INICIAR SESIÓN「お腹、大きくなってきたね」 ぽっこりと膨れたお腹を見て、慎太郎が微笑む。 私を安心させてくれてるんだろう。 「今日でしばらくお仕事はできなくなるけど」 言い掛けて、表情が曇る。 慎太郎の傍で支えられなくなってしまうことじゃなくて、 「最後かも、知れないって思っちゃった」 必死に安心させてくれてるのに私は・・・・・・。 落ち込みそうになるけど、彼は両肩を抱いて言う。 「僕が必ず守るから」 この人は、何を思ってるんだろう。 もし、もしも。 何かが欠けていて、私が死んでしまったら。 またあの怖い瞳で復讐するんだろうか。 ・・・・・・でも、死んじゃった後にそれを知る術なんてない。 「香織は絶対に死なない」 確証は無いけれど。 慎太郎がいるんだもの。大丈夫。 私は死なない。 愛してくれる人が守ってくれる。 私はその言葉を信じて、前に進む。 進むしかない。 今まで、与えられてばかりの私だったから。 今度は慎太郎の為に、何かしなくちゃいけない。 心が狩られ、恐怖を滲ませていく。 「あの、慎太郎」 私は、離れて行きそうな背中を掴んで呼んだ。 「なんだい?」 首を傾げる彼をしばらく見つめてから、 「んっ?!」 優しく、けど強く唇を重ねる。 したいだなんて、私が思うのは気恥ずかしくて今までなかったけど。 深く、甘く、重なっていくそれを、私は味わって離す。 息が苦しくなっても、彼とこうして繋がっていたいと思う。 私は呆気に取られている慎太郎にウィンクして、背中を見せた。 そして、淡い青のドレスを纏って。 海風の当たるステージに、私は立ったのだった。 香織から求められるなんて思いもしなかった。 肌の感触と、甘い唾液を噛みしめて、僕は少し酔ってしまったかもしれない。 突然吹いた、少し強い海風が僕を引き戻す。 全て完璧だ。 誰がどう行動しようと、香織に危害が及ぶ可能性はゼロに近い。 僕は美濃部から送られてくる配置図を見ながら、それでも拭えない不安を汗に溶かす。 「慎太郎様。警備の配置、整いました」 「ご苦労。それで」 「見立て通り、狙撃手が二人」 「美濃部に繋げ」 予想は当たっていた。 僕は耳に手を当て、 「予定通り、
プロポーズの言葉はまだ無いけれど。 薬指に嵌めた指輪は、確かな意味を示してる。 でも・・・・・・と私はベッドから起き上がって口にした。 「彼の口から聞きたい」 二度目の精密検査で、 「もう大丈夫でしょう。退院です」 怪我の度合いがそこまで大きくなかったからか、一週間程度の入院で済んだ。 これで仕事に戻れる。 でもその前に、慎太郎に聞かなくちゃいけないと思った。 指輪を渡すだけだなんてあまりに寂しい。 「本社へお願いします」 私は運転手に告げると最初は困惑していたが、 「慎太郎に会いたいの」 伝えて納得してもらえると、サムズアップまでしてくれた。 「香織?!」 社長室に入ると、慎太郎のあたふたした声が聞こえてくる。 直行してきたことがそんなに意外なんだろうか? 「体はもう大丈夫なのかい?」 「うん。異常ないって」 「そっかぁ」と、彼は胸を撫で下ろしていた。 「それでね」 と私は切り出して、左の薬指を押さえる。 言うんだ。しっかり。 「この指輪の意味なんだけど、慎太郎の言葉で聞きたいの!」 流れる雲が一瞬、止まったように思えた。 私の言葉に沈黙して、言い掛けようとしたときだった。 「ごめん香織。その言葉、少しだけ待ってくれないかな」 「え?」 その返事に、私はめまいがしてしまった。 だって指輪を渡されて、言葉は待って欲しいなんて分からなかったからだ。 「違うの? 私と結婚しようって」 「違くない。でも、まだなんだ」 どういう意味・・・・・・。 私は拳を握ってしまっていた。 それは欲しい言葉を言ってくれない怒りなのか。 本当の意味を知りたいじれったさなのか。 「ねぇ・・・・・・言ってよ」 自分でも駄々をこねてるっていうのは分かってる。 でも、でもでもでも。 私は社長室を飛び出してしまった。 「香織っ!」 追おうとする慎太郎だが、その背中は見守るしかなかったんだろう。 社長室からは出てこず。 私はロビーの裏の方で一人、泣いてしまった。 なんで、こんなに強欲になってしまったんだろうか。 慎太郎が私の事を好きでいるっていうことが、そうさせてしまったんだろうか。 早く欲しいと願ってしまう。 一週
目覚めると白い天井が視界一面に広がる。 清潔感の溢れる一人用の個室。 そして感じたのは、慎太郎の温かい手。 「慎ちゃん?」 マスク越しに籠もる声で、彼も気づく。 「痛いところはない? 大丈夫?」 慌てる声色を私は飛び起きようとする。 けれど全身に痛みが走った。 「寝てるままで良いよ」 「何があったの?」 「それが」 私が尋ねると、慎太郎は苦悶の表情を浮かべた。 酷く回って、壁にぶつかったのは覚えてる。 「赤ちゃんは?!」 大声を出してしまい、また背中に激痛が走った。 「無事だよ。香織が丈夫だったおかげだ」 「良かった・・・・・・」 安堵のため息が漏れる。 もし死んでしまっていたら、耐えられなかったと思う。 すると病室の扉が開いて、 「お目覚めになりましたか」 「あぁ。丁度良い細道、香織にも聞かせてあげて」 「かしこまりました」 軽い会釈をして入ってきた細道は、何やら気難しい顔で寄ってきた。 「事故・・・・・・いいえ、これは事件ですか。その原因が分かりました」 (事件?) 彼の言葉に引っ掛かる。 私の記憶では対向車や運転操作にミスはなかった。 車も普通に走っていたし、ブレーキが利かなかったなどということもない。 事件と言えるほどの出来事かと言われると違う。 けれど、細道が取り出したポリ袋の中身は、その引っ掛かりを消す決定的な証拠であった。 銅色の潰れた金属。 「これは弾丸だ」 「弾丸・・・・・・?!」 「タイヤにめり込んでいました。事故を起こした場所からも、車が狙撃されたと考えて良いでしょう」 狙撃? 弾丸? じゃあ、あの事故は偶然じゃなかったってこと? 「事故は意図的に起こされたということです」 「なるほど。諦める気はないと・・・・・・そういうことだな」 「はい」 淡々と細道は言う。 体が強張って動かない。 でも、口は動く。 私の命を奪うことにここまで執着されては、どこへ逃げても逃れられない。 震えていた手を見て、必死に力を込めて止める。 逃げても逃げられないなら、立ち向かうしかない。 「慎太郎・・・・・・」 「なんだい?」 彼の瞳は真っ直ぐで、私のは揺れている。 きっと、
翌朝。 慎太郎の顔色がパッと輝いていたのを目にして、 「何か、良いことあった?」 思わず聞いてしまう。 「分かる?」 「なんだかご機嫌だもん。分かるよ」 「実はあったんだ昨日。香織が帰った後にね」 素直に答えてくれるけど、 「へぇ。聞いても良い?」 「それは秘密」 何があったのかまでは、誤魔化されてしまう。 (気になるけど・・・・・・) その笑顔を壊したくなかった。 「そのうち分かるよ香織」 そう言って、頬にキスをした。 会社につくと、私たちを待つように来客があった。 「やぁ慎太郎君」 ソファで小さく手を振ったのは立花さんだった。 (この人、ずっとここに出入りしてるけど、お仕事は大丈夫なんだろうか) と、少し余計な事を考えてしまい、首を振った。 「今日来た訳なんだが」 コーヒーが運ばれてきて、立花さんがそう切り出す。 「最初に二人へプレゼントがあるんだ」 「プレゼント?」 私と慎太郎が顔を見合わすと、 「持ってきてくれ」 と、紙袋を持った細道がその中身を出す。 「これって」 「結婚祝いを渡そうと思ってね」 「でもベビー用品って気が早くないですか?」 思わず尋ねてしまう。 けれど立花さんは首を傾げて、 「え? もしかして僕、少し早とちりしちゃってたかい?」 「いいえ。香織のお腹には赤ちゃんがいるんです。全然早くなんてないですよ」 フォローする慎太郎と訝る私。 なぜ、この人は知ってたんだろう。 「先日、レストランであったときの食事でなんとなくそうだろうとは思ってたよ。だからこれにした」 「やっぱり立花さんには敵わないや」 「競ってるわけじゃないさ。経験則だよ」 鋭い洞察力に、邪推してしまったことを反省した。 それから他愛のない雑談を少しして、商談は纏まった。 「また来るよ」 キザに社長室を出て行く彼に、深々とお辞儀する。 「バレてたみたいだね」 「うん」 多分、あのときだ。 サラダしか食べてなかったのを見て、気づいたんだろうと思う。 さりげなく見られていたと思うと、怖くもあるけど。 「ああいうところが、成功の秘訣なのかも」 突き抜けた才能というのは、正しく使えば人の役に立つ。
香織が帰った後。 僕は田沢湖財閥、日野内グループの資料を読み漁った。 するとそんなデスクに一本の電話が入ってくる。 「どうした細道」 「受付に来客なんですが」 彼は少し困ったような声色をしていた。 午後に来客の予定はないし、アポ無しで来るなど失礼にも程がある。 「丁重に追い返してくれ」 「そうしたいんですが、先代の日野内社長がお出ででして」 驚いて思わず声量が大きくなる。 「すぐに案内してくれ」 掌を返すようだったが、そんな些事はどうでも良い。 僕は姿見の前でネクタイを直して、つま先から頭を念入りにチェックする。 (香織のお父さんに会うんだ・・・・・・ちゃんとしなきゃ!) 大きく深呼吸をして、僕は出迎えた。 「十年ぶりくらいですか」 僕はパッと笑顔を咲かせて出迎える。 香織の父『日野内 宗二』と堅い握手を交わす。 「娘がお世話になっております」 そう言って深々と頭を下げていた。 「頭を上げてくださいよ。むしろ僕がお世話になっている方で・・・・・・コーヒーでもいかがですか?」 応接用のソファに手招きして、僕たちは正対した。 「それで、本日はどのような御用で」 「特にこれと言ってではないんだが、香織が気になりましてね」 「申し訳ありません。香織・・・・・・日野内さんは、もう帰られまして」 「そうでしたか・・・・・・押し掛けて申し訳ない」 「いえいえ!」 心配する気持ちは痛いほど分かる。 香織の意志を無視しては話せないと、ぐっと堪えていた。 (ちゃんと終わるまでは会えない・・・・・・か) でも、この人は香織のお父さんなんだ。 命かながら助かった娘の事を聞く権利はある。 いつもなら即決即断できるのに、迷いが心を揺さぶる。 「心配ですよね」 「えぇ・・・・・・」 「元気に働いていますよ。僕も凄く助かっていますし」 「香織は・・・・・・」 言い掛けてハタと、宗二は言い淀む。 「なんでもおっしゃってください。お応えできるかもしれませんし」 「いいえ。あの子は、私を恨んでいるんじゃないかと考えてしまい」 なるほど、と僕は得心した。 「私は何もできなかった。娘に会社を継がせたのも、半ば一線から退きたいって気持ちもありました
そのお願いに頷けなかった。 信じていないわけじゃない。 役に立つって分かってる。 全てを終わらせる為。 でも、それでも。 「ごめんなさい」 彼に深々とお辞儀をして謝る。 逡巡していた。 田沢湖 羽海の前に出ることが。 「少し、考えさせて欲しい」 私は苦い顔をして言う。 きっと慎太郎は困ってしまうだろうと思った。 でも彼は、 「ううん。ゆっくり考えて欲しい」 私にも、これが田沢湖 羽海の意志を挫くには最良だと考えていた。 けれど同時に恐怖が背筋を伝っている。 私はそのまま社長室を出て、一人レストランへ向かった。 カウンターの席で、サラダを頬張りながら、 「どうしたら、良いんだろう」 ぼやいてしまう。 今まで、慎太郎のお願いには無条件で頷いてきたはず。 なのにこれだけは譲れない。 私は、私自身が大切なのだ。 情けない・・・・・・。 慎太郎たちは命を張って、戦ってるのに―― 「やぁ香織君」 不意に声を掛けられて、俯きがちだった顔が上がる。 「立花さん」 「珍しいね。一人なんて」 「ちょっと考え事していて」 そういうと、立花さんの気さくな笑みが曇る。 「喧嘩かい?」 「そういうのじゃないんです。ううん、私自身で喧嘩してるのかも」 自分で言っていて、意味が分からない。 けれど彼は汲み取ったみたいで、 「コンフリクトって奴かな」 「え?」 コンピューターで競合、つまりぶつかり合ってることを意味する言葉だ。 「考えがぶつかり合ってるってことだよ」 確かにそうだ。 心が揺れている。 慎太郎のお願いに応えたい自分と、恐怖で足が竦んでいる自分。 情けないという自責と、立ち向かいたい勇気。 言い得て妙だと思った。 「詳しくは聞かないよ。でも、君には君にしかできないことがあるんじゃないかな」 「私にしかできないこと?」 「あぁ。成すべき事を成す。リスクを背負っても、与えられた使命なら果たすだけ。僕の矜持かなこれは」 この人は察してくれてるかもしれない。 慎太郎が何をしようとしてるのか。 私がどうなってしまうのか。 それで背中を押してくれている。 信じても良い。 今までだってそうだった。
冷たい海水から這い上がったとき、デッキからこちらを見下す二人と目が遭う。「ほらあそこ見ろよ。お前のために用意したボートだぞ」 ボートを見つけた私は必死に泳ぐ。 たどり着いて乗ろうとするも、手が滑ってなかなか上がれない。「がんばれがんばれ。早くしないとサメに食われちゃうぞ」「泳がないと餌になっちゃうよぉ香織ちゃん。サメさんも不味くて捨てちゃうかキャハハ」 ようやくたどり着いて這い上がる。 するとデッキでは二人は熱いキスを交わし、「ねぇ私が言った通りでしょう?」「あぁ。これで日野内グループは俺の物だ」「私たち、のでしょ」 手を振ったり、指を差したり――私の命を弄んで笑う。
終わりという言葉がシャンデリアに照らされ、海原のクルーズ船はざわめきという荒波に揺られる。「私とは終わりって、どうしてなの純?!」「はぁ・・・・・・お前も察しが悪いな。お前よりイイ女が見つかったからに決まってるだろ」 『一条 純』がため息交じりに言う。 なぜなの。真っ先に脳裏を過ったのはそんな問い。「お前の親父の権力には世話になったよ。だが、それも今日までだ。散々、家族をコキ使って金稼ぎしやがって」 今日まで? 初めて見る彼の一面に驚きながらも、その含みのある言葉に引っ掛かる。「あらぁ? この子、何のことか分からないみたいよぉ純」「やっぱお前を捨てて正解だったわ。なぁ|羽
「私が慎ちゃんの秘書に?」 朝食を食べ終えた折りに、慎ちゃんは興奮気味に言う。「秘書になれば、ずっと一緒にいられるし、仕事に精が出る。勿論、タダでってわけじゃないよ? 細道」「こちらが秘書としての働いて頂いた場合の年俸になります」 額面を見て唖然としてしまう。 日野内グループの取締役を優に超えていたからだ。 けれど、私は秘書の経験もないし、むしろお願いしていた側。 慎ちゃんの仕事の足手まといにならないか心配で、表情が険しくなる。「仕事の事は心配しないで香織。細道もサポートしてくれるし、日野内のおじさんの元でやってた仕事と同じようにしてくれれば良いからさ」「そ、そう・・・・・
二十年分の思い出話。 ディナーの時間も忘れ、僕たちは語り合って、「それでね。保健室に運ばれたって聞いた香織のお父さんが教室に飛んできて」 そんな話の折り、彼女がコクリ・・・・・・コクリと頭を揺らしていた。 その隣に行くと、ビクリと肩が上がる。「ごめんなさい。ちゃんと聞いてるから、大丈夫」「ううん。長旅で疲れたよね」 彼女の頭を肩へ寄せると、数分としないうちに寝てしまった。 髪がふわりと揺れ、毛先がうなじに触れる。「優しいよね。いじめられたときも転んだときも、ずっと優しくしてくれて」 昔からずっとお姉さんみたいだったけれど、「大きくなって、綺麗になったね」 耳元で呟く