All Chapters of 豪華客船で棄てられた社長令嬢の私が、海を統べる剛腕御曹司(幼馴染)に溺愛されています: Chapter 21 - Chapter 30

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第21話 バスローブから覗く物

 グランシャリアのスイートルームで薄い桃色のワインを一口飲む。 慎ちゃんが用意してくれた祝杯。今まで飲んできたどんなお酒よりも美味しく思える。 終わってみると、あの緊張や恐怖が嘘のように吹き飛んでいる。 何より、プレゼンをしている彼の雰囲気に、舞台上でも飲まれていた気がする。「おまたせ」 声がしてバスルームの方に向く。 そこにいたのは紛れもない慎ちゃん。 だが、バスローブから覗かせるその筋肉に、思わず見蕩れてしまった。「どうかした?」「う、ううん!」 スーツ越しでは気がつかないほどの隆々とした筋肉。 いじめっ子に囲まれていた姿が嘘のような肉体美に思考が硬直してしまったのだ。「えっとそのぉ」 身体をまさぐるような視線。慎ちゃんも流石に気がついて、「会社に入ってから、漁に出てた時期があったんだ。それで身体が仕上がった」「漁に?」 きっと船頭さんのような立ち位置なんだと、勝手に想像していた。 だって水産業では誰もが知る企業の社長だ。「そうだよ。太平洋でクロマグロを追ってたんだ。うちは一本釣りだったから、100キロの奴とかいた」「凄いのね慎ちゃん」「だから、こんなこともできるんだ」 そう言って、私の膝と首元に腕を回すと、「きゃっ」 ふわりと全身に浮遊感がある。「お姫様になったみたい」「香織は僕のプリンセスだよ」 甘いマスクからそんな言葉が放たれるとは思ってもみない。 私はあからさまに目を彷徨わせ、照れてしまった。「もっと褒めてくれても良いんだよ?」 私をソファに下すと、上目遣いの慎ちゃんにそんなおねだりをされてしまう。 体つきとは対称的で、甘えん坊なのは昔と変わらない。「そうだね。よく頑張りました」 頭を撫でると、子犬のように喜んでくれる。「でもビックリした。レストランのオーナーって、いつの間に考えてたの?」「元々、レストランを開く構想はあったんだ。後ろから豪華客船を見てピンと来た。それにこのツナは今日来てくれた人達に絶賛だったからね」 私はクスリと笑う。「まぁ仕事の話はこれくらいにしてさ」 そっと慎ちゃんはワイングラスを持つ私を抱きしめた。「香織の匂い、凄く安心する」「・・・・・・少し汗臭いかも」「良いんだよ。一緒に遊んだ時の事を思い出す」 すぅっと私の匂いを嗅ぐ。 首元に吹かれる呼吸が
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第22話 共犯関係

私は部屋で思いっきり吐いた。 口にして、しかも絶賛した料理があの女のだと知ったからだ。 気持ち悪い・・・・・・気持ち悪い気持ち悪い。 「いつまでそうしてる気だ羽海」 「うるさいっ!」 化粧水の瓶を投げる。 なんであの女が、綱島と一緒に! 彼の隣にいるのは私が相応しいのに。 権力と財産の隣にいるのは私なのに。 ちょっと出来が良いからって、すぐに私を足蹴にしてくる。 日野内 香織・・・・・・私の幸せを片っ端から奪っていく厄介な女。 許さない・・・・・・絶対に許さない! 拳に力が入り、ここでは発散しようのない怒りがこみ上げてくる。 すると純のスマホがやかましく鳴った。 「どうした・・・・・・あぁ例の件か。あんなボロ船、売ってやれ」 「ボロ船・・・・・・?」 聞こえてきた内容に覚えがなく、私は純に詰め寄る。 「ねぇボロ船って何?」 「お前には関係ない」 純の仕事の事はある程度、私も把握している。 でなければ、この無能が儲けを出すことは難しいし、何より日野内を乗っ取ったことのボロが出る。 彼は目を逸らして誤魔化そうとするが、 「私言ったよね? 隠し事は無しだって。あぁそれと綱島慎太郎となんの話をしていたの?」 「だからお前には」 「あぁそう。じゃあ豚箱にぶち込まれても文句ないのね」 純の顔が引き攣る。 「じょ、冗談だよ・・・・・・綱島から日野内の豪華客船を売ってくれと頼まれた」 「・・・・・・それで?」 「呑まなければ日野内の株を暴落させたことを公表すると脅された・・・・・・呑まざるを得なかったんだ」 細々とした声で白状する純。 あんな爽やかな顔をして、かなり強引な手段なのねあの人。 感心しながらも、私は純の顔を上げてそっと口づけをする。 「そんなのブラフよ。でも、引き離されたのは少し痛手だったかしらねぇ」 この人は私がいないとロクに仕事ができないんだもの。日野内を奪い取れたのだって、私がいたから。 「ねぇ純。ちょっと良いこと思いついたんだけどぉ」 「・・・・・・もう綱島には関わらない方が良い」 そう寝ぼけた事を言い出す。 軟弱な男。 日野内の金と権力を握っても、それ以外が乏しい残念な男。 「怖がることないわよ。また乗っ取
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第23話 何気ない朝のひと時——うごめく影

 眩い日差しが目に注ぐ。 慎ちゃんが用意してくれた高層マンションの一室で目が覚めて、「おはようございます」 ハウスキーパー『北島 穂希』が用意してくれた朝食にありついた。 新事業発表のパーティーから一週間。 私の新しい一週間が始まる。「本日は和食でございます」「ありがとう」 テーブルに着くが、その対面にはもう一食、同じ物が置かれている。「北島さんのご一緒に?」「いいえ。私のではございませんよ。多分もうすぐ」 ガチャリと玄関の扉が開く。 スタスタとフローリングを歩いてきたのは、「やぁ香織」「慎ちゃん?!」 思わず驚嘆が漏れた。「今日から新しい一週間じゃん? 一緒に出社したくて」「昨日の朝から仰られてましたよ」 仕事のスイッチが抜けた慎ちゃんは、本当に無邪気だ。「でも、嬉しい」「何か言ったかい?」「ううん何でも。じゃ、食べよっか」 二人で一口目の味噌汁を啜った。「まさか、またこうして慎ちゃんとご近所さんになるなんてね」 会社を継いでから・・・・・・いいえ、もっと前からは考えられなかった。 親の都合で引っ越した幼馴染みと再会して、また近所になるなんてことが。「でも、一緒に住みたかったなぁ」 と、ちょっぴり哀しげな顔をする慎ちゃん。「少しの辛抱だからね」 私も、出来うることならそうしたい。 だけど、まだ心の準備が出来ていない。「私はまだ何も返せていない。助けて貰ったこととか、勇気づけられたこととか、株の事だって」(その時は私から)「良いんだ。僕をこうして一人前にしてくれたのは香織だからさ。あ、でも一つだけお願いがあるかな」 そう言って私の袂まで来ると、「僕の傍を離れないで欲しい。僕の隣にいてくれないか?」 ご飯粒のついた口元で言い、手をそっと握ってくる。「冷めちゃうから、食べましょ」 取ってあげて私の口に運ぶと、二人で顔を綻ばせた。(普段は抜け目ないのに、二人の時は抜けてるのが愛おしい)「そういえば、ここって空き部屋だったの?」 箸を握り直して、私は尋ねた。 純が私の家を勝手に売り払っていたのは、大体の想像がついていたけれど、「パーティーの後だったのに、すぐだったよね?」「不動産の情報はうちの者が常に把握してるからそのときには手配してた」 だから、私が愛用していた家具達がここに置かれ
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第24話 不穏な影は彼か否か

 仕事が一段落した昼休み。 汗一つ掻かず、時間も忘れて没頭する慎ちゃんにランチの報せを届けてあげる。「もうそんな時間か」 タブレットから柔らかい視線を上げて、大きく背伸びした。「そろそろ出張に出ないと行けない時間か。移動ばかりでごめんよ」「ううん全然。今日は・・・・・・この後、立花様と会食の予定が入ってますけど」 私が手帳のスケジュールを告げると、「しまった。僕、新幹線の時間と被らせてたかも」「大丈夫。変えておいたから」 ホッと彼は胸を撫で下ろした。「香織のおかげだね」「スケジュールを直しただけよ」「それでも助かった。ありがとう」 机の端に腰を掛け、私の髪を愛でる。 私を求めるような表情に応えたいけど・・・・・・。「立花様がお見えです」 コンシェルジュの細道が入ってきて、私たちは居直った。(人の前じゃ恥ずかしいっていうのは、昔と変わらないのね) 懐かしさを感じながら、私たちはランチに赴いた。 綱島グループ本社の中に入っているレストラン『クイーンパーチ』。 三つ星レストランを手かげたお抱えのシェフが、慎ちゃんの為に腕を振るっているという。「ハード面の要望、承りました。最速で手配させていただきます」 食前酒のように、クルーズレストランで使う電子機材の打ち合わせをする。 メモを取っていると、気まずそうな視線を感じた。「どうかしました?」「あぁいや。先日は失礼しました」 私は首を傾げたが、「まさか慎太郎君のガールフレンドとはつい知らず」「普段もあんな風に女性に声を掛けてるんですか?」「いいや。興味のある人間だけだよ。男性も含めてね」 てっきり女に目がないタラシだと思っていた。 けれど彼は、「酒を飲み交わして、どんな人柄なのか、普段はどんな仕事をしてるのか、気になる性分でね。慎太郎君ともそうやって出会った」「面白いおじさんでしょ?」「おいおい。僕はまだ38だよ。おじさんというのには少し若い」 確かに少し面白い。 するとワインのボトルが届いて、「そんなわけでここは一つ」 グラスが三つ、囲んでいた私たちの前に並ぶ。 この後も予定がある――(とは言いづらいわよね) お相手は大企業『ナノテック』の社長で、下手に断ってさっきの話が流れたら困る。 困って慎ちゃんに瞳を逸らすと、「すまない。この後、仕事
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第25話 突き返す一言と悪女の足跡

キンと響く甲高い声に、私たちは足を止めた。 「何事だ細道」 慎ちゃんと遠巻きに見つめる先には誰もいない。 (幽霊?) そう思ったが、視線を少し下に向けると見えてくる。 「慎太郎様!」 私を見るや、ぱぁっと咲いた表情が陰る。 「大曲 小町か」 横目に見る呆れ顔。私も心の中で同じ思いを抱いた。 (仕事のお話をアポもなしに突撃なんてね) 「先日のパーティーでのお話は伺いました。私が大変魅力的なプランをお持ちしました!」 細道をその小さい身体で押しのけようとする姿は、とても見るに堪えない。 「あの大曲様」 彼女に近寄ると、 「何よ。そこじゃ慎太郎様のお顔が見えないじゃない。どきなさい!」 敵意を剥き出しにして言う。 「申し訳ありませんが、綱島社長はこの後も予定があります。そのお話を今はお請けいたしかねます」 「はぁ・・・・・・私は大曲造船の一人娘。日本を支える大企業の娘なの。相手を弁えなさい。私には、彼とビジネスの話をする権利と責任があるの」 権力者だから何でも許されている。 例えこの後に予定があろうとも、それを覆せるだけの権力を私は持っているのだ。 その思い上がりは呆れを通り越して、惨めにすら思えてくる。 (まさに虎の威を借る狐ね) 私は時計をチラリと見やる。 (この娘はいくら言っても聞き分けが無さそうね) 「あのねお嬢さん」 そう口火を切って、真剣な眼差しを大曲 小町へと向ける。 「今までそうして我が儘を通していたと思うけど、社会でそれは通用しないわ」 優しい声色で伝えてあげる。 自分が何者であっても礼を欠いたら終わり。 例え自分の部下である人間にも、礼節や感謝を忘れてはならない。 私の父がよく言い聞かせてくれたことだ。 大曲 小町は呆然と立ち尽くしていたが、無言で後退っていく。 姿が消える頃には、嵐が過ぎ去ったような静寂に包まれていた。 「行きましょう慎ちゃん。あぁいえ、社長」 ポカンとする彼に手を差し伸べた。 そして二人で社用車へと乗り込んだ折、 「先ほどはありがとうございます。あの程度を追い返せないなど、プライベートコンシェルジュ失格です」 と、自分自身を責める細道に、 「仕方ないさ。相手は子供みたいなものなんだから」 慎ちゃんが慰めるとい
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第26話 黄昏を惑う二人

古来から瀬戸内はこの地に住む人々へ繁栄をもたらしてきた。 夕陽の照り返しと緋色の港街はどこか幻想的で、横に座る慎ちゃんも、物思いに耽っているように映る。 「少し止めてくれ」 ふと、窓から顔を上げて彼は車を止めさせた。 「時間までもう少しあるね。ちょっと休憩しよっか」 扉を開いて、車を降りる。 窓の外に見えていた壮大な景色を前にして、 「隣どうぞ」 堤防に座る彼から、そう誘われる。 「綺麗」 小高いそこからは壮大な黄昏時の瀬戸内海が一望できる。 声が漏れてしまうほどの絶景。 すると慎ちゃんが私を肩に寄せて、 「本当、綺麗だよ。君に負けないくらい」 慎ちゃんの向く瞳は、私に注がれている。 揺らぎなく、情熱的に見つめられるそれに、私は思わず俯いてしまう。 「具合悪い?」 「ううん・・・・・・私も慎ちゃんに何かできないかなって」 少し気後れしている部分があった。 何でも出来る完璧な彼の横に、私は相応しいのかどうか。 けれど慎ちゃんが私を抱きしめて、 「僕をここまで支えてきたのは香織。心の中でずっと傍にいてくれたから、どんなに辛いことも乗り切れた。僕には君しかいないんだよ」 強く、でも優しいその抱擁。 受け入れたいけれど、私の中にはまだ種火が燻っている。 勇気を貰ったはずなのに、まだ彼の思いに応えられる自信がない。 でも (私自身が、なんとかしなくちゃね) ゆっくり腕を回して、私は慎ちゃんの胸に顔を埋めた。 声を掛けようか、ソワソワしていた細道が横目に入って、 「そろそろ行きましょう」 私は言い、車へと戻った。 そして向かっていた先は、 「ご足労をかけてしまい、申し訳ありません」 「無理を言ってすまない。終業時間は?」 「問題ありませんよ。お昼に出てきたばかりなので」 港町にある小さな事務所。 そこに待ち受けていたのはシワのないスーツを着た女性だった。 「こちらは?」 彼女の瞳が私を据える。 「日野内 香織です。先日、綱島社長の秘書になった」 「初めまして。ようこそ、『ジャパンマリタイムナショナル』本社へ」 (ここが?) 私は驚いて固まってしまう。 「香織、驚いてるね」 「最初はみんな同じ反応をされるんです」 本社という
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第27話 乱入と闘志

「これはこれは、『大曲 九郎』様ではありませんか。あなたもこちらへ?」「少し野暮用でね。そこを通ったら、なにやら気になるお話をされていたものでつい」 入ってきたのは、見せつけるようなビール腹の中年。 大曲造船の現会長。小町の父親である。「あぁそちらが例の」「秘書の日野内です」 一礼して顔を上げると、軽蔑の目線が飛んでいる。「小町から色々聞いているよ。なんでも、没落した社長令嬢が慎太郎君を誑かしてるとね」 そして厭らしく身体を一周すると、「ようやく納得が行ったよ。まぁ慎太郎君の慧眼を狂わすのも無理はない。しかしねぇ慎太郎君、付き合う相手は選んだ方が良い」 私が苦笑すると、「何がおかしい?」「確かに、香織の美しさと優しさは僕の慧眼を狂わすね」 慎ちゃんもどこか笑っていたが、「しかし、貴方の娘さんほど幼くない」「なんだと?!」「ここへ来る直前、アポも無しで娘さんが来ましたよ。追い返しましたけどね。それに」 慎ちゃんは肩に私を寄せて、「香織は僕の幼馴染みだ。婚約も交わしたね」 驚きつつも、私は慎ちゃんをマジマジと見る。「仕事の話を続けたいので・・・・・・細道」「かしこまりました。大曲様、本日はお引き取り願いたい」 『大曲 九郎』の顔は沸騰したように真っ赤だった。(わかりやすい人ね) しかし深呼吸を一つして、奏の横へどっしりと座り始めた。「あぁ・・・・・・だが、私も混ざらなければならないな。なんせ、ここの役員になったんだからな」「役員に?」 私が奴の顔を見ると、得意げに奏の髪を撫でて、「いやぁ屈指の大企業『JMN』の株を買い占めるのは大変だった」 と掻いてもない額の汗を拭き始めた。 大曲造船がここを買収する話など聞いたことがないし、情報も入ってきていない。「この計画も、勿論のことながら役員会議で承認されなければ進められない。だよな柊」 奏がコクリと頷く。 その表情は窓の方を向いていて見えないが、「せっかくのお話でしたが、実現は厳しいと思われます」 消え入るような声音で話す。 慎ちゃんに耳打ちしようとするけど、彼の顔は至って平静であった。「そうですか。では持ち帰って検討していただければ、と思います」「いやぁ悪かったねぇ。都会からこんなど田舎まで来て貰って」「いえいえ。では」 そのまま、私たちはJM
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第28話 慎太郎の苦手なもの

「しっかりと断っておけと言っておいたはずだ!」 蛍光灯に照らされる会議室で怒号が飛んだ。「申し訳ありません」 奏は深々と頭を下げるが、「お前は主人の命令すら聞けないのか? えぇ!」「綱島グループとは以前とも取引があり、無碍にするのは」「そんなことは聞いとらん! 聞けるのか、聞けないのか。どっちなんだ?」「いいえ。聞けます。すいません」 大曲 九郎はソファにどしりと腰を掛け、タバコに火をつけた。 怒鳴る男は好かない。横暴な振る舞いをする男はもっと好かない。 本当ならば頭すら下げたくない。 だが、遜らなければ私の立場が危うい。 今やこの男は今や実質的な社長である。「おい。こっちに来い」 だから、来いと言われれば傍に行くし、ここから消えろと言われれば消える。 不当解雇が出来ない分、職は無くならないが、「もっとだ。ほれ」 肩を抱き寄せ、胸に手が伸びる。 こんな屈辱に耐えなければならないのならば、死んだ方がマシにすら思える。 セクハラを告発したところで、この男に逆らったことが知れればどの道、路頭に迷うことになるのだから。 奏はそう思いながらも、感情を押し殺して耐える。「しかし、あの男も大概バカだ」 煙を吹かしながら、大曲 九郎は嫌みったらしく言う。「うちの娘と結婚していれば、今頃はもっと会社を大きく出来たというのに。そうは思わないか? 柊」 奏は戸惑いながらも、「そう思います。本当に、愚かだと思います」 正反対の思いを抱きながら、私は頷く。 端から見ても、あの二人は恋人だとハッキリ分かった。「あんな金にならない小娘なんかと付き合いおって。本当に腹が立つ。不祥事で一条に乗っ取られた無能と」 それを聞いた奏は呆然としてしまった。 ふと、買収の話が出た時を思い出した。 なんでもない、平日の昼下がり。 社長の口から出た事を。(弱みを握られたって社長は言ってたけど)「こんな時間に掛けてくるなと言っただろう!」 スマホが鳴ると、大曲 九郎は邪魔するなと言わんばかりに電話口で怒鳴る。 しかし向こうの言葉を聞くや口角が上がっていくのが分かった。「ほう。コンペか。なるほど」  私たちの提案は不発に終わってしまった。 一週間ほど、JMNの柊さんには交渉を取り付けようとしたが、「もう、終わった話ですので」 その言
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第29話 風雲の幕開け

綱島グループの本社ホール。 急遽、催されたコンペのために社員達がせっせと準備を始めている。 「社長が急に言うからー」 高梨は泣き目でぼやきながら、パイプ椅子を並べていた。 「ごめんよ高梨君。僕も手伝うから」 「私もやります」 慎ちゃんの後に続こうとするけど、 「香織は休んでてよ。出張前に色々と頑張って貰ってたからさ。後は僕たちに任せて」 そう言って私を端の席に座らせてしまう。 彼なりの気遣いなのは分かってる。 でも任せっきりなんて私にはとてもできない。 これじゃ、慎ちゃんの役に立ててるのか分からない―― 「香織は本当に意外な案を持ってきてくれる。今回のだって」 「でもうちの船っすよね? 見知らぬ人達、それも酒が入った人達に決めさせるなんて」 高梨と話す声が聞こえてくる。 彼の言うとおり、コンペの方法は無謀すぎるかもしれない。 もしかしたら、私の失敗を気にさせないという慎ちゃんの計らいかも。 そう思うと、あまりの荒唐無稽さに自分を笑いたくなってしまう。 「高梨君。実際にご利用されるのは、誰だか分かるかい?」 「そりゃ、会社の重役とか接待で使う人もいるし、観光で訪れた人、海外のセレブ達も注目していますから。だけどこの辺はビジネス街だし、感性がとても違いすぎやしませんか?」 「甘い。虫歯になりそうなくらい甘いよ高梨君」 冗談を交えつつも、遠目に見る慎ちゃんは至って真面目だった。 「君は歩く人々や車に乗っている人々を見て、誰が会社の重役か判断できるかい?」 「いいえ。俺みたいにラフな格好で社用車使わない人間もいますし、この辺りを歩いている人は、みんなビジネスマンだから区別はつかないっす。あぁそうか」 高梨は小槌を打つ。 「そう。つまりこれは顧客になると思う人々から直接聞く方法さ。とりわけ、もうお忍びで来ようとしてる人間か何人かいるみたいだけど」 「なるほど考えましたね。その発想はなかった」 お客様の気持ちはお客様から直接聞くほかない。 想像することも大事だし、それを数値や統計で見ることも必要になるけど。 (気持ちはやっぱり直接よね) そう思いながらも、私は慎ちゃんに自分もこのモヤモヤや想いを伝えきれていないことに気づかされてしまう。 愛してるという言葉に、まだキチンとした返事
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第30話 解き放つ本心

 グランガルフ試食会。 綱島 慎太郎がプロデュースする高級海上レストランで、その料理が採算も度外視の値段で味わえる。 噂は瞬く間に広がって、本社前に朝から並ぶ人まで現れていた。「これは、ちょっと想定外」 慎ちゃんの困り顔に私も同感だ。 多くの人々を満足させられるだろうか。 緊張で強張る表情。少し怖い顔をしているのは自覚があった。「緊張してる?」「うん。これだけ多くの人が詰めかけたから、上手くやれるか不安になってきた」「大丈夫だよ。香織のレシピで僕たちが感動したんだから」 そっと慎ちゃんの手が頭を撫でる。「きっと、みんなも喜んでくれるよ」 私はその手をそっと頬に持ってきて、「慎ちゃんは、どうしてここまでしてくれるの?」 ふと変な事を聞いてしまう。 客船から追い出された私を助け、それから綱島グループの一員としての地位をくれた。 普通なら、きっと他の人達のように見下してると思うのに、「昔、勇気をくれたから・・・・・・っていうのは、恥ずかしいのを誤魔化してたかな」 照れ笑みを浮かべて、彼は言う。「あのときから、ずっと好きだったんだ。香織のこと」「え?」「綺麗で正しくて、誰にでも立ち向かっていきそうな勇気があって。そのかっこよさに憧れてた反面、僕を気に掛けてくれたり、優しくしてくれるところが好きだったんだ」 私は、何か思い違いをしていたのかもしれない。 子供の頃は何にでも立ち向かっていけると思っていたし、日野内の社長だったときも怖いものなんてなかった。 皆が私の仕事を高く評価して、社員たちの信頼を勝ち取っていたからだ。 けれど失った後は、起こること全てに怖くなっていたのだ。 人の優しさや愛が、たまらなく怖かった。 やがて、自分自身の存在というのにも向いていた。 私なんかが・・・・・・地位もない私が、彼の隣に居て。「ごめんなさい」「謝ることはないよ。香織?」 気づけば、頬を涙が伝っていた。「私なんかで良いのかなってずっと考えてた。慎ちゃんにはもっと相応しい人がいるんじゃないかって」 押し殺していたものが全部溶け出していくように思えた。 彼の一途な瞳を見て、「ううん。僕の隣は、ずっと好きだった香織じゃなきゃダメなんだ」 そう言って私たちは抱きしめ合った。「しゃちょー。そろそろ時間・・・・・・っす」 抱え
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