シャンパンの泡が、わたしの未来みたいに弾けて消えた。帝国ホテルの大広間。三百人の招待客。父を喪ってから七年、わたしが歯を食いしばって積み上げてきたものが、今夜ぜんぶ報われるはずだった。九条颯太との婚約披露。検察エリート一族への嫁入り。世間が"殺人犯の娘"と囁いた女が、ようやく光の側へ渡る夜。ステージの中央で、颯太がマイクを取った。「皆さん。今日は——大切なご報告があります」わたしは微笑んで、彼の隣に進み出ようとした。颯太は、進み出なかった。代わりに、片膝をついた。わたしの足元ではなく。——わたしの三歩うしろ、純白のドレスで立つ継妹、詩織の前で。「詩織。僕と、結婚してください」会場の空気が、音を立てて凍った。詩織が両手で口を覆い、瞳に涙の膜を張る。練習したみたいに完璧な仕草で。「颯太さん……いいの? お姉ちゃんが……」「君に隠していたことがある」颯太が立ち上がり、こちらを——わたしを、まっすぐ指さした。三百人の視線がいっせいに刃になる。「朝霧澪。この女の父親は、依頼人の金を横領し、それを隠すために人を殺して、獄中で死んだ詐欺師だ」ざわめきが、波になって広がっていく。「殺人犯の娘だ」誰かが囁いた。「道理で目つきがね」別の誰かが笑った。スマホのレンズが、あちこちでこちらを向いた。録画の赤い点が、暗がりの中で何十個も灯る。明日にはわたしの顔がネットの隅々まで貼られるだろう。わたしは、笑おうとした。弁護士だから。法廷で何を言われても顔を変えない訓練を、何百時間も積んできたから。なのに、唇が震えた。「颯太」声がかすれた。「父の事件は……冤罪だった。あなたなら、知ってるはずでしょう。検察の中にいるあなたなら——」「冤罪?」颯太が鼻で笑った。「有罪判決は確定している。覆らない事実だ。——澪、君は優秀な弁護士だが、ひとつだけ向いていないことがある。負けを認めることだ」詩織が、わたしの薬指から婚約指輪をそっと抜き取った。「お姉ちゃん、これ、わたしがもらうね」頭の奥で、何かがぷつりと切れる音がした。気づけばわたしは、広間を出ていた。裸足で、回転扉を抜けて、外へ。雨だった。七月の、生ぬるい夜の雨。ドレスの裾が一瞬で重くなる。七年かけて手に入れた"まともな人生"が、十分で消えた。縁石に座り込みそうになったとき——目の前に、黒塗りの車が滑り込ん
Last Updated : 2026-06-27 Read more