جميع فصول : الفصل -الفصل 30

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“普通”の男に恋愛フラグはたたない

偽装死計画まで残り3日、みやびは身の回りの始末を始めた。――祐市からおくられたプレゼントを段ボール箱に……なんてことはしない。なにしろ爽介に「死ぬ間際まで普段通りの生活を」と言われているのだから。カウントダウン1日目――みやびはVIP病室で暇を持て余していた。暇ついでにベッドから降りて腕立て伏せなどしてみる。「1238……1239……1240……」その時、病室のドアがノックされ、貴理子が入って来た。「何をしてるの、あなたは建前上、怪我人なんだけど?」「そ、そうなんだけど、“普段通り”に過ごせって言われたから……」「そうだった、この子の“普段通り”ってこれだった……」みやびは爽やかな笑顔で汗を拭っている。「それで、姉さんは何しにここへ?」「そうね、本題を言うわね、あなた一度、普通の男と付き合ってみなさい」この言葉に“規格外の女”みやびは困惑する。「祐市さんだって普通の男よ」「あれは普通じゃない!」「ええ~」「ということで、お姉ちゃんが“普通”の男を連れて来たから。入ってらっしゃい、佐藤!」そう言われて病室に入って来たのは、頭の先からつま先まで“普通”な男だった。身長は170センチそこそこ、現代男性としては高すぎず低すぎず。ルックスはそこそこ整ってはいるが、目を引くほどのハンサムではなく、記憶に残るほどのブサイクでもなく。白衣を着ているから医者なのはわかるが、インナーは普通のスクラブであり、医者としてはあまりに“普通”すぎる服装。何より普通なのは……「佐藤一郎です」「名前が普通! 下妻さんとか潮来さんがくると思ってた!」「あの、僕ら高校の時の同級生なんですが、僕のこと覚えていますか?」「関係性が普通! しかもぼんやりと記憶にあるあたり、親しすぎず遠すぎずの、普通の同級生!」貴理子がニヤリと笑う。「ふふふ、一生を添い遂げるような現実的な関係には、あなたが好きな恋愛小説みたいなドラマチックは必須ではないのよ!」フィクションみたいにドラマチックで派手なトキメキは、結婚という日常的な愛には不要――これが貴理子の持論である。貴理子自身は天才的な外科医であり、霞ヶ浦警備保障の特殊部門に所属するという非凡な身でありながら、その夫は非常に平凡な人物である。大学の頃から付き合っている地味で堅実な男、医療系企業の中堅社員とし
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お前ら、話はちゃんと最後まで聞け!

偽装死まで残り二日――「恋愛小説だと。骨壷や墓を買ったり、離婚届をプレゼントボックスに詰め込んだりするタイミングですね!」「やめろ! そんないかにも死ぬ用意してまーすみたいな行動をするな!」爽介は朝からみやびの退院の手伝いに来ていた。荷物をまとめて、手続きを待つためにロビーの片隅に腰を下ろした途端にこれである。白を基調としたガラス張りのロビーには、午前中早い静かな光がたっぷりと差し込んでいた。待合の長椅子は八割がた埋まっていて、そのうちの八割は常連っぽい雰囲気のある爺さん婆さんだった。彼らは常連同士ゆえの気安い挨拶を交わし、小声で世間話などしながら待合室でのひとときを楽しんでいる様子だった。実に穏やかな光景だ。まさかその穏やかさに紛れて物騒な会話がされているとは誰も思うまい。「学歴、診療記録、カード使用履歴などの身分データの入れ替えは全て終わった。これでおまえの身分は正式に“霞ヶ浦史緒里”に戻った」爽介は“霞ヶ浦史緒里”の免許証を差し出す。それを受け取りながらみやびは言った。「こちらも、偽装死用の別荘の購入完了。“日立みやび”の経歴に傷をつけないよう、霞ヶ浦史緒里名義で」「手回しがいいな、さすがだ」爽介は優しく微笑んでみやびの頭を撫でた。恋愛小説あるあるで興奮していない時のみやびは優秀である。爽介が計画の一部を話せば、先回りして手配を済ませられる程度には優秀。だからこの二人には、“全てを言葉にして確認する”という習慣がなかった。「さらに、今回の計画に、もう一人だけ協力者を増やそうと思う」「霞ヶ浦史緒里……つまり、“日立みやび”ね」「そうだ」これは何もおかしなことではない。偽装死とは本来、ドッキリ番組のようにターゲットと仕掛け人がいるものである。ターゲットの最も身近にいて、現場での状況をコントロールできる人間を仕掛け人側に引き込むことは、偽装死の成功確率を大きく引き上げることにつながる。「だが、俺がとった統計によると、恋愛小説の中では夫の最も身近であるはずの愛人に協力を求めることはほとんどない、なぜだ?」「恋愛小説の愛人というのは正妻をいじめるのに夢中すぎるからじゃない? あれでは、きちんとした交渉をする隙がない」「なるほどつまり、“きちんとした交渉”をすれば良いということだな」爽介が考えた“交渉”は、影武者の
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完全な計画と完全な勘違いと

ハチロクの車内には重苦しい空気が漂っていた。それでなくともこの手のセダン車は、天井が低くて圧迫感があるのに。今の史緒里はそれ以上の圧迫感をみやびから感じていた。「あなたが霞ヶ浦家の本物令嬢だっていうこと?」実のところ、彼女は”影武者”という仕事を理解しきれていなかった。霞ヶ浦家はその辺をきちんと説明したはずだった。だが彼女は、自分に都合のいい部分と興味のある部分だけを拾い上げ、都合の悪い情報を無意識に切り捨ててしまった。その結果、史緒里の中で話は歪められ、「霞ヶ浦家に引き取られた私が本物の”霞ヶ浦史緒里”!」という認識に至ったのである。ところがみやびの方は、メディアや社交界などで本物の”霞ヶ浦史緒里”の顔バレを防ぐために影武者を置いたのだと理解している。もちろん、そのことを相手もきちんと理解しているはずだという認識なのだから、ここにすでにすれ違いがあるわけで。「どうしたの? 幽霊でも見たみたいな顔をして」みやびはなんの裏表もなく見たままの状況を口にしただけだが、史緒里に勘違いと怯えを与えるには十分だった。「い、いまさら本物が、何しに戻ってきたのよ」「もちろん、そろそろ”霞ヶ浦史緒里”には消えてもらおうと思って」まず言い方!加えてこのタイミングでガココっとシフトいじるから、威圧感がマシマシ。「祐市さんの隣に立つのは”日立みやび”一人だけでいい、そうは思わない?」「いやよ! 私、ゆーいちのそばから離れるつもりはないから!」「別に”離れろ”とは言ってないでしょ」「つまり、”消えろ”と……」「そうね、霞ヶ浦史緒里という女は消えるわね」どちらがどちらの”霞ヶ浦史緒里”の話をしているのか、会話は混戦模様。これが”本物”と”偽物”に置き換えたら、話はスムーズだということに、二人とも気づかない。「私の計画では、霞ヶ浦史緒里は、2日後に死ぬわ」と言ったのが本物で。「まさかの殺人予告!」と怯えているのが偽物で。二人の会話は全くもって噛み合わない。「安心して、本当に死ぬわけじゃないから」“本物”は“偽物”に偽装死計画のあらましを伝えた。だが、そもそもが史緒里は人の話を半分しか聞いていないタイプの女だ。さらに今は”本物”の登場に怯えているのだから、理解力もかなり低下している。「ということで、”霞ヶ浦史緒里”は火事で死体も残さ
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ピコーン、史緒里は妊婦設定を思い出した!

偽装死まで残り1日――その日、祐市は朝から何だか不吉な予感を感じていた。それはまるで、一番大切なものが指の隙間からこぼれ落ちてゆくような……「みやびはどこに行ったんだ」病院の前でハチロクを奪われた後から、みやびと連絡が取れない。一度この屋敷の前まで史緒里を送ってきたみたいだが、その後の足取りが知れないのである。祐市はスマホで何度もメッセージを送ったが、そのどれ一つとして既読にならない。音声電話をかければ、機械的な女性音声で「電波の繋がらない場所にいるか電源が……」とアナウンスが流れる。「まったく、仮にも日立家の奥様ともあろう女が、無断外泊とはな!」祐市は、苛立ちまぎれにスマホを投げ出す。今まで、こんなことは一回もなかった。みやびは「あなたからの連絡は逃さないから」と言って、いつでもスマホの電源は落とさないようにしていた。祐市の方から連絡することなんかほとんどなかったけれど、それでもたまにメッセージを入れれば即レス、電話なら2コールで必ず出る。それが今やどうだ、彼女はまるっと一晩も祐市を無視している!これ、恋愛小説的には妻が全ての連絡手段を破棄して去って行くタイミング。だがみやびは爽介の忠告をきちんと守っているのだから、そんな小細工をするわけがない。単に、別荘があまりに辺鄙な場所にあるから、電波状況が良くないだけなのだ。もちろん祐市はそんなことは知らないのだから、みやびがわざと連絡を絶っているのだと思い込んでしまった。理由はきっと――ハチロクを奪ったことを怒られたくないからだ。「いいさ! 行ったなら二度と戻るな!」彼はみやびの荷物を放り出してやろうと思い立って、彼女の部屋へと向かった。それは使用人部屋よりもさらに奥、陽の当たらない物置部屋だった。祐市は後ろに付き従っている笠間に問う。「本当に、ここが?」「はい、社長のご指示通り、一番日当たりの悪い部屋をご用意したので」「あいつは、この部屋を与えられて文句を言わなかったのか?」「むしろ、かなり早口で”日当たりの悪さ、部屋の狭さ、さらには主寝室から一番遠いという条件まで満たす、恋愛小説的に最高の部屋ね!”とおっしゃっておりました」「ああ、うん、言いそう」そう言いながら物置小屋のドアを開けた祐市は、室内に生活感が一切ないことに戸惑いの声を上げた。「え、みやびの荷物は…
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これ、もしかしてホラー回ですか?

温泉街に向かう山道に差し掛かった頃には、すでに夜――あたりは闇色に染まっていた。マイバッハは曲がりくねった山道を、ライトを上向きにしてひたすらに走る。ライトが照らすのは右に切り立った崖、左に深い谷、そしてどこまでも深い闇。笠間が運転の退屈しのぎにつけたカーオーディオは、甘ったるくてポップなラブソングを無意味に垂れ流している。ただひたすらに暗い闇の底を走るドライブに、甘いメロディーがあまりにも空々しく聞こえた。後部座席に座る史緒里と祐市は、軽く腕を絡めあって深いキスを楽しんでいる最中であった。その時突然、カーオーディオがザザッとノイズを吐いた。「あー、山の中は電波が悪いですねえ」笠間はハンドルにあるオーディオボタンを押して、チューニングを変えようとした。ザザ、がが、ザッ……いくつもノイズを吐いた後で、ようやくヒットした番組は……「そうなんですねえ、怖いなー、怖いなーと思ったんですよ……」後部座席にあった甘い気分はすっかりすっ飛んでしまった。史緒里が悲鳴まじりの叫び声を上げる。「笠間ぁ!」「は、はいいい、すみません、すみません、ほんと、たまたまです」笠間が慌ててオーディオを消した。興をそがれた祐市はむっつりと黙り込み、史緒里も乱れた服を無言で整える。なにしろ世界トップクラスの最高級SUVであるマイバッハは走行音も静かだ。車内には、まるで夜の底に沈む山の空気が染み込んだかのような、重苦しい静寂が満ちていた。気まずい静寂を和らげようとして、祐市が明るい声を出す。「なんか、まるでホラー映画みたいな状況だな!」笠間が心の中で叫ぶ。(社長ぉ! 今ここでそれ言う!)あくまでも心の中でだけであって、ひとことも言葉にしないのは、さすがはプロのアシスタント。「ホラー映画ってさ、最初の方でえっちなことしているカップルが最初の被害者ってパターン多いよね!」そう言いながら、祐市は唇の端に残った口紅の残滓をくいっと拭う。もちろん、無自覚だ。(フラグ! フラグ立てないでください!)まず反応しづらいことこの上ない。車内にはさっき以上に冷たい静寂が流れた。そこへ突然割って入るかのように、カーナビが。「目的地へは南南西に3キロです」史緒里はもはや涙目。「なになになに、なんで、そんな案内初めて聞くんだけど!」「史緒里、怖がるな」「怖
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ホラーではなかったんです、たぶん

「う〜ん……」目を覚ました史緒里は、自分がふかふかのベッドに寝かされていることに気づいた。「ここは!」飛び起きれば、窓の外から明るい朝日が差し込んでいる。どこまでも深く暗い闇の底に取り残された山道での恐怖が夢だったかのようだ。だが、JAFを呼びに行った笠間がそのまま帰って来なかったことも、目の前で祐市が消えたことも、記憶の中に確かに刻み込まれている。史緒里はふっと、祐市が言った余計な一言を思い出してしまう。「ホラー映画の法則〜……」記憶の中でもドヤ顔してるのがムカつく。だが、ムカついている場合ではないのだ。「知ってる、私知ってる! 映画詳しくないけど知ってる! これホラー映画の法則的に“やった助かった、と思ったら次の恐怖が始まる”的なシーン!」一度安全な場所に辿り着く――これこそが新たな恐怖の始まり。まさにこんな感じで「あれは夢?」ってなっているタイミングでクローゼットの中からバーンと何か飛び出してきてビックッとさせられたり。「はっ」ともう一段階覚醒したら暗闇の底にいて「安全な夢を見ているだけだった!」ってなったり。振り向いたら刀を手にした殺人鬼が立っていたり……その時、誰かがドアを開けて入ってきた。史緒里は怯えて身をすくめる。入ってきたのはみやびだった。「あ、目が覚めたのね」「きゃあああああ!」史緒里はみやびから殺人予告を受けたと勘違いしている。つまりまさに、ホラー映画の法則でいうところの”助かったと思ったら殺人者の手の中でした”な状況だ。「いやっ……近寄らないで……殺さないで……」「どうしたの? 具合でも悪い?」「助けてっ! ゆーいち、ゆーいちっ」バーンとドアが開いて、ちょっとおしゃれなスーツを着た祐市が飛び込んでくる。「どうした史緒里! 怖がるな!」「ヒイッ、あなた、消えたはずじゃ……」「ん? ああ、実は崖からストーンと落っこちちゃってさ、崖下で待機していた霞ヶ浦警備保障のスタッフさんたちに助けられたんだ」どうやら史緒里が見た赤い光は、暗視スコープの赤外線照射だったらしい。「じゃあ、カーラジオは? カーナビは?」「あれは、この別荘まで迷わず来れるようにって、霞ヶ浦警備保障の裏ネットワークを使って電子系統を一時的にジャックさせてもらっただけよ。笠間もちゃんと保護して連れてきてあるわ」「な〜んだ、じ
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黙れ! 俺の妻はみやびだけだ!

偽装死当日、その日は空に雲ひとつないほどからっからに晴れ渡った心地よい日だった。みやびは空を見上げて呟く。「とてもよく燃えそうな、いい日だわ」別荘の一番広いホールは、すでに酒や料理が運び込まれ、薄紙で作った花や天井からおしゃれに垂らした化繊布で飾られて華々しい。招かれた御曹司は10人、普段から祐市の取り巻きとして一緒に遊び歩いている悪友たちである。もちろん誰一人として、ここがあと数時間後には大炎上するとは思っていない。彼らは気安い様子で祐市を取り囲み、酒のグラスを軽く掲げた。「うぇーい、かんぱーい」彼らは皆、御曹司とは言っても祐市よりランクが二つも三つも落ちる小さな家の息子たちだ。高貴な雰囲気など微塵もない。ノリもなんとなく居酒屋での飲み会ノリ。「そういえば祐市アニキ、奥さんとは離婚するって言ってたじゃないですか、あれ、どうなったんです?」誰かがそう言い出したのを皮切りに、祐市の”嫁”についての話題が始まった。「相手がごねるようだったら、いい弁護士紹介しますよ」祐市が真顔で答える。「いや、実はな、離婚するのやめようかと思っているんだ」取り巻き連中がゲラゲラと笑う。「またまたぁ、それじゃ史緒里さんはどうするんですか」「そうですよー、あんな貧乏人より、史緒里さんみたいなお嬢様の方が祐市さんには似合いますって」一流御曹司なら、本物の霞ヶ浦家のお嬢様を知っている者もいたかもしれない。だが悲しいかな、彼らは三流御曹司ゆえに、史緒里の方が本物の霞ヶ浦家のご令嬢だと信じきっていた。「あんな庶民なんか、遊び相手でちょうどいいんですって」「そっすよ、まあ、遊び相手としては悪くないですよね、スタイルいいし、俺も一度くらい抱いてみたいタイプっつーか」「あー、いっすね、俺も俺も、祐市アニキ、飽きたらあの女、俺にも貸してくださいよ」祐市が低い声で一喝する。「黙れ!」「な、なんですか、どうしたんですか」「俺の妻は後にも先にもみやびだけだ、お前らが勝手に貶すことは許さん」この言葉に、取り巻き連中はポカンとした。この男、ついこの間まで妻をほったらかして女遊びにうつつを抜かしていたんじゃ……「待ってくださいよアニキ、みやびは地味だとかみやびはつまらないとか言ってたじゃないっすか!」「そうそう、だから別れて史緒里さんと再婚するって」祐市
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恋愛小説ではよくみるけれど現実では見たことがないあのゲーム

その頃史緒里は、この別荘からの脱出を試みていた。「冗談じゃないっての、この別荘、燃える予定なんでしょ!」しかも燃やされるのは自分だと思っているのだから必死である。「このくらいの高さなら、シーツを繋いでロープを作れば……」なんて考えていたその時、部屋のドアがドバーンと開いて祐市が駆け込んでくる。「史緒里、一緒に来てくれ!」「ええっ、なに!」「いいから来てくれ!」「なんなのよぉう!」こうして史緒里は、飲み会真っ只中に引きずり出された。すでに中央には小さなテーブルが用意され、その上には空の酒瓶が寝かせて置いてある。“真実か挑戦か”ゲームの準備だ。史緒里を連れてきてしまった祐市は、そのテーブルの横で取り巻き御曹司たちに叱られている。「アニキ! なんで史緒里さんまで連れてきちゃったんですか!」「そっすよ、奥さんとの仲を深めるためにラブな質問とか、ちょっとえっちな挑戦とか、たっぷり仕込んでおいたのに!」祐市は何一つ悪びれることなく、胸を張って言う。「女の気持ちは女が一番わかるだろ! だから史緒里にも手伝ってもらおうと思ったんだ!」取り巻き御曹司たちが頭を抱える。「選択ミスじゃん」「なんでそこで”愛人”を選択しちゃうんだよ、普通は奥さんの親友とか姉とか、せめて”他人”だろ」これまで彼らは、祐市は自分よりずっと格上の御曹司だと思って媚び諂っていた。なにしろ祐市は有り余る資産を持っている上にお人好しで、煽てて気分良くしてやれば酒でも女でも、車や腕時計なんていう高価なものまで気前よく奢ってくれる。時には「うちの会社の新しいプロジェクトにちょっとだけ出資してくれませんかね〜」なんてお願いまで聞いてくれるのだから、「アニキ、アニキ」と呼んでひたすら持ち上げるべき相手だったのだ。だが、プラトニックなラブにあまりにも不慣れだと言うことが発覚した今、崇められる存在だった祐市は、いい意味で失墜した。「なんかさ、あまりにも不器用で見てられないっていうか」「わかる、中学生の甥っ子の面倒見てる気分になっちゃうんだよな」取り巻き御曹司たちは、チラリと祐市に目を向ける。大きな男子中学生こと日立祐市はきょとんとした顔をしている。「ん? なに?」「あー……」取り巻き御曹司たちは円陣を組んだ。「いいか、祐市兄貴の恋を全力で応援するぞー!」「おー!」
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恋は可燃物

「アニキ、どうせ女性の欲しいもんとかわかんないでしょ」「任せてください、俺たちがリサーチしてきます!」ダダダダッと駆け出した取り巻き御曹司たちが、みやびを取り囲む。「奥さん、参考までに! 男からもらって嬉しいプレゼントってなんですか!」「できれば財力を感じる方向でお願いします!」しかしみやびは超ミニマリストだ。物欲はまったくない。だが”プレゼントの話”そのものは嫌いじゃない。「花とかどうですかね、花! 祐市アニキの財力なら、9999本のバラとか手配できますよ」「キタァ! 恋愛小説の定番! 会場中にバラを敷き詰めちゃうアレですね! でも実際にもらったら……後始末が大変すぎません?」「じゃあ、ものじゃなくてイベントならどうです、財力に物を言わせて花火を上げて、ドローンを飛ばして愛の言葉を空中に描き出すとか」「キタキタ、それも恋愛小説の定番! でもそれは妻のためじゃなくて、何年も海外で暮らしていた初恋の人の帰国を祝うために飛ばすのが様式美です!」「じゃあ思い切って島とか! 祐市アニキの財力なら島の一つや二つ余裕で買ってもらえますよ!」「それも恋愛小説的ですね! 後から実は島の名前が”しおりんアイランド”だったとか、権利書には愛人の名前が書いてあったとか知って、主人公が絶望するアレですね」なんも一切らちがあかない。「わかりました、財力とか一回おいときましょう、一般的に、女の子がもらって嬉しいものってなんですかね?」「そんなの、好きな人が自分のために選んでくれたものならなんでもいいと思いますけど」「なんでもいいが一番困るんだよ……」こうなったら頼みの綱は祐市だけ。彼はみやびに直接聞くのではなく、史緒里に女の欲しがる物をリサーチしに行っているのだ。まさに”女の気持ちは女が一番わかる”理論、実践編。「でもさあ、それってどうなんだろうな、俺のカノジョ、女友達に選んでもらった指輪をプレゼントしたら、ガチでキレたんだけど」「あー、俺も、誕生日のサプライズを用意するのに、女友達に付き合ってもらったらガチギレされたわ」「女ってそういうところ細かいよな」いや、男がそういうところ大雑把すぎるだけでは……そして史緒里の元に向かったのは大雑把の親玉、祐市なのだから、不安しかないのだが――その時史緒里は、2回目の脱出を試みていた。別にこの別荘、
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愛はもっと可燃物

まあ、さすがに”一番高いの!”では、あまりに色気がなさすぎる。史緒里とみやびはテーブルの上に並べられた宝飾品を一通りながめてみることにした。祐市はその傍に座って、財力アピールに余念ない。「選ぶなんてめんどくさいことしなくても、これ全部買えばいいじゃないか」史緒里は飛び上がって喜ぶ。「えっ、いいの?」しかし、ミニマリストであるみやびには、財力による攻撃など無効だ。「私はいりませんよ。アクセサリーとか捨てるときに面倒だもの」「捨てる……? アクセサリーを?」「アクセサリーだけじゃないです、ドレスとかバッグとか、生活に必要のないものは持たない主義なんです」「パーティーとか、夜会の時はどうするんだ」「ああ、レンタルで十分ですよ、靴やアクセサリーもきちんと揃いで貸してくれるし、便利ですよ。ちなみに今日のドレスもレンタルです」祐市は不意に、みやびの部屋を思い出した。古びた畳の上にちんまりと置かれた衣装ケースが一つ、他には何もないがらんどうの部屋。そこにはなんの執着もこだわりもない。まるでいつでも出て行けるように準備されたかのような部屋。あの小さな衣装ケースすら、彼女の足を止めるしがらみとなることはないだろう。その気になればポイと捨てても惜しくないという雰囲気がぷんぷんと漂っていたし。哀れでちっぽけな衣装ケースに感情移入してしまった祐市は、思わずみやびに縋りついた。「みやび、お願いだから、何か一つ買おう、な、な?」「いやですよ」「そんな即答しないで、な、このネックレスとかどう? お値段も1億円ポッキリの安物だし、手頃じゃないか!」「私に首輪をつけようとしてるんですか?」「そんなんじゃない、首輪が嫌ならブレスレットでも、アンクレットでもいい、君を縛る愛の鎖をつけさせてくれ!」「やだなあ、大袈裟すぎますよ、でも……」祐市のあまりの必死さに、みやびの心が揺れる。徹底したミニマリストであるという自分の原則を、ほんの少しだけ曲げて、小さなアクセサリーくらいもらってもいいかな……何よりみやびも規格外とはいえ女性なのだから、自分がこの男を深く愛した証として”愛の記念品”があってもいいのではないかという微かな感傷があったりもする。「そうですね、小さなペンダントくらいなら……それなら動くときに邪魔になりませんし」「小さくなくてもいいんだぞ
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