جميع فصول : الفصل -الفصل 20

51 فصول

誤解が始まる

こちらは祐市視点。火災警報が鳴ってすぐに、祐市は史緒里の肩を抱いて出口へと向かった。だが振り向くと、人波に逆らうように舞台へと向かうみやびが見えた。この火災がフェイクだと知らない祐市は、みやびが出口を見失ったのだと本気で思った。「ちっ、あのバカ」祐市は傍にいた笠間に史緒里を押し付ける。「笠間、彼女を安全な場所へ」「社長! どうなさるつもりですか!」「俺は……妻を助けに行く!」祐市は身を翻し、人波を押し分け、掻き分けしながらみやびの元へと向かう。「みやび、そっちじゃない! こっちだ!」しかしその叫びが届くよりも早く、刃物を構えた男がみやびの前に飛び出したのが見えた。「ええっ、なになに、なにぃ!」驚きに目を見開いている間に、ダイナマイトなお姉さんが飛び込んできて男を蹴り飛ばす。あまりにも電光石火、何が起きているのか理解する隙もない。お姉さんがさらに男の襟首を掴み上げて顔面をボコボコに殴りつけてゆく。それを見ている祐市の膝は恐怖に震えてガクガクと鳴る。「あうっ、ウソ、マジで何、ここは地獄か……」すっかり腰が抜けた祐市は、膝で這いながらも必死でみやびに近づこうとした。「みやび、ここは危ない……みやび、逃げよう……」その時だ。ギリギリ、バツンという不吉な音に気づいたのは。天井を見上げればシャンデリアがゆっくりと揺れている。再びギリギリ、バツンとねじが吹っ飛び、シャンデリアは大きく傾いた。みやびはそのシャンデリアの真下にいる。「危ない、みやび!」まるで戒めがとかれたかのように体が動いた。「みやび――――っ!」祐市はみやびに向かって落ちるシャンデリアの、無数の煌めきの中に猛然と突っ込んだ――「……のに、なんでこんなことに?」祐市はみやびにお姫様抱っこされている。彼女の背後には落ちて床に突き刺さったシャンデリア。そう、シャンデリア落下に巻き込まれそうになったまさにその時、みやびが祐市を抱き上げて落下点を飛び出し、彼を救ったのだ。みやびの腕の中は、しっかりとした安心感があった。彼女自身は小柄だが、なにしろ男一人をお姫様抱っこできるほど鍛え上げているから、触れれば服越しにみっちりと詰まった筋肉の弾力を感じる。「祐市さん、大丈夫ですか!」顔を覗き込まれて、祐市の心臓がキュンと跳ねた。「ああああああ、好き、結婚して
اقرأ المزيد

ふくらんでゆく誤解

霞ヶ浦警備保障は表向きは普通の警備会社だが、裏では超法規的権限を有している。だからみやびを襲った男は、本来であれば霞ヶ浦警備保障裏部門拷問課で、さらに詳しい取り調べ……という名の拷問を受ける予定だった。ところが、である。「警察が来て、さっさと連れていっちゃったのよね」菓子をバリバリしながら話すのは、真理恵。彼女は、ことの顛末を報告ついでに、みやびの新居に遊びに来たのである。日立家を出たみやびは、霞ヶ浦警備保障の社員寮に住んでいる。霞ヶ浦警備保障は福利厚生も充実しており、社員寮もセキュリティのしっかりした2LDKのマンションだ。駅近築浅の有料物件であり、暮らしてゆくのになんの不便もない。みやびは菓子をボリボリし続ける姉のためにお茶を用意して、彼女の隣に座った。真理恵は報告を続ける。「だから結局、あの男からはなーんも聞きだせなかったわけよ」しかも警察は、ろくな捜査もしないで男を釈放したという。警察を出た後の男の足取りは不明である。「これ、誰かが、あの男を逃したってことよね」みやびは顎の下に拳を当てて考え込む。「ウチの権力に対抗できるような家なんて、そう多くはない……」「そうね、たとえば……日立家とか?」「日立……日立祐市! 卑怯な真似を!」こうして、祐市が予想も予定もしていないところで誤解は増えてゆく――実際には男を逃したのも、そもそもみやびを襲うように依頼を出したのも、史緒里なのに。史緒里はいま、警察署から保釈された男を助手席に乗せて、時速180キロで高速道路を走行中である。もちろん楽しいドライブではなく、みやびを殺すことができなかった彼に対するお仕置きドライブである。「あんた、金さえ貰えばどんな相手でも消すって言ったじゃんよ!」急ブレーキをかけ、絶妙にハンドルを切って車体をドリフトさせる。遮音壁ギリギリまで一気に寄って、再び一気に加速する危険な走り。男は両手両足を縛られている。シートベルトはもちろんさせてもらえず、車が加速するたびに身体中を突っ張ってGに耐えるしかない。非常に不安定な状態だ。史緒里はまだ脅しが足りないと考えたらしく、さらにアクセルを踏み込んだ。右へ、左へと大きく車体をゆすって、前を走る車を次々に追い越してゆく。車の動きに合わせて右へ左へとゆすられる男は、ついに悲鳴をあげた。「金は返す、
اقرأ المزيد

そんなもの、みやびにとっては栄養ドリンク

パーティと一口に言っても、その規模は大小様々。おぼっちゃま方が友人を招いてどんちゃん騒ぎするだけのプライベートなパーティーから、一千人単位での客を集めて催される公式のものまで。史緒里が鹿島恭平を送り込んだのは中ぐらいの大きさの、とある企業の新社屋完成記念パーティーだった。社員たちへの慰労を兼ねて、付き合いのある投資家たちを招いてのパーティであり、招待状さえあれば会場に潜り込むのはさほど難しくない。だが、所詮チンピラあがりの鹿島恭平にとっては、有名ホテルのワンフロアを貸し切ってのラグジュアリーなパーティーなど初体験。どうしても腰が引けてしまう。「姉さん、俺、おかしくないすかね、浮いちゃってないすか?」史緒里の後をついて歩きながら、恭平はそればっかりを気にしていた。「大丈夫よ、馬子にも衣装っていうの? 今のあんたは、どこかのベンチャーな社長にしか見えないから大丈夫」恭平は史緒里が買い与えた7桁の値段がするイタリア製高級スーツを着ている。それに元々の容姿も悪くない。見た目だけならば一発当ててこれから成長してゆく羽振りのいい会社の、若き社長に見えなくもない。あくまでも”見た目だけは”だが。史緒里は壁際に一人で佇んでいるみやびを見つけて、恭平の袖を引いた。「いたわ、あれよ」そこで恭平は、初めて真正面から彼女を見た。以前彼女に襲いかかった時は、秒でバイーンでボイーンな姉ちゃんに蹴り飛ばされたから、こんなにまじまじと容姿を見ることはなかった。だが改めて見れば、非常に美しい女だ。みやびは飾り気のないミモレ丈のAラインのワンピースを着ている。普通の女が着れば地味な印象の服装も、体幹がピシッと縦に通った彼女が着れば、さっぱりとした美しさがある。化粧も薄いが、それは濃い化粧を必要としないほどに目鼻立ちが整っているからであって、地味な印象は受けない。ひとことで言うならば”楚々として凛”。野に咲く花のような、物静かだが生命力を感じさせる清澄な美が、そこにはあった。恭平は柄にもなくときめいている自分に気づいた。「え、史緒里姉さん、相手は地味で不細工な女だって言ってたじゃないですか」「地味でしょ、それに私より不細工なのは間違いないじゃない」「いやいやいや……それに、金目当てで社長にカラダを差し出すような、身汚い貧乏人だ、っても言ってましたよね
اقرأ المزيد

これは夫婦の営みだ!

そのころ史緒里は、みやびの“不貞写真”が送られてくるのをワクワクしながら待っていた。パーティーの合間にさりげなくスマホをいじり、何度もその画面を確かめている。しかし、期待するメッセージは未だ届かない。その時、遠くの人混みからいくつかのざわめきと驚嘆の声が上がった。それは徐々に会場内に広がり、ついに史緒里の耳にまで届く。「おい、誰か女の子が倒れたらしいぞ」「その女の子をさ、すげえイケメンが抱えて行ったらしい」「俺、聞いたよ、そのイケメンがホテルを手配してるのを」史緒里は心の中でガッツポーズ。(よっしゃー、不貞の証拠ゲット! これで有責ってことで無一文で追い出せる!)なんなら祐市を連れて行って、不貞を働く決定的瞬間を見せつけたい。そうすれば彼も、あの女に情を残すことなく離婚できるだろう。そう思ってパーティー会場内で祐市を探すが、彼を見つけることはできなかった。(ああ、もう、しょうがない、こうなったら私一人ででも、不貞の瞬間を押さえなくっちゃ!)史緒里はさりげなく噂話に加わるふりをして、“二人”が向かったホテルを突き止め、そこへ向かった。スマホを構えたまま、“二人”が密会している部屋へ踏み込む。「きゃー! 不貞よ、不貞!」スマホの画面に最初に映り込んだのは、女を組み敷いている男の、きゅっと引き締まった見事な尻だった。しかし、尻の持ち主が振り向いた瞬間、史緒里の表情がガチンとこわばった。「あなた、なんでここに?」それは祐市だった。彼は平然と身を起こす。「君こそ、なぜここに?」「わ、私は、ここで不貞が……あると聞いて……その……」「不貞ではない、ただの“夫婦の営み”だ」祐市に組み敷かれていたみやびも、ゆっくりと身を起こした。「あれ? 史緒里さん、なぜここへ?」「えっと、不貞の証拠……」中途半端なところで欲望の邪魔をされた祐市は不機嫌だ。「正しい夫婦の営みの場に割り込んで、正妻ヅラで“不貞”だと言い張る……史緒里、お前はいつからそんな分別のない女になったんだ!」これを「まあまあ」と宥めたのはみやび。「恋愛小説でよくあるあれですよ、“愛されていない方が第三者”! 逆説的にいうと、愛されている方は正妻ってことですよね!」「いや、みやび、愛してないってわけじゃ……」「大丈夫、心得てますから、私は、この過ちで子供ができ
اقرأ المزيد

そんな偽装死は認めない!

偽装死サービス――それは恋愛小説によく出てくる架空業種である。時には海上で待ち受けて船から飛び降りた依頼者を救い、時には爆発現場に偽装死体を転がし、完璧な死亡状況を整えた上で依頼者を国外に逃す。主に束縛の強いヤンデレ旦那から逃げる時に、ヒロインがよく使うギミックである。その偽装死サービスが今、“プロ”の目線で容赦なくダメ出しされている!「なぜ、わざわざリスクを冒してまで偽の死体を用意するのかしら?」“偽装死のプロ”ことみやびの母である霞ヶ浦陽子は、先ほどまでネット小説を読んでいたスマホをテーブルの上に置いた。場所はみやびの仮住まいである霞ヶ浦警備保障の社員寮、シンプルに整えられたリビングでのことだ。陽子は霞ヶ浦家の総帥の妻ではあるが、その職業は家内事業の補佐ではなく、某国際治安機関の特殊エージェントとして現役バリバリで働いているキャリアウーマンである。被害者や証言者の身を守るために偽装死を手がけることも多く、偽装死のプロと言って差し支えないだろう。その陽子が娘から「偽装死サービスを希望」という謎の電話を受けてから12時間。プライベートジェットで最速で日本に帰ってきた彼女が、まずしたことは、娘から「偽装死サービス」なるもののレクチャーを受けることであった。いうて、ネットで何本も恋愛小説を読まされただけなのだけれど。そしてプロの目線からズバズバと。「なぜ偽装死するのにわざわざ離婚届を作るの? そんなの、生存の痕跡を残すだけだわ」「あの、お母さん、これ、フィクションなので……」「それに、偽装死"サービス"ってなによ、うちはサービス業じゃないっつーの!」「だからね、フィクション……」「やってやるわ、もっと完璧にあなたを殺してあげるからね!」「おかーさん、そこまで気合い入れなくても…………」みやびに宥められてようやく、陽子はフーッと肩の力を抜いた。「で、偽装死するのは"霞ヶ浦史緒里"? それとも"日立みやび"?」みやびはキッパリと答える。「もちろん、霞ヶ浦史緒里よ、私は"宮坂みやび"の名を彼女に返すわ」祐市との婚姻届に書かれている名は"宮坂みやび"だ。つまり本物の"霞ヶ浦史緒里"が死ねば、"宮坂みやび"の名は返還され、彼女は本物の宮坂みやびとして戸籍を傷つけることなく祐市の妻の座に収まることができる。「これは、生まれてくる子
اقرأ المزيد

母推薦:恋愛担当 神栖爽介

神栖爽介は西市の名門、神栖家の次男である。家を継がない次男だが、ある程度の資産を与えられており、金はある。頭脳も優秀で、HVD大学を飛び級で卒業し、MBA取得から危険物取扱者乙種4類までありとあらゆる資格を手に入れた本物の天才だ。容姿は切れ長の目元が凛々しく唇の薄い、冴え渡るようなイケメン――いわゆる筆でサラサラっと描いたような美男子である。育ちの良さゆえに女性への態度は紳士的であり、身のこなしは洗練されて上品だ。つまり典型的なスパダリタイプ。ダメ男好きなみやびの理想からは最も遠いタイプである。その爽介はいま、空港のロビーで迎えに来るはずのみやびを待っている。その右手にはレトロな革鞄風のキャリーケースが引かれている。逆の手の中には大きなバラの花束。さらに本人は細身にピッタリと仕立てた三つ揃えの正統派スーツを着こなしていて、13時間に及ぶフライトの疲れなど微塵も感じさせないほどきちんとしている。空港の人混みの中に薔薇を抱えて立つとびきりのクール系イケメン。爽介はロビーにいるすべての女性の視線を惹きつけてなお、涼しい顔で佇んでいた。やがて駐車場に続く長い通路の方から待ちかねていた“妹”が現れたその瞬間、爽介の表情は初めて笑顔に変わった。「やあ、こっちだ!」今日のみやびは地味なカットソーに擦り切れたGパン、顔には大きな黒縁メガネをかけた地味仕様だが、爽介はその太い黒縁メガネの向こうに見える隠しきれない美しさに息を呑んだ。「しーちゃん……」感極まってあだ名を呼べば。「爽介兄ちゃん、今の私は“みやび”なんだけど?」「じゃあ、みーちゃん」特殊捜査官としてコードネームを使うことに慣れている爽介には、名前など識別用のタグにすぎない。彼女が“日立みやび”を名乗っているのだと言う事実をあっさりと受け入れる。「ただいま、みーちゃん、三年ぶりかな」自分が妹のように愛し、そしてそれ以上の感情を抱きながらも胸の奥底に本音を沈めて大事に守ってきた、その彼女が目の前にいる。それだけで爽介の胸は高鳴る。彼は片膝をつき、花束をみやびに差し出した。上品なイケメンが女性の前に跪いている。しかも差し出しているのは情熱をたっぷりと含んだ赤いバラ。その絵面だけでも眼福である。周りで見ていた野次馬たちがヒソヒソと囁き合う。「見て、告白じゃない?」「う
اقرأ المزيد

そのころ史緒里は、嘘の着地点を見失っていた

そのころ史緒里は、自分でついた嘘に追い詰められようとしていた。「妊娠した」と聞きつけた美鶴に呼び出されたのだ。史緒里が日立の実家に行くと、美鶴と寿子はすでに食卓を挟んで大舌戦の真っ最中であった。「あんな産めない雌鶏女など、私は最初から反対だったんです! 日立家の孫を宿した史緒里さんこそがうちの嫁に相応しいでしょ!」史緒里を全面的に信頼し、擁護してくれる美鶴。その隣には夫である日立康介が座っているが、彼は気が弱い男であるため、妻が何か言うたびにビクビクと震えて情けない。「あなたは人の道理というものがわかっていない、愛人でありながら平気で子どもを作るようなはしたない女を日立家に入れるつもりはない」冷静に史緒里を拒絶するのは寿子。ただし、史緒里の妊娠に関しては信じきっている様子。そして祐市は、湯気の立つ土鍋を手にキッチンから出てきたところであった。「来たか史緒里、まずはテーブルに座れ、子どものことは心配するな、無事に産まれたら引き取って、俺とみやびの子どもとして育てるからさ」出た出た出た出た、恋愛小説でよく見るクズ男。愛人との子どもを正妻に育てさせようとするドクズ。それが良いアイデアだと本気で思っているから厄介なやつ。ただ、祐市も史緒里の妊娠が嘘だとはカケラも思ってない様子。「ほら、こっちに座れよ、妊婦がいつまでも立ってたら体に良くない」とてつもなく優しい声で椅子を引き、史緒里を座らせてくれる。史緒里の額に一筋の冷や汗が伝った。(あれ、これ、もしかして私、詰みかけてる?)史緒里はついうっかりその場の勢いで「妊娠した」なんて嘘をついただけだ。今日ここに来たのは「なんか勘違いだったみたいですー」とか言って嘘妊娠を終わらせるためなのだが。ビクビク震えて小さくなっていた康介までもが、ぽつりと呟く。「ふふ、初孫か、名前を考えなくちゃ」なんだか嘘妊娠だと言い出しにくい雰囲気。それでも史緒里は、思い切って口を開いた。何しろ彼女の腹は空なのだから、きちんとした妊娠検査なんか受けさせられたら嘘をついたことがバレる。そのくらいならここで「勘違いでしたー、てへっ」で終わらせておいた方がいい。「あのー、赤ちゃんはですね……」「まあまあ、まずはこれを食べてくれ」史緒里の言葉を遮って、熱々の土鍋が目の前にどんと置かれた。「あのー、これは?
اقرأ المزيد

階段落ちは恋愛小説の基本です

二日ほど経って、爽介は“計画書”を片手にみやびの家にやってきた。「これは恋愛小説における死亡、もしくは重傷事故が発生しがちなポイントをまとめたものだ」「まとめたの! わざわざ!」「俺は全てに完璧を求める男なんでな」彼のまとめによれば、恋愛小説で最も多いのは階段からの転落事故。「次いで水難事故、火災、車両事故だな。だが今回は一番“恋愛小説らしい”死に方として、階段からの転落事故を提案したいと思う」ここで一つ問題が発生する。「階段からの転落なんだが、検証のために何回か転げ落ちてみた結果……」「わざわざ転げ落ちたの!」「言っただろ、俺は完璧を求める男だと」「ああ、まあ、昔から爽介兄さんはそうよね……」「それで検証の結果、家庭の階段から落ちたぐらいじゃ人は死なないという結論に達した。もちろん打ちどころが悪ければというのはあるが、そんな事故がどれほどあると思う? ビジュアル的にも2階まであがる十数段の階段から転げ落ちたところで、なんの面白みもない」完璧を求める男、爽介は、演出にこだわる男でもあるのだ。「そこで俺が見つけてきたのがこの神社、山の中腹にあり、裏手に今では使われていない古い石段がある。その段数なんと180段、石の角は擦れて滑りやすく苔や雑草も生い茂っていて、足を踏み外してもなんの不自然さもない。この石段を下までゴロゴローっと転がったら。演出としても見栄えがいい」「そうね、私はまあ、平気だけれど、普通の人なら良くて大怪我、悪くて死ぬわね」「そう、だからこそ目撃者に“あいつ死んだわ”とビジュアルで思わせることができる。血糊の袋でも仕込んでおけばさらに完璧だ!」「よし、早速作戦決行よ!」この作戦、実は重要なのは誰を目撃者にするかということ。目撃者が一人もいない状態では石段を転げ落ちる意味がないし、全くの赤の他人では目撃証言の信憑性が薄れてしまう。理想は“死んだと思わせたい相手本人”。みやびは祐市をお参りに誘った。祐市が来るなら、史緒里も当然ついてくる。「ここ、安産の神社で有名だしー、あ、ごめんなさい、子どもすらできたことのないみやびさんには関係ない話ですよねー」表門に続く緩やかな石段を登りながら、ナチュラルにマウントを取ってくる史緒里。みやびはもちろん大興奮。「ああっ、こういうの、恋愛小説でよく見る! 私の方が愛されてい
اقرأ المزيد

血糊が多すぎる!

祐市が最初に思ったことは……(何この状況、意味不明)かたや自分の子を孕んだ愛人、かたや愛妻。本来なら敵同士のように憎み合っているはずの二人が手を取り合い、足元を絡めるようなステップを踏んで楽しそうに踊っている。実際には足払いの応酬なのだが……少なくとも祐市の目には楽しいダンスのように見えた。「いいねえ、愛人と本妻が仲良く一人の主人に仕える、これ男の夢じゃない?」祐市、やはりクズである。「だが、いくら楽しくてもそこで踊るのは危ない!」二人の足元は古い石段の一番上、しかも狭いスペース。背後は崖かと見まがうほどの急勾配の石段。「やめろ、二人とも、危ないから踊るならこっちにきて踊りなさい」祐市の声にいち早く気づいたのは、史緒里だった。「あ。ゆーいちー、助けてー、“あなたなんかに子どもを産む資格はない”とか言われちゃって、突き落とされそうなのー」まっさら真っ赤な嘘である。しかし祐市はこれを信じてしまう。なるほど、あれは踊っているのではなく揉み合っていたのか、と。「なんだ、みやび、嫉妬したのかー」「ニヤニヤしてないで、たーすーけーてー」「おっとそうだったな、笠間!」「はい、ここに!」「お前はみやびを抑えろ、俺は史緒里を助ける!」「はっ!」しかし、みやびの鋭い声が、これを制した。「笠間っ!」「はいっ!」「動くな!」「ハイっ!」普段から祐市にこき使われている笠間、命令口調で言われるとつい反射的に体が動いてしまう。ピタッと足を止めた笠間を見て、みやびは史緒里の手を強くひいた。「えっ、きゃっ、なに? 私は妊婦よ、乱暴は……」喚く史緒里を「どっせい!」と遠心力で振り回し、笠間の腕の中へ放り込む。「きゃあっ!」「グエッ!」哀れ笠間は勢いよく飛び込んできた史緒里に押し倒されて転がったが、それでも十分にクッションの役割は果たした。「史緒里さんは無事です!」「グッジョブよ、笠間!」笠間に向けて親指を立てた後、みやびは石段に向かってわざと大きくよろめく。側から見ればそれは、遠心力を殺しきれずにバランスを失ったように見える、完璧な演技だった。「よしよし、これで血糊を……」みやびは懐から取り出した血糊袋を握りしめる。と、ここで思わぬ出来事が起きた。「危ない、みやび!」よせばいいのに、祐市がみやびを助けようと手を伸ばし
اقرأ المزيد

ダメ男は論外、恋愛小説の統計を取る男もどうかと思う

2回目の作戦会議は、まず反省会から始まった。「血糊の量が多すぎたのよ、それが全ての敗因よね」口火を切ったのは白衣を着たみやびの姉、貴理子だ。彼女は実際に腕利きの外科医であり、裏で手を回してみやびの怪我を偽装し、彼女を自分の病院に入院させた。「そこじゃない、多分そこじゃない」ツッコミを入れるのは頭に包帯を巻いて大きなベッドに横たわるみやび。部屋は広くセミダブル仕様のベッドの他にライティングデスクや小さな応接セットも備えられた――いわゆるVIP病室である。この部屋を手配したのは貴理子で、みやびは最初、これを断った。「こういう部屋、恋愛小説で見たことある。でも、偽怪我をしている私がここに入るのは……あれでしょ、恋愛小説名台詞集vol.3から抜粋、“医療資源の無駄遣いをするな!”みたいな、あれ」しかし貴理子は言った。「特殊な事情のある患者にこうした部屋を提供する理由はね、VIP本人の快適性に考慮してのことじゃないわ。余計な噂話やマスコミたちをブロックすることによって、病院の運営や一般患者の平穏を守るという側面もあるのよ」なるほど、そう言われてしまえば納得するしかない。みやびは“検査入院”を理由に、このVIPルームで保護されることとなった。「あの血糊の量は妥当だ、本当なら石段の一番下まで転げ落ちてそこでドバッとぶちまければ、まるで真紅の薔薇の海に美しい死体が横たわるかのような……そんな視覚効果を狙ってのことだった」悪びれず答えるのは貴理子の助手に扮した爽介。本日は白衣姿で、見てくれだけならどこからどう見ても医療従事者にしか見えない。さて、三人がここに集まっているのは次の“偽装死”に向けての作戦を練るため。いつまでも終わったことを愚痴るためじゃない。「病死ってどうかな、この検査で何か重篤な病が見つかったことにしてさ、それなら死体の回収は姉さんにしてもらえるでしょ」みやびの提案を、貴理子はすっぱりと拒否した。「医療的見解から却下。どんな病気を装うにしても、リアリティを出すために医療機材や医薬品を用意する必要がある、それこそ医療資源の無駄遣いだわ」「じゃ、じゃあアレ、恋愛小説でよく見る初恋と二人でプールに突き落とされるアレを再現するとか! あれ、みんなが初恋の方を助けに向かって、ヒロインは誰にも助けられずに見捨てられるっていうのがセオリー
اقرأ المزيد
السابق
123456
امسح الكود للقراءة على التطبيق
DMCA.com Protection Status