All Chapters of 豪華客船で棄てられた社長令嬢の私が、海を統べる剛腕御曹司(幼馴染)に溺愛されています: Chapter 31 - Chapter 40

46 Chapters

第31話 二人で作る最高傑作

試食会は思ってた以上の盛り上がりを見せていた。 「お願いします」 次々とやってくる料理のオーダーは焦燥感を煽る。 けれど焦れば、火加減を間違えてしまう。 こんな狭間で戦う料理人の気持ちを思うと、毎日の食事に絶え間ない感謝が浮かんでくる。 (慎ちゃんは私になら出来るって言ってたけど・・・・・・) 量が途方もなく、とても終わりが見えない。 「交代しましょうか?」 そう願い出るシェフもいる。 でも慎ちゃんが私に任せた仕事なのだ。 「お気遣いありがとう。でも、私にやらせて欲しい」 彼とてプロ。本社の『クイーンパーチ』で腕を振るうのだから上澄みの一流だ。 私にそこまでの技量や実力はない。 頼れるのは感覚だけ。 「このマグロは、私がやります」 他の誰にも任せられない。 「何か手伝えることがあったら、言ってくださいね」 そして火入れが終わったマグロのコンフィを皿に盛り付ける。 「上がりました!」 ウェイターに渡して、また次へ―― 「香織」 私の肩をゆったりと包む手があった。 「忙しそうだね」 「思ってた以上に。ビックリよ」 厨房の端で遠くから眺める慎ちゃんに苦笑した。 「お客さんの反応、すっごく良いよ。特にこのマグロが」 「本当?」 まさかとは思った。 でも、疑うよりも証拠をと言い、慎ちゃんが各テーブルに用意していたアンケートを見せる。 ――この料理を海上で食べれることを楽しみにしています――アイザック・フネシュキー 「フネシュキーって、あのデザイナーの?」 名前を聞いて驚嘆してしまう。 フネシュキーと言えば、数多の工業品を手掛けてきたデザイナーだ。 美食家としても有名で、その彼がこのアンケートを直筆で書いて置いていった。 「今回のデザインコンペに彼は参加してないからね。まさにお忍びで来て、何も言わずに帰ったって感じ」 嬉しいを通り越して、現実味が無くなっていく。 「香織って、やっぱり凄いね」 「ううん。慎ちゃんのおかげ。ありがとう」 こんな機会を用意してくれた慎ちゃんが全ての発端で、私がこのレシピを作ったわけじゃない。 精一杯の感謝を込めて、私はゆっくりと唇を近づけていく。 「香織?」 「・・・・・・ありがとう」
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第32話 愚か者共

 異様な雰囲気が漂うテーブルに、周りの客達も息を呑んでいる。 震源地は俺と羽海なのだが、悪いのはこいつだ。「慎太郎様なら、あんたみたいに横暴じゃないわ」 とか「仕事も出来るし気遣いも出来る。あんたとは大違い」 だとか、癪に障ることしか言わない。 弱みを握られているとは言え、我慢の限界が来ていたのだ。「香織なら、お前みたいに冷たくはなかったんだろうな」 そうボソリと呟いた時、俺はハッとした。 捨てた女をまだ追いかけてるなど、情けないことは分かっていた。 しかし羽海はまるでその言葉を待っていたかのように放つ。「だったら、行ってきたら良いじゃない」 呆気に取られてしまう。(俺を愛していると言った奴の言葉か?) 背筋が凍りかけるが、「そんなにあの女が良いなら、連れ戻したら良いじゃない」 今度は諭すように言い始める。「私、仕事の出来る人にしか興味ないし、貴方みたいな無能が嫌い。最も、何よりあの女が一番嫌いなの。美しさで人を騙して、仕事も能力もないのに良い思いばっかりしてさ」  反省の色なんて欠片もない。 俺はバンと机を叩き、「もう良い! 悪いがお前とは付き合ってられない! 一条を去ってもらう!」 大声で言う俺に、「良いの? 会社だって上手く行ってないのに私を突き放したりなんかして」「構わないさ! 俺一人でも何とかできるからな!」「へぇ・・・・・・無理なサービス残業を強いた上に、日野内の社員達にはストライキまで起こされた。私ならなんとかできるのになぁ」 羽海の戯言だ、と俺は一蹴する。「それに、もう共犯関係なんだよ?」「あぁ! だがぶちまければ、お前だって無事じゃ済まない」 共犯関係とはそういうことだ。 俺が豚箱に入るなら、お前も道連れにしてやる。 しかし羽海はクスリと笑い、「良いわよ。でも」 彼女の意味深な表情は気掛かりだった。 だが、怒りが収まらない俺はそのままテーブルを後にする。 香織はどこにいる・・・・・・香織。 求めるように探しているうちに、厨房の隙間から長い髪が覗く。(あの後ろ姿・・・・・・変わってないな) 俺は止めるウェイターの身体を押しのけて、厨房へと入っていった。 厨房へ乱入してきたのはまさかの男だった。「おい! お前がこれ作ったのか」 皿を持ってきて、誇らしげにそう聞いてきた。 
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第33話 慎太郎の鋼の鎧

「お前!? 離せよ!」 腕を掴んだ慎太郎を、必死で剥がそうとする純。 その顔にいつもの柔和な笑顔はなく、冷たく見下ろす眼差しだけがある。「聞こえなかったか? その腕を退けろ」 次第に力が入っていく彼の手。 すると純のひ弱で細い腕が見る見るうちに潰れていく。「いだだだ!」 純がそんな悲痛な声を漏らすようになって、ようやく私を離した。 そして慎太郎は私の前に立ち、拳を握る。「てんめぇ・・・・・・人の恋人を取りやがって」「お前・・・・・・捨てて置いてよくその口が聞けるな」「うるせぇ! 良いからそこ退けよ!」 あろうことか、純の拳が彼へ飛んでいく。(危ないっ!) 咄嗟に私が間へ入ろうとするが、間に合わない。 こんなところで喧嘩なんて! 何より慎太郎が傷つく姿なんて見たくない。「一条は、目的の為ならなんでもするんだな」 静かに呟き、飛んでくる拳をいとも容易く止める慎太郎。 そして純を軽々と持ち上げてしまう。「おぉ・・・・・・」「マグロ漁船に乗ってたのは聞いてたけど・・・・・・」 厨房のシェフ達も緊張より驚きが買ってしまう。 純は細いが、筋肉はあるほうだと思っていた。 しかし、慎太郎はそのもっと上を行く。 はち切れんばかりに膨らんだ大胸筋に二の腕。 スーツがこれ以上耐えられるか、不安になってくるほどだ。 私は言葉を失ってしまうが、「どうする?」 慎太郎に聞かれて、私は戸惑う。(どうするって) すると、「た、助けてくれ香織!」 今度は純が、情けない声で助けを求めてくる。 途端、私は船で捨てられたことを思い出して、「・・・・・・二度と、顔を見せないで!」 そう叫んだ。「だとさ。元彼さん」 慎太郎は『元彼』という単語を強調して告げた。 そして純が運ばれていく。「あとは細道に頼んだよ」 ぱぁっと慎太郎が屈託のない笑みで私に言う。 きっと会社の入り口へ捨てられてきたんだろうと、なんとなく察した。「ごめんね。僕が目を離したから。怖かったでしょ?」「ううん。大丈夫」 言葉ではそう言うが、「手、震えてる」「えっ?」 そう言われ、両手を見やる。 確かに小刻みに震えていて、「・・・・・・怖かった」 そこで初めて、事の大きさに気づかされた。 元彼が、純が私を求めてここへやってきた。 それも一条
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第34話 懇願と立ち向かう勇気

「お願い! この通りよ!」 会社の裏手。 私を呼び出したのは、息を切らして走ってきた柊 奏であった。 しかも、私の前で幾度と頭を下げている。「あの、頭を上げてください」「上げられません! もう私にはこれくらいしかできませんから!」 このままだと変な勘違いをされてしまう。 そう思い、私はエレベーターに乗せて社長室に案内した。「ここなら誰にも聞かれませんから」 慎太郎にも告げず、ここを使って良いのか。 そんな戸惑いもあったけれど、「ごめんなさい。あんなところで」 と、奏は調子を取り戻したのか、腕を掴んで呟いた。「でも、コンペで大曲の案を採用しろだなんて、何があったんですか?」 私は裏手に連れ込まれた時に言われた話を思い出して尋ねる。(私に堂々と不正してくれなんて、確実に裏があるわよね) しかし奏は目線を逸らして、「言えない。でも、大変なことになるの!」 そう誤魔化してしまう。「大変なことって?」「それも・・・・・・あいつは言ってなかった」「あいつ?」「大曲 九郎の娘・・・・・・小町よ」 謎は深まるばかりで、ますます分からない。 でも、慎太郎が聞いたらきっとこう言う。「案に修正は・・・・・・ありません」 私はそう告げる。 やってしまえば、綱島グループの信用が失墜しかねない。 それは慎太郎が見放される何よりの理由になってしまう。「お願い! この通りだから!」 ついには床に頭を付ける奏。 すると、「細道から聞いて、戻ってきたよ」 社長室の扉が開いて、慎太郎が現れる。 私はドキリとして気まずい顔をした。「香織の判断は正しい。これは来てくれた皆が決めた案だ。不正はしない」 彼は私の横に座って、「よく言ってくれたね。ありがとう」 優しく撫でて、耳元で甘く囁いてくる。「とにかく顔を上げてくれ。それと、ここなら盗聴される心配もないよ」「え?」 驚いて躊躇い無しに彼女の身体をチェックした。 すると、スーツの裏から盗聴器がボロボロと落ちてくる。「こんなの誰が」「大曲 九郎に付けられました・・・・・・お願いです綱島様! どうかこの通り」 その姿は少し惨めにも思える。「何を言われようとも考えは曲げられない」 慎太郎が告げると、奏は顔を上げる。 その目に浮かぶ涙に、私は堪えられなくなってしまいそうに
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第35話 偽りのヒロイン

 私の頬を大粒の汗が伝う。(慎太郎から聞かされてはいたけど) スマホでライブカメラのニュースを見ると、父が作った豪華客船が猛炎に包まれていた。「全員、この場から動かないでください!」 慎太郎は動揺の一つも見せず、入り口を塞ぐ。 訪れたお客さんは皆、戸惑いを見せていた。 すると、「慎太郎様!」 観衆の真ん中から金鈴のような甲高い声が響く。 小さくてよく見えなかったが、誰かはすぐに分かった。「大曲 小町か」 小さな声で慎太郎は呟く。(始まるわね) 私は身構え、小町に目をやる。 すると、「僕が守るから、大丈夫」 慎太郎が私の身体を傍に寄せて告げた。「私は、この爆発の真相を全て知っております! お聞きになってください! ここにいる皆様も!」 そこから始まったのは、大曲 小町の一人芝居であった。 観衆が彼女の周りに円を作る。 まるでそこへスポットライトが当たったかのようだ。「今、燃えている船は私たち一族が経営する『大曲造船』が建造した船です。かつては不祥事を起こした日野内氏が持っていましたが、紆余曲折あって綱島グループに買い取られました」 淡々と大曲 小町は語り続ける。「この船は私と慎太郎様の婚約が父上から認められたという証でしたの。しかし、そこの舞台にいる女が、私たちの関係を破壊するために、この爆破を仕向けたのです!」 膝から崩れ落ち、そして愛らしさを強調するように叫ぶ。「その女は不祥事を起こした日野内グループの元社長。醜い嫉妬で船まで爆破するなんて・・・・・・私の慎太郎様を返して!」 目には涙まで浮かんでいる。(まるで悲劇のプリンセスね) 滑稽に映るが、しかしここにいる皆は私へ冷たい視線を送り始める。 可愛いお嬢様の懇願だ。なんの根拠が無くても、その涙で信じてしまうのだ。 お客さん達の視線に軽蔑が混じり始めたが、「その言葉、嘘偽りないか。小町君」 一蹴したのは慎太郎だった。「はい! 私たちは婚約している・・・・・・紛れもない真実でこざいます」「なるほど・・・・・・こりゃ、傑作だな」 慎太郎が笑いを溢したのと同じく、私もクスリと笑ってしまった。 彼がスマホを取り出すと、その音声はスピーカーで流れる。「船に爆弾を仕掛けるなんて、正気じゃない!」「できないの? そう、じゃあお父様に言って、貴方は造船所
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第36話 二人の距離

 『大曲造船』の不祥事は瞬く間に世間へ広まった。 大曲 九郎がこれまでに起こしたセクハラを含め、数々の汚職が明るみになり、株価は急落。 これに乗じたJMNが今度は大曲を吸収して、役員を一掃した。 もはや会社としての体裁すら維持できなくなり、『大曲』という家柄すら消えつつあった。 だけど、私にはそれを超える衝撃があった。「あんな堂々と言っちゃうなんて」 思い出すとまだ顔が火照ってしまう。 慎太郎はあの壇上で私との婚約を誓った。(恥ずかしいけど) だが、嬉しいのもある。 今まで散々と言われてきたり、仕打ちを受けてきたのだ。 多分、彼もうんざりしていたんだと思う。「香織様、社長が」「きったよー!」 北島が言い終わる前に慎太郎が健気に顔を出した。 あれから二週間。 彼の様子は変わりなく、私には明るくて優しい。「今日もお疲れ様!」「うん。慎太郎もね」 平日の夕方。 仕事の波が落ち着いたから、まだ太陽が昇っている間に帰ってこれる。 何より私の残ってる仕事を慎太郎が全て片付けてくれているからなのだけど。 ソファへ腰掛けて、私たちは団欒を楽しむ。「婚約の話なんだけどさ」 私は切り出した。「返事がまだだったよね?」「そうだね。まだ聞いてない」「いろいろ片付いたら、返事したいんだけど、ダメかな?」 私はそう聞いた。 まだ片付いていないことが山ほどある。 船が爆破されたことの事後処理。 それと、奪われた会社の事。 とても結婚して欲しいだなんて言える立場にないと思っていた。「ゆっくりで良いよ」 慎太郎は微笑んで快く言う。 けれど、瞳の奥の寂しさは隠せていなかった。(……お預けなんて、嫌よね) 私はゆっくりと顔を近づけて、「ごめんなさい。わがままばかりで」「良いんだ」「その代わりじゃ、ないんだけど」 ぎこちない口調と仕草で、慎太郎に口づけをする。 仕事に忙殺されて、殿方としっかりお付き合いしたことなんてない。 だからなのか。これで正解なのかと自問してしまう。「ダメ・・・・・・かな?」 そう尋ねると、慎太郎は照れながらも応えてくれる。「いいよ。少し場所を変えようか」 キッチンの横を通ると、支度を始めていた北島はいつの間にか居なくなっていた。 そこからの記憶は曖昧。 けれど、慎太郎も一人の男だった
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第37話 それぞれの変えられない『過去』

クイーンパーチの夜。 グラスと氷が弾ける以外に音がない、静かなバータイム。 社員以外の人間でも入れ、バーホッパーの人気作家も足繁く通う隠れ家的な場所だ。 そして、社員ならほぼタダで呑める。 入り口を抜けると、カウンターには奏が談笑している。 「連れがいるのかな?」 「分からないけど・・・・・・」 きっと一人でいるのだろうと、私も慎太郎も思っていた。 しかし重なっていた人影が離れると、なんだか納得してしまう。 「立花さん?」 「やぁお二方。こちらは」 「存じておりますよ。私が呼んだのですもの」 挨拶がてら、グラスを揺らす立花さん。 「またナンパですか?」 「ナンパ?」 「いやいや。JMNの柊さんとは、何度か仕事で顔を見ている。今日は偶然だよ。そちらは、デートかな?」 「夜風を浴びに」 軽口を言い合う二人。 (なんだか、仲の良い友達みたいね) 「さて、待ち人が来たとあらば、僕は隅に移ろうか」 「なら僕も行くよ。柊さんと楽しんで」 「う、うん。でも」 「良いところで僕たちも混ざるから」 そう言いながら、二人はバーの隅っこへと歩いてしまった。 そして私は、奏と二人きりで座ることになっってしまう。 「綱島さんって、本当に凄いわね」 口火を切ったのは彼女だった。 「本当、小さい頃は、いじめられっ子で泣き虫だったのに」 「幼馴染みだったの?」 「えぇ。昔は近所の、小さなお魚屋さんだったんです」 慎太郎の昔話に奏は驚く。 「そこからビルとか飛行機、巨大な漁船を持っちゃうくらいに成長させて、社員のみんなから慕われる存在になって、想像できなかったな」 「へぇ・・・・・・意外ね」 「意外?」 カクテルのグラスを一口飲んで、彼女は語る。 「ああいう人って、小さい時からカリスマ性とかがあるって思ってたから」 「確かに、私も思います」 才能というのはいつ開花するか分からない。 だから私も、奏さんの先入観は凄く頷ける。 「けど、彼は私に動かされたって言ってました」 「日野内さんに?」 「なんか、立ち向かいさないって言ったのに突き動かされたって。あまり自覚はなかったんですけど」 「なるほど・・・・・・なるほどね」 熟考してから、奏は手を打った。 「なら、貴方は現代のアーサー王
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第38話 フネシュキーの悶々

 レストランの案が決まった折、「ナニかが足りないんでガスよ」 綱島グループ本社の会議室で『アイザック・フネシュキー』は嘆いていた。 数多の製品のデザインを手掛け、顎髭を蓄えて壮齢の巨匠……彼を知るものはそう呼ぶが、これでもまだ30代なのである。 彼のデザインは、レッドカーペットに煌びやかで豪華さを出しながらも、暖色の照明で落ち着きを両立させた素晴らしい案だ。 船上レストランに相応しい内装だと、私は思う。「足りないというと?」「こうモット、オーシャンという感じが足りないネ」 両拳を胸元で揺らし、感情を乗せて彼は言う。「海という感じか・・・・・・」「船上レストランですものね」 私も慎太郎も頭を捻るが、「とても僕には思いつきそうにない」「私も、かな。少し時間が欲しいかも」 顔を見合わせて呟いてしまう。 芸術を見るのは社交性として磨いてきたけれど、 作るとなると話は別。 特にその創作を売るとなれば、芸術的センスの他にも多くの人の感性に受け入れられるものを目指さなければならない。 他者の感性を無視した創作など、所詮は自己満足に過ぎないと、商売を通して学んだからだ。 ならば、この案通りに出すのが賢明なのだが、『この中で一番素敵だったけれど、なんだかパッとはしない』『もう少し『海』を感じたい』『船上らしさがどこか足りない気がする』 アンケートにはそんな声があったのも事実。「やはりワタシではダメなのか」 と落ち込むフネシュキーさん。「そんなことないですよフネシュキーさん!」「うん。僕も素敵だと思いますよ」 骨が喉に刺さったような気持ちだった。 たった一つ足りない。それだけでこのデザインは未完成という烙印が押されてしまう。 なんとかしてあげたい。そんな気持ちが逸る。 海・・・・・・海。 私はハタと慎太郎を見た。「香織?」「私たちの地元。海沿いの街だった。出会った場所も」 私の言葉で、顔を見合わせて、「フネシュキーさん。帰国までどれくらいあります?」「わんうぃーく」「なら大丈夫だ」「何がでゲス?」 私は新幹線の手配をしながら「日本にはこんなことわざがあるんです。百聞は一見にしかずって」「だから見に行くのさ」 海を感じるのなら、一番良い場所がある。 私たちはフネシュキーを連れて、都会の喧噪を離れてい
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第39話 故郷の匂い――故郷の人々

 十数年ぶりに戻ってきた。 生まれ育った港町。 新幹線からはお父さんがいた工場も、煌びやかに輝く海も見えて、「凄く懐かしい」 ホームに降り立った時の匂いも、街を離れる日と変わりない。「帰ってきたね」「うん。なんにも変わってなくて、驚いちゃった」 田んぼの真ん中に作られた小さな駅でよく覚えていた。「ここからは車じゃないとダメだね」「でも、私たち三人だけよ?」「ワタシ、日本の免許はモッテないです」「安心して」 そういうと、慎太郎はキーを掲げて、「ここからはいつも僕が運転してるんだ」 そう言いながら、駅前広場に出ると、ネイビー色の車が用意されている。 慎太郎の事だから、自分で運転する車も高級車だと思っていた。 彼の横に座って、車を見渡してしまう。「珍しい?」「うん。プライベートジェットとか島とか、凄く高い物ばかり持ってると思ってたから」 私のイメージを伝えると、「結構、驚かれるよ。でも、この街は香織と僕の生まれ育った街だから、僕の足で歩かないとって思うんだ」「・・・・・・分かるかも」 慎太郎の思いに共感してしまう。「小さい時に歩いていた道を自分の足で歩くのって、懐かしくもなるし、昔に戻れるみたいで」「それそれ。ここで大きくなったんだって感じる彼の瞬間。凄く好きなんだ。それに」 慎太郎はキーを回してエンジンを掛ける。 その息吹と共に、「香織と過ごした日々を思い出して、会いたい、抱きしめたいって考えてたんだ」 慎太郎を見つめてしまう。 故郷に戻ってきたからだろうか。 いつも呟く彼の愛とは、一線を画した純情さがあるように思えた。「カップルで使える席・・・・・・なるほどアリでガス」 後ろの席でスケッチを始めるフネシュキーに気がついて、私は顔を赤くした。 そんなのを余所に車は走り出す。 山間を抜け、海沿いに出ると、その街はすぐに顔を出した。 適当なところで車を止め、私たちは潮風を浴びる。 すると脇を通った軽トラックが音を立てて止まり、「綱島さんじゃないですか!」 運転手の男が慌てたように出てくる。「お久しぶりです」「お知り合い?」「ここの漁協の人だよ。ツナ用のマグロを獲ってくれてる」 私よりも少し年上な感じの男で、白い長靴にツナギを着ている漁師だ。 ぺこりとお辞儀すると、「おっ、もしかして彼女
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第40話 闇の中へ引き込まれ――

 豪華客船で話したのが最後だった。 慎太郎に助け出されてからも連絡はあったのだけど、「大変、心配されておりますよ」 着信には応じず、私は心を閉ざしていた。 会長さんの言葉に、私は目を背けてしまう。「会えません」 そう、ぽつりと呟く。 このままでは会わせる顔がない。 非道とは言え、会社が乗っ取られてしまったことは事実だ。 日野内という家を・・・・・・父が一代で築いた栄華を一瞬にして崩してしまったのだ。 それは私の落ち度。 どんなに言い訳をしたところで戻っては来ないし、父もそんな私を駄目な娘だと恨んでいるはずだ。 このままじゃ、私はただ会社を奪われただけの悲劇の女。「だけど、顔くらいは」 慎太郎は少し食い気味に言う。 今までのことを話したい。そんな気持ちも伝わってくる。 彼も今や私に手を差し伸べただけの人ではない。 あんなに堂々と婚約を宣言してしまったのだから、その許しだって貰いたいはず。 気持ちは凄く分かる。 でも――「会わせる顔がないもの・・・・・・まだ、会えない」 両手の指を這わせながら、私は俯いた顔を上げた。「父が築いた会社を取り戻してから、キチンと会いたい」 責任を感じてる。 落ち目だと反省もしている。 だからこそ、このまま折れたらダメだと、私は思った。 折れてしまったままでは、まだ悲劇の女なのだから。 取り戻して、明るい顔で会いたい。 それが私の悲願。「そうですか・・・・・・分かりました。そのようにお伝えしておきます」 会長さんは数瞬の沈黙の後に言う。「香織らしいね」 慎太郎は私を撫でながら、「この街にいたときみたいだ」 そう感慨を語った。「雰囲気のせいかな」「昔に戻ったみたいだ」 慎太郎は遠い空を見るように顔を上げた。「勇気を出せって背中を押されたから、僕が今の僕であれるんだなって。今は逆になったみたい……あぁ違うな」 私を抱き寄せて耳打ちをする。「今度は僕が香織を押す番だ。香織の為に命を賭けるよ」「・・・・・・それはちょっとだけ嫌」 慎太郎は私を離すと、きょとんとしていた。「私にも慎太郎って大切な人がいるのよ」 鼻を軽く突くと、彼は照れ笑みを浮かべた。「良き夫婦ですな」「でゲスね」 華より団子なフネシュキーさんも、指でカメラを作って見つめていた。 団欒はあっ
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