Lahat ng Kabanata ng 身代わりで嫁いだ偽令嬢は、怪物当主だけが本当の私を選ぶ: Kabanata 151 - Kabanata 160

212 Kabanata

第151話 静かな別れ

 なのに今聞くと、初めての言葉みたいに胸へ沈んだ。 廊下の向こうでワゴンの車輪が鳴り、消毒液の匂いが病室の隙間へ薄く流れ込んできた。「誰が何を言っても。血がどうでも。家の名前がどうでも」 祖母の指が、私の手の中で少し動いた。「誰かの代わりじゃない」 祖母の手を包む指に、力が入った。「……おばあさま」「隆一には、負けなくていい」 その名前だけが、酸素の音の中にはっきり残った。 祖母は目を開けなかった。「会社のため、家のため。あの子はずっと、そう言ってきた。でもね、栞」 酸素の音が大きくなる。「……人を使ってまで残すものじゃないよ。家なんて」 扉の外で、何かが小さく動いた気配がした。 田辺さんが振り返る。ガラス窓の向こうに、隆一の影が見えた。琴美もいる。いつ来たのか分からない。 祖母の声が、もう一度細くなる。「戻らなくていい」 私は祖母の手を握ったまま、頷いた。「戻りません」「でも、恨みだけで、生きないで」 握っていた祖母の手が、急に重く感じられた。 祖母は、私の痛いところをいつも一度で当てる。「腹が立つなら、腹を立ててなさい。泣きたいなら泣けばいい。でもね……それだけで終わらないで」 私は何も言えなかった。 涙が落ちる。 手の甲に当たって、祖母の皮膚を濡らした。「ごめんなさい」 なぜ謝ったのか、自分でも分からなかった。 会いに来るのが遅かったこと。 もっと早く守り袋を取り戻せなかったこと。 祖母の知っていることを、今この場で全部聞きたいと思っていること。 どれも、たぶん本当だった。「謝るのは、私の方」 祖母が言う。「それから……」 田辺さんが少し身を乗り出した。 祖母の呼吸が浅くなっている。「封筒を、預けてあるの。田
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第152話 祖母が残したもの

 そして、静かに時刻を告げた。 祖母の手は、まだ温かかった。 それが、いちばん残酷だった。「……おばあさま」 呼んでも、返事はなかった。 私は泣き声を出さなかった。 声を出したら、手を離してしまいそうだった。 白い壁に、午後の光が薄く広がっていた。 琴美が崩れるように椅子へ座り込む。隆一はベッドの足元に立ったまま、唇を動かしていた。何か言おうとして、何も出てこない顔だった。 律は、扉の外にいた。 約束通り、入ってこなかった。 私はゆっくり祖母の手をシーツの上へ戻した。 指を離すまで、何度もためらった。 田辺さんが、白い布を用意する。 その布が祖母の顔へ近づき、私は反射的に声を上げた。「待って。まだ、隠さないで」 声が出た。 みんなが私を見る。 私はバッグから守り袋を取り出した。保全袋の中に入れたままだから、直接は触れない。けれど、その色だけは祖母にも見えると思った。「これを、見つけました」 祖母にはもう見えない。 それでも、私は言った。「ちゃんと、取り戻しました」 田辺さんが視線を落とした。 琴美がまた泣いた。 隆一は何も言わなかった。言えなかったのかもしれない。 白い布が、祖母の顔に静かにかけられた。 病室の時計だけが、変わらず進んでいた。 廊下へ出ると、足元が少し沈むような感覚がした。 律がそこにいた。「朝霧さん」 その声を聞いて初めて、病室の外へ出たのだと分かった。「……泣けないんです」 口にすると、自分でも驚くほど平らな声だった。 律は答えるまでに間があった。「今じゃなくても、いいでしょう」「……あとからでも?」「さあ。あとから来るかもしれないし、来ないかもしれません」 それ以上の言葉はなかった。 背中に、壁の
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第153話 葬儀の席で

 焼香の匂いは、病院の消毒液よりもずっと柔らかいはずだった。 葬儀場の厚い絨毯が、靴音を吸い込んだ。 それなのに、息の奥に残ったまま離れなかった。 黒いワンピースの袖口を、私は膝の上で一度だけ摘まんだ。布は新しい。榊家の者が昨夜のうちに用意してくれたものだ。サイズは合っていた。動きにくくもない。 けれど、喪服の黒は、体に馴染むまで少し時間がかかる。 葬儀場の控室には、親族用の白い札が並んでいた。 如月隆一。 如月琴美。 如月未央。 その列の端に、一つだけ違う札が置かれている。 朝霧栞。 隣には、榊律。 札の前で、足が止まった。 如月の列から外されている。けれど、弔問客の端に追いやられているわけでもない。白い札は、親族席の一角に置かれていた。 誰かが決めた席順だ。 たぶん、律だ。「位置を変えますか」 背後から相良さんの声がした。 いつも通り静かな声だったが、今日はわずかに低い。喪服の黒いネクタイがきちんと結ばれている。相良さんは、手にした進行表を胸の前で伏せていた。「いえ。ただ、少し驚いただけです」「……でも、助かります」 相良さんの目が、下がった。「では、そのままご案内いたします」 私は頷いた。 葬儀場の廊下は、昨日の雨をまだ少し残していた。参列者の傘袋から落ちた水が、床の端に薄く伸びている。足を滑らせないよう、ゆっくり歩いた。 式場の入口に近づくにつれて、声が増えた。 親族の小さな挨拶。受付で名前を書く音。香典袋を差し出す時の紙の擦れ。誰かがすすり泣く声。 その中に、未央の声があった。「祖母は、最後まで家族のことを心配してたんです」 涙を含ませた、よく通る声だった。 私は足を止めなかった。「ずっと、私たちを見守ってくれていて……本当に、優しい祖母でした」 受付脇で、未央が親族らしき年配の女性にハンカチを押し当てている。喪服姿は
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第154話 葬儀で責める者

「待ってください」 声を上げたのは、未央ではなかった。 隆一の弟にあたるという男性だった。名前は、顔だけを何度か見たことがある。三年前、私が追い出される時には、何も言わずに廊下の奥から見ていた人だ。「その席は親族席だろう。彼女はもう如月じゃないはずだ」 その言葉を受けて、親族の何人かがこちらを見る。 琴美が小さく息を呑んだ。 隆一は祭壇の前で僧侶と話していたが、その声に振り向いた。 私は、札の上の自分の名前を見た。 朝霧栞。 如月ではない。 それは私が選んだことだ。「ええ」 私は答えた。「如月家の人間じゃありません。もう」 ざわめきが広がる。 未央の口元が、ほんの少しだけ緩んだ。 私は続けた。「でも、静江さんに最後まで名前を呼んでもらった者です。今日ここにいる理由は、それで足ります」 男性の眉が動いた。「生意気なことを。育ててもらった恩も忘れて」「育ててもらった」という言葉に、昔の癖で肩がこわばった。 育ててもらった。 その言葉は、昔なら逃げ場を塞ぐ縄だった。 でも今日は、少し違った。「恩を忘れてないから、来ました」 私は声を落とした。「売られた記憶まで、恩にはできません」 周囲のざわめきが引いた。 言いすぎたかもしれない。 けれど、言った後の後悔はなかった。 隆一の顔が灰色に近くなる。琴美が口元を押さえた。未央は、一瞬だけ泣く顔を忘れた。 その時、車椅子の小さな車輪の音が聞こえた。 律が、式場の入口から入ってきた。 今日も黒い仮面をつけている。 黒い喪服に黒いネクタイ。顔の半分を覆う黒い仮面。けれど会場の誰もすぐには声を出せなかった。噂の怪物当主としてではなく、榊グループの当主としてそこにいる。その事実が、場のざわめきを飲み込んだ。 律は私の隣で車椅子を止めた。「お話の途中、失礼します」 声は短く、しかし場を遮るには十分だ
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第155話 静かになった会場

 言葉はそこで止まった。 正しいとも、よく言ったとも言わない。 私は前を向いた。 祭壇には、祖母の写真が飾られていた。 病室で見た顔より少し若い。白い髪をきちんと結い、背筋を伸ばしている。私が如月家にいた頃、よく叱られた時の顔に近かった。 お焼香が始まる。 隆一、琴美、未央。 未央は泣きながら立ち上がった。動きがきれいだった。誰が見ても、悲しむ孫に見える。 香をつまむ指も、涙を拭う手も、少しも乱れない。 私はその後ろ姿を見ていた。 未央は振り返らない。 ただ、親族席へ戻る時、私の隣に置かれた律の名札を見た。 顔が小さく歪む。 悲劇の孫でいるための場所に、私が座っている。 それが未央には耐えられないのだと、分かった。 私の番が来た。 足元が頼りない。 律が動こうとした気配があった。 でも、手は伸びてこなかった。 私は一人で立ち上がる。 焼香台の前に進むと、抹香の粒が小さな山になっていた。 端をつまむ。 軽い。 こんなに軽いものを落とすだけで、人は別れを形にしようとする。 香炉へ落とした瞬間、白い煙が細く上がった。 祖母の写真を見た。 栞は栞でいい。 もう声は聞こえない。私は写真の前で、しばらく頭を上げられなかった。 席へ戻る途中、琴美と目が合った。 琴美は泣いていた。けれど、私が近づくとハンカチを握る手が止まる。「栞……」 名前だけだった。 私は立ち止まった。「今日は、祖母を送る日です」 琴美の唇が震えた。「それ以外の話は、後日にしてください」 焼香の列がいったん途切れ、受付係が香典帳の頁を整えた。 優しくは言えなかった。 でも、乱暴にも言わなかった。 琴美はゆっくり頷いた。 未央がその横で、ハンカチを強く握った。「お母様、今は…&hel
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第156話 九条家からの弔問

 受付で香典袋を差し出す。  白い封筒の隅に、見覚えのある紋があった。  その紋を見た瞬間、受付台のざわめきが遠のいた。  守り袋の裏にあった、あの刺繍に似ている。  男が顔を上げた。  視線が、まっすぐ私へ向かう。  知らない人のはずだった。  知らないはずなのに、足が一歩も動かなかった。  律の手が、車椅子の肘掛けに置かれる。  相良さんの表情が消えた。  男は、ゆっくり歩いてきた。 「如月静江様には、昔、一度だけお世話になりました」  声は丁寧だった。  丁寧すぎて、かえって息が詰まる。  隆一が慌てて近づいた。 「九条様。まさか、ご弔問いただけるとは」  九条。  その二文字を聞いた瞬間、胸の奥が冷えた。  男は隆一に軽く頷き、けれど視線は私から動かさなかった。 「こちらの方は」  隆一が答えるより先に、律が言った。 「朝霧栞さんです」  男の目が、細くなる。  それは笑みではなかった。 「朝霧」  ゆっくり、確かめるように繰り返す。 「そうですか」  私は何も言わなかった。  言葉を返したら、何かを掴まれそうだった。  男は一歩だけ近づいた。  焼香の匂いと、濡れたコートの匂いが混ざる。 「よく、似ていらっしゃる」  誰に、とは言わなかった。  焼香の列のざわめきがふっと薄くなった。  私はバッグの奥の守り袋を意識した。  男の視線は、私の顔から離れない。 「失礼。初対面で言うことじゃありませんでしたね」  そう言って、男は名刺を差し出した。  九条康生。  白い名刺の文字が、やけに濃く見えた。  受け取るか迷った瞬間、律が低く言った。 「弔問の場です。名刺交換は、後日に」  康生の指が止まる。  ほんの一拍。  それから、名刺はゆっくり引っ込められた。 「榊様は、相変わらず慎重でいらっしゃる」 「必要な場面です」  二人の視線がぶつかり、周囲の会話が遠のいた。  私は律の隣から動かなかった。  守られているというより、危険の向きを示されている感覚だった。  康生は私をもう一度見た。 「また、改めて」  その言葉だけを残し、祭壇の方へ向かった。  黒い背中が遠ざかる。  一度息を吸ってからでないと、声が出なかった。  吸ったつもりなのに、肺まで届か
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第157話 九条康生との初対面

 線香の煙は、時間が経っても薄くならなかった。 窓辺のレースカーテンが、空調の風で揺れていた。 焼香台の前を人が通るたび、線香の煙が形を変えた。菊と線香の匂いが、口の中に残っていた。泣き声はもう少ない。親族たちは控室へ移り、葬儀社の人が祭壇脇の供花札を一枚ずつ確認している。 私は受付台の端に置かれた香典袋から、目を離せなかった。 九条康生。 黒い墨で書かれた名前は、他の弔問客のものよりも整っていた。整いすぎていて、紙そのものが温度を持っていないように見える。 右下に押された小さな紋。 守り袋の刺繍と似ている。 ただ、同じだと断言するには、まだ細部が違う。 蔵で見た古い布の感触が、指先に戻ってくる。手袋越しだったのに、あの布の柔らかさだけが皮膚の内側に残っていた。「栞」 低い声が、横から落ちた。 律は車椅子に座ったまま、祭壇ではなく受付の奥を見ている。視線の先で、九条康生が焼香台から離れたところだった。 康生は急がない。 会釈する相手には、相手が先に頭を下げるまで待つ。声をかけられれば微笑む。遺族に慰めを述べる時も、言葉の量は多すぎない。 その所作だけなら、礼儀正しい人に見えた。康生は焼香を終えると、親族席、受付台、私の順に視線を動かした。「戻りますか」 律が訊いた。 私は香典袋から視線を外した。「まだ、帰りません」「顔色は悪いです」「今日、もう何度か言われました」「では、私からは一回だけにします」「……一回なら」 律はそれ以上言わなかった。「何か起きてからでは遅いこともあります」「分かっています。でも、今は残ります」 声が硬くなった。 律は一度だけ頷いた。「言い方が強すぎました。すみません」「……謝るところじゃないです」 言ってから、袖の下で指を握る。 ありがとうと言う前に、肩に力が入った。気づいて、袖の中で指をほどいた。
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第158話 母の名を問う男

「ご丁寧にありがとうございます」 律の声は平らだった。 いつもの冷たさとは少し違う。表に出す感情を意識して消している声だ。 車椅子の車輪がカーペットに沈み、金具が一度だけ小さく鳴った。 康生の視線が、律の黒い仮面を一度なぞった。 顔を見るというより、噂との違いを確かめている目だった。「お噂とは、ずいぶん違うご様子で」「噂は便利です」 律はすぐに返した。「人が何を見たいか、よく教えてくれる」 康生は、口元だけで微笑んだ。「なるほど。さすが榊家の当主でいらっしゃる」 褒められた気はしなかった。 私は一歩だけ、律の車椅子の横へ寄った。逃げるつもりはなかったが、一人で平気なふりをする余裕もなかった。 私が律の横へ寄ったことを、康生は見逃さなかった。「こちらが、朝霧栞さんですね」 朝霧、のところで一拍、間があった。 如月ではないことを確認したような間。「朝霧栞です」「はじめまして。九条康生と申します」 差し出された名刺はなかった。葬儀の場だからかもしれない。ただ、名刺を出さなくても名だけで通じると知っている人の名乗り方だった。 私は頭を下げた。「祖母のためにご弔問いただき、ありがとうございます」 口にした「祖母」の二文字が、うまく息に乗らなかった。 康生はその言葉を聞いて、目を細めた。「よい方でした。静江様は、昔から人を見る目のある方だった」「祖母をご存じだったんですか」「ええ。直接深いお付き合いがあったわけじゃありませんが、如月家とは古い縁があります」 如月家とは。 私とは言わない。 静江と深い付き合いがあったとも言わない。 それ以上は足さなかった。 律は何も言わない。 その静けさが、かえって妙だった。普段なら、必要なところで短く線を引く。けれど今は、康生の一語ずつを聞いている。 私は受付台の方を見た。 香典袋の紋。 守り袋の刺繍。
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第159話 初めて細められた目

「申し訳ありません。面差しが、あまりに似てたものですから」「誰に、ですか」 言葉が先に出た。 康生の笑みが、ほんの少しだけ深くなる。 焼香台の白い煙が、途中で形を崩した。「……古い知人に」「古い知人」と濁した声を聞くと、さっき口の形だけで呼ばれた「葵」が蘇った。呼ばれたのは私ではないのに、その名が耳の奥にまとわりつく。「その方じゃありません」 数珠の房が、指に一本絡んだ。 声は思ったより低く出た。 康生は頷いた。「もちろんです。人は、誰かの代わりにはなれません」 祖母の声が一瞬よぎった。でも、康生に言われると、同じ言葉には聞こえなかった。「では、どうして今の質問を」 康生は答えなかった。 代わりに、祭壇へ目を向ける。 静江の遺影が、白い花の中で微笑んでいた。写真の中の祖母は、私を責めていない。けれど、何かを急かしているようにも見える。「静江様は、最後まで隠し事の多い方でした」 康生の声は穏やかだった。 数珠を持つ手に、力が入った。「ご本人は、それを愛情と呼ばれたのでしょうが」「祖母を」 言葉が詰まった。 祖母の葬儀で怒鳴り返すわけにはいかなかった。 それでも黙れば、康生の言い分を認めたように見える。 彼は私が返すのを待っていた。 その待ち方に、優しさは感じなかった。 律が低く言った。「九条様。弔問のお言葉は、すでに頂戴しました」 康生は律へ向き直る。「榊様は、相変わらず人を遠ざけるのがお上手だ」「今は必要です」「彼女を九条家から遠ざけるおつもりですか」「その話は、本人に聞いてください。私に聞くことではありません」 律の返答は早かった。 律はそこで口を閉じた。 康生の表情は動かなかった。 親族控室から聞こえていた声が遠のいた。 親族控室へ続く廊下から、誰かの足音が近づいてくる。葬儀社の人
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第160話 止められた会話

 怒りでも面白がりでもなく、計算にない反応を一つ記録したような目だった。「それは、危うい」「危うくても」 声を出す前に、唇を一度湿らせた。 言葉は止めなかった。「知らないところで話を進められるのは、もう嫌です」 隣で、律の指が肘掛けに触れた。 康生は、ゆっくりと頷いた。「……静江様が、あなたを手放したくなかった理由が分かる気がします」 手放す。 その言葉が、骨に触れた。 私は祖母を失ったばかりだ。なのにこの人は、祖母の愛情まで、誰かが持っていたもののように言う。「祖母は、私を持ち物にしたことはありません」 声の終わりが揺れた。 言い直さなかった。「一度も」 康生の視線が私の喪服の袖口へ落ちた。守り袋は、バッグの奥にある。 それを知っているのか、知らないのか。 分からないまま、康生はまた微笑んだ。「大切にされてたのですね」「……大切な人でした」「ならば、なおさらです」 康生は一歩だけ近づいた。 律の手が肘掛けを押さえる。相良さんが受付台の横からこちらへ目を向けた。高瀬さんは少し離れた場所で、弔問客名簿を閉じる。 誰も大きく動かない。 だからこそ、全員が動ける位置にいることが分かった。 康生は、私だけに聞こえるほどの声で言った。「あなたは、ここにいるべき人ではなかった」 数珠の糸が、指の間で小さく軋んだ。 ここ。 如月家の葬儀か。 榊家の隣か。 朝霧栞という名前の場所か。 訊き返す前に、康生は一礼した。「それでは、また」 黒い喪服の背中が、会場の出口へ向かう。 足音は最後まで乱れなかった。 私は数珠を握ったまま、康生の背中が消えるまで立っていた。 律が私の名を呼んだ。「……意味を、聞くべきだったでしょうか」 よ
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