Alle Kapitel von クズ事務所に捨てられましたが、私の絵の才能を信じてくれた最古参ニートの正体は石油王でした: Kapitel 11 – Kapitel 20

36 Kapitel

第十一話 「デートって言いましたよね?」

「何か、デートみたいだね。」ぽとり。ひまりの手からメニュー表が滑り落ちた。「……え?」蒼がきょとんとする。「どうした?」「い、今……デートって言いましたよね?」「言った」「そ、それをそんな普通に言わないでください……!」「何で?」「何でって……!」ひまりは思わず声を上げる。「わ、私たち、まだ会ってそんなに経ってないですし……!」「うん」「それなのに急に『デート』なんて言われたら、意識するじゃないですか!」蒼はぱちりと目を瞬かせた。「……意識したの?」「~~っ!」ひまりは両手で顔を覆った。「もう!そういうところです!」蒼はしばらく考え込む。そして小さく首を傾げた。「ごめん‥‥よく分からない」「分からないんですか!?」 周りの客がくすりと笑う。ひまりはさらに顔を赤くした。「……もう」蒼は少し考えてから言った。「相沢さん、面白い」「からかわないでください」「からかってないよ」本当に悪気がない顔だった。だから余計に困る。その時、料理が運ばれてきた。ふわふわのオムライス。肉汁が溢れそうなハンバーグ。「わぁ……」思わず目が輝く。蒼が少し笑った。「好きそう」「え?」「オムライス」「好きです」「やっぱり」「何で分かったんですか?」蒼は少し考える。「何となく」「またそれですか」「子どもの頃から好きそう」「何ですか、そのイメージ」「絵本読んでそう」「……」ひまりが固まる。「何で分かったんですか?」今度は本当に驚いた。子どもの頃、ひまりは絵本が大好きだった。何度も何度も読んだ。ページが擦り切れるほど。特に、動物が出てくる絵本が好きだった。「当たり?」蒼が目を瞬く。「……当たりです」「やった」何故か嬉しそうだった。その顔を見て、ひまりも少し笑ってしまう。「神崎さんって、たまに変なところで勘が鋭いですよね」「そう?」「そうです」二人で食事を始める。オムライスを一口食べる。「美味しい……!」思わず声が漏れた。蒼もハンバーグを食べる。「うん」「どうですか?」「美味しい」「よかったですね」「うん」何だろう。一緒に食事をしているだけなのに、妙に楽しい。気を遣わなくていい。背伸びもしなくていい。優斗と食事をしていた頃とは、何かが違った。
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-07-03
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第十二話 「私にも描けるかな」

図書館からの帰り道。 夕焼けが街を橙色に染めていた。 ひまりは隣を歩く蒼をちらりと見た。 ――絵本を描いてみたら? その言葉が、ずっと頭の中をぐるぐると回っている。 「……絵本かぁ」  思わず呟く。 「うん」 蒼が隣で頷いた。 「相沢さんなら描けると思う」 「いやいや……」 ひまりは苦笑した。 「私、イラストを描くのは好きですけど、絵本なんて作ったことないですよ?」 「でも、好きだったんでしょ?」 「え?」 「絵本」 ひまりは少し黙った。 そして、小さく笑う。 「……好きでした」 子どもの頃を思い出す。 仕事ばかりの日々だった。 朝から撮影。 夜までレッスン。 友達と遊ぶ時間なんてほとんどなかった。 でも、家へ帰ると、母がいつも絵本を読んでくれた。 動物の絵本。 星のお話。 魔法使いの物語。 ページをめくるたびに、違う世界へ行ける気がした。 「私、寝る前に毎日読んでもらってたんです」 「へぇ」 「撮影で疲れていても、絵本を読むと元気になれて」 ふふっと笑う。 「だから、ボロボロになるまで読んでました」 「いいね」 蒼も少し笑った。 「神崎さんは?」 「ん?」 「好きだった絵本」 蒼は少し考え込む。 「……たくさんある」 「そんなに?」 「うん」 図書館で見ていたクマの絵本を思い出したのか、表情が柔らかくなる。 「動物の絵本が好きだった」 「一緒ですね」 「あと、冒険の話」 「冒険?」 「うん」 蒼が空を見上げる。 「どこかへ行きたいなって思ってた」 「……」 「遠く」 「子どもらしいですね」 「今も思ってる」 「今もなんですか」 「うん」 真顔で答える。 ひまりは思わず笑ってしまった。 「神崎さんって、不思議な人ですね」 「そう?」 「そうです」 すると、蒼がこちらを見た。 「相沢さんも」 「私?」 「うん」 「どこがですか」 「子役やってて、絵も描けて、オムライス好き」 「最後、関係あります?」 「大事。」 「何でですか」 「美味しいから」 「そこなんだ……」 二人で笑う。 不思議だった。 ほんの少し前まで、人生のどん底にいた。 事務所を切られた。 恋人にも捨てられた。 もう全部終わりだと思っていた。 そ
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-07-04
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第十三話 「あなたが最初の読者」

 翌朝。  ひまりは、目覚ましが鳴るより先に目を覚ました。 そして、真っ先に机へ向かう。 昨夜描いた、一枚のラフ。 星空を見上げるウサギと子猫。 何度見ても、少しだけ照れくさい。 「……私、本当に描いたんだ」 昨夜は夢中だった。 けれど、一晩経って冷静になると、急に不安になる。 子どもっぽい。 物語もない。 ただ動物が空を見ているだけ。 ――俺、その絵本好き。 蒼の言葉を思い出す。 「……本当かな」 つい呟いてしまう。 その時。 スマホが震えた。 メッセージだ。 送り主は、神崎蒼。 『おはよう』 昨夜、あんなに絵を褒めてくれたのに、今朝はただの「おはよう」。 そのギャップが何だかおかしくて、ひまりは小さく笑った。 「……変な人」 その下に、さらにメッセージが届く。 『昨日の絵、もう一回見てる』 ひまりが目を瞬く。 『三回見た』 「三回……?」 『今、四回目』 「見すぎでは?」 思わず返信する。 数秒後。 『五回目』 「増えてる!」 思わず突っ込んでしまった。 すると、すぐに返信が来る。 『好きだから』 その一言に、胸が小さく跳ねた。 朝から何を言っているんだ、この人は。 頬が少し熱くなる。 『本当に好きなんですか?』 『うん』 『まだ一ページしかないですよ?』 『うん。』 『内容も全然決まってないです。』 『うん』 『それでも?』 そして。 『それでも』 ひまりは、スマホの画面をじっと見つめた。 何だろう。 すごく……嬉しい。 子役時代。 褒められることはあった。 「可愛い」 「演技が上手」 「天才子役」 たくさん言われてきた。 でも、それはいつも仕事だった。 求められたことを、求められた通りにやった結果だった。 自分の好きなものを。 自分が描いたものを。 こんなふうに真っ直ぐ「好き」と言われたのは、初めてかもしれない。 気付けば、自然と頬が緩んでいた。 『ありがとうございます』 『うん』 『……嬉しいです』 今度は、少し返事が遅かった。 そして。 『よかった』 たった四文字。 なのに、なぜか優しい。 ひまりは、もう一度ラフを見た。 「……もう少し、描いてみようかな」 ペンを手に取る。 昨夜描いたウサギ。 その
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-07-05
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第十四話 「アンチなんて嫌い」

「……え?」 ひまりは、スマホの画面を見つめた。 数分前。昨夜描いた二ページのラフを、勇気を出してSNSに投稿したのだ。 もちろん、完成品ではない。 『絵本を描いてみたいなと思って、少しだけ描いてみました』 そんな一言を添えて。 すると、思った以上に反応があった。 『可愛い!』 『続きが気になる!』 『動物の表情が優しい!』 嬉しいコメントも多い。 だが。 『どうせ元子役だから注目されてるだけ』 『絵は大したことない』 『信者が持ち上げてるだけで草』 『今度は絵で売ろうとしてるの?』 ひまりは、指を止めた。 胸が、きゅっと痛む。 「……」何度も見てはいけない。 そう思う。 でも、気になってしまう。 さらに匿名掲示板も見てしまった。 『元子役が絵描き始めてて笑った』 『迷走してんな』 『何やっても中途半端』 『またすぐ飽きられるだろ』 『オワコン』 「……っ」 最後の言葉が突き刺さった。 オワコン。 その一言は、何度も何度も見てきた。 慣れている。 そう思っていた。 でも。 やっぱり、痛い。 気付けば、スマホを握る手が震えていた。 「……私、何やってるんだろ」 ぽつりと呟く。 たった二ページ。 まだ何も始まっていない。 それなのに、こんなに言われるなんて。 描かなければよかった。 投稿しなければよかった。 そんな考えまで浮かんでくる。 その時だった。 スマホが震える。 神崎蒼からの着信だった。 「……もしもし」 『元気ない』 開口一番、それだった。 「え?」 『声』 「……普通です」 『普通じゃない』 ひまりは黙った。 どうして分かるんだろう。 たった一言なのに。 『何かあった?』 優しい声だった。 だからこそ、余計に言いたくなくなる。 「……何でもないです」 『嘘』 即答だった。 「……」 『何かあった』 「……」 『当てる』 「当てないでください」 『コメント見た』 「……」 当てられた。 電話の向こうで、蒼が小さく息を吐く。 『見たんだ』 「……はい」 『全部?』 「たぶん」 『それは見すぎ』 思わず苦笑する。 「そうですよね……」 『うん』 しばらく沈黙が流れる。 そして。 「……私」 自
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-07-06
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第十五話 「初めての依頼」

朝。相沢ひまりは、自室のベッドの上でスマホを見つめていた。昨夜投稿した子猫のイラスト。いいねの数は、さらに増えている。コメントもたくさん届いていた。『癒やされました!』『この絵、大好きです!』『グッズ化してほしい!』思わず頬が緩む。少し前まで、「オワコン」としか言われなかった自分の絵を、こんなにも好きだと言ってくれる人がいる。それだけで胸が温かくなった。その時だった。ピロン。一通の通知が表示される。メール。差出人を見る。――青空出版編集部。「……出版社?」首を傾げながら開く。そして。「……え?」目を見開いた。そこには、【児童向けWeb記事のイラスト制作について、ご相談したいことがございます】と書かれていた。しばらく画面を見つめる。……何かの間違いでは?慌ててもう一度読む。やっぱり書いてある。児童向け。イラスト制作。相談。「えぇぇぇっ!?」自室に悲鳴が響いた。***一時間後。ひまりは喫茶店にいた。向かいには、いつものラフな格好の青年。神崎蒼。「……というメールが来たんです」スマホを差し出す。蒼が画面を見る。「うん」「うん、じゃなくて!」「仕事だね」「そうですけど!」ひまりは頭を抱えた。「何で私なんですか!?」「絵がいいから」「そんな簡単な理由で!?」「うん」即答だった。ひまりはううっと唸る。「何かの間違いかもしれません……」「間違いじゃないと思う」「でも、私、プロじゃないですし……」「うん」「ちゃんと勉強したわけでもないですし……」「うん」「締切も守れるか分からないし……」「うん」「……不安です」ようやく本音が出た。「前にもあったんです」ひまりがぽつりと言う。「子役の頃」蒼が静かに顔を上げる。「初めてドラマの主役をもらった時、嬉しくて仕方なくて……でも、その分、失敗するのが怖かったんです」窓の外へ視線を向ける。「あの頃は、台詞を噛んだだけで眠れなくなったり、現場へ行く前にお腹が痛くなったりして……」小さく笑う。「私、案外、気が小さいんですよ」蒼はしばらく黙っていた。そして。「知ってる」「……え?」「コメント一個で落ち込むし」「うっ……」「褒められると、すぐ泣きそうになるし」「うぅ……」「でも」蒼が真っ直ぐひ
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-07-07
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第十六話 「締切が怖い」

「……できない」相沢ひまりは、机に突っ伏した。窓の外はすっかり暗くなっている。時計を見る。午後九時。机の上には、描きかけのラフが何枚も散らばっていた。児童向けWeb記事。テーマは、『春に見られる生き物たち』。うさぎ。てんとう虫。ちょうちょ。編集者の三浦からは、『子どもが見て、わくわくするような絵をお願いします』と言われている。なのに。全然描けなかった。「うぅ……」頭を抱える。描いては消す。描いては丸める。気付けば、ゴミ箱は紙でいっぱいだった。「何で……」子猫の絵は、あんなに自然に描けた。なのに。仕事になった瞬間、急に描けなくなった。頭の中に、いろんな声が響く。『元子役って肩書しかないじゃん』『オワコン』『絵なんてたまたま当たっただけ』違う。違う。そうじゃない。そう思うのに、手が動かない。「……私、何やってるんだろう」ぽつりと呟く。その時。ピロン。スマホが鳴った。画面を見る。神崎蒼からだった。【どう?】たった二文字。それだけなのに、何だか泣きそうになる。ひまりは返信する。【全然ダメです】すぐに既読がついた。【今から行く】「え」思わず声が出た。【え?】【行く】【いやいやいや!】【十分】「十分!?」慌てて部屋を見回す。机の上は紙だらけ。ベッドの上には脱ぎっぱなしのパーカー。クッションは床に落ちている。「きゃあああ!」慌てて片付け始める。十分後。ピンポーン。本当に来た。ひまりは深呼吸してから扉を開ける。そこには、いつものラフな格好の蒼が立っていた。右手には、コンビニの袋。「こんばんは」「本当に来た……」「来た」蒼は当たり前のように部屋へ入る。そして、机を見る。散らばった紙。消しゴムのかす。丸められたラフ。しばらく見て。「頑張ったね」「……え?」思わず顔を上げる。怒られると思った。もっと描けと言われると思った。なのに。最初の言葉が、それだった。「頑張った跡」蒼がゴミ箱を見る。「いっぱい」ひまりの胸が少し熱くなる。「……全然ダメなんです」「うん」「一枚も納得できなくて……」「うん」「仕事なのに……」とうとう。ぽろりと涙がこぼれた。「あ……」慌てて拭う。でも、次から次へと溢れてくる。「私、や
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-07-08
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第十七話 「できました……!」

カリカリ。カリカリ。部屋に、ペンの音だけが響く。相沢ひまりは机に向かったまま、じっと紙を見つめていた。窓の外を見る。空が少し白んでいる。「……朝」いつの間にか、徹夜していた。机の上には、何枚ものラフ。そして、その中央に。完成した一枚のイラストが置かれていた。春の野原。たんぽぽ。飛び回るちょうちょ。てんとう虫を見つけて目を輝かせる子ども。優しい色合い。柔らかな線。何度も描き直して、ようやく辿り着いた一枚だった。ひまりは、じっと見つめる。そして。「……できた」ぽつりと呟く。次の瞬間。「できた……」声が震える。「できました……!」思わず立ち上がった。そのまま、ぴょんと飛び跳ねる。「できたぁ……!」何だか信じられなかった。本当に。自分が。仕事として頼まれた絵を。最後まで描き切った。思わず、机に突っ伏す。「うぅ……」涙が出そうだった。その時。ピロン。スマホが鳴る。蒼からだ。【起きてる?】ひまりは、思わず笑ってしまう。何でこの人は、いつも絶妙なタイミングなんだろう。【起きてます】すぐに返信が来た。【描けた?】ひまりは完成したイラストを見る。そして。【できました……!】数秒後。【おめでとう】たった五文字。なのに。また泣きそうになった。【ありがとうございます】【偉い】「……」駄目だ。涙腺にくる。【泣いてる?】「うん……何で分かるんですか」【何となく】「またそれ……」思わず笑ってしまった。***その日の午後。ひまりは、完成データを編集部へ送信した。送信ボタンを押す。ポチッ。「……行け」メールが飛んでいく。送った。送ってしまった。急に不安になる。変じゃないかな。色使い、大丈夫かな。もっと上手い人がいるんじゃないかな。ぐるぐる考え始めた、その時。ピロン。メール。早い。恐る恐る開く。そして。『ありがとうございます!』大きな文字が目に飛び込んできた。『とても素敵です!』「……え?」『子どもたちが春を楽しみにできるような、優しいイラストですね。編集部一同、感激しております』「……」『ぜひ、今後もご相談させてください』メールの最後には、さらに一文が添えられていた。『社内でも「ぜひこの方にまたお願いしたい」と話題に
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-07-09
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第十八話 「私、まだ夢みたい」

「……」相沢ひまりは、スマホの銀行アプリを見つめていた。何度見ても変わらない。青空出版から振り込まれた報酬。確かに存在している数字。昨日から十回以上は確認している気がする。「夢じゃない……」ぽつりと呟く。本当に。夢じゃない。あの絵に。自分が描いた絵に。お金が支払われた。「うぅ……」思い出しただけで泣きそうになる。すると。ピロン。メッセージが届いた。蒼だった。【何してる?】ひまりはすぐ返信する。【通帳見てます】【まだ?】【まだです】【好きだね】【初報酬なんです!】送信してから少し考える。そして。ふと、あることを思い付いた。【神崎さん】【ん?】【今日、空いてますか?】【空いてる】即答だった。この人、本当に働いてないんだな。そんな失礼なことを考えてしまう。【ご飯行きませんか】少しして返信が来た。【いいよ】【私がおごります】既読。数秒。沈黙。そして。【何で?】【初報酬ですから】【うん】【だからお礼です】【お礼?】【蒼さんがいなかったら、私ここまで来られなかったので】既読。少し長めの沈黙。そして。【じゃあ行く】どこか嬉しそうに思える文章だった。ひまりも自然と笑顔になる。***夜。二人が待ち合わせたのは駅前だった。蒼はいつもの格好。「こんばんは」「こんばんは」「相沢さん」「はい?」「本当におごってくれるの?」「おごります」「本当に?」「本当です」「すごい」蒼が妙に感心している。「そこまで驚きます?」「初報酬」「はい」「大事なお金」「はい」「俺との為に使うの?」ひまりは少し照れた。「だって、お礼ですから」蒼は少しだけ笑った。その顔が妙に柔らかくて。ひまりは一瞬だけ視線を逸らした。***二人が入ったのは、少しだけ高級な洋食レストランだった。と言っても、学生や若い社会人でも利用できる程度。ひまりにとっては十分背伸びした店だ。店員に案内され席へ着く。蒼が辺りを見回す。「すごい」「そんなに?」「うん」「前行ったお店は、もっと高級だったのに」すると。蒼が首を傾げた。「何で?」「いや、何となく」本当は思った。顔が良い。育ちも良さそう。どこか余裕がある。なのに。蒼はメニューを見ながら言う。「ハ
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-07-10
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第十九話 「また会いたかった」

休日の午後。相沢ひまりは、大きな紙袋を抱えて街を歩いていた。画材店で、新しい色鉛筆と水彩紙を買った帰りだった。「これで、もっと描ける。」思わず笑みがこぼれる。少し前までなら、画材を買うことさえ迷っていた。けれど今は違う。絵は、自分の未来につながっている。そう思えるようになっていた。その時だった。「あれ……ひまり?」聞き覚えのある声。ひまりの足が止まる。振り返ると、ブランド物のジャケットを着た男が立っていた。桐谷優斗。元恋人だった。「優斗さん……。」優斗は驚いたような顔をしていた。「こんなところで会うなんて、偶然だな。」そう言いながら近付いてくる。だが、その表情はどこか作り物のようにも見えた。「久しぶり。」「……はい。」少しだけ気まずい空気が流れる。優斗はひまりの紙袋を見た。「画材?」「はい。」「まだ絵を描いてるんだ。」「はい。」ひまりは静かに答えた。優斗は笑う。「そういえば、SNSで見たよ。」「え?」「最近、イラスト投稿してるよね。」心臓が少しだけざわつく。別れたあとも見ていたんだ。「結構、評判いいみたいじゃん。」「ありがとうございます。」「いやぁ、驚いたよ。」優斗は苦笑する。「正直、あの時は趣味だと思ってた。」「……。」「こんなに反響があるなんて思わなかった。」その言葉に、ひまりは何も返せなかった。別れる時。「今の君と付き合っていてもメリットがない。」そう言ったのは、目の前の人だ。優斗は少し視線を泳がせる。「……実はさ。」「はい。」「近くで撮影があったんだ。」偶然を装うような口ぶり。けれど。ひまりは少し違和感を覚えた。この画材店は住宅街にある小さな店だ。芸能人が偶然来るような場所ではない。「そうだったんですね。」それだけ答える。優斗は話を続けた。「最近どう?」「元気です。」「仕事は?」「イラストのお仕事を少しずつ。」「へぇ。」優斗は少し笑った。「頑張ってるんだな。」「はい。」「昔のひまりなら、すぐ諦めてたのに。」その言葉に。ひまりは首を横に振った。「違います。」「え?」「昔も、諦めたことなんてありません。」優斗の表情が止まる。「ただ……。」ひまりは少しだけ笑った。「自分を信じられなかっただけです。」その笑顔は、
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-07-11
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第二十話 「私は前に進みます」

休日の昼下がり。相沢ひまりは、出版社との打ち合わせを終え、駅前を歩いていた。編集者の三浦からは、新しい企画の相談も受けた。「ぜひ次回もお願いしたいです。」その言葉が、今でも胸の中で何度も響いている。仕事が終わった達成感と、新しい挑戦への期待。自然と足取りも軽くなる。その時だった。「ひまり!」突然、後ろから声がした。振り返る。そこには桐谷優斗が立っていた。「優斗さん……。」昨日、偶然を装って再会したばかり。今日は明らかに違った。息を切らしている。まるで探し回っていたかのようだった。「やっと見つけた。」「……どうしたんですか?」優斗は少し苛立ったような表情を浮かべる。「昨日の返事、本気だったのか?」「はい。」「本当に、やり直す気はないのか?」ひまりは静かに頷く。「ありません。」その一言で、優斗の表情が変わった。「ふざけるな!」駅前に怒鳴り声が響く。通行人が足を止める。「俺は、お前のためにどれだけ時間を使ったと思ってる!」「……。」「売れなくなった時も一緒にいた!」「……。」「相談にも乗った!」優斗は一歩近付く。「俺が育ててやったんだろ!」その言葉を聞いた瞬間。ひまりの心は、不思議なくらい冷静だった。昔なら。泣いていた。謝っていた。自分が悪いと思っていた。でも、今は違う。ひまりは真っ直ぐ優斗を見る。「違います。」優斗が眉をひそめる。「何?」「育ててもらってません。」静かな声だった。けれど。はっきりとした声だった。「私が子役だった頃、一番支えてくれたのは母でした。」「……。」「演技を教えてくれた先生もです。」「……。」「今、絵を描けるようになったのも、自分で描き続けてきたからです。」優斗は何も言えない。ひまりは続ける。「優斗さんが私にしてくれたことを、全部否定するつもりはありません。」「だったら!」「でも。」その言葉を遮る。「私の人生は、私が歩いてきたものです。」風が吹いた。優斗は悔しそうに歯を食いしばる。「最近少し仕事が増えたからって、調子に乗るなよ。」「……。」「また人気なんて落ちる。」「……。」「イラストだって、そのうち飽きられる。」ひまりは静かに聞いていた。すると。ふっと笑った。「何がおかしい!」「ごめんなさい。」ひ
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-07-12
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