All Chapters of 豪華客船で棄てられた社長令嬢の私が、海を統べる剛腕御曹司(幼馴染)に溺愛されています: Chapter 51 - Chapter 60

67 Chapters

第51話 微笑みを失ったのは彼

慎太郎は微笑んでいない。 人質を取られているのだから、笑っている場合でないことは分かる。 でも彼は、どんな場面でも笑顔を絶やさなかった。 それが今はない。 非道を憎む人の顔だ。 カタンとゆっくり足を踏んで、私たちに近づいてくる。 「お、おい! 動くなって言ってるだろ! 何してる! 早くこいつを」 「外の連中なら、僕が始末した」 淡々と言う慎太郎に、私たちは驚かされてしまう。 (あんな怖い連中を一人で?) 信じがたいけど、純の声に応じず、銃声がしないのが何よりの証拠だった。 「それに僕は、武器を持ってない」 「う、嘘だ!」 「なら確かめてみるか? あぁそうか。一条にはそんな度胸も、度量もなかったな」 「う、うるせぇ!」 純が慎太郎に銃を向ける。 「止めてっ!」 しかし彼は、それを遠くへ捨て、私を乱暴に突き放した。 「苦しめて、殺してやる! お前なんか!」 憎悪に塗れた瞳で語っていた。 「いつもいつも! 俺の邪魔ばかりしやがって! どいつもこいつも!」 そして拳が慎太郎に向く。 でも、それを見透かしていたように慎太郎は純を一撃で吹き飛ばした。 「君は、本当に単純だ」 私は唖然としてしまった。 あの剛腕から放たれたのは、大砲か何かかと思ってしまうほどに。 「大丈夫かい?」 「え、えぇ。なんともない」 慎太郎は安心させるように微笑み、私へ手を差し伸べてくれた。 凄い怖い思いをしたけど、 「助けに、来てくれたの?」 「僕だけじゃないよ。美濃部や細道が」 と、私は慎太郎に顔を近づけて、 「細道?! 細道はどうなって!」 慌てて聞いた。 しかし彼は一瞬、黙り込んで目を泳がせる。 「・・・・・・細道は、病院に運ばれて治療を受けてる。安心して」 言い聞かせるように私を抱きしめた。 それでも、必死に誤魔化そうとしているのが伝わってきてしまう。 彼だって人間なんだと、改めて思えてしまう。 「さっここから脱出しよう」 「う、うん」 慎太郎の手を取り、私は工場の出口へ向かった。 外へ出ると、工場の入り口の看板に目が入った。 「大曲造船・・・・・・」 「ここを提供したのは、あの大曲 小町だよ」 やっぱりと、納得が
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第52話 軌跡

怯えと怒りの声が綯い交ぜになって、造船所の中にこだまする。 一条と慎太郎様が言い合ってるんだとすぐに分かったけれど、 「どうしてあの女が迎えられるのよ」 田沢湖 羽海から渡された拳銃を手に唇を噛む。 あんな悪女ばかりが目につけられて気に食わない。 地団駄を踏みそうになる。されども必死に堪えた。 (この一悶着が終わったら、これであの女を) 三人の動向をただ静かに見守り、 「今だ」 そのときがやってきた。 静かに、忍び寄るように。 造船所を出て行く二人の後を追って、私は拳銃を構える。 生きていられる喜びを、絶望に変えてあげる。 そう言って、引き金に指を掛けた瞬間だった。 「何事なのっ?!」 響いたのは銃声。 引き金は引いていない。 咄嗟に銃が地面に落ちて、私は身を隠した。 (まさか私、撃たれた?) 焦っていた頭が冷静になって、身体をまさぐるように触る。 足に腕、心臓に頭。 撃たれていたら死んでいるところも確かめるが、どこも痛くない。 じゃあ死んでしまったのかしら? それにしては、物は触れるし感覚もある。 私は覗くように外を見やる。 「慎太郎様っ!」 不意に見えた彼の姿に思わず見蕩れてしまう。 でも、みんな銃声に驚いていて身を伏せていた。 「一体、誰が・・・・・・もしかして」 私は遠く橋の上へ目を向けた。 「貴方・・・・・・見てたの?」 鬼の形相と目が合う。 そして私たちを無能と罵るように、手すりを叩いて、痛む手を押さえていた。 「何よっ! こんな滅茶苦茶企てたくせに!」 私は造船所の中で叫んだ。 こんな目に遇わせたのも全部、あの女のせい。 絶対に・・・・・・この手で。 「ホールドアップ」 私がイチャつく二人を睨んでいると、背から低い声色が聞こえる。 「今は悪ふざけをしてる場合じゃないでしょ! 早くあいつを殺して!」 振り返ると、それは純の部下じゃなかった。 「はい。拉致監禁と銃刀法、その他諸々で現行犯ね」 気怠げそうな刑事と、青い制服の警察官達だった。 私の手首に嵌められた手錠は、冷たく重たかった。 「お前も捕まったか・・・・・・」 パトカーへ連行されている最中、憔悴しきった純が言った。
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第53話 絶望と甘々の表裏

何よ。 何よ何よ何よ! 手の風穴を見ながら、私はグラスを握りしめる。 綱島 慎太郎にあんな護衛や戦力があったなんて調査しても出てこなかった。 雇った傭兵も、一条 純と大曲 小町まで捕まった。 警察が私に辿り着くのは時間の問題。 いいえ、あいつらが日野内 香織を取り戻した時点で、企ての全てが暴かれているかも知れない。 絶対にあってはならない。 この私が負けるなんて。 あんな女なんかに! 「夜中に呼び出しておいて、礼もなしか?」 真夜中の隠れ家バーで、男が声を掛けてくる。 私は怒りの滲んだ顔を和らげた。 「ごめんなさい。ちょっと失敗しちゃってぇ」 「挨拶は良い。仕事の話をしよう」 「この女を私の目の前で殺してほしいの」 男に写真を渡すと、生えていた髭を撫でながら呻る。 「どこで決行する?」 「海上レストランの開業セレモニーがあるの。場所はここよ」 「イージーな仕事だな。報酬は?」 小切手に金額を書く。 綱島グループお抱えのご令嬢だ。大物の相場は大体七桁くらいだけど。 「一億か。乗らない手はないな」 「じゃあお願いね。方法や人選は任せるわ。これは前金」 札束を一つ持たせてやる。 そのとき、私は撫でるように男の手に触れた。 「期待してるわね」 「そういう戯れはしない。金さえ貰えればそれでいい」 「つまんない」 男に抱かれるのは好きだ。 特に金や力のある男を服従させるのは、何よりも幸せ。 でも綱島 慎太郎は私に墜ちない。 何よりあの女、日野内 香織が横にいるのがむかつく。 「そろそろ、この世とお別れしましょうね。日野内さん」 今からワクワクして仕方がない。 彼の前で赤い華を散らして倒れる日野内 香織の姿を見るのが。 これで全部、終わらせられる。 失敗しても、どうせ金で動く殺し屋風情だ。 この手で始末してしまえば良い。 ポーチに隠した拳銃を一瞥して、笑う。 「そうだ。忘れていたわ」 まるで買い忘れを思い出したように、スマホを取った。 電話したのは、スペアの連中たち。 「あの二人、始末しておいてね」 返事はブツリと電話の切れる音だけ。 辿ってくるのなら、痕跡を消してしまおう。 私に関わった全ての人間を消
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第54話 踏み出す一歩は甘美な抱擁

あの事件から数日。 私は午前だけの仕事に復帰した。 (何か、慎太郎のためにやらないと) そんな想いが体を駆り立てていた。 「十時からは柊さんと会議。資料もまとめておいたから」 「ありがとう」 慎太郎がタブレットを見ながら、嬉しそうに頷く。 そういえば、前みたいに深刻そうな顔をしてないし、粋すぎた気遣いもない。 むしろ楽しそう。 「良いことあった?」 「え?」 私が尋ねると、彼は首を傾げた。 「なんだか嬉しそうなんだもの」 「ふふーん。そうだね。今が、最高に良いことかな」 「どういうこと?」 起きてから通勤の間、特に良いことがあったなんて気はしない。 変わったことと言えば、細道の代わりに美濃部が送り迎えをしてくれたぐらい。 尋ねると、すかさず私の元へ寄ってきて、 「香織がいないとき、ずっと寂しいって感じてたからさ。こうして、同じオフィスにいることが、たまらなく嬉しいんだ」 心が弾んでしまう。 トクントクンと、急き立てるように。 命かながら生きていることも相まって、だんだんと強くなっていく。 「私も」 ぽっと頬が熱くなっていた。 (慎太郎が、今日は人一倍に愛おしく見える) 「照れてるところも美しいよ。僕の女神だ」 無邪気なのか、それとも私の心を読んで言っているのか。 彼の屈託のない笑みを見ても、まるで判らない。 顔の火照りを隠すように、慎太郎を抱きしめた。 「社長ー。JMNの柊さんがお見えになってますけど・・・・・・おぉぉ?」 ふと、ノックして入ってきた高梨と目があった。 会社で、ハグをしてることなんて珍しくはない。 でも、時と場合は考えていたはずだ。 私が話そうと慎太郎の背中をトントンと叩くが、 「ありがとう高梨君。少し、彼女と談笑しててくれ。すぐに行くよ」 「あっあぁはい! 社長も・・・・・・ごゆっくり!」 高梨は慌てたように言うと、バタンと扉が閉まった。 まるで見せつけるようだとも想った。 「嫌だった?」 嫌ってわけじゃ・・・・・・。 理性ではダメだと分かってる。 本当は、会社じゃ我慢しなきゃとも思ってる。 でも、分かってても抗えない。 だって好きな人を抱きしめていたいし、繋がっていたい。 首を
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第55話 再会――違和感の正体

会議が終わって、 「この後、ランチでもどうかしら?」 奏に誘われた。 困惑して慎太郎と彼女とを交互に視ていると、 「行っておいで」 「ありがとう。仕事、ごめんなさい」 背中を押して貰えた。 けれど気兼ねなくという訳ではない。 (気遣って貰ってるのに遊んでちゃね) 小さく手を振って、私は思った。 会社を出ようとしたところで、 「日野内さん」 呼び止められて足が止まる。 慎太郎が上へ戻った直後だった。 「孝三さん? こちらへいらしていたんですか?」 「えぇ。綱島さんに会いに」 そういえば午後にも来客の予定が入ってたっけ。 孝三さんが柔和な笑みで一礼する。 「この方は?」 「一条 孝三さんです」 奏が身構えた。 「大丈夫。慎太郎の協力者ですよ」 私は慌てて伝える。 無理もないとは思う。一条の話は今や政財界に流れているのだもの。 「す、すいません。JMNの柊と申します」 「あっこれは。すいません。名刺をお持ちしていなくて。一線を退いてしばらくですから」 納得する。 見た目は定年後に余生を楽しむおじいさんなのだ。 苦く笑うが、 「そうなんですね・・・・・・その、息子さんのお話は」 「もう耳にしていますよ。その事でお礼を」 「お礼?」 尋ねた奏が首を傾げた。 息子が捕まって、その元凶が自分の息子なのだ。 てっきり謝罪しにきたのだと思ったんだろう。 「以前、お会いしたときに仰っていましたよね。けじめを付けさせたいって」 「日野内さんには酷い事をしました。本当に申し訳ない」 「いいえ! こうして生きているんですもの。お腹の子も無事で」 「変な話ですよね。息子へ手を下してくれと言い、お礼を言いに来るなど」 「・・・・・・親の手を離れても、子供は子供ですから。一条さんは息子さんを愛されているんですね」 奏が言う。 「まさか。あの愚息をですか」 「じゃなきゃ、ここまで足を運ばないですもの。道をただしたいって思うから、綱島さんに手を貸したんでなくって?」 孝三は熟考して、 「その通りだと、思います。気づかないだけだったかもしれませんが」 「切ろうとしても親と子の縁って切れないものですよ。ね? 香織さん」 「え
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第56話 追憶――トラウマ

ランチを終えて、私は一足先に帰っていた。 慎太郎以外とする食事なんて久しぶりで、なんだか新鮮だったけれど、 「少し寂しかったな・・・・・・」 奏の話が退屈だったわけじゃない。 新しい船を作って、その名前を決めて欲しいと一緒に考えたことは、とても楽しかった。 けれど提案するたびに隣を見てしまう。 視線が惹かれていた、とでもいうのだろうか。 見えない。 ここにいないはずの彼へ。 「綱島さん見てたでしょ?」 「え?」 「名前の候補を言うと、すぐに隣を見る。分かるわよ」 奏にも気を遣わせてしまったかもしれないと、反省している。 別れ際にも、 「今度は綱島さんも一緒にね」 「ごめんなさい。上の空で」 「良いのよ。本当に愛してるのね。なんだか若返ったみたい」 年の功なのか。 そんな私を見て、懐かしさに微笑んでいた。 倒れるようにソファに寝転がった私。 疲れていたんだろう。 このままじゃ、 「慎太郎の足を引っ張っちゃう」 微睡みの中で言う。 そして広がる暗闇。 ハタと起き上がったとき、私はあの工場にいた。 攫われ、囚われていた工場・・・・・・いや造船所だ。 おかしい。 なんで・・・・・・。 今まで見てきたのは夢だったの? アレは間違ったハッピーエンドだった。 そしてまざまざと見せつけられる。 慎太郎の亡骸を。 「嫌っ!」 「香織?!」 目を覚ますと、慎太郎が飛び上がる。 「え・・・・・・?」 起きたときは訳が分からなかった。 どちらが現実で、どちらが夢なのか。 起きて、無意識に慎太郎の体に触れた。 感覚もある。体温も感じる。 彼は生きる。 でも、今のは一体なんだろう。 「死んじゃ嫌」 「・・・・・・悪い夢を見てたんだね」 慎太郎は察知して、ゆっくりと私の肩を抱いてくれた。 「僕は生きてるよ」 気づけば泣いていた。 涙が彼の胸を、腕を濡らす。 (トラウマ?) 暗闇にいると、考えてしまう。 ここへ帰ってきて、一人でいるとどうして過ってしまう。 また攫われてしまうのではないか。 そこにはいない恐怖に駆られてしまう。 「ごめんなさい」 「謝ることないよ。香織は何も悪くない
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第57話 命への執着

思い出の蓋が開かれるたびに、 「なぜ、私が狙われるのかしら」 田沢湖 羽海の存在に気掛かりになってしまう。 一体、私が何をしたのか。 命まで執拗に狙ってくるのか。 「香織?」 昼前の社長室。 ふと呟いた言葉が慎太郎にも届いていたみたいだ。 「ううん。ちょっと気になってね。でも、聞いたところで何にもならないわ」 そう流したけど、彼の顔は腫れない。 「やっぱり、気になるかい?」 「今更よね。別に確執っていう確執があるわけじゃないと思うの。そもそも、私が彼女を知ったのは、一条にいたからなんだけど」 田沢湖 羽海の存在を知ったのは、純と付き合い出してからだ。 何度かグループ企業の視察にいったとき、彼女の姿は目に入っていた。 印象には特に残っていない。 普通に働く女性社員。良識はあるが、サラリーマン特有のフランクさもある。 だからか、私が恨まれる理由もない。 「気になると良くないけど」 彼がタブレットにメールを送ってくれる。 「あまりいい話じゃないな。だから、気に病まないで欲しい」 心配そうに言う。 その言葉には引っ掛かるけど、 (自分の事だもの。向き合わなきゃいけないよね) 恐る恐る、添付されていた資料を開いた。 元田沢湖財閥の令嬢。 その言葉でハッと思い出す。 確か半導体の事業で不祥事が明るみになって没落した・・・・・・。 でもそれって、私たちが十代、いいえもっと前の話だ。 静かに読み進めていくと、信じられないような箇条書きの羅列が続く。 「某国の諜報員・・・・・・工作員だったってこと」 真偽を疑いたくなるような話だった。 でも、純たちに誘拐されたときのことで合点がいく。 普通じゃない量の武器。 そしてマンションの警備システムをいとも簡単に破る技能。 田沢湖 羽海が昔の伝手を使って雇ったんだとしたら、あり得る話だ。 「これって本当なの?」 「間違いないよ。サマリアにいる社員に確認させたからね」 何よりこの情報を掴んでくる慎太郎も飛び抜けていると苦笑した。 だけど何の為に? 自問に微かな返答がある。 「復讐・・・・・・?」 浮かんで口にする。 むしろ、それ以外には考えられない。 私は日野内グループの事業を
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第58話 美しき朝と必死さ

次の日の朝。 ニュースを飾ったのは、私たちの決めた告発だった。 日野内グループの買収から船の爆破、この前の誘拐事件。 一条グループと、その裏にいた『田沢湖 羽海』の存在が明らかにされ、世間はそのことで持ちきりになった。 綱島グループの本社前にも報道陣が集まっていたが、 「申し訳ないが、会見まで待ってくれ」 慎太郎の一言で、車に詰めかけていた記者達が退いた。 「顔を知ってる者も何人かいるね」 知ってるからこそ、下手を打てば危うい。 賢明な人達だ、と私も苦笑する。 「でも、どうして私たちのところにも?」 「香織の話を聞きたいんだよ。君は綺麗だし、優しいから」 私の頬に手を置いて、甘い言葉を投げかけてくる。 けれどその中には、記者達への嫉妬も含んでいるような気がした。 「『僕しか許されないのに』って言うでしょ?」 「バレてた?!」 クスクスと笑う。 だって顔に書いてあるんだもの。 最近、慎太郎の仕草や癖、気持ちが一層分かってきた気がする。 「分かるわよ。私もそうだもの」 「香織も?」 「うん」 だって記者の質問に答えていたら、帰りが遅くなってしまうし、それに―― 「私とお話してほしいから」 甘えるように言う。 私も私で、ここまで変わってしまうとは思ってもみなかった。 「ところで大将。迎えの彼がなんだか困ってるぜ」 運転席の美濃部が愉快そうに言って、私たちは慌てた。 車はとっくに会社の玄関についており、社員の一人がドアを開けようか開けまいか、困惑していた。 「ごめん美濃部! ありがとう」 二人でエレベーターに向かう足取りはちょっとだけ早かった。 「今日の予定だけど」 社長室に着いて、仕事を始めた私たち。 すると扉のノックが遮るように聞こえた。 「入りたまえ」 私は息を呑んで、 「細道っ!」 顔に縫い跡を付けたコンシェルジュが凜とお辞儀をした。 私も慎太郎も掛けよって、手を取る。 「退院したんだな。おめでとう」 「はい。ご迷惑をおかけしました」 「あの、お怪我の具合は?」 「心配ありません。死ななければ、軽いものです」 サイボーグのような台詞に、思わずクスリと来てしまう。 「ですが慎太郎様」 「聞い
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第59話 コンフリクト

そのお願いに頷けなかった。 信じていないわけじゃない。 役に立つって分かってる。 全てを終わらせる為。 でも、それでも。 「ごめんなさい」 彼に深々とお辞儀をして謝る。 逡巡していた。 田沢湖 羽海の前に出ることが。 「少し、考えさせて欲しい」 私は苦い顔をして言う。 きっと慎太郎は困ってしまうだろうと思った。 でも彼は、 「ううん。ゆっくり考えて欲しい」 私にも、これが田沢湖 羽海の意志を挫くには最良だと考えていた。 けれど同時に恐怖が背筋を伝っている。 私はそのまま社長室を出て、一人レストランへ向かった。 カウンターの席で、サラダを頬張りながら、 「どうしたら、良いんだろう」 ぼやいてしまう。 今まで、慎太郎のお願いには無条件で頷いてきたはず。 なのにこれだけは譲れない。 私は、私自身が大切なのだ。 情けない・・・・・・。 慎太郎たちは命を張って、戦ってるのに―― 「やぁ香織君」 不意に声を掛けられて、俯きがちだった顔が上がる。 「立花さん」 「珍しいね。一人なんて」 「ちょっと考え事していて」 そういうと、立花さんの気さくな笑みが曇る。 「喧嘩かい?」 「そういうのじゃないんです。ううん、私自身で喧嘩してるのかも」 自分で言っていて、意味が分からない。 けれど彼は汲み取ったみたいで、 「コンフリクトって奴かな」 「え?」 コンピューターで競合、つまりぶつかり合ってることを意味する言葉だ。 「考えがぶつかり合ってるってことだよ」 確かにそうだ。 心が揺れている。 慎太郎のお願いに応えたい自分と、恐怖で足が竦んでいる自分。 情けないという自責と、立ち向かいたい勇気。 言い得て妙だと思った。 「詳しくは聞かないよ。でも、君には君にしかできないことがあるんじゃないかな」 「私にしかできないこと?」 「あぁ。成すべき事を成す。リスクを背負っても、与えられた使命なら果たすだけ。僕の矜持かなこれは」 この人は察してくれてるかもしれない。 慎太郎が何をしようとしてるのか。 私がどうなってしまうのか。 それで背中を押してくれている。 信じても良い。 今までだってそうだった。
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第60話 告白

香織が帰った後。 僕は田沢湖財閥、日野内グループの資料を読み漁った。 するとそんなデスクに一本の電話が入ってくる。 「どうした細道」 「受付に来客なんですが」 彼は少し困ったような声色をしていた。 午後に来客の予定はないし、アポ無しで来るなど失礼にも程がある。 「丁重に追い返してくれ」 「そうしたいんですが、先代の日野内社長がお出ででして」 驚いて思わず声量が大きくなる。 「すぐに案内してくれ」 掌を返すようだったが、そんな些事はどうでも良い。 僕は姿見の前でネクタイを直して、つま先から頭を念入りにチェックする。 (香織のお父さんに会うんだ・・・・・・ちゃんとしなきゃ!) 大きく深呼吸をして、僕は出迎えた。 「十年ぶりくらいですか」 僕はパッと笑顔を咲かせて出迎える。 香織の父『日野内 宗二』と堅い握手を交わす。 「娘がお世話になっております」 そう言って深々と頭を下げていた。 「頭を上げてくださいよ。むしろ僕がお世話になっている方で・・・・・・コーヒーでもいかがですか?」 応接用のソファに手招きして、僕たちは正対した。 「それで、本日はどのような御用で」 「特にこれと言ってではないんだが、香織が気になりましてね」 「申し訳ありません。香織・・・・・・日野内さんは、もう帰られまして」 「そうでしたか・・・・・・押し掛けて申し訳ない」 「いえいえ!」 心配する気持ちは痛いほど分かる。 香織の意志を無視しては話せないと、ぐっと堪えていた。 (ちゃんと終わるまでは会えない・・・・・・か) でも、この人は香織のお父さんなんだ。 命かながら助かった娘の事を聞く権利はある。 いつもなら即決即断できるのに、迷いが心を揺さぶる。 「心配ですよね」 「えぇ・・・・・・」 「元気に働いていますよ。僕も凄く助かっていますし」 「香織は・・・・・・」 言い掛けてハタと、宗二は言い淀む。 「なんでもおっしゃってください。お応えできるかもしれませんし」 「いいえ。あの子は、私を恨んでいるんじゃないかと考えてしまい」 なるほど、と僕は得心した。 「私は何もできなかった。娘に会社を継がせたのも、半ば一線から退きたいって気持ちもありました
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