弟の薬を捨てた私を、母は人殺しと呼んだ のすべてのチャプター: チャプター 11 - チャプター 13

13 チャプター

第11話

それきり、私は二度と何もねだらなかった。――結局、私は自分の貯金箱の小銭をかき集めて、あのシールを買ったのだ。シールの裏側の台紙には、鉛筆でこう書かれていた。【おかあさんが もう おこらなくなったら、りあんの おくすりばこに はってあげる。そうしたら、もう かせいふさんも まちがえないから】父はドア枠にしがみつくようにして、ゆっくりと床にしゃがみ込んだ。母が這うようにして父に近づき、その手から星のシールをもぎ取る。透明なパッケージが、強く握りしめられてクシャクシャと音を立てた。彼女は立ち上がり、ふらつく足取りで玄関へ向かって走り出した。父が慌てて追いかける。「どこへ行くんだ!」母は私のピンクのノートと星のシールを胸に抱えたまま、裸足のまま冷たい廊下のタイルを踏みしめ、エレベーターホールへと駆け出した。「病院よ!」母は叫んだ。「お医者様に言いに行くの!星那はちゃんと理安の背中を叩けたし、薬箱にシールも貼ろうとしてた!あの子は……あの子は、悪い子なんかじゃないって……!」エレベーターの扉が開いた。中には、同じマンションに住む二人の住人が乗っていた。彼らは母の異様な姿を見ると、無言のままサッと隅へ避け、道を譲った。だが、母はエレベーターには乗り込まず、不意に振り返って誰もいないリビングに向かって声をかけた。「星那。さあ、お母さんと一緒に行きましょう」私は玄関に立ったまま、一歩も動かなかった。どれだけ待っても、私が母の元へ行くことはもうない。やがて、エレベーターの扉がゆっくりと閉まった。母が胸に抱きしめていた星のシールのパッケージは、強く握り潰すように抱えられ、角が不自然に折れ曲がっていた。結局、母が病院へ行くことはなかった。エレベーターが一階に着いた途端、母は床にしゃがみ込み、星のシールを抱え込んで一歩も動かなくなってしまったのだ。「病院の廊下は明るすぎるわ」母はうわ言のように繰り返した。「もし星那がその光を見たら、家に帰る道がわからなくなってしまうかもしれない……」父がうずくまった母の肩を抱え上げるようにして支え、家まで連れ帰った。その道中、母はずっと私の名前を呼び続けていた。近所の住人たちがドアの隙間からその様子を窺っていた。事情を知らない小さな子どもが「どうし
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第12話

ただ、あの物置部屋にだけは決して入ろうとしなかった。ドアは常に開け放たれている。中のポリバケツはすでに片付けられ、床のペンキも綺麗に拭き取られていた。ただ、ドア板にこびりついた灰黒い指紋の跡だけが、そのまま残されている。父はその前を通るたび、わざと大きく迂回して歩いた。まるで、あの中にはまだ「何か」が閉じ込められているかのように。一方、母は毎日そのドアの前に座り込んでいた。私の黄色いワンピースを抱きしめ、ドアの敷居のところにお皿を並べるのだ。「星那、ごはんよ」初日は、ミルククリームのパン。二日目は、温かいコーンスープ。三日目は、私が昔一番好きだったハンバーグ。料理が冷めると、母はそれをキッチンへ運んで温め直した。そして温まると、またドアの前に持ってくる。それを何度も、何度も繰り返した。ついに父が耐えきれなくなり、そのお皿を取り上げた。「……あの子はもう、食べられないんだぞ」母は虚ろな目で父を見上げた。「あなただって、あの日テーブルにパンを置いていったじゃない」父の手が、ビクンと震えた。ガシャン、とお皿が床に落ちて割れる。ハンバーグのケチャップがドア板に飛び散り、小さな血痕のような赤い染みを作った。夜になり、父の姉である美穂おばさんが理安を抱きながら、母を慰めようとした。「死んだ子はもう生き返らないのよ。あなたたちにはまだ理安くんがいるんだから、前を向いて生きていかなきゃ……」母はゆっくりと首を回して、おばさんを見た。「私はね……『まだ理安がいるから』なんてずっと考えてたから、星那を失ったのよ」美穂おばさんは、それ以上何も言えなくなった。おばさんが帰った後、父は私の部屋から一枚の絵を見つけてきた。それは、私たち家族四人が描かれた絵だった。お父さんとお母さんが、真ん中で理安を抱っこしている。私は一人、少し離れたドアのところに立っていて、手には星のシールを持っている。画用紙の裏には、こう書かれていた。【りあんが おおきくなったら、わたしのこと おぼえててくれるかな?】父はその絵を握りしめたまま、一晩中床に座り込んでいた。翌朝、父はその絵を額縁に入れ、リビングの一番目立つ壁に掛けた。それを見た母は、突然弾かれたように駆け寄り、額縁ごと壁
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第13話

写真の中の私は、あの黄色いワンピースを着て、嬉しそうにイチゴを高く持ち上げている。ずっと昔、母が撮ってくれた写真だ。あの頃の母は、「星那、お母さんの方見て〜!」と言いながら、カメラを構えて私を追いかけ回してくれていたのに。今の母には、本当の私の姿はもう見えない。父は毎朝、理安を抱きかかえて私の写真の前に立った。「ほら、お姉ちゃんにおはようって言いなさい」言葉がまだうまく話せない理安は、たどたどしく言った。「おねぇちゃん……あよ」父は静かに頷く。「理安。お姉ちゃんは、お前の命の恩人なんだぞ」父は毎日毎日、その言葉を理安に聞かせ続けた。私はいつも、そのすぐ隣に浮かんで二人を見ていた。理安はすくすくと成長していった。喘息の発作が起きても、もう吸入マスクを怖がることはない。吸入が終わるたびに、自分で星のシールを一つ台紙から剥がし、不器用な手つきで薬箱にペタッと貼るようになった。ある日のこと。理安がシールを貼り終えた後、ふと父に尋ねた。「おねえちゃん、どうしておうちにかえってこないの?」父はシンクで吸入用の薬杯を洗っていた。水道の蛇口から、勢いよく水が流れ落ちる音が響く。しばらくして、父は蛇口をキュッと閉めた。「……お父さんとお母さんが、取り返しのつかない悪いことをしたからだよ」理安が不思議そうに見上げる。「すごく、わるいこと?」父はしゃがみ込み、理安の目を真っ直ぐに見つめた。「ああ。すごく悪いことだ」「ごめんなさいしたら、ゆるしてくれる?」父の唇が、小さく震えた。「世の中には……ごめんなさいじゃ、許されないこともあるんだ」理安はうつむき、薬箱に並んだ星のシールをじっと見つめた。そして、その中から一つだけシールを剥がし、私の写真立ての角にそっと貼り付けた。「……これ、おねえちゃんにあげる」その日の夜、父は理安を連れて私の眠るお墓へとやって来た。退院してきたばかりの母も、一緒だった。母は以前よりも随分と痩せ細り、髪は短く切りそろえられていた。その胸には、あのピンクのノートが大事に抱きかかえられている。私の墓石の前に立っても、母は以前のように泣き叫んで取り乱すことはなかった。ただ静かにノートを供え、その横に新しい星のシールの袋を一つ置いた。
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