスター》に甘えないでください。鬱陶しいので。頭を撫でられて喜ぶなど、子犬ですか」 リルベアに便乗するかのように、レイラがここぞとばかりに美月を罵る。 「な、なんですかそれ! 子犬じゃありません! ヴァルトさんは褒めてくれてるんです!」「|主《マスター》も、甘やかしすぎです!」 「す、すまん」「いい
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