なのに今聞くと、初めての言葉みたいに胸へ沈んだ。 廊下の向こうでワゴンの車輪が鳴り、消毒液の匂いが病室の隙間へ薄く流れ込んできた。「誰が何を言っても。血がどうでも。家の名前がどうでも」 祖母の指が、私の手の中で少し動いた。「誰かの代わりじゃない」 祖母の手を包む指に、力が入った。「……おばあさま」「隆一には、負けなくていい」 その名前だけが、酸素の音の中にはっきり残った。 祖母は目を開けなかった。「会社のため、家のため。あの子はずっと、そう言ってきた。でもね、栞」 酸素の音が大きくなる。「……人を使ってまで残すものじゃないよ。家なんて」 扉の外で、何かが小さく動いた気配がした。 田辺さんが振り返る。ガラス窓の向こうに、隆一の影が見えた。琴美もいる。いつ来たのか分からない。 祖母の声が、もう一度細くなる。「戻らなくていい」 私は祖母の手を握ったまま、頷いた。「戻りません」「でも、恨みだけで、生きないで」 握っていた祖母の手が、急に重く感じられた。 祖母は、私の痛いところをいつも一度で当てる。「腹が立つなら、腹を立ててなさい。泣きたいなら泣けばいい。でもね……それだけで終わらないで」 私は何も言えなかった。 涙が落ちる。 手の甲に当たって、祖母の皮膚を濡らした。「ごめんなさい」 なぜ謝ったのか、自分でも分からなかった。 会いに来るのが遅かったこと。 もっと早く守り袋を取り戻せなかったこと。 祖母の知っていることを、今この場で全部聞きたいと思っていること。 どれも、たぶん本当だった。「謝るのは、私の方」 祖母が言う。「それから……」 田辺さんが少し身を乗り出した。 祖母の呼吸が浅くなっている。「封筒を、預けてあるの。田
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