جميع فصول : الفصل -الفصل 40

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誰も消防車を呼んでいないのである

偽装死スタッフたちはのちに語った。「爽介さんは演出過剰なんですよ。前回も見てくれ重視で血糊の量増やすし、今回の別荘炎上作戦も……俺らは、必要以上の火力は良くないって止めたんですよ、でも、死体まで焼き尽くすほどの火力を演出するには必要だって、大量の着火剤を……」そのおかげで、別荘はあっという間に真っ赤な炎に包まれた。最初に炎の中から脱出を果たしたのは取り巻き御曹司軍団。転がるように建物の外に飛び出した彼らは、振り向いて叫ぶ。「アニキ!」続いて脱出を果たしたのは爽介に抱きかかえられた祐市。爽介の腕の中から飛び出した彼も、振り向いて叫ぶ。「みやび、史緒里!」しかし二人は炎の中から出てはこなかった。熱膨張を起こした窓ガラスが砕ける音。「みやびーっ、しおりーっ!」燃え盛る別荘に飛び込もうとする祐市を、取り巻き御曹司たちが止めた。「ダメですよ、祐市アニキ!」「”おかしも”です、戻っちゃダメです!」「うるさい、放せ! 二人を助けなくちゃ!」この騒ぎを見た爽介は、冷静にインカム越しに司令を出した。「第三班、消防車のサイレンを鳴らせ、ただし、音だけだ」山の下から、かすかに消防車のサイレンが聞こえてくる。もちろん爽介が仕込んだ偽の消防隊だ。この山の全てはいま、爽介の演出の内にある。「アニキ、消防車だ! ここはプロに任せた方がいい!」「そうそう、素人が火事場に突っ込んでも、何の役にも立ちませんって」「うう、みやび……史緒里……」すでに軒下を舐めるほど大きくなった炎を見上げて、祐市は力無くその場に膝をついた。――そのころ、別荘の中では。燃える廊下の真ん中で、史緒里とみやびが激しい攻防戦を繰り広げていた。「近寄らないで!」「ちょ、暴れないでください、史緒里さん、ちょっとおぶるだけですから」「そう言って、私を火の中に放り込むつもりでしょ! たーすーけーてー」炎が狭い廊下の壁をつたい、勢いをさらに増す。もはや時間的猶予はない。「いい加減、落ち着いて!」みやびは史緒里の横っ面に鋭い平手を喰らわせた。「ぶった……私を……ぶったの?」「やっとおとなしくなった。いいですか、もう一度説明しますね、これは芝居ですから、実際には誰も死にません!」「誰も、死なない?」「そう、誰も死なない、そもそも死んだことになるのはあなたではなく”霞ヶ
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追妻火葬場(物理)

と、ド派手に炎にダイブしたみやびだが、もちろん死んではいない。演出にこだわる男、爽介が次善、次々善の策を立てていないわけがない。密かに作られた隠し通路を通って表に出たみやびは、爽介に手引きされて用意されていた霊柩車の助手席に座った。ハンドルを握るのは爽介だ。「火事場に霊柩車って親切設計すぎない?」「問題ない、これも演出の一環だからな、見たいだろう?」爽介はタブレットをみやびに渡して、ニヤリと笑った。「本物の “追妻火葬場”を」追妻火葬場とは――それは恋愛小説の様式美の一つである。冷遇・誤解・虐待などのクズムーブをかました男が、ヒロインを失った後で身を焼くような激しい後悔に沈んでゆくという”遅すぎる後悔系”の物語を総称する言葉。なお、火葬場というのは取り返しのつかない事態を表す比喩表現であり、実際に死体を燃やす必要はまったくない。「なのに、物理火葬をしちゃおうという爽介兄さん! 解釈違いだが嫌いじゃないです!」「さらに、追妻も……」タブレットの中では、気絶していた祐市がちょうど目を覚ますところだった。取り巻き御曹司に見守られて、祐市は目を開けた。「みやび……? みやび、史緒里!」飛び起きれば、別荘はすでに鎮火した後。炭化した柱が数本、侘しく白煙を立ち上らせている。周りを見れば取り巻き御曹司たちと史緒里の姿。みやびはどこにも居ない。「みやびは? みやびはどうしたんだよぉ!」史緒里が申し訳なさそうに、ちょっと離れて止まっている霊柩車に視線を向ける。「みやびさんは……もう……」実は史緒里、祐市が気絶している間に厳しい演技指導を受けた。計画の全てはいまだによくわかっていないが、やれと言われた演技をきっちりこなす程度の能力はある。「私が確認をしたわ、もう見分けもつかないほど黒焦げだったけれど、あれは確かに、みやびさんだった」「そんなわけがない、どこでみやびだと判別した?」「え? えーと、背丈とか体格とか……ああ、あと歯の治療痕!」祐市が顔を覆って泣き始める。「嘘だ……嘘だろ……みやびが死ぬはずがない」これをタブレットで鑑賞しているみやびは大興奮だ。「ぎゃはー、恋愛小説でこれ、よく見ます、ワニの涙!」爽介は、そんなみやびにポップコーンを差し出す。「そう言ってやるなよ、あれはガチ泣きだろ」画面の中では、史緒里が祐
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どんな姿になろうとも、君を見つける!……腰で

翌日、祐市は一日中骨壷を抱えてぼんやりと過ごした。思い出すのは明るく凛々しかったみやびの姿ばかり……少しでも彼女の気配を感じたくて部屋へ向かうが、そこにはちっぽけな衣装ケースがぽつんとあるだけ。彼女は祐市の世界から完全に去ってしまった!「ぷっ」と後悔の血を吹くが、「わあ、恋愛小説みたい」と慰めてくれる声もない。「みやび……」その時、祐市の母、美鶴が飛び込んできた。「ちょっと、聞いたわよ、みやびが史緒里で史緒里がみやびだったんですって?」「何を言っているんだ、母さん」「だから、今まで霞ヶ浦史緒里って名前だったあの子が、そのまま嫁になるってことでしょ、よかったわね、これで生まれてくる子どもが私生児呼ばわりされることもないわ!」「ほんと、何言ってるんだ、母さん」「だいたい、あの嫁のことは気に入らなかったのよ、うちみたいな名家に嫁ぐには平凡だし、身分も低いし……」「母さん、ちょっと待って、あっちが史緒里でこっちがみやびなら、本当の霞ケ浦家のご令嬢はあっちの史緒里なのでは?」「?」「だから……」その時、寿子が入ってきた。「あなたたちに任せておくと話が進まない! 私が説明してあげましょう! あの子もここに連れてきなさい」こうして、狭い部屋の中、寿子の前に美鶴と祐市と史緒里(仮)が並んで座らされた。「さて」まず口火を切ったのは寿子。彼女は史緒里(仮)を指して祐市に聞く。「この子は誰だと思う?」「俺、さっきの説明でわかったもんね、こっちがみやび(本物)」「そう、みやび(本物)。つまり」寿子は次に、美鶴に聞いた。「だとすると、本物の”霞ケ浦家のご令嬢”は誰?」「それは……あー!!!!!」美鶴は、史緒里(仮)を霞ケ浦家のご令嬢だと信じていたからこそ、一般家庭育ちで後ろ盾もないみやび(仮)よりも、日立家の嫁に相応しいと思っていたにすぎない。「あなた、私たちを騙したのね!」今やみやび(本物)だと知られてしまった彼女は、美鶴に睨まれて震え上がった。「騙してなんていません、影武者です!」「なんなのよ、なんの影武者よ!」掴み合いになりそうな雰囲気を断つように、寿子がパンパンと手を鳴らした。「はいはい、座りなさい。それなんだけどね、普通、うちくらいの名家だと霞ケ浦家の事情は公然の秘密として知っているはずなんだけどねえ……美鶴さん、あ
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【怖がるな】逃げた妻と復縁したい【俺がいる】

1 名無しの御曹司逃げた妻と復縁したい良いアイディアはあるか2 名無しの御曹司女は追われたがる生き物だヘリで追え怖がるな 俺がいる3 名無しの御曹司花を買えハート型に並べろそして跪け4 名無しの御曹司キャンドルも忘れるな怖がるな 俺がいる5 名無しの御曹司最後に勝つのは財力だ島を買え6 名無しの御曹司ロマンを忘れるな唯一無二の宝石を買え7 名無しの御曹司逃げた理由を考えろ8 名無しの御曹司理由など重要ではない行動で示せ9 名無しの御曹司隣に住め追い詰めろ怖がるな 俺がいる10 名無しの御曹司怖がるな 俺がいる~~~~~~~その身の貴賤を問わず、妻に逃げられた男というのは皆、哀れなものである。妻に偽装死されて逃げられた祐市は、胸の痛みを酔いで誤魔化すかのように連日連夜飲み歩いていた。今日は「たまには気分を変えてみませんか」という取り巻き御曹司たちに連れられて、安さが自慢の庶民向け某チェーン居酒屋にご来店である。「これが庶民の酒場というものか」座敷席に通された祐市は、まず一杯目のオーダーを店員に告げる。「ロマネ・コンティで」「ワインってことっすかー、こちらメニューから銘柄選んでいただいてー」「待て、なんだこのグラスワインとは、一杯三百八十円だと? 桁が間違っているんじゃないのか?」取り巻き御曹司たちがそんな祐市をフォローする。「アニキ、こういう店では“とりあえず生”が一番無難なんですよ」「なるほど、ではトリアエズナマで」まず最初に熱々のおしぼりで顔まで拭うというマナーも、店員さんが一度に十個くらいジョッキを握って運んでくる凄技も、料理を運んできた女性店員が愛想なく皿を叩きつけるように置く雑さも、祐市にとっては全てが初めての体験である。「なるほどこれが、庶民の酒場!」大はしゃぎする祐市を見た取り巻き御曹司軍団は、ほっと肩の力を抜いた。「楽しいですか、アニキ」「楽しい、楽しいな、俺ですら見たことのない希少な酒がこんなに揃っているなんて! クエン酸サワーに、ホッピーに、ガリチュウ……バイスサワー? バイスとはなんだ?」「頼んでみればいいじゃないすか! なんならメニューの“ここからここまで”って頼んでも、いつもの店で頼む酒の一杯より安いんですから!」「なんだと! 価格破壊か! こ
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おお、ロミ男よロミ男、あなたはなぜ別れを理解しない

霞ヶ浦史緒里は霞ヶ浦家の末娘であり、また家業である霞ヶ浦警備保障の裏部門に所属するエース特殊警備員でもある。彼女は大財閥の御曹司である日立祐市をお家騒動から守るための極秘任務を受け、“宮坂みやび”の名を借りて彼の妻として24時間体制で警護をするという任務を、つい先日、完了したばかりだ。しかし彼女は“エース”であり、実家に帰れば早速次の任務があるわけで。 さて、今回の彼女の任務は……「トラブル対処ですか」父、豪路のオフィスで、史緒里は受け取った資料をパラパラとめくって確認した。「なるほど、これは……ロミオメールというものですね」豪路の眉間に皺が寄る。「うむ?」「ロミオメールです、君とはもう三年くらい会ってないのに、夜中にいきなり送られてくるアレです」「うむ」「そうですね、これなんかいい具合にポエミーで、まさにお手本通りのロミオメールじゃないですか」史緒里は一枚を引き抜いて豪路に渡す。*****************件名:戻っておいで 僕の小鳥そろそろ自由に飛び回るのにも飽きた頃なんじゃないかい戻っておいで僕の小鳥君のために全てを用意するよ甘いお菓子にキラキラした宝石たち広くて景色のいい別荘そんなものを集めて君のために金の鳥籠を作ろう君は僕のそばで愛らしく囀っていてくれればいい愛しているぜマイ・スイート・バード*****************読み終えた豪路の眉間の皺はますます深くなる。まるで「理解し難いな」と言わんばかりの表情だ。「うむ……」「つまり今回の任務は、このロミオメールを受け取ったご令嬢の身辺警護ということですか」「うむ」「できればきっちり別れさせてほしい? つまりトラブル対処ですね」「うむ?」「ええ、大丈夫です、この手の案件は得意です。恋愛小説で親の顔よりよく見ますから」すっごい不安そうな顔になってしまった豪路は悪くない。誰だって不安になるに決まってる。「うむ! うむっ!」「ロミオメールの送り主はマフィアの後継者? なんですかその恋愛小説のお手本通りみたいな設定! マフィアでヤンデレとか、誘拐監禁コースが期待できるじゃないですか!」「うむ……?」「心配ご無用ですよ、鬼心流正統後継者である私が、マフィア如きに負けると思います?」だからこそ、この案件が史緒里のところに回ってき
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花が足りていないのか?

朝早くから、霞ヶ浦警備保障の本社オフィスのロビーに、大量の花が運び込まれる。その作業を指揮するのは、もちろん祐市である。「薔薇はハート型に並べてくれ、表側にピンクの薄いものを、そこから中心に向かって赤に向かうグラデーションになるようにな」出勤してきた社員たちは、あるものはチラリと眺め、あるものは足を止めて、ヒソヒソと囁き合う。「何あれ、邪魔じゃない?」「なんか、大金持ちの御曹司らしいよ」「御曹司の考えることは、よくわからんな」そんな周りの迷惑など気にも留めない、それが御曹司。「笠間!」「はいっ!」「あれを!」「はい、ここに!」笠間が差し出したのは、手のひらに乗る程度小ぶりだが高級そうな小箱。「よし、これで準備は全て整ったな」祐市はスーツの襟をピシッと整え、さっと髪を撫で付けて身だしなみを整える。程なくして、史緒里が出勤してきた。ちなみに史緒里はここ数日、婚約破棄書を作成するために各種法務資料と睨めっこしたり、実際に草稿を打ったりといったデスクワークをしている。だから服装もデスクワーク仕様のレディーススーツをきっちりと着こなし、髪は固く一つに結んで、銀縁の細い眼鏡までかけたシゴデキ女子スタイルである。ピシッと背筋を伸ばし、コツコツと小気味よくヒールの音を鳴らして歩く史緒里を見て、祐市は「はわわ」と口元に手を当てた。「うちの嫁、カッコよすぎ」ぼんやりする祐市に、笠間が豪華な小箱を差し出す。「社長、これ、渡すんでしょ」「そ、そうだった、ナイスフォローだ、笠間!」祐市は小箱を持って駆け出し、ハート型に並べた薔薇を背景にして声を上げた。「みやび、いや、史緒里! でいいんだよな?」振り向いた史緒里は、その光景を見て大きく目を見開いた。「こっ、これは!」シゴデキ風味を壊さないために我慢してはいるが、すでに興奮は始まっている。その証拠に眼鏡をくいくいくいくいと意味なく高速で押し上げて忙しない。「恋愛小説では定番だけど、現実でやられたら迷惑度マックス、会社のロビーにハート型に花を並べる復縁の儀式!」祐市は片膝をつき、小箱を史緒里に差し出す。「働き始めたと聞いてな、これは入社祝いだ」新規入社したわけじゃなくって、別任務に移っただけだから“単なる異動では?”と思うのだが、祐市、全く何にもわかっていない。「社会人になったか
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なんもわかってないじゃないですかー!

その“不安”は、さっそく的中した。その日の帰り、定時ちょうどに史緒里が社屋を出ると、正面玄関どまん前にドーンとマイバッハが路駐していた。ウィーンと後部座席の窓が開いて、祐市が顔を出す。「乗れ」これが祐市以外なら、ストーキングで即アウト案件である。「君に見せたいものがある……」ちょっと恥ずかしそうに目を伏せてもアウトなものはアウト。だが史緒里は、そんな祐市の仕草を、うっかり“可愛い”と思ってしまったようだ。すんなりとドアを開けて後部座席に乗り込み、祐市の隣に座る。「もー、祐市さん、元カレの心得ってものが全然わかってないじゃないですか」言葉では咎めるが、その声音は柔らかくて、甘やかしの気配がぷんぷんと漂っている。「元カレの……心得‥‥だと?」「ええ、恋愛小説名台詞集vol.2にこういう言葉があってですね……“良い元カレというものは、死んだように振る舞うものなのよ!”」「元カレじゃなくて夫だし、“元”になるつもりないし……」「でもね、戸籍の“妻”の欄には、“宮坂みやび”の名前が書いてあるわけですよ、そうしたら、あなたの妻は、はい、誰ですか?」「お前だ」「情熱的! だけど! 全然わかってない!」「それより、見てくれ、あれ!」祐市が指さしたのは、大邸宅が立ち並ぶ高級住宅街の背後にある小高い山のうちの一つ。遠目に緑美しい風景のど真ん中、山の中腹あたりにバーンと巨大な赤いハートが浮かび上がっている。「最高級のバラを空輸させて、植えたんだ」祐市は照れを隠すため、ちょっとぶっきらぼうな口調でいう。これが史緒里の笑いのツボを直撃した。「ぎゃはー! “植えたんだ”じゃないですよ、環境破壊!」「赤い薔薇の花言葉を知っているか、“情熱的な愛”、俺は俺の情熱の全てをお前に捧げると誓うよ」「待って、このタイミングで真顔は逆に面白すぎるから!」「今回用意した花は99999本……」「物量作戦がすぎる!」ぎゃはーっと笑い転げているうちに車は山道を登り、赤い薔薇の咲き乱れる花畑のど真ん中へと到着した。祐市はそこで片膝をつく。一通り笑い転げた史緒里は、ようやく冷静になって痛くなった腹筋を撫でる。「いや、こんなことされても、無駄ですよ、今のあなたの妻はみやびさんなんですから、彼女を大事にしてあげてくださいよ」「まだ怒っているのか?」「いや、
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不安しかない共闘宣言

真っ赤な薔薇咲き誇る中に、ヘリでド派手に降りてきた爽介の存在が、祐市に混乱をもたらした。しかもわざわざ“血の繋がらないお兄ちゃん”を名乗っていることも、祐市には理解できなかった。「血の繋がらない……つまり養子か?」祐市ほどの上流の人間ともなれば、“養子”という概念はさほど珍しいものではない。金持ちは子供一人増えたところで困らないだけの経済力があるから、例えば優秀な後継者を迎えるためだったり、例えば愛人の子を認知するためだったり、例えば苦学生を支援するためだったり……一般のご家庭よりも気軽に養子縁組をすることが多い。だから祐市は、爽介という人物は霞ヶ浦家に引き取られた養子なのだろうと判断した。「たとえ血は繋がっていなくとも、妻の兄は俺の義兄《あに》! 歓迎するぞ、お義兄《にい》さん!」両手を広げてハグ待ちする祐市を、しかし爽介は殴り飛ばす。「お前にお義兄さんと呼ばれる筋合いはない!」「痛い! いきなり何をするんですか、お義兄さん!」「うるさい! お兄さんと呼ぶな! 俺は養子じゃない!」「養子じゃない……じゃあ、史緒里のお姉さんとご結婚なさっている、姻戚関係の“お義兄さん”とか?」「恐ろしいことを言うんじゃない、俺はまだ独身だ!」「じゃあ、どんな“兄”なんだ? なぞなぞか?」祐市の混乱は深まるばかり。「教えてくれ、あなたは史緒里とどういう関係なんだ! そして俺は、なぜ殴られたんだ!」「さっきも言っただろう、俺はしーちゃんの“血の繋がらないお兄ちゃん”だ! だから、可愛い妹につく悪い虫を駆逐する義務が、俺にはある!」史緒里はめちゃくちゃ真顔で、とてつもなく冷静にツッコミを入れる。「そんな義務、実の兄にすらないですよ」そして、未だ混乱の真っ只中にいる祐市。「史緒里、教えてくれ、こちらは?」「神栖爽介さんです、小さい頃から一緒に遊んでくれた友達で、なおかつ年上なので“兄さん”と呼んでいますけれど、血縁関係も姻戚関係もありません」「なるほど、つまり……」ポクポクポク、チーン!「近所のお兄ちゃんとか、知り合いのお兄ちゃん的な、単純な呼称としての“お兄ちゃん”だな!」「正解です! さすが祐市さん!」手を取り合ってキャッキャとはしゃぐ二人の姿に、爽介がイラついて足を踏み鳴らす。「だから! 別れた夫婦が! いちゃついてんじゃねーよ
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ストーカー ミーツ ストーカー

と、元気よく走り出したはいいが、祐市は悲しいかなインドア性能だ。走れば走るほど爽介に引き離されてゆく。「ま、待ってくれ、お義兄さん……」「兄と呼ぶな! あと、お前には期待していない、位置情報を共有してやるからゆっくり来い」ついに祐市は置き去りにされた。「はあ、はあ、ここは……どこだ?」目の前に聳え立つのは超大型ショッピングモール。「ここだな、ここに史緒里が……」中央エントランスに踏み込もうとした祐市は、入り口に近い平面駐車場を埋め尽くす勢いで停まっている“ヤンチャ”そうな車に気づいた。幅広でシルエットもゴツいカマロやダッジ。特徴的なボディが美しい古い型のリンカーンに、走り屋御用達みたいな外国製のスポーツカー……どれも幅広で、天井が低くて、いかにも堅気じゃない威圧感がある。黒いスーツを着た堅気じゃなさそうな外国人たちが、忙しそうに車から花を降ろし、それをショッピングモールの中へと運んでゆく。一般客には近寄り難い雰囲気がプンプンと漂っていたが、御曹司である祐市は「なるほどな」とうなずいた。「外国の方は、優先駐車場のマークを知らないんだろう」ずっしりと重厚な一台に近づいて、祐市は花を運び出している黒服の男に声をかけた。「ここは、車椅子や体の不自由な方のための駐車スペースだ、車をどけろ」声をかけられた男が異国の言葉で答える。『なんだ、お前』祐市、びっくり。「なっ、何語?」イタリア語である。祐市はあまりイタリア語には詳しくない。単語を羅列するだけのカタコトになる。『あー、車、ここ、違う、理解?』『なんだ? 文句があるならカポに言えよ』相手がいかにもイタリア人らしい大袈裟な身振りで話すから、祐市は話の内容をなんとなく理解した。「なるほど、彼がここの責任者だ、と言っている気がする」その責任者らしき男は、イタリア系ハーフの若い伊達男だった。彫が深くて、くっきりとしたイケメンな顔立ち。体のラインに沿ってぴっちりと仕立てられた細身のスーツを着崩して、ノータイで着た色シャツの第二ボタンまでを大胆に開けて、金のチェーンで飾ったワイルドな鎖骨を見せているのがなんともセクシー。明らかに堅気じゃない雰囲気が濃厚な彼を、祐市は、なぜか“同類”だと認識した。「君が責任者か」おそれも怯えも見せず、むしろ胸を張って話しかけてきた祐市に、
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ニンジャとヒーロー

ここで、フードコートからの脱出手段を読者にだけ解説しよう!阿部マフィアたちが紙コップに視線を落とした瞬間、史緒里はあらかじめ目を付けてあった空の買い物カートを引き寄せた。この時間、わずか0.1秒。さらに史緒里はカートに結子をのせ、あらかじめ計算しておいたテーブルの間の隙間をほぼ一直線に、トップスピードで駆け抜けた。霞ヶ浦警備保障特殊警備員である、彼女の脚力あってこその脱出劇だ。かかった時間は全て合わせて0.5秒。阿部マフィアたちからすれば、本当に瞬き一つの間。史緒里はカートを女子トイレの入り口前に横付けすると、結子を下ろして囁いた。「私は奴らを誘き出し、時間を稼ぎます、どうぞごゆっくり」「でも、相手は本物のマフィアよ!」「いいから、行って!」結子はきゅっと唇を引き結び、決意を込めてうなずいた。「ご武運を!」そして、トイレへと駆け込んでゆく。残された史緒里は、軽くその場でトントンと足踏みをして、それからキューッと背伸びして体幹を調整する。「さてと、じゃあ、始めますか」こちらは、ほんの一瞬のうちに目標を見失ってしまった阿部マフィアたちーーそのうちの一人、ジョバンニはオタクである。日本のサブカルチャーをこよなく愛する彼は、日本育ちのカポの護衛につくという任務に自ら進んで志願した。目的はもちろん、カポについて日本へ渡り聖地“アキハバラ”を訪れることである。そんなジョバンニは、この“人間消失”に激しいときめきを覚えた。仲間たちは大慌てで、イタリア語で怒鳴り合っている。『お前ら、なんでちゃんと見ていないんだ!』『見てたさ! お前こそ居眠りでもしていたんじゃないのか!』『おいおい、冗談だろ、昨夜はバッチリ8時間睡眠、これっぽっちも眠くなんかないさ!』『ここで言い争っている場合か、早く追いかけろ!』だがジョバンニだけは。『ファンタスティコ! ニンジャだ、ニンポーだよ!』『何言ってるんだ、お前、コミックの読みすぎだろ』『ここはニホンだ、ニンジャがいたっておかしくないだろ!』他の奴らは何も考えずに、いきなりフードコートを飛び出して行ったけれど、ジョバンニはまず慎重に仲間たちに連絡を入れた。『監視対象消滅、おそらくニンジャのニンポーだ』連絡を受けた仲間たちも『何言ってんだお前』とは言っていたが、監視対象の消滅は一大事だ。
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