All Chapters of 身代わりで嫁いだ偽令嬢は、怪物当主だけが本当の私を選ぶ: Chapter 211 - Chapter 212

212 Chapters

第211話 消えない怒り

「……もっと早く、ここまで話すべきでした」 短い返事だった。あの時途中で終わった話が、ようやく繋がった。それでも、すぐに気持ちが追いつくわけではなかった。 私は湯呑みを持ち上げた。茶は苦く、冷えた磁器が掌へ張りつく。「怒られた方が楽ですか」 律は自分の右手を見た。署名をし、車輪を動かし、私へ触れる前にはいつも止まる手だった。「……少しは」 その短さが、かえって腹立たしかった。「ずるいですね」 律の指がわずかに曲がった。何か言いかける。「今、謝らないでください」 律は口を閉じた。 本当に黙るので、今度は少しだけ拍子抜けした。 私は笑えなかったが、呼吸は少し戻った。「事故のことを聞いたら、腹が立ってるのに、放っておけないって思ってしまって。……それが、また腹立つんです」 律の眉間に力が入る。哀れまれることへの拒絶が一瞬だけ出たが、彼は飲み込んだ。 律は何か言いかけ、湯呑みへ視線を落とした。「……嬉しいと思ってしまいました。あなたが、放っておけないと言ってくれて」 律は苦しそうに口元を歪めた。「でも、それに甘えて許されたことにはしたくありません」 言い切ったあと、律は湯呑みを少し遠ざけた。「まだ怒っています」「逃げません」 今度の返事には、反省の説明も将来の約束もつかなかった。 机の上に置かれた律の右手は、指を開いたままだった。差し出しているのではない。ただ、引っ込めずにそこにあった。 私はその手を見た。怒りが消えたわけではない。それでも、手を引っ込められる前に触れてみたいと思った自分を、今度は否定しなかった。「手を、見せてください」 律は一瞬だけまばたきをし、右手をテーブルの上へ出した。事故の時についた細い傷が、手の甲から親指の付け根へ薄く走っている。書類の上では知り得なかった凹凸だった。 私は触れる直前で指を止めた。律は促さず、掌を返
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第212話 療養院への侵入ではなく訪問

 怒りは消えていない。それでも、手を離す気にはならなかった。傷の上に置いた指の温度だけが、今は確かだった。 テーブルの端末が震えた。 青嶺療養院からの正式回答。面会拒否理由は、本人意思ではなく『家族側管理方針』。 白い画面を見た瞬間、手の温度が遠のきそうになる。私は反射的に律の指を少し強く握った。 律は画面を覗き込まず、私が読むのを待った。 家族側という文字は太く見えた。それでも、今度は一人で受け取ってはいなかった。 家族側管理方針。 画面に並んだその文字を、私はしばらく見ていた。 端末の画面だけが、テーブルの上で白く光っていた。 本人の意思ではない。画面には「家族側管理方針」とだけある。誰の名前もなかった。 律の手に触れていた指先から、少しずつ力が抜けていった。離そうとすると、今度は逆に、触れていたことの方が急に恥ずかしくなる。けれど、律は何も言わなかった。私の指が自然に離れるまで、ただ待っていた。「……行きます」 自分の声は、思ったより乾いていた。 高瀬さんからのメッセージには、青嶺療養院の正式回答が添付されている。面会不可。理由は、家族側管理方針により、外部者との接触制限を継続中。施設としては、管理者の指示に従う。 文面には、誰の名前もなかった。「今夜じゃありません」 律が言った。「今夜は動きません」「本当に?」 少しだけ責めるように聞こえた。私は顔を上げる。「侵入したりしません」 律の目が、揺れた。 たぶん、彼が言いたかったことを先に言ったからだ。「母かもしれない人を、最初に見る方法が、盗み見や押しかけになるのは嫌です」 口にしたあと、胸の内側が痛んだ。 母かもしれない人。 まだ、そうとしか呼べない。「でも、行きます。正式に」「明朝、高瀬に同行させます」「榊さんも?」「あなたが望むなら」 私は少し迷った。「……来てくださ
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