葬儀場の裏口を出た瞬間、線香の匂いが薄くなった。 車輪が厚い敷物を押し、かすかな軋みだけを残した。 代わりに、濡れたアスファルトの匂いがした。夕方から細い雨が降っていたらしい。屋根の端から水滴が落ち、黒い石畳に小さな輪を作っている。 私は喪服の袖口を押さえた。まだ指先に、九条康生の視線の重さが残っていた。 あなたは、ここにいるべき人ではなかった。 あの言葉は、葬儀場の音の中に紛れなかった。焼香の鈴の音よりも、親族のすすり泣きよりも、ずっとはっきり残っている。 ここ、とはどこなのか。 如月家なのか。 祖母の葬儀の場なのか。 それとも、私の人生そのものなのか。 車寄せに榊家の車が停まっていた。相良さんが後部座席の扉を開け、律は車椅子のまま私を見上げる位置にいた。「このまま、榊邸へ戻れますか」 短い問いだった。 大丈夫です、と言いそうになって、やめた。「帰るしか、ありません」「では、今は戻りましょう」 律は康生の話を続けなかった。私も口を開けないまま、膝の保全袋の端を指でなぞった。 車が動き出すと、窓の外で葬儀場の白い灯りが遠ざかった。膝の上の小さな保全袋が、雨の光を受けて曇って見える。 守り袋。 祖母が、私に残したもの。 蔵の暗がりから取り戻した、古びた布の重さが、今さら膝に沈んでくる。「今日、ここで開ける必要はありません」 律が言った。 私は返事をしなかった。 開けたくない。けれど、開けなければならない。祖母はもういない。聞き返す相手は、どこにもいない。「……開けるのが怖いです」 律は保全袋へ目を落とした。「今、開けなくてもいい」「でも」「戻ってからでも、遅くない」 私は横を見た。 律の顔は、車内の薄暗さと黒い仮面で半分だけ影になっていた。左側の頬に手をやる癖だけが、仮面の縁の上に残っている。隠している時間の長さは、そう簡単には消えないのだろう。「ずいぶん
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